隻腕の講師2
王都に到着すると、冒険協会本部に顔を出し指示された宿屋に向かい、部屋に荷物を置く。
講習まであと少し時間があるので、しばらくくつろぐことにした。
『妾も自ら行きたかったのだが』
と、ライラが出した『シャドウ』が言う。
「おまえを見慣れない王都の民が、魔王の魔力をどう受け止めるかわからない以上『シャドウ』を派遣するほうが無難だろう」
『そうであろうな……』
「早くできるといいな。首輪」
ライラは、王都での飲み食いを毎回楽しみにしている。
それができないのが残念なんだろう。
『あれからディーがワワークに進捗を確認したようだが、やはりまだ時間がかかるそうだ』
特殊な一点物の道具は、そう簡単に出来上がらないらしい。
「魔力を制御するだけの首輪でいいなら、すぐだったんだがな」
『わ、妾は、デザインも含め、あの首輪を気に入っておる』
本心でそう思っているかどうかはよくわからないが、身につけるものにはこだわりがあるのかもしれない。
荷物から取り出した講習用にまとめた資料を確認する。
『真面目な男よな、そなたは』
「引き受けた以上は、全うする。それだけだ」
『何だかんだ言っても、そういう姿勢が色んな人間に頼られる理由なのだろう』
くつくつ、とライラが笑う。
時間に遅れないように宿をあとにし、本部を目指す。
場所は、以前俺が試験官講習を受けたのと同じ場所だった。
早めに着いてしまったせいで、まだ室内はがらんとしている。
「……」
『どうかしたか?』
「いや、どうもしない」
足元の『シャドウ』が俺を見上げた。
『どうもしないわけではないであろう。あっちへウロウロ、こっちへウロウロ……まるで落ち着きがない』
「そうか?」
『…………まさか……そなた、緊張しておるのか?』
「そんなわけないだろ」
資料を再度確認する。
『上下が逆だ』
「……」
教えられてようやくそれに気づいた。
「背中のあたりが、なぜかそわそわする」
『緊張しておるのだ』
「腹の底のあたりが、落ち着かない」
『緊張しておるのだ』
「人前で説明する仕事より、人を殺す仕事のほうが落ち着く」
『くふふ。とんだシリアルキラーだ』
「おかしい。エイミー戦でも、魔王戦でもこんなことには……」
『不慣れなことをしようとするから、平気だと思っておっても、内心プレッシャーを感じておるのかもしれぬ』
くすくす、とライラがまた笑う。
『そなたにも、このような弱点があったとはな』
「弱点ではない」
『そう強がるな。以前も、この講習会で前に出て何か解説をしていたと思うが……』
「あれは、講師に魔法陣について意見をしただけだ。集まった人たちに説明をしたわけではない」
『戦闘のほうが落ち着くようでは、そなたにはまだまだ「普通」は遠そうだな」
「おまえが『普通』を語るとはな」
がらり、と扉が開いて、一人の女性職員が中に入ってきた。
「あ。あなた――」
俺と目が合うと、覚えがあるのかこちらへ駆けよってきた。
彼女がちらりと袖しかない上着に目をやったので、俺は仕事中の事故だと言っておいた。出会う相手にいちいちこうして説明するのも骨が折れるな。
「前回、試験官講習会に出てましたよね?」
「はい、そうですが」
「わたしもそうなんです。今日もまた講習会に来てて。あのときはまだ新人って話だったのに……今はもう講師なんですね!」
フン、と足下で機嫌悪そうな鼻息が聞こえた。
「いえ、そんな大層なことはしていませんから」
「そんなことないですよ! 今回の講習会の講師はみんな有名な魔法使いや、本部で出世した職員たちばかりなんですから」
そこに、俺が名を連ねているのか。
「以前、解説してくれた魔法も、すごくわかりやすくて……とっても参考になりました」
「それならよかったです」
笑顔を返すと、照れたように微笑み、小さく頭を下げて最前列の席に座った。
『ビジネススマイル』
「何か言ったか?」
何でもない、とライラは言って教卓の下に座り込んだ。
『ああやって女子を絡めとっておるのだな。悪い男だ』
「そんなつもりはない」
『つもりはなくてもだな――。妾は、今日、そなたから片時も離れぬからな』
「好きにしろ」
徐々に人が集まりはじめ、席が次第に埋まりはじめた。
「あー。ロラン君か!」
やってきた男性職員が声を上げた。隻腕の件は聞いているらしく、とくにそれは触れなかった。
「どうも、ご無沙汰してます」
彼には覚えがある。王都の南支部へ派遣されたときに知り合った職員だ。
快活に笑う彼と握手を交わす。
「間違いなく出世するだろうなって思ったオレの目に、間違いはなかったらしい」
「たまたまそういう話がきて、断れなくなっただけですよ」
「たまたまとは言うが、そんな話、普通こねえから」
『普通』は、こない、だと……!?
