04
一つの部屋に柔らかい風が吹いた。
砂漠に囲まれているこの国、エーアゾルにおいては珍しい爽やかな風だった。
開いた窓から流れるそれは、少しの冷たさを伴っていて、部屋のベッドで横たわる男は体を僅かに震わせた。
「クラリー」
「なに」
「窓、閉めてくれないか」
「私はあんたの従者じゃないのよ」
男に呼ばれた女、クラリーはそう言いつつも座っていた椅子から立ち上がり、窓を閉めた。
彼女は後ろに束ねられている赤毛の長髪を軽く揺らして、ソバカスが目立つ顔を厭らしい笑みの形にする。
「はい、閉めた。対価をちょうだい」
「これ以上僕から何を取ろうって言うんだ」
「金よ、金。結構溜め込んでいるんでしょ?」
クラリーは右手を広げ親指と人差指の先だけ付けて、輪の形を作りながら男に詰めた。
冗談めかして言ってはいるが、女の目は本気だった。
対し、男は女の言動に呆れた様に軽く溜息を吐く。
「相変わらず金にがめついな、『守銭奴』のクラリー」
「そう言うあんたは、随分変わった姿になったわね、『黒血』のセージ」
「まぁ、な」
そう言って、男――セージは軽く左腕を上げた。彼の左腕は、肘から先がなかった。
どころか、彼は右肩そのものもなければ、下半身から伸びる両脚も、太もも以降が消えていた。
だけど、彼は生きていた。
セージとゲールタイガーの死闘から二週間が経った。
彼の命を懸けた怒号は、森の付近を歩いていた冒険者たちに届き、運が良いことに彼らは善良で慈悲があった。
セージは彼らによって今ここに居る治癒院に運び込まれ、一命を取り留めたのだ。
ここで更に幸運だったのは、彼が己の血を操るのに長けていたことだ。
本来なら、あれだけの傷で森を歩けば雑菌やウイルスに犯されてもおかしくはない。
だけれども、無意識下にあって、セージはその菌をシャットアウトしていた。
呪術師に流れる血は、己のテリトリーに入る害悪を由としなかったのだ。
つくづく自分はツいている。
彼はただそう思った。
四肢が全滅しても尚、彼は自分を幸運だと思っていた。
――失った物を数えることさえ困難。
そんな状態にあるセージは、だけど悲壮感を全く見せず、クラリーに笑いかける。
「しかし、黒血とはまたなんとも大仰だ」
「文句があるなら、付けたヤツに言いなさいよ。私なんか守銭奴よ?」
「ぴったりじゃないか。いやさ、僕、髪が黒くて血の呪術を使うから『黒血』だろ?」
「それが?」
クラリーの促しに、セージは殊更に笑みを深くした。
「見舞いに来たマスターが言ってたんだけど、最近、酒場で噂が流れているらしいんだ」
くつくつと喉を鳴らし、おかしくてしょうがない、そう言わんばかりにセージは楽しそうに笑う。
「あいつはホントに黒い血が流れているバケモノだ、ってさ。はははっ、笑えるよな」
クラリーは笑わなかった。
(そりゃそうでしょ)
彼女は声には出さなかったが、その噂を知っていたし、また流れるのも無理はないと思った。
森奥の死神を都合六匹屠り、手足を全部失って、それでもまだ生きている。
実際、成果だけ見れば大したことはない。彼が笑っているのも、己がそこまで言われることをしていないという考えからだろう。
確かに、クラリーでもゲールタイガーの成体二匹、幼体四匹程度なら、上手く立ち回れば無傷で突破出来る。
だけどそれは、クラリーが剣技に優れ魔術も使える『魔剣士』だからこそだ。
戦闘力だけ見れば、クラリーも、酒場でその噂を話している傭兵仲間たちも、セージよりずっと上だ。
しかし。
果たして、自分がセージと同じ能力を持ち、同じ状況にあった時に、彼と同様の事が出来るのか、そう問われれば、彼らは首を横に振るうだろう。
