Evangelium04-4:夕べの祈り
イヴは右手にハンドガンを持ちながら、正気を失った難民を体術でなぎ倒していく。時にはハンドガンのグリップで襲い来る敵を殴りつけ、格闘の延長で適宜発砲した。背後からは説得に賛同したゼノイドたちが援護射撃を行いつつ、イヴの先導で前進する。
攻撃の波が途切れた隙に、イヴは空になったマガジンを落とし、腰のポーチから新しいものを取り出して装填、スライドをリリースする。
「致命傷を与えないよう注意してください!」
指示を与えながら、イヴはまた群れの中に切り込んでいった。一人の足を払い、一人の腕をひねって倒し、複数人に襲い掛かられれば足を撃ち抜いて無力化する。幾度となく戦地で共に戦った仲間でさえ、見惚れる手際の良さだった。
エレベーターホールに出たところで、難民たちが集中している一画に目を留めた。
「伏見さん!」
その中心に伏見がいることを確認すると、他の難民たちの間を一瞬ですり抜けていく。射線を確保すると、伏見に襲い掛かろうとしていた難民の足首の腱を狙って、走りながら発砲した。走りながらの射撃の命中率は限りなくゼロに近い。しかし、それでもイヴは正確に腱を撃ち抜いた。腱を撃たれた難民は立つという機能を失い、その場に倒れこむ。
まだ立っている難民たちと伏見の間に駆け込み、銃を向けた。
「倉島先生もいらっしゃったんですね。怪我はないですか?」
「ああ、大丈夫だ。君こそ、体に異常はないかね?」
「私ですか? 特に問題ありませんが」
「……そうか。間に合ったか」
倉島は胸を撫で下ろした。
「イヴ、なぜここに? その銃は……」
「これはアカデミーで使っていた備品なんですが――」
話の途中で、ハオが意味不明な言葉をわめきながら左腕を突き出してきた。が、イヴは難なくその鈍重な突きを回避すると、腕を捕まえてひねりながら床に倒れこんだ。ぶちぶちと筋繊維が切れる音がして、移植された左腕は使い物にならなくなった。ハオは痛みのあまり狂ったように笑い出したが、イヴはそれがハオだということに気づいてすらいなかった。
「細かい話はあとです。とにかく地上に出ましょう」
「いや、ダメなんだ」
「ここには、君の弟や妹たちがいる。一緒に助け出したい」
弟や妹という単語に、イヴは血相を変えた。
「どこですか!」
「こっちだ」
倉島は地面でのたうち回る難民を恐る恐る踏み越えると、エレベーターホールの角から伸びる通路へと走り始める。伏見もそれを追いかけ、イヴはドイツ語でついてくるように指示を与えながら移動を開始した。
幸い倉島のIDは生きており、指紋認証によって第二居住区画への扉のロックが解除される。
「動くな!」
扉が開かれるやいなや、甲高い声が通路に響いた。反射的にイヴたちは銃を構える。机やソファーを組み合わせて作ったバリケードの向こうには、同じように銃を構える子供たちの姿があった。ただしその銃は青や黄色に塗装されたただのおもちゃで、ごっこ遊びに使っていたものらしかった。
その中の一人を見て、イヴは驚いたように薄く口を開いた。銃を下ろし、ゆっくりと近づいていく。
「動かないでください! 撃ちますよ!」
「大丈夫、私たちは味方です。ほら」
イヴはそう言いながら、眼鏡を外して自分の目を指で示す。その灰色の目を、小さな灰色の目が見つめ返した。イヴの背後から倉島が姿を見せたこともあり、子供たちは顔を見合わせておもちゃの銃を下ろす。
眼鏡をかけなおすと、小さな女の子の目の前まで来て、イヴはしゃがみこんだ。
「こんにちは」
「……こんにちは」
イヴにとてもよく似た女の子は、わずかに戸惑いを見せながらも挨拶を返した。
不意に大きな破裂音がして、子供たちは驚いて耳を塞いだ。ゼノイドたちが追ってくる難民たちに威嚇射撃をした音だった。難民たちの足が止まったのを確認して、ゼノイドたちと伏見も第二居住区画へと入り、扉を閉める。鉄製のシャッターが下りてきて、オートでロックがかかった。
「これでひとまず安全かな……」
「閉じ込められた、と言うべきだろう」
伏見の楽観的な物言いを、倉島が訂正する。倉島はわずかに息を切らしており、バリケードに使われていたソファに腰を下ろすと、呼吸を整えた。
「この子たちを連れてあの中を突破するのは危険すぎる」
「弾薬の残りは?」
伏見に訊ねられ、イヴやゼノイドは銃のマガジンを確認する。数人はすでにすべての弾を撃ち切っており、残りを集めても十三発しか残されていなかった。
「とてもじゃないですが、あの数を相手にするのは難しいですね」
伏見はイヴの手のひらの上の弾丸を眺めながら、顎に手を当てて思案する。
