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外れスキル「影が薄い」を持つギルド職員が、実は伝説の暗殺者  作者: ケンノジ


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ルーベンス神王国からの密使3


「ロラン、起きてくれ」


 ぱちりと目を開けると、そこにはエルヴィがいた。


「どうした」


 部屋の中は薄暗い。目蓋の重さからして、夜が明けてしばらく経った頃だろう。


 ライラは隣のベッドで寝ている。


『そなたの家の酒だ。どうしてそなたが呑まぬ!』


 などと意味不明な理屈並べたライラは、グラスを押しつけて、エルヴィに酒を呑まそうとしていたが、


『断る。明日は仕事がある』


 と、一蹴された。

 その代わりに、俺が潰れるまでつき合うことになった。おそらく今日目が覚めても、頭痛だの気分が悪いだのといって、一日中体調不良だろう。


 一緒のベッドで寝ていたライラを移動させておいて正解だった。


「朝の鍛錬だ。見てほしい」

「いいだろう」


 寝間着から着替える間、エルヴィはじっと待っていた。


「その腕……アルメリアを守るためだと聞いた。余程の相手だったのか?」

「ああ」


 その一言で何かを察したのか、エルヴィはそれ以上は訊かなかった。


 部屋をあとにすると、いつも鍛練をしているという裏庭へやってきて、エルヴィが立てかけてある木剣をひとつ手に取った。

 素振りをはじめると、すぐに息が上がった。


「いい振りだ。一振り一振りが、本気のそれだ」

「おまえに――」


 ビュン、と小気味よく空気を切るいい音がした。


「言われたからな。――実戦のための鍛錬であるなら、実戦通り全力で振れ」

「よく覚えているな」


 実直で真面目なエルヴィの性格は、剣の振りによく表れていた。

 毎日欠かすことなく振り続けているのがわかる。


「ギルド職員というのは……その……怪我を負っていても雇い続けてくれるものなのか」

「そうだな。今のところは、業務に支障は出ていないはずだ」

「そうか。……も、もし、辞めることになったときは、我がヘイデンス家を頼ってほしい」

「その予定はないが……もしものときはそうさせてもらおう」

「あ、ああ。そうするといい」


 朝日が高く昇りはじめ、大きく息をついたエルヴィが、そこで鍛練をやめた。

 やってきた女性の使用人からタオルを受け取り、汗を拭く。


「私は風呂へ行く。朝食は用意させているから、この者に案内させよう。……あとを頼む」

「はい、お嬢様」

「だから、お嬢様と呼ぶなと――」


 くすくす、と使用人は笑う。

 アルメリアは、お嬢様であることに違いはないが、王女様、殿下、勇者様など、そちらの名で呼ばれることが多い。アルメリアもお嬢様と呼ばれると恥ずかしいのだろうか。


「こちらへどうぞ」と使用人が廊下を先導するように歩き出し、俺もあとを追った。


 気になるのか、ちらちらとこちらを盗み見る。


「何か?」

「あ。……不躾で申し訳ありません。あのロラン様だと思うと、つい。お嬢様から色々とお話はお伺いしておりますから」

「そうでしたか。僕のことをどんなふうに話していたんです?」

「大まかに言いますと、命の恩人や、武術の先生だったり……ふふふ。これ以上は申し上げられません」


 エルヴィは、色々な人間に愛され慕われているようだった。







 朝食後は、エルヴィと王城へとむかった。


「まだ陛下がお亡くなりになられたことは城内でもごく一部の人間しか知らない」

「わかった。不用意な発言は控えよう」

「頼む」


 登城すると、部下の近衛兵たちが集まる一室に顔を出し、夜通し警備を続ける近衛兵たちと交代を命じる。


 エルヴィが統率するだけあって、行動はキビキビとしていて無駄がなかった。

 とくに紹介もしなかったせいか、俺のことを奇異の目で見る者もいたが、これといった質問はなかった。


「隊長、このあとは、会議室で上級官以上が揃っての話し合いがあるそうで……集合するように、と」


 副隊長らしき男が、エルヴィに告げた。


「わかった。言伝をありがとう」


 一礼をし、彼は部屋を出ていった。

 俺たちも近衛兵の詰め所とされる部屋を出ていき、その会議室へむかった。


「ロランも出てくれると助かる」

「有識者として、何かあれば意見しよう」


「建設的な話し合いになればいいが」と苦笑しながらエルヴィは言う。


「今日でもう三度目。会議とは名ばかりの派閥争いだ。幾人かいる王子の誰が跡目を継ぐのか、誰についていけば自分の利益は守られるか――そういう見栄と権力と利益の話し合いだ」