凡そ戦闘に向かない呪術師、それも血を操ることしか能がないセージがそれを成したから、異常さが際立っているのだ。
――バケモノ。
あるいは、そう言われても仕方ないのだろう。
あらゆる意味で、セージはマトモではなかった。
特に、そのメンタビリティ。
理不尽に死に掛けて、手足を無くした対価が獣六匹の討伐。割に合わなさ過ぎる。
更に、クラリーが聞いたところによれば、彼は――
クラリーは、未だ笑うセージに向けて問う。
「……あんた、魔力を賄う為に寿命を使ったんだって?」
「ん? ああ、多分、三十年ぐらいかな。一瞬の魔力の為に、何十年がパーさ。ホント、やってらんないよ」
魔力が少ないってのはどうしようもないよな、とセージは笑った。
クラリーは、何がおかしくて彼が笑っていられるのか理解できなかった。
両手。
両足。
寿命。
笑えない。とても無くして笑えるものではない。
だけど、セージは笑っていた。
暗い魔術を使役する『呪術師』らしくない、爽やかな笑みだった。
いや、元々セージは呪術師らしくない呪術師ではあるのだが。
そう思えば、クラリーは彼の態度に疑問府を上げる。
(こいつ、こんな顔で笑う奴だっけ……?)
元々、セージと彼女はそれほど仲が良い訳ではない。傭兵仲間として幾度か同じ戦場を駆け、酒場で一緒に飲み食いしたことはあるが、それだけ。
クラリーがこうして彼に会いに来ているのも、見舞いの為ではない。仕事で来ているのだ。
彼女が知る限り、セージはもう少し大人しく、薄い人間だった。
かつての彼も笑わなかった訳ではない。お喋りな奴ではなかったが、常に仏頂面、と言う訳でもなかった。
だが、何と言うか、そう。
死んだ様な奴。
その言葉がしっくり来る。少なくとも、クラリーはそう認識していた。
彼女とセージは同い年だ。そして、傭兵歴も彼と同程度。
しかし、明確な目的の元に傭兵として命を懸けているクラリーとは違い、セージは特に何か目的や意義がある訳ではなかった。
――他にやることもない。
以前、そうセージが語っていたのを、ふとクラリーは思い出した。
空っぽの瞳で、空っぽの感情で、幽鬼の様に薄く、セージは酒を呷っていた。
彼女はそれを聞き流した。
意義があろうとなかろうと、戦場できちんと結果さえだせば、クラリーも文句はない。
事実、彼は戦争において『そこそこ』役に立っていた。
血操による治癒。そしてナイフ投げによる撹乱。おまけに、そのナイフには呪いが込められている。
俗に言う『治癒師』は、治癒を施行する魔力に魂のリソースを割くため、肉体の動きが鈍い。よって、治療が出来る術師は、通常後衛に控えている。
それは一般的な『呪術師』にも言えるのだが、彼は元々の魔力が少ない為に、肉体を制限されていなかった。
前線を駆けることが出来る呪術師。
そこまでやるのならいっそ剣士なりなんなり、一線で戦えるようになればいいのに、とクラリーが言えば、セージは「僕にそんな才能はない」とばっさり。
魔術も剣技も一級品なお前が羨ましいよ、かつて、そう彼女に言ったセージは、だけど言葉とは裏腹に、心底どうでも言い雰囲気を出していた。
その賞賛は戯れで言っただけであり、当時のセージはやっぱり空っぽだった。
しかし、だ。
今のセージはどうだ。
かつての彼より、ずっとギリギリで、ずっと死に掛けていて、だけど。
ずっとずっと、生命力に満ち満ちていた。あるいは、根拠のない自信に溢れていた。
相変わらずのうっとおしいくらいに伸びた前髪から、彼の瞳が覗く。
その黒い瞳は、ともすれば禍々しいくらいに、爛々と輝いていた。
「そう言えばさ」
とセージが思い返すように呟き、クラリーは我に返り頭を振った。
――こいつがどうあろうが、私には何にも関係がない。
