ルーベンス神王国からの密使2
エルヴィと馬を並べ、俺とライラはルーベンス神王国へと向かっていた。
移動時間を短くするため、自宅から王都へ一度転移し、事情を教えたランドルフ王に馬を借り、こうして移動していた。
「堅物娘、ああいうときは、考える時間を与えるものであるぞ」
後ろに乗るライラがエルヴィに苦言を呈する。
力を貸してほしい、と頭を下げたあのときから、エルヴィはそこからテコでも動こうとしなかった。
「正直、ロランしかあてがなかったのだ。断られてしまうと、誰も真相がわからないまま陛下は暗殺されたことになる」
「まったく。頼りになるのはわかるが、まずは自力でどうにかするのが道理。まったくである」
「この件に関して、私にできることは、一番頼りになる男に対し、愚直に頭を下げて懇願することだけだ」
「ロジェとはまた違うタイプの頭の固い娘であるな」
「昔からこうだ。柔軟性を求めても無駄だぞ」
「ロラン、聞こえているぞ。性分なのだ。変えようもないだろう」
こんなふうに、俺たちは会話を交わしながら、ルーベンス神王国へと急いだ。
馬を休めるための休憩をいくつかと、町で宿を取ること二度繰り返し、ようやくルーベンス神王国の王都、ウイガルへとやってきた。
何度か訪れたことがあるが、戦争を経験したというのに、当時とそれほど変わりがないように見える。
「どのような国なのだ?」
「……険峻な山が多く、そこから流れる川の数もまた多い。国土の四割ほどは山だったはずだ」
俺の説明をエルヴィが継いだ。
「その通りだ。フェリンドに比べれば国土は小さいが、国の東側は海に面していて、交易も盛んだ。川を使って物資の運搬も行われていることもあり、造船、操船技術は世界随一と言えるだろう」
船頭が水属性や風属性系の魔法を覚えたりするのも、この国ならではだろう。追い風を起こしたり、水流をほんの少し操作したり、船をより早く動かすための魔法や技術を覚えることに余念がない。
「ほう。河川で物資の運搬か。なかなか工夫しておるのだな」
「国土が比較的小さいおかげで、東端の海産物をより早く届けることもできる。この王都でも、新鮮な海産物を口にできる」
「新鮮な、海産物……!」
ライラが喉を小さく鳴らした。
水賊、海賊については、かなり厳しく取り締まられているようで、ほとんど見ないと聞く。
隊商で輸送すれば、護衛にコストを割く必要があるが、船での輸送となればそれも不要だった。
エルヴィには、ライラのことをただ同居人として説明している。
納得したのかはわからないが、そのことについて詮索をしようとはしなかった。
「ロラン。頼んでおいてアレだが、仕事のほうはいいのか?」
「問題ない。ここまでの休憩中や宿に着いてから、しばらくいなかっただろう」
「ああ。それが?」
「『ゲート』でジャンプして、ギルドで仕事をこなしていた」
「や、休んでいたのではなかったのか」
「急に休ませてくれと言って、通る話でもない。詳細を聞かせるわけにもいかないしな」
申し訳なさそうにエルヴィは肩を落とした。
俺はその背を小さく叩いた。
「気にするな」
「しかし、アイリスは余程そなたに甘いらしい。一日たったの三、四時間など……魔王じ……妾の職場ならあり得ぬ。即刻叩き出したであろう」
「給料はその分カットしていいと伝えてある。甘くされているつもりもない」
ふうん、とライラは鼻を鳴らし、エルヴィは感心したようにうなずいている。
「働く、というのは、大変なのだな」
「お互い様だろう。おまえがいなくて大丈夫なのか。王族たちは」
「浮足立ってはおられたが……何度も襲撃をしてくるとは思えなかった。留守を任せた部下たちも優秀だ。それに、ロランを連れてくるほうが私には重要だった」
この国の貴族であるエルヴィは、王都から南西の町を領地としている。
王都には、その一族が過ごすための屋敷があり、今はそこで暮らしているという。
屋敷の厩に馬を預けようとすると、馬番らしき少年が綺麗なお辞儀をした。
「お嬢様、お帰りなさいませ」
労うように馬の首筋を撫でて、エルヴィに代わって手綱を引いた。俺の馬も同じようにして手綱を握ってくれた。
「お嬢様はやめろと言っているだろう」
「ですが、いつもは……」
「来客時にその呼び方はするなと――」
第三者の前でお嬢様と呼ばれるのは恥ずかしいらしい。
