即戦力ルーキーと出会う2
新人冒険者となった元魔王軍のキャンディを連れて、俺は家路を辿る。
「どこへ連れていってくれるのかしらぁ」
「もしかすると、驚くかもしれません」
「あらあら、まあまあ、サプライズというやつかしら? とっても楽しみだわぁ」
ピリリとするあの感じは、吸血鬼の気配を感じ取ったときのものだと今にして思い出した。
家に帰り、明かりがついていることを確認する。
「ここが、レストラン……?」
「いえ、ここは僕の自宅です」
扉を開けると、エプロンをつけたライラが駆け寄ってきた。
「よくぞ戻ったな!」
でーん、とライラは得意そうに胸を張る。
「おかえりと言えないのか、おまえは」
「食事を作って待っておった。それとも風呂にするか? それとも……一緒に、風呂か……?」
玄関先でさっそくライラがもじもじする。
一緒に風呂に入ると、例外なくその場で一戦交じえることになるので、今日はノーだ。
「どれでもない。ライラ、客がいる」
ぽかーん、と元部下のキャンディ冒険者はその様子を見ていた。
「魔王、様……?」
「ん? ……そなた、ディーか……?」
「あらあらぁ、本物の魔王様だわぁ」
「相変わらずだな、そのぬるっとしたしゃべり方は」
二人は軽く抱擁を交わす。
「よくぞ無事であった」
「魔王様は……勇者に討たれた、と巷では言われていますが……偽物? いえ……声音も美貌もその呼び方も、わたくしの知る魔王様ですし……」
すこし混乱しているようで、キャンディ冒険者は首をかしげた。
「魔力をまったく感じませんが……それは、何か事情が……?」
「うむ。ワケあって、表向きは死んだことになっておる。だが、真実は違うのだ」
キャンディは合点がいったように、ぱちんと手を合わせる。
「そうでしたかぁ」
俺が彼女をここへ連れて来たのは、ライラに引き合わせるためでもあった。
ライラが、こちらの大陸に残ってしまった元部下を魔界に帰してやりたい、と言っていたからだ。
もし、誰かの『普通』を奪うようなら、そのときは引導を渡してやりたい、とも言っていた。
ライラが食事を準備したダイニングへいき、席にそれぞれ着く。
「貴様殿は、よくディーが妾の元部下だとわかったな?」
「特徴をあげればキリがない。素人のそれではない魔力量や、魔眼、槍捌き、あとは俺の主観だが、気配が人間とは違うから吸血鬼だろうな、と」
「ふむふむ。それで」
俺はそれから、彼女が冒険者になったことも伝えた。
不思議そうにしているキャンディ冒険者ことディーに、俺はライラとの話をしておいた。
「なるほどぉ。本当は、ロラン様が倒したのねぇ。それで、魔法具の首輪で魔力を抑え込んでいる、と。しかしこのように再会を果たすなどと、夢にも思いませんでした。お互い、無事で何よりでございます」
うむ、とライラは鷹揚にうなずいた。
「ディー、妾は回りくどい会話は好かん。単刀直入に言うぞ。魔界に帰るつもりはないか?」
「魔界……」
ライラは一度うなずいた。
「金に困り冒険者になったそうだな。ロジェがたまにここへ来る。そのときに、帰れるぞ?」
ディーは、退却時に追撃され、部隊とはぐれてしまって以来、ずっとあちこちを彷徨っていたそうだ。
「無理に吸血鬼であることを隠す必要もない。外套もフードも要らぬ。吸血鬼であることを隠して生活するのは、窮屈であろう?」
頬に手をやって、しばらくディーは考えた。
「いいえ、魔王様、わたくしは無理などしておりませんよ? こちらの生活は、それはそれで楽しいものです」
はあ、とライラは小さくため息をつく。
「その吸血鬼の魔眼があれば、異性は思いのままだからのう」
「たしかに、敗戦後何度か使いましたが、いずれも襲ってきた相手だけでございます」
吸血鬼の魔眼は、対象を『魅了』状態にさせる。
術者の言うことに抗えない強烈な暗示とでも言えばいいだろうか。
異性にしか効かないが、それゆえ、通常の『魅了』より効果は強いという。