あくまで仕事。あくまで金儲け。その為に、クラリーはセージに会っているのだ。彼がどうしてこんな変貌を遂げたのか興味はない訳ではないが、それを知って懐が潤うわけでもない。
クラリーは、自身の束ねられている赤毛を指で軽く弾き、セージに向き合う。
「なによ?」
「あれ、どうなった? ゲールタイガー」
「ああ、買取手が見つかったわ」
「六匹全部?」
「全部まとめて、よ。ガッポリ貰えそうだわ」
にんまりとクラリーが笑い、呼応するようにセージがまた笑った。
「ははっ、随分とまぁ酔狂だ。頭おかしいんじゃねぇの」
「あんたに言われたくはないと思う……まぁ、金持ちが何を考えているのかなんて、私には分からないけどね」
ゲールタイガーの剥製の売却。
それが、クラリーの仕事だった。
ただ、雇い主はセージではなく、獣の討伐を彼に託した森の地主だった。
地主は、セージの惨状に心を酷く痛めていた。
元々、こうなるとは思っていなかったのだ。森に住み着いたゲールタイガーは幼体二匹だけだと思っていた。
蓋を上げれば、実際は計六匹が森に居て、内の二匹が大人。
とても呪術師に捌ける量ではない。
結果、獣は全部討伐された訳だが、頼んだ呪術師は死に掛けで、四肢全損。
そのことに対し、だけど誰もその地主を責めなかった。セージでさえも、文句を言わなかった。
――知らなければ仕方ないし、知りようもない。それで死んだとしたら、死ぬほうが悪い。弱いほうが悪い。
往々にして、ここエーアゾルはそう言う気風なのだ。
それはその地主も分かっていたが、それでも彼は善良で人に報いる人間だった。
セージに払う予定だった報酬にかなりの額を上乗せしたのは元より、他に何か彼の為に出来ることはないかと考えた。
そこで地主に声を掛けたのが、金が動く匂いを嗅ぎ付けた守銭奴、クラリーだ。
彼女は主に傭兵家業で金を稼いでいるのだが、それ以外でも儲け話に敏感だった。
『セージがゲールタイガーを討伐した』
この事実が、彼女の脳みそを回転させた。『セージ』が、と言うより、『血を操る呪術師』が、と言った方がより正確だろうが。
クラリーは知っていた。
彼が獲物を屠るには、やっぱり血を操るしかない。
クラリーは考えた。
そうやって獣を殺せば、獣自体には損傷がないのではないか?
クラリーは知っていた。
エーアゾルには珍しいものに目がない金持ちが多い。
クラリーは思い至った。
傷がないゲールタイガーの死骸。それも大小合わせて六匹。――金になる。
これは全くその通りであった。
死骸は殆ど欠損がなく、何匹かにナイフの傷跡が僅かにあること以外は、それこそ剥製にするには具合が良かった。
そして、それに目を付けた収集家、もしくは自身の財力を示したい富豪が、少なからず居た。
そうして地主とクラリーは契約を結んだ。
森で亡骸になったゲールタイガーは、最早森の一部。つまり地主のものだ。
それを、『売り上げの大部分をセージに渡すこと』を条件に、地主は彼女に獣の死骸を譲渡した。
それで地主は死に掛けたセージに報い。
クラリーは幾分かの儲けを得て。
セージは予想より遥かに多く賃金を貰う結果になった。
嬉しい誤算だ、そうセージは笑う。
「お前じゃないけど、金はあるに越したことはないからな。これから物入りになる訳だし」
聞いたクラリーは、僅かに眉を顰めた。
それは、彼の発言を切欠に、酒場で流れていたセージに関するもう一つの噂を思い出したからだ。
聞かなくても問題がないその噂を、だけどクラリーは気になった。
どうしてそう思い至ったか、聞きたくなった。
一つの興味本位だ。聞いても懐は暖かくならないだろうが、聞くデメリットもない。
