隻腕の講師3
講習が終わり、ライラが酒場に行こうと言うので、本部の近くにあった酒場へとやってきた。
そろそろ夕方が終わり夜と言って差し支えのない時間に入る。
酒場は繁盛を見せ、冒険者や、仕事が終わったギルド本部の職員らしき者を何人も見かけた。
「感情的になると、『シャドウ』を通じておまえの魔力の圧が出てくるらしい。気をつけてくれ」
膝の上に座る『シャドウ』が両手でグラスを持ち、ぐいっと中の酒を呑んだ。
『フン。侮辱されても、そなたは何とも思わぬのか』
あくまでも呑んでいるのは『シャドウ』なので、呑んだ気はしないだろうが、呑みたい気分だったらしい。
俺は片手でちびりと呑みながら答える。
「片腕のことでとやかく言うやつは、腕がないから弱い、という固定観念に縛られている。俺が、片腕が視えないスキルや魔法を使っていたとして、もしそいつと戦闘になれば確実に虚を衝ける。侮ったことを死んでから後悔することになるだろう」
もし俺が隻腕の敵と対峙すれば、なぜ一本しかないのか真っ先に考え警戒する。本当にないだけならいいが、視覚的に見えないだけなら、やりにくくて仕方ない。
『そうかもしれぬが――そぉーいう実戦的な話ではなくてだ!』
あのあとから、ずっとライラはこんな具合にぷりぷりと怒っている。
『そなたの、名誉の話だ……。妾は、それを汚す輩を許さぬ』
「汚されるほどの名誉がないからな」
『なぜそう自己評価が低いのか』
今度をツマミをつまんでむしゃむしゃと食べはじめた。
『ワワークが言っておったな。あれはどうするのだ?』
「右腕のことか。ないならないで構わない。せっかく慣れてきたところでもある」
『適応能力の高さは驚嘆に値する……が、妾はやはり……二本の腕でぎゅっと……』
「ぎゅっと……何だ?」
膝の上で『シャドウ』がもじもじしている。
「あの! さっき講師をされていたアルガンさんですよね」
隣いいですか? と若い女性職員が訊いてくるので、俺はうなずいた。
『む?』
空席なのだから、気を遣わず座ればいいものを。
「よかったぁ。おひとりですか?」
「ええ。講習を受けられた方ですか?」
「はい、そうです。さっきの話は――」
熱心な職員のようで、隣にやってきた彼女は細かく俺の冒険者試験のことで尋ねてきた。
仕事に真剣に取り組めるというのは、いいことだ。
俺もその姿勢は見習うべきだろう。
しばらく彼女と話をし、夜も更けはじめたので店を出ることにした。
「あ、あの……。お時間よろしかったら、もう一軒どうでしょう? 静かなお店、知ってるんです」
「すみません。今日はこのへんで失礼します。お誘いありがとうございました」
小さく一礼して、俺はその場をあとにした。
『むむむむむむ。やはり、顔か……!? それとも眼鏡か……? 片腕でも、逆にそれがミステリアスな魅力を引き立ててしまっておる……! みぃはぁなオンナめ……!』
ちらりと振り返った先では、さっきの女性職員が手を振っていた。
「魅力がどうではなく、ただ単に目立つんだろう。印象にも残りやすい」
『そうであろうか』
と、ライラは懐疑的だった。
その点では、もう暗殺者としては失格だろう。風貌が印象的では、仕事にならない。
「さっき、何か言いかけたな。ぎゅっとがどうとか」
『……わ、忘れた』
「じゃあ思い出したら教えてくれ」
『シャドウ』を肩に乗せ、王都の町を歩く。
『エイミーはまだ起きぬようだ。そなたはどうしたい?』
「わからない。もうスキルが使えないのであれば、脅威ではなくなるが、エイミーの暗殺者としての技能は、スキルや魔法頼みではない。野放しにするにしても、一抹の不安は残る」
『では、寝ている間に殺しておくか?』
「……」
『冗談だ。殺させはせぬ。そなたにその提案を否定してほしかっただけだ』
どこかほっとしている俺がいる。
エイミーの戦力を低下させる戦闘プランでは、俺は死んでいるはずだった。
そのせいだろう。
想定してない状況に、俺はまだあの人をどうしたいか判じかねている。
「起きたら、話をさせてほしい」
『無論、真っ先にそなたに教えるつもりである。安心せよ』
「ああ、頼む」
『妾も、エイミーには礼を言わねばならぬからな』
「礼? どうして」
『あの女がおらねば、妾とそなたは出会うこともなかった』
ちらっとこちらを見ると、すぐに俺の死角に逃げた。
「クサイことを言うようになったな」
『よ、酔っ払っておるのだ』
呑んだのは『シャドウ』だろう?