「試験中にも使おうとしたがな」
「あらぁ、それは、ロラン様が強敵だからよぉ」
「むむ、ならぬぞ。こやつに魔眼を使っては」
上司が膨れているのを見て、ディーはくすっと笑った。
「魔王様も、いつの間にか恋を知り、乙女になってしまわれたのですねぇ」
ぼふん、とライラが顔を赤くした。
「……そういう、わけではないが……そなたが、ライバルだと手強いからな……美貌だけは、魔王軍でも妾に匹敵する……」
あらあら、とディーは微笑む。
「以前は、もっと高潔で近づきにくかった魔王様が、今や花も恥じらう乙女ですかぁ。恋を知り、愛を知り、ずいぶんお変わりになられましたねぇ」
「あ、あ、あ、愛とか、ここ、恋とか、気安く言うでないっ」
恥ずかしそうにライラは言うが、まあまあ、とディーは楽しそうに笑っていた。
「話がそれたが、ディーは冒険者としてやっていくのか?」
「ええ。ロラン様や魔王様にご迷惑でなければ……」
「妾は構わぬ。魔界に戻るのが、幸せというわけではないからな」
「俺も問題はない」
来る者を拒まないのが冒険者ギルドだ。
一身上の都合により、勇者兼王女は拒んだが。
「これからは、ロラン様にお世話になるわねぇ」
「よろしく頼む。路銀もないだろうし、今日は泊まるといい」
気を遣うように、ディーがライラに目をやる。
「元部下の窮状である。ケチくさいことは言わぬ。泊まるとよい」
「ありがとうございます」
「だが、そのう……あまり、長居されては困るがな……うむ……」
ライラは、ちょんちょん、と指同士をぶつけた。
「そうですよねぇ。せっかくロラン様とひとつ屋根の下で暮らされているのに、お邪魔しては申し訳ないですものぉ」
「や、や、や、やかましい……っ」
「あらあら、お顔を赤くして……お可愛い」
「うぐぐぐ……! こ、この妾が、手玉にされるとはぁ……っ」
元部下に弄ばれて、ライラは非常に悔しそうだった。
「魔王の器を見せるときである。す、す…………好きなだけ、い、いるが……よい」
気前のいいセリフとは裏腹に、すごく複雑そうな顔をしている。
くすくす、とディーは笑っていた。
「妾は風呂にゆく。くつろいでいるとよい」
……逃げた。
食事の片づけをしていると、ディーも手伝ってくれた。
「俺はあまり吸血鬼のことは詳しくないが、吸血衝動というのは大丈夫なのか」
「あらぁ、ロラン様、興味がおありなの?」
「知らないがゆえの、知的好奇心といったところだ」
「ふうん? 色んな意味ですごいわよぉ? 恐ろしいほどの飢餓感に苛まれて、それゆえに吸血したときの反動もすごくて……わたくしはわからないのだけれど、血を吸われる側も、性行為に似た快感があると言うわ」
片づけが終わると、リビングのソファでくつろぐ。
俺は袖をまくって右腕をディーの前に出した。
「吸ってみるか?」
「ええええ?」
逆に驚いていた。
「わたくしは別にいいのだけれどぉ……ちょっとだけならロラン様に弊害もないし……」
「何事も経験だ」
「魔王様に叱られてしまうわぁ」
とは言うものの、ディーは生唾を呑み込んだ。
「あいつの風呂は長い」
それが決め手となった。
カプっとディーは俺の腕に噛みついた。
牙を立てると、ちくりとして、じんわりと患部が痛んだ。
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自主規制
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ディーの目が、とろんとしていた。
「ロラン様、ごめんなさい……わたくし、久しぶりで…………っ」
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自主規制
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しばらくは、ディーと俺とライラ、三人で生活していくことになった。




