表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
黒猫呪術代行事務所  作者: 無咲 油圧


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

287/427

第七十八話 沈む町 ― 中半 ―

沈む町へ向かう車が山道を進むにつれ、視界はどんどん白く濁っていった。


最初はただの霧だった。


だが──

次第に“音”が消えていく。


エンジン音、タイヤの回転、風切り音。

ひとつ、またひとつと世界から剥がれてゆき、

やがて車内はまるで“音の墓場”のようになった。


紺太は運転席で震えた。


「れ、零さん……!本当に、この先に……道が……?」


零は助手席で淡々と前方を見据える。


「ある。お前には沈んで見えるだけだ。」


クロは少女の姿で後部座席に座り、窓に手をついて外を眺めた。


その瞳には、強い不安が宿っている。


「……ねぇ零。あれ見て……」


クロが指差す先──

道路の両脇に立つ“木々”が揺れていた。


風は吹いていないのに。


よく見ると、木ではない。


──人影だった。


ぼんやりとした白い影が並び、沈むように揺れながらこちらを向いている。


紺太が悲鳴を押し殺す。


「ひ、人……?いえ……人じゃない……!」


クロが零の袖を掴む。


「零……あれ……町の人?」


零は何も答えず、ただ指先で“結界”の術を描く。


「通り過ぎるだけなら害はない。視界に入れないように意識を落とせ。」


クロはごくりと喉を鳴らし、目を閉じて紺太の肩に手を置く。


「大丈夫。私がいる……落ち着いて。」


紺太は震えながら必死に深呼吸した。


零が低く告げる。


「前を見ろ。そこに──沈んだ道が現れる。」


紺太が恐る恐る目を開けると、霧の奥に“灰色の道”が一本だけ続いていた。


だがその左右は、まるで泥濘ぬかるみではなく──


空間ごと沈んでいる。


黒い湖とも違う。

ただの“底”すら存在しない。

そこへ落ちれば、すべてが消える。


紺太はハンドルを握る手を強く震わせた。


「こんな道、進めるはずが……!」


零は言った。


「進め。沈む前に通過する。」


「し、沈む前って……どういう──」


質問が終わる前に、“道の端がボロリと剝がれ落ちた”。


広がる闇に吸い込まれ、音も無く消える。


紺太は絶叫する。


「ひぃっ!!?」


クロが叫ぶ。


「紺太さん!!道の中心だけ見て!!」


零は鋭く命じた。


「沈む速度は一定だ。お前の速度で追いつかれることはない。進め。」


クロは優しく紺太の手を握る。


「大丈夫。零がいる。沈む方が逃げるくらいだよ……!」


紺太は震えながらアクセルを踏んだ。


しかし──


次の瞬間。


“ぽたり”


フロントガラスに、黒い雫が落ちた。


クロが眉をひそめる。


「これ……雨じゃない……!」


零は目を細めた。


「“沈んだ町の涙”だ。町そのものが感情を持ち始めている。」


紺太は絶望した声を上げる。


「ま、町が……感情……?」


零は淡々と続ける。


「沈降は自然現象ではない。“誰かが町ごと呪った”。その呪いが、町をひとつの生き物化させた。」


クロの肩が震える。


「町全体が……怪異になったってこと……?」


「そういうことだ。」


突然。


──ガコンッ!!


車の天井に巨大な手のような“霧の塊”が落ちた。


クロが悲鳴を上げる。


「きゃっ!!?」


紺太は咄嗟にブレーキを踏む。


零は即座に手を上げた。


「止まるな。」


バシュッ!!


零の指先から出た黒い符が、天井の霧の手を払い落とす。


霧の手は霧散し、


ズズズ……と沈む大地へ落ちて消えた。


クロは涙目になりながら零にしがみつく。


「零……ここ……怖いよ……」


零は静かにクロの頭をなでた。


「分かってる。だがまだ入り口だ。」


紺太は震える声で訊く。


「い、入口……?まだ町についてもいないんですか……?」


零の声は淡々としていた。


「町の境目が沈んで“中心部はさらに深い”ということだ。」


クロが唇を噛む。


「じゃあ……町の中心はどうなってるの……?」


零は答えた。


「完全に沈む直前だろうな。住民も、紺太の母親も──“あの中”に囚われている。」


クロは拳を握った。


「取り戻そう……絶対に!」


零はうなずき、沈む道のさらに奥を見つめる。


霧の向こうに──

うっすらと町の影が見えた。


家並み、電柱、標識。


しかしそのすべては、水に沈む直前の建物のように“傾いて”いる。


そして一軒だけ──

灯りの点いた家があった。


紺太の顔が青ざめる。


「あれは……!母の家だ……!!」


クロが叫ぶ。


「零!!誰か……いる!!」


零は目を細めた。


確かに灯りの中に“影”が見える。


しかしその影は──

人の形をしているようで、していない。


ゆらり、ゆらりと揺れるその姿は、溺れる者の影に似ていた。


零は車のドアを開け、外へ降りる。


クロも少女姿のまま零の後を追う。


紺太は恐怖で足が震えたが、母を思い出し懸命に車から降りる。


沈む音の無い世界。


町の入り口に、三人の影が沈んで立った。


零は筆を構える。


「町を沈めた“原因”を探る。紺太……お前の母親はまだ生きている。取り戻す。」


紺太は涙をこぼしながら頷いた。


クロは零の隣で拳を握る。


「よし……行こう、零!」


零はひとつ頷き、沈む町の中心へ向けて歩き出した。


霧の奥で──

“誰かが微笑んだ”ような気配がした。


町そのものが、彼らを歓迎するように揺れていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