隻腕の講師1
「なあ、ロラン頼むー!」
カウンターの向こうで、タウロが両手を合わせて俺を拝んでいる。
「断る。何度頼まれても同じだ」
「そう言うなってぇ」
な? と拝んだ手の脇から顔を覗かせる。
丸顔髭面の大男にそんな仕草をされても全然嬉しくない。どころか、むしろ逆効果だ。
「返事が全然ないから、わざわざ王都からラハティまで来たんだぞ?」
その手紙なら、今ごろどこかで燃やされているだろう。
読んですぐゴミ箱に捨てたからな。
「来てほしいとは頼んだ覚えはない。わかったのなら、とっととそこをどくんだな。そこは冒険者の席だ」
「そんなつれないこと言うなってぇ」
何の話をしているのか、と他の職員たちが聞き耳を立てているのを感じる。
「講習を受ける分にはまだいい。俺はさほどキャリアのない平職員だからな。講師に学ぶことも多いだろう」
だが、今回このギルドマスターが持ってきた話は逆。
「おまえなら務まるって。講師」
「断る」
「だーかーらー。ちょっとくらい悩めよぉぉぉ」
「唾を飛ばすな。相変わらず声がデカい」
迷惑そうに俺は上体をそらしながらタウロと距離を取った。
冒険者試験官として俺がやっていることを、集まった各支部の試験官に話してほしいという。
実績を評価してくれたようだが、今回に限ってはありがた迷惑だ。
「片腕になって、むしろ風格が出てきたともっぱら評判なんだぞ?」
「他人がどう評価していようが、講師が務まるかどうかは別の話だ」
「うぐ……そうなんだが……」
勧誘の文句を考えるようにタウロが黙っていると、隣の席から聞き慣れたダミ声が聞こえてきた。
「あーっ。オレならぁ? 冒険者試験官、何年もやってたからぁー。実績、経験ともに十分過ぎるっていうかぁ?」
隣にいるモーリーがちらちら、とこちらを見ながら、聞こえよがしにデカい独り言を言う。
……ちょうどいい。
「俺の先輩にあたる彼なら、問題なくこなせるはずだ」
心にもないことを言うと、モーリーが目を輝かせながら期待の眼差しをタウロに送った。
「はぁ……おまえ以上の適任者は他にいないんだ、ロラン」
俺の提案はあっさり無視された。
何か他にアピールポイントはないのか、モーリー。
おほん、とわざとらしい咳払いをして、また独り言をしゃべりだした。
「アレを教えるのはマズイけど、まあ? WIN-WINになるってーなら? 講師やってもいいかなぁー? アレ教えるのは、ちょっとヤベェんだけどなー?」
たぶん、大したことではないのだろうが、コツらしき何かをチラつかせて興味を引く気か。
ビキッ、とタウロのこめかみに青筋が入った。
カウンターを叩くと、ドンと大きな音が事務室に響いた。
「静かにしてろ。今ロランと大事な話をしている」
逆効果だったらしい。
「…………させん」
小声で謝ったモーリーは、みるみるうちに小さくなっていった。
出しゃばりで目立ちたがり屋なモーリーからすると、絶好の仕事だっただろうに。
「おまえが断固として拒否するなら、オレだって奥の手があるんだぞ!」
「ほお。面白い。やってみろ」
「吠え面をかくといい」
そう息巻いたタウロは席を立つと、カウンターの内側を通り、支部長室に入っていった。
「あいつ、まさか……」
ニ、三分ほどすると、アイリス支部長が出てきて、タウロが後ろに続いた。
「ロラン。手紙、返信してないんですって? 冒険協会からの手紙だったし、私、ちゃんと渡したわよね?」
後ろでタウロがグフフと笑っている。
こいつ……! アイリス支部長に泣きついたのか。
ゆるく腕を組んでいるアイリス支部長は、やれやれと言いたげな表情をしている。
「はい。個人的な頼み事でしたので、返信するまでもないと判断しました」
「王都で冒険者試験について講師をすることが、個人的な頼み事?」
本当はあまり人前には立ちたくないだけだが、言いわけがそろそろ苦しくなってきた。
「あなた……陛下の頼み事なら、渋々って顔しつつ結局引き受けるのに、マスターの頼み事はすごーく嫌そうに拒否するのね?」