「ねぇあんたさ」
「ん?」
「義手義足を注文したって聞いたけど」
「するに決まってるだろ。こんなんじゃ何も出来ないぜ」
「……戦闘用の物を、何に使うの?」
黒血のセージが戦闘用の義肢を望んでいる。
噂を耳にした誰もが、馬鹿か、と口にした。
それはつまり、彼はまだ戦うつもりなのだ。
死に直面して、それでもまだ戦場に残るつもりなのだ。
普通に生活するだけなら、普通の物で事足りる。
例えばフィールドワークを行うつもりでも、まだ『普通の義肢』で充分だ。
しかし、聞くところによれば、彼が注文したのは戦争に耐えうる、戦場を駆けられる様にチューンナップされた特製の義手義足らしい。
エーアゾルの義肢は高性能だ。
しかし、だからと言って、それで全てのパフォーマンスが以前と同じ様に出来る訳ではない。
本物の肉体の方より反応が鈍いのは当たり前だし、戦場で何か不具合が起きたら目も当てられない。
確かに、クラリーも義手や義足を着けた傭兵を知っている。それで戦争に参加している傭兵も幾人か居る。
だけどそれは、例えば右腕だけだったり、左脚だけだったり、大体において、どこか一箇所の欠損を補っているだけだ。
セージの様に、四肢の全てを義肢で補い、それでいて戦場に赴くなど、とてもではないが聞いたことはない。正しく自殺行為だ。正気の考えとは思えない。
なにかの冗談ではないかとクラリーは一笑した。
少なくとも、以前の空っぽの彼では辿り着かないような答えだ。
だが、こうして気味が悪いほど楽しそうに笑うセージを見たクラリーは、あながち冗談ではないのだと思った。
クラリーの問いに、セージはキョトンとした顔で言う。
「何にって……戦争に参加する為だよ、そりゃ」
「死にたいの、あんた」
「むしろ生きたいから、さ」
「……傭兵以外でも腐るほどあるわよ、金の稼ぎ方なんて」
「ん……ああ、ちょっと違うんだ。そうじゃない、そうじゃないんだよ」
セージは笑う。ただ愉快そうに笑う。
「僕はさ、今まで生きていなかったんだ」
そうして、彼は語り始める。
世紀の大発見をした学者の様に、神様を見たと嘯く狂信者の様に、彼は瞳を輝かせて語る。
「死に掛けて、死にそうで、死にたくなくて。でも、考えてみれば、あれ程生に執着したことは今までなかったな。あの瞬間が、あの刹那こそが、僕に生きている実感をくれた」
熱に浮かされた様に、不健康な白い顔を僅かに高潮させ、彼は続ける。
「僕は怖い。何が怖いって、死ぬことが怖い。自分がなくなってしまうことが、怖くて堪らない。だけどさ」
柄にもなく興奮した様な口調だった。
少なくとも、クラリーは彼のこんな様子を見たのは初めてだった。
「生きている実感が欲しい。死ぬのは嫌さ。だけど、あの死の間際が僕に生をくれた! あれじゃないと駄目なんだ。こうしてベッドに乗せられて、何度も何度もゲールタイガーとのやり取りを反芻したんだけど」
セージは己の目を細めて、思い返した。
血に塗れ、呪いに溢れたその経験は、だけどまるで煌く宝石のように、セージの魂を彩らせていた。
「素晴らしかった……あの時、僕は確かに生きていた。ようやっと、空っぽの僕に中身が入ったみたいだった」
相変わらず、人生の目標は彼にない。
最後の到達点がないまま、それでも彼は生きる。
彼が決めたのは、ゴールではなく道のりだ。
「死にたい訳じゃない。でも、こうして居るだけで、僕はゆっくり死んでいく。臆病に生にしがみ付いて、のうのうと生きている『だけ』なんて、死んでいるのと変わりない。ただでさえ寿命が縮んだんだ。どうせなら、華々しく生きていたい。あの刹那の輝きの中で、僕は生きていたいんだ」
そこまで語り、彼はらしくなかったな、とはにかんで笑った。