衝撃を受ける俺に、男性職員が補足してくれた。
「いや、いい意味でな、いい意味で」
いい意味なら……いいのか……?
素直に喜んでいいのか、よくわからなかった。
「キレ者職員の講習、楽しみにしてるよ」と言い、彼は空いている席に座った。
時間になり、俺は簡単な挨拶からはじめた。
はじまるまで感じていた緊張とやらは、もうなくなっていた。
タウロには、普段俺の冒険者採用基準やその考えを話してくれと言われている。
ほとんどの人間がペンを握り、俺の話を聞いて何かのメモを取っていた。
「合格基準である魔力の基準値は一〇〇〇とされていますが、これはあくまでも基準値であり、絶対のものではありません。まるで届かなくても、それを補う何かがあれば、合格としています」
室内がざわついた。
「え。魔力の基準値は、超えてないと冒険者として使い物にならないんじゃ」
「最低も最低の基準だから、スキルが上手く使えないって話で……」
「私もそうだって聞いたけど……」
私語が飛び交う中、俺は構わず続けた。
「教わったその基準値というのは、誰が考えたものなんでしょう」
問いかけるように話すと、答えに窮して誰もが口を閉ざした。
「あくまでも基準です。たしかに、スキルの使用時、わずかながら魔力を消費することもありますが、それも人によります」
ラビが二三〇だったのを例に挙げて、話を進めた。
「基準値を大きく下回った彼女のスキルは、防御特化型。職員のみなさんなら、この有用性が理解できるはずです」
うんうん、と大勢の職員が首を縦に振っている。首をかしげる者はほとんどいなかった。
「魔力の基準値だけでは判断できないという好例です。他には、人間性や、将来性、特異性を考慮した上で、合否は総合的に判断しています」
それぞれ、俺が合格にした冒険者たちを挙げ、結果的に今どうなっているのかを話していった。
「んな、細ぇことはいいんだよ」
最奥にいる職員が言うと、静かな室内によく響いた。
「将来性だとかそんなことよりもよぉ。オレを倒せるかどうかだ。それがオレの基準よ。それに納得いかねえなら余所にいけってんだ」
「仰る通りです。合否は試験官に一任されます。それもまた合格基準です」
我が意を得たり、と男は満足げにうなずく。
だが、俺の話は終わってない。
「ですが、それでは才能を見落としてしまう可能性があります。だからこうして、僭越ながら講習をさせていただいているんです」
「実戦で力がなけりゃ、すぐ死んじまうのが冒険者だろうがぁぁぁ!」
「最初から強い人間はいません。向上心を持ち続け努力できる人間だけが強くなれます」
「そんな綺麗事じゃあ試験官なんてできねぇんだよぉぉぉ。あんたがそうやって理屈振りかざしてんのは、テメェが腕無しで弱ぇからだろうが」
「そうですね。片腕ですから、大した力はありません」
俺が取り繕うと、足下から凄まじい魔力の圧を感じた。
『あの男……許さぬ……!』
「落ち着け、阿呆」
こん、とつま先で小さく『シャドウ』を小突いた。
「な、何、今の……!?」
「講師のあの人からだ……」
ライラの魔力を感じたのか、みんなが青い顔でこちらを凝視している。
「僕は弱いですが――」
「だったら偉そうにしてんじゃねえ」
スキル発動。
一瞬にして最前から最奥に移動し、男の背後を取り親指で喉を押さえる。
「っ?」
「あなたの喉を潰して声を失わせることくらいはできますよ」
耳元でささやくと、周囲にいた職員たちが驚いて一斉に距離を取った。
「え? 消え、え。いつ――」
「意見があるなら、挙手をお願いします」
脂汗が肌から滲んでいるのがわかる。それと小さく震えてもいた。
「わ、わ、悪かった……あ、謝るよ。だ、だから、離して、く、くれ……」
ご要望に応えて手を離すと、恐怖に染まった顔でこちらをゆっくりと振り返った。
「意見があるなら、挙手をお願いします。と、さっきから言っています。……返事」
「……は、はひ……」
「ご理解いただけて何よりです。――中断してすみません。続けましょう」