「はぁぁぁ? 陛下のは引き受けるのか、おまえ」
「結果的にそうなっただけだ。それに、立場が違うだろ」
「はい出た、ツンデレー。何だかんだ文句言いながらきちんと仕事してくれるヤツー。だったら、今回の件だって別にいいだろー?」
「ランドルフ王は、個人的にも親しいからだ」
「オレは!? 親しいよな!? な?」
「そんなに俺に頼みたいなら、命令をすればいい」
「くうう……命令したら、なんか負けた気がする……永遠におまえを説得できないと自分で認めるみたいで……」
呆れたような顔で、アイリス支部長は、俺とタウロを交互に見ている。
「さっさと諦めて、他の適任者を探すほうが建設的だと思うが」
「オレが一番偉いんだぞ!」
「俺はおまえの部下ではない。アイリス支部長の部下だ。普段顔も見ないような男に、偉ぶられても」
「んだと、こんのぉぉぉ!」
「――いい加減にしなさいっ!」
アイリス支部長が金切り声を上げた。
「ロラン、話を聞くに、最適任者はあなたよ。これも仕事の一環なんだから、行ってちょうだい」
じろり、とタウロを見ると、勝ち誇ったような顔をしていた。
「そうだぞ、ロラン。我がままを言うな」
「先に自分の都合を押しつけてきたのはおまえだろう」
「友達なのに、陛下だけ贔屓するからだ」
「してない」
「してますぅー」
「マスター!」
びくん、とタウロが肩をすくめた。
「はい……?」
「ロランに仕事を頼みたいのなら、私を経由してください。これでも、彼の上司ですから。王都にヘルプで派遣したときはそうだったのに、今回はどうしてこうなんですか?」
ちら、とタウロに目をやると、視線が合った。
目だけで、わかってるよ、と返事をされたような気がした。
「いや、すまんすまん。知っての通り、こういう間柄だからな」
ぐいっと無理やり肩を組んできた。
「おい、離せ」
「ロランが懐いてない猫みたいに嫌がってますけど……」
「ガハハハ。昔からこういう男だ。だから直接の頼み事もふたつ返事をしてくれると思ったんだが、フラれてしまってな」
それはそうだろう。
俺でなくてはならない理由はないが、『どちら』の仕事も上手くこなす、という条件であれば、最適任者は俺になる。
「マスター、次からはいつも通りでお願いします」
「ハッハッハ、わかってるわかってる」
「ロラン、お願いね。講師の件」
「……わかりました」
バシバシとタウロに遠慮なく背中を叩かれた。
「来週からだ。頼むぞ、ロラン」
「ああ、わかった」
帰るタウロを見送るためあとをついていくと、表ではなく、タウロはわざわざ人けのない裏口から出た。
誰もいないところで、タウロがぽつりと口にした。
「冒険協会の膿というか、闇の部分だ。あまり、その……」
「わかっている。アイリス支部長を巻き込むわけにはいかない、というおまえの気遣いは察している。直接連絡してくれてよかった」
「世話をかける」
「本当に悪いと思っているなら、他をあたってくれ」
「おまえ以上に頼りになる男を、オレは知らない」
苦笑して、俺は肩をすくめた。
「腕の件は、すまなかった」
「何だ、いきなり」
俺が右腕を失った責任を感じているらしかった。大規模クエストに俺を指名してのはタウロだった。
タウロが何も言わないので、俺は思っていることを伝えた。
「エイミー撃破の代償を考えれば、腕一本程度安すぎるくらいだ。元を言えば、おまえの情報のおかげでもある。それがなければ、アルメリアは暗殺されたかもしれない」
「わかった。これ以上はもう言わん。謝らんし、礼も言わん。……だがもし腕が治るのなら――」
「不要だ。今の仕事は、片腕で事足りる」
声もデカいしデリカシーもないタウロだが、情に厚いのは変わらないようだ。
「ロランの同居人の――」
「……」
「その彼女のために、別荘を用意しよう。この件が上手くいったら」
「気難しい女だ。気に入るかどうかはわからないぞ」
「ああ、いいさ。それで。『ついでに』ロランが気に入ればいいなとオレは思う」
じゃあな、とタウロは表に繋いでいた馬に乗って去っていった。