 うんざりするようにため息をついた。


「どこでも既得権益の考えることは同じらしいな」


 まったくだ、とエルヴィはつまらなさそうにこぼした。


 会議室に入ると、すでに席は一席を残して埋まっていた。

 武官、文官らしき二〇名ほどが、一斉にこちらに視線を送った。


「お待たせして申し訳ありません」

「ヘイデンス隊長。彼は?」


 口髭の文官らしき男が質問を代弁したように尋ねた。


「彼は、暗殺やスキルについての非常に詳しく、勇者も一目を置く……えー。ギルド職員です」


 ふっ、と失笑にも似た空気が室内の方々から漏れた。


 俺は小さく一礼し、エルヴィが席に着くと、先ほどの文官が代表するように言った。


「……ヘイデンス隊長。陛下の護衛の任を負っていたにもかかわらず、最悪の結果を迎えてしまった。これについて、どう思われる」


「それは……」


 責任の在処を問うのは当然の流れと言えた。


「もちろん、何かしらの処分や処罰は受けるつもりでいます。ただ、それはこのようなことが二度と起きないための対策を作ったあとです」

「――勇者パーティの実績も栄光も地に落ちたな」


 小馬鹿にするように、誰かがつぶやいた。


「侯爵家の名に泥がついてしまったな」


 聞こえよがしに飛んでくる嫌みに、エルヴィは唇を噛みしめて耐えていた。


「ヘイデンス隊長、何か申し開きは?」

「……ありません」


 真面目で愚直なほど真っ直ぐな彼女には、蹴落とし、足を引っ張り合う権力闘争の場は、適当ではない。


「新王がご即位されて、また同じことが起きないとも限らない。ここは大人しく身を引くべきでは?」


 何か発言しようとしたエルヴィの肩を叩いた。

 おそらくエルヴィのいない間に、解任の線で話を進めていたんだろう。

 放っておけば、エルヴィは何も反論せず、唯々諾々と従うだけだ。


「たしかに、責任はエルヴィにありますが――」


 俺が口を開けると、嫌悪感を伴った視線が飛んでくる。

 予定調和で進みそうな会議に、水を差されるのがそんなに嫌だったか?


 エルヴィは侯爵家の娘。

 そんな彼女が近衛隊長を解任されるとなると、美味しい蜜が吸えると考えた輩は何人もいるはずだ。


「不備は何らありませんでした。これは、誰が警備の指揮を取ったとしても同じだったでしょう」

「おい、ロラン……」


 俺を振り仰ぐエルヴィには構わず、話を進めた。


「フィガロン城防衛戦のことはご存じですか? ――勇者パーティが攻囲を突破し陥落寸前のフィガロン城を守った戦いです」


 ちなみに俺はそのとき、敵軍指揮官の暗殺準備に入っていたので、別行動中だった。


「城内に残っていたのは一〇〇名ほどで、一万ほどの敵軍の波状攻撃に二日耐えた。そのとき、防衛の指揮を執ったのがエルヴィです」

「そんなことと今回の件は無関係だろう!」


 怒号が響くと、ごもっともです、とでも言いたそうに、エルヴィがうつむいた。

 この様子では、内心完全に白旗を振っているな。


「フィガロン城内部とこの王城内は作りが酷似しています。いずれもホールトン様式という山上によく作られるタイプの城です。攻城戦の守備と要人警護では多少勝手は違いますが、城を守り抜いたエルヴィが、今回失敗するとは思えません」


 援護を得たエルヴィが、二度たしかにうなずいた。


「今回は、フィガロン城と同様の人員配置でした」


 控えめに主張すると、妙な空気が流れた。

 目で会話をするそれは、想定外の事態に困惑するものだった。


「だとしても、守れていないのが事実だ!」

「そうだ! 護衛がしっかりしておらぬせいだろう!」


 水を得た魚のように、口々に喚きはじめた。


「ではなんだ。貴公が陛下を手にかけたとでも――?」

「侯爵家の王国乗っ取りか?」


 ハハハハ、と品のない笑い声が響いた。


 さすがにこれは看過できない。


「侮辱するのもいい加減にしろ!」


 少し大声を出すと、半数が椅子から転げ落ちた。


「ロラン……」


 言い返せばいいものを、守れなかった、という事実を盾にされては、何も言えないんだろう。


「国王暗殺の責任の一端ではあるが、すべてではない。いい大人が小娘相手に示し合わせたように魔女裁判か? ――恥を知れ」


 思わず滲んでしまった殺気を恐れているのか、誰も何も言わない。


「そういった仕事を生業にする特殊な人間だっている。自分たちの『常識』だけで常識を語るのはやめてもらおうか」


 実演してみせたほうが早いか。


 スキル発動――。


 数人の眼鏡を奪い、反対の壁際に立って見せた。


「こんなふうに、スキル次第では無意識のうちに悪さができる者だっている」


 おぉぉぉ……と畏怖にも似た感嘆の声が漏れ聞こえ、恐れに染まった弱々しい視線が向けられた。


「するべきは責任の追及ではなく、どう対策するかでしょう。もっと建設的な話し合いをしませんか?」


 俺はそう言って、眼鏡を返しながら元の位置に戻った。

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