「……確かに全員を守り切るのは難しいかもしれないけれど、数人でならあの中を突破してエレベーターまでたどり着けるよね」
「可能かもしれませんが、残された人たちはどうするのですか?」
「僕が及川と会って、説得してみる。あの人の企みを止める材料は得られたしね。どうですか、倉島博士」
「……それしかあるまい」
「私が一緒に行きます。ようやく恩返しができそうです」
言いながら、イヴはマガジンに弾丸を込め始める。
「君、その銃を貸してくれないかな」
伏見にそう言われて、カインは困ったようにイヴを見た。
「使えるのですか?」
「諜報員だったこともあったからね」
イヴはそれを一種の冗談だと捉えていたが、カインに銃を渡すよう視線を送る。伏見はカインから銃を受け取るとマガジンを抜き取り、銃を脇にはさんで、イヴの手から六発の弾丸をつかみ取る。慣れた様子で弾を込め、銃に装填してスライドを引いた。伏見が銃を扱ったことがあるのは明らかだった。
イヴは頷くと、残った弾をすべてマガジンに込めて銃に装填し、同じようにスライドを引いた。
「行きましょう。私が前に出ます。……後ろから撃たないでくださいね」
「努力する」
二人は顔を合わせて微笑み合った。
シャッターが上がって、第二居住区の扉が開く。威嚇射撃が功を奏したのか、難民たちが扉の前に殺到していることはなかった。二人が第二居住区を出ると、すぐに扉が閉められる。
エレベーターホールの方から、イヴたちに気づいた難民がゆっくりと近づいてくる。
「頼むよ、ポイントマン」
「全速力で行きます。はぐれないように」
「了解」
伏見は一呼吸置いてから、イヴの肩を叩いた。合図を受け、イヴは膝を軽く曲げた姿勢から駆け出した。
まずは迫ってくる三人の難民の足を、イヴは三発で射抜いた。バランスを崩したところに肩から突っ込んでいき、壁に穴をこじ開け、エレベーターホールへと走り抜ける。伏見はイヴの開けた穴を通り、それに続いた。
幸いエレベーターホールに残っていた難民はそれほど多くなかったので、残りを無視して二人はエレベーターへと直進した。
「うっ!」
イヴは突然エレベーター脇の通路から飛び出してきた難民に突き飛ばされた。受け身を取るも、エレベーターホールの隅まで転がっていく。
伏見はイヴを突き飛ばした俊足の難民に狙いを定め、発砲した。しかし、その難民は発砲を確認してから、弾丸を避けた。
「嘘だろ……」
その難民の両足は、上半身とは不釣り合いなほどに逞しく太かった。骨格も通常の人間のものとは違い、走ることに特化したフォルムにデザインされているようだった。
体勢を立て直したイヴがその難民に向けて発砲するが、軽く後ろに飛びのいて難なく回避する。反射神経も人並み以上だということを、イヴは認識する。
「追いかけっこといきましょう」
イヴはそう言うと、挑発するようにその場で跳ねたあと、着地と同時に駆け出した。ほとんど反射的に、俊足の難民はイヴを追いかける。
床を転がる難民たちを飛び越えながら、イヴも負けず劣らずの脚力を披露するが、最適化された脚と走りには敵わない。すぐに距離は詰められていき、イヴの正面には壁が迫る。逃げ場はなかった。
壁に激突する寸前、イヴは飛んだ。そのまま駆け上がるように一歩二歩と壁を蹴ると、全身のバネを使って宙返りをする。イヴを追いかけていた難民は、スローモーションのように頭上を飛んでいくイヴの顔を見た直後、壁に激突して鈍い音を立てた。一方で、イヴは膝を使って柔らかに着地する。
「イヴ!」
エレベーターの方から声をかけられて振り向くと、伏見がエレベーターを呼んで中で待機していた。同時に、残っていた難民たちがエレベーターへ集まり始めている。
イヴはすぐさま思考を切り替え、エレベーターへと走り出した。途中難民たちが立ちふさがったが、ほとんど速度を落とすことなく回避して、時に飛び越え、時にくぐり抜けて、瞬く間にエレベーター内へと滑り込んだ。
伏見がすぐにボタンを押し、扉が閉じるまで、二人は残弾を迫りくる難民たちの足や肩へと乱射する。ちょうど二人の銃のスライドが後退して止まったところで、扉は完全に閉まった。
息を切らした伏見は、エレベーター内に座り込んで銃を置いた。
「どうだった? 結構動けるでしょ」
「アカデミーの基準で採点するのであれば、八点ですね」
「十段階評価で?」
「百点法です」
イヴの容赦ない採点に、伏見は吹き出した。
そして、地上一階でエレベーターが止まる。
この作品はシェアード・ワールド小説企画“コロンシリーズ”の一つです。
http://colonseries.jp/