そう思ったが口にはしないまま俺は小さく肩をすくめた。
『これからどうするつもりなのだ?』
「宿に帰って、明後日の講習の準備を……」
『そうではない。丸顔の虎男から頼み事をされたのだろう?』
タウロのことを言っているらしい。
「その件か」
簡単に言うと、冒険協会内部では、冒険者上がりのタウロがマスターであることを良しとしない者がいるそうだ。
『つまらぬクーデターだ』
「どの組織にも起こり得ることだろう」
ウェルガー商会でも、本来のマスターは謀略でその地位を追い落とされてしまった。
だが、事はそれほど単純ではない。
周囲に誰の気配もないのを確認して、俺は話を続けた。
「タウロをマスターにしたのはランドルフ王だ。タウロは当時Sランク冒険者で、戦争時に活躍した。その功績で当時諸侯は納得したというが、戦後の高揚感もなくなった今では、反マスター派の貴族が増えはじめているという」
『己が力を行使する才能と、権力を操る才能は、まるで別であるからな』
魔王が言うと、説得力が違うな。
「さて。冒険協会では今どういう構図になっていると思う?」
『半ば代理戦争といったところか。国王が推したマスターと、それが気に入らない貴族たち。虎男を追い落とせば、王の顔は潰れ、冒険協会は完全に貴族のものとなる――』
「その通りだ」
タウロにマスターが変わり、冒険者への報酬基準額が上がったそうだ。
上がった額は本来冒険者がもらうべき報酬であり、強引に引き上げたわけではない、と手紙には書いてあった。
では、もらえたはずの金はそれまでどこに流れていたのか――そんなこと、考えるまでもない。
それをランドルフ王も憂慮していたからこそ、当時唯一のSランク冒険者だったタウロにマスターを任せたのだろう。
『冒険者と冒険者ギルドのシステムというのは、よくできておる。それが衰退してしまうのであれば、有能な人材は他国に流れることになるであろう』
「そうなっては、職員も数を減らさざるを得なくなる。せっかく採用してもらった仕事でもある。貴族が甘い蜜をすするせいで辞めるはめになるのは癪だ」
『その手の輩は、跳ね返りの有能な人材ほど先に切りたがるからのう』
「となれば、下っ端の俺よりも、アイリス支部長やミリアが――」
『なぜここまで自己評価が低いのか……貴様殿のことを言ったのだが、まあいい』
月が高く昇った王都の繁華街はまだ騒々しく、店の前を通るたびに楽しげな大声が聞こえてくる。
『そなたがどうにかするのか?』
「おまえも言っただろう。自分の力を行使するのと権力を行使するのとでは、まるで別の才能が求められると」
うむ? と俺の言いたいことが見えない『シャドウ』は小さく首をかしげた。
「権謀術数に長けたちょうどいいやつを知っている」
『ほう。そなたにもそのような知り合いが』
「暇を持て余しているらしい。受けてくれるかはわからないが……あいつがタウロのブレーンとなれば、俺も安心できる」
『そなたにそこまで言わせる、権謀術数に長けた者……ま……まさか……!?』
ぐいぐい、と『シャドウ』が俺を引っ張った。
『な、ならぬぞ!』
「?」
『ひ、暇をしておるように、そなたの目には映るかもしれぬ……だが、わ、妾には、そ、そなたの帰りを待つという、大事な仕事がっ』
「おまえじゃない。セラフィンのことだ」
『…………』
俺が小さく笑うと、げしげし、と『シャドウが』俺の首を蹴った。
『わっ、妾を謀りおったな!』
「おまえが勝手に勘違いしただけだ」
『妾に恥をかかせおって!』
「ずいぶんな言いがかりだな」
明日あたりにでも王城に行ってみよう。




