第七十二話 呪術使い達の襲来 ― 後半 ―
仮面の男が手を振り下ろした。
「殺れ。」
その一言と同時に、空気が破裂したように呪術師たちの殺意が解き放たれた。
炎がうなり、影が縦横に駆け、何十枚もの呪符が宙を舞う。
地面が揺れ、壁が砕け、世界そのものが歪むほどの呪気が押し寄せる。
クロは叫んだ。
「零!! 上も……後ろも……全部来る!!」
零は静かに目を細めた。
「全部来るなら……まとめて払う。」
その瞬間。
零の足元に黒い文様が広がる。
筆で描いたわけでもない。
その場に“呪術そのもの”が滲み出したように
自然に現れる円。
呪術師の一人が叫ぶ。
「あれは──!黒乃零が滅多に使わない……!」
別の者が震える声で続ける。
「全域結界……“黒式・無陣”……!」
クロが息を呑んだ。
「零……!それは……体に負担が……!」
零は静かに答える。
「問題ない。」
光でも闇でもない。
“無”そのものの結界が広がり、周囲の呪術を根こそぎ飲み込んでいく。
「な……に……!?俺の獄炎が消え……」
「影が……切断されていく……!」
「術が……使え……ない……!!」
呪術師たちの叫びが重なる。
黒乃零の結界は呪術を拒絶する。
燃やすのでも、跳ね返すのでもない。
ただ“消す”。
世界から呪いという概念を排除する形で。
仮面の男が歯噛みした。
「チッ……!そんなものを街中で使いやがって……!」
零は淡々と言う。
「……お前たちが先に街を壊した。」
結界の中で武器を失った呪術師たちは焦り、次々と肉弾戦に切り替えてくる。
爪で斬りかかる者。
呪力を刃に変えて突進する者。
体術に特化した者。
しかし零は一歩も動かない。
敵が零の目の前に到達した瞬間、筆が静かに弧を描いた。
「空筆・断絶。」
――シュッ。
ただそれだけ。
呪術師たちの動きが、まるで世界から切り離されたかのように止まった。
空間に刻まれた“一線”が、彼らの攻撃だけを切断したのだ。
剣も爪も拳も、零に届く寸前で霧散する。
クロが震えた声で呟く。
「零……もう技の次元が……違うよ……」
仮面の男は唇を噛みしめた。
「黒乃零……やはり化け物……!」
だが男は叫びながら、腹巻に隠していた札束を取り出した。
「構うな!!金は倍にしてやる!!“零を殺した者”には二億追加だ!!」
呪術師たちの目が血走り、一斉に零へ突っ込む。
クロが叫ぶ。
「二億!?たったそれだけのために……!!」
零は筆を握り直し、静かに呟いた。
「……金で動くなら、金の分だけ軽い命だ。」
次の瞬間──零の足元の結界が反転した。
呪術師たちが一斉に吹き飛ぶ。
零は追撃しようとしない。
ただ一人、結界の端に立つ男へまっすぐ歩いていく。
賞金首を掲示した“主犯”――
仮面の男。
男は後ずさった。
「く……来るな……!来るなぁぁッ!!」
零は言った。
「お前は──金で“俺の命”を売った。だが勘違いするな。」
筆が男の胸元に触れる。
「俺は、呪術師に狙われ続けて死ぬような弱い人間じゃない。」
男が震える声で叫ぶ。
「ひッ……!ゆ、許して……!」
零は淡々と筆を動かした。
「許すとか許さないとかの話じゃない。──お前に、“呪術”は二度と使えない。」
筆の線が男の体に吸い込まれる。
「封呪筆・灰刻。」
音もなく、男の呪力が一瞬で灰のように崩れ落ちた。
男は崩れ落ち、震えながら呟いた。
「ち……力が……俺の呪いが……消えた……!?」
零は背を向ける。
「生きたいなら、二度と呪術を使うな。」
クロが零の横に並ぶ。
「れ、零……大丈夫……?」
零はクロの頭に手を置き、少しだけ優しく撫でた。
「平気だ。……だが、まだ終わってない。」
クロは驚き、零を見上げた。
「まだ……?」
零の瞳は静かだが、その奥に冷たい光が宿っていた。
「賞金の“貼り主”は──あの男ではない。」
クロの表情から色が消える。
「えっ……じゃあ……誰が……?」
零はゆっくり空を見やった。
「“俺を知っている誰か”だ。俺の殺し方をよく知るやつ。」
クロは息を呑む。
「まさか……呪術界の……上の……?」
零は短く言った。
「──次の標的は、“本物”だ。」
その時、街のどこかでカラン……と風鈴のような音が鳴った。
零は顔を上げる。
「来たな。」