ライラも思い当たる節があるのか、うむうむ、わかるわかる、と言いたげにうなずいている。
その少年は、俺と美女の二人を不思議そうに見ていた。ライラと目が合ったようで、顔を赤くしていた。
「おほん。……今日はゆっくりと休んでくれ――と本来なら言いたいところだが、当時のことを図面を使って説明したい」
「構わない」
「助かる」
厩から一秒でも早く立ち去りたそうなエルヴィは、速足で屋敷の門へと歩く。
ライラがちらっと振り返ると、少年は小さく手を振っていた。
「妾も罪な女だ」
「それはそうだろう。大罪を犯しているからな」
ふふふ、と楽しそうに笑った。
門をくぐり、左右対称の中庭を進む。
屋敷の扉前では女性の使用人二人が丁寧にお辞儀をし、やはり「お嬢様お帰りなさいませ」と声をそろえた。
少年のとき同様に、顔を赤くしながらエルヴィは呼び名を改めるように二人に伝えていた。
「妾は気にせぬ」
「ああ、俺もだ、お嬢様」
「や、やめろ。私をからかうな」
複雑そうな表情で、エルヴィはまだほんのり赤い頬をかいた。
客室に案内され、しばらくするとエルヴィが筒状の紙をひとつ持ってやってきた。
あれが王城の詳細な内部図なのだろう。
「これを持っているのはごくごく一部なのだが……」
何か言いたげに、エルヴィはライラをちらりと見る。
「よい。見たところで覚えられはせぬ。構わぬ。進めよ」
大仰に両手をさしむけて、ライラは会話を促した。
こそっとエルヴィが声を潜めた。
「なぜ彼女はこうも偉そうなのだ?」
「かの国の王族に連なるとされるご令嬢だからだ」
「……なるほど」
納得してもらえた。
本当のことは言っていないが、嘘も言っていないから問題ないだろう。
「なぜそのようなお方がおまえと同居を……」
「色々ある」
「……アルメリアが言っていたが、しぇあはうす、というやつをしている、と。それは、あれなのだな? 変な関係ではない、ということなのだな?」
「変な関係とは?」
ライラ自身の詮索はしないが、俺との関係には興味があるらしい。
「そ、それはその……」
「この処女に言ってやればよい。淫らな関係だとな」
「ろ、ロラン~~~! おまえというやつは――――!」
顔を真っ赤にしたエルヴィがすっくと立ちあがった。
「エルヴィ、落ち着け。そこのご令嬢がからかっただけだ」
まあ、淫らな関係でも間違いではないが。
「おまえが、女たらしなのは知っている」
「それは正確ではない。寄ってくるだけだ」
「私からすれば同じだ! ……そういう部分も変わらないな」
この一連のやりとりが懐かしくなったのか、頬をゆるめてふっと笑った。
「本題だ」
筒状に丸められた内部図を広げて、エルヴィはその日、最後にルーベンス王……名前はメフィス二世というそうだ――を見てからの殺されるまでの警備状況を教えてくれた。
ライラは遠慮なく使用人を呼びつけ、酒を持ってくるように、と言いつけていた。
「警備を指揮、手配をしていたのは私だ。何か穴はあるだろうか」
「穴はない。最低限の人数で、互いの死角を潰しあえる配置でもある」
「では……」
「もし俺が暗殺者なら――」
図面を指でなぞり、解説をしながら紙の上にいる『暗殺者』を進めていく。
話を聞くと、誰も目撃していないという。標的以外誰も殺さない、という理想的な綺麗な暗殺だった。
「……」
説明しているうちに、俺は違和感を覚えた。
「なるほど……おまえならそういうふうにできるのか」
「……」
おかしい。
俺ならできる。
俺ならな。
だが、それは『俺』が『影が薄い』スキルを使うという前提での暗殺だ。
認識阻害系のスキルを使われたとしても、エルヴィが指揮した布陣に穴はない。そこらへんの暗殺者が、誰にも見つからず、護衛を誰も殺さず――というのは不可能に近い。
当たりとされるレアスキル持ちが悪事に手を染める場合。
暗殺という仕事は選ばない。多いのは盗みだ。
透明になれるのであれば、色々な人間から金を盗めばいい。人や物に変装、擬態できる場合でも同じことが言える。
そういった者たちの中で好き好んで人を殺すという輩は驚くほど少ない。
そして、そういう性分なら暗殺という仕事にはむかない。
だが、エルヴィの話だけを訊くと、真っ先に疑われるてもおかしくはなかった。
「……俺なのか?」
そうとしか思えなかった。