クラリーは、ここまで熱く語る彼を初めて見た。
そんな彼に、彼女は言う。
「狂ったのね」
セージは嗤った。
「狂ってると言えば、それでもいいさ。どうでもいいんだ。そんなことは」
クラリーは、やれやれと肩を竦めた。
そもそも、こんな戦争を繰り返しているこの国自体も、近隣諸国から見れば『狂っている』とよく言われているのだ。
正気と狂気の境界線なんて、定めたところで何の意味も成さない。
証拠に、エーアゾルを『狂っている』と断じた国家は、この国によって滅ぼされたり、エーアゾルの一部にされてしまっていた。
正気でいて死ぬより、狂って生きる。それが、この国。
生きる実感の為に、戦い、あるいは死に掛ける。
その、狂気とも捉えられる考えは、だけどクラリーは嫌いではなかった。
少なくとも、空っぽのままふらふら生きているよりは、好感が持てた。
――なんのことはない。クラリーとて、この国の住民なのだ。
常在戦場、狂気の国・エーアゾル。弱ければ死ぬ。強くなければ死ぬ。そんな、無情の国。
その治癒院の一室で、二人の傭兵は笑った。
「ふふ、まぁ精精頑張ることね。義肢の扱いは生半可じゃいかないみたいよ」
「ああ、精精生き抜くさ」
その後、彼らは売り上げの配分やタイミングを軽く話し、正式に決まったらまたクラリーがここに赴くと言ったところで、話は終わった。
クラリーが帰ろうと椅子を立った時、セージが彼女を呼び止めた。
「それ、持っていてもいいぞ」
彼が顎で指した先には、見舞いの品と思わしき菓子類が机に置いてあった。
「なに? あんた甘いもの嫌いなの? それとも私が食べさせてあげようか?」
「どうせ金取るだろ、お前……いや、そう言う訳じゃなくてさ」
腕がない彼では、確かに一人では物は食べる事は出来ない。
だけど、彼はそういった意味で言ったのではないのだ。
甘いものは嫌いではなかった。ただ、今は食べる意味がないのだ。
こともなさげに、セージは言う。
「味覚が死んだ」
「は?」
「造血剤を短いスパンで三つも食ったのが駄目だったらしい。物の味が分からなくなっちまったんだ」
「……治らないの?」
「手足がにょきにょき生えてくることがあるとしたら、治ることもあるかもな」
つまり、一生戻ることがないと言うことだ。
それでも、セージは笑っていた。
なぜなら、彼は生きているから。だから、彼は笑うのだ。
「あんた、どんだけよ」
クラリーはため息混じりでそう言って、だけどしっかり菓子類を持って帰って行った。
――夜。
他に誰もいない孤独な病室で、彼はただ想う。
(生まれ変わった。生まれ変わることが出来た)
あの日、あの時こそが、彼のバースデイだったのだ。
呪いと血に囲まれて、獣が立会い、そして誕生。
最後に放った無様な命乞いの咆哮が、彼の産声だった。
――今思い返しても、我ながらおぞましい叫びだった。
そう軽く笑って、セージは眠りに着いた。
弟思いの心優しい少年、セージ・ソムニアは死んだ。
村から逃げ出した時に、黄昏に飲まれて死んだ。
空っぽの抜け殻、セージ・ソムニアも死んだ。
獣と死闘を演じ、抜け殻に魂が詰まったことで、新しい彼にとって代わった。
今ここに居るのは。
手足、何十年の未来、味覚。
それらを失って、それでも笑う、血の呪術師。
――黒血のセージ。
ベッドに沈む彼は何を夢見て、そしてこれから何を成すのか。
それは誰にも分からない。世界はただ彼の誕生を祝う様に、もしくは呪う様に、只管廻る。
窓から光を放つ、ぞっとするほど冷たい月が、全てを嗤う様に輝いていた。
四話にて味覚が死んで、一章終わり。
喘いでないセージ君に違和感を覚えたのは僕だけじゃない筈。




