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呪術師アッパーデイズ  作者: 7GO
血塗れバースデイ
2/5

02

 セージは再び大樹にもたれ掛かりながら、また根元に腰を落とした。

 残った右手をぎこちなく動かしながら、己の首に掛けてある親指大の小瓶から赤い丸薬を一つ取り出す。

 片腕だけで取るのは多少苦戦したが、それでも丸薬――造血剤を何とか手の内に納め、口に入れる。


「く……は……」


 味のない薬を丸呑みした彼は、未だに治まらない脂汗を垂れ流しながら、ぎらつく瞳で真っ直ぐに正面を睨み付けていた。









 セージ・ソムニアは、生れ的に特徴はない。

 普通の農民の長男として生まれ、育った。これだけで、七割型は彼の説明が終わる。

 比較的最近では珍しい『呪術師』として適正があるということ以外は、彼は平凡な人間なのだ。

 あくまで、彼自身は。

 そんな彼が故郷・ソムニア村から出たのは、無論理由がある。

 彼が村から出たのは、何か明確な信念に基づいたものではまるでなく。

 ただ逃げたのだ。全てから目を逸らして。

 彼は、逃げたのだ。何もかもに、耐え切れなくなって。










「うっ……ぅげぇっ! ごほっ、ぅぇ、ごほっごほっ……はぁっ……」


 セージは胃から込み上げる物を感じ、衝動のままそれを吐き出した。

 すぐ下にある己の血溜りを汚さない様に、顔を背けて、体を斜めにし、吐瀉物を地面に散らす。

 重苦しい吐息を繰り返して、セージは乱雑に口周りを拭った。


 造血剤は体に循環する魔力を血に変える魔道具だ。

 口径摂取することで、胃を通して体全体に浸透させる丸薬。

 しかし、無論利益だけを持たらすものでもない。この造血剤を使用すれば、その折に、副作用として強い刺激が胃を襲うのだ。

 キリキリと強い痛みを発している腹部に、セージの顔が歪む。


 残り一匹となったゲールタイガーは、未だに姿を見せていない。

 それ程知能が高い訳獣ではないのだが、それでも、獲物を襲う際には狡猾で油断ない。

 恐らく、タイミングを計っているのだろう。

 必殺の牙を。絶対の爪を。標的の身駆に叩き付ける為に。


(上等だ)


 ならば迎え撃とうではないか。

 向こうが必殺の一撃ならば、こちらは封鎖のカウンターだ。

 獣が勝つか、呪術師が勝つか。その全ては、一瞬に懸かっていた。


 荒れる呼吸。苦痛に苛まされている身体。

 その全てを押し込めて、セージは黒い輝きを放つ瞳で、ただ前を向いていた。












 セージ・ソムニアは平凡な男であり、平凡な少年だった。

 だけど、しかし、それでも。

 ――――彼には弟が居た。非凡な才能を持つ、血の分けた弟が居るのだ。

 ノルム・ソムニア。

 セージの二歳下のノルムは、端的に言えば天才で、もっと言えば神童であり、更に言えば村の人気者であった。

 整った容姿に優れた身体能力、何事においても利発的であり、しかしノルムはそれに驕ることなく、努めて真摯に日々の生活を送っていた。

 誰に教えられる訳でもなく魔術を使い始め、誰に言われるまでもなく、何者にも思いやりを持って接することが出来る、そんな少年だった。

 村では子供は元より、大人からも信望を集めていた。

 ――何れ、途方もない大物になるだろう。そう言われてさえいた。


 セージは、そんな出来すぎな弟が、それでも好きだった。

 セージ自体はそこまで社交的な人間ではなかったが、ノルムはそんな兄を慕っていた。

 だから、セージはノルムとの才能や容姿、能力の差異について、思うところはなかった。

 彼は弟を大事に思い、ノルムもまた、兄を大事に思っていた。

 幼き頃のセージは、ノルムの才能を伸ばすよう、潰さない様、彼のフォローに徹していた。

 彼らは農民の子だ。無論、作物の収穫時には殊更に忙しくなる。だから、子供と言えどその手伝いは欠かせない。


 セージは、なるべくノルムに収穫の負担を掛けさせない様、子供の身ながら人一倍働いていた。

 勿論、ノルムはそれに対して難色を示した。

 慕っている兄に負担を掛けてまで己を高めることは、ノルムは嫌だった。

 しかし結局、ノルムは折れた。剣技を磨き、魔術を高める毎日を過ごした。

 それは、村全体がノルムに、その親に、セージに、手厚いバックアップを約束したから。


 ――――将来、村の誇りになる様な、そんな人間になれ。


 その、あるいは子供にとって重荷なりかねない期待を、だけどノルムは一身に背負った。背負うことが出来た。将来的に期待に答える事が出来る少年だった。


 この時点では、何もかもが問題なく、全てが順調だった。

 ノルムも、セージも、皆。

 歯車が狂ったのは、ここからだ。

 いや、少し違う。

 この後においても、変わらず、ノルムはずっと、華麗に、優雅に、世界に祝福されて廻っていた。

 狂ったのは、世界の歯車だ。

 特定の何かではなく、世界を廻すシステムにノイズが入ってしまったのだ。


 ノルムが11歳、セージが13歳の時、ソムニア村に一人の女性が訪れた。

 村から海を渡ったところにある大国・シーザジス、その国の騎士の女性だった。

 彼女は特に目的があった訳ではなかった。見識を広げるために、ただ彼方此方を放浪していただけで、たまたま、宿を借りる意味でこの村を訪れたのだった。


 そこで、彼女は目にした。

 恐ろしいほどの輝きを放つ、才能の塊を。


 女騎士は、ノルムの才能に着目し、また驚愕した。

 これ程までの才を秘めている者は見たことがない、大国出身の彼女にそう言わしめる程、ノルムは煌いていた。しかも、それでも尚彼は原石で、未だ磨く余地さえある。

 彼女が『ノルムをシーザジスの騎士にしたい』と言い出すのに、そう時間は掛からなかった。

 誰もがそれを歓迎し、そして祝福した。

 村人が、親が、勿論セージも喜び、これからのノルムの活躍に大きな期待を抱いた。

 ノルム自身も、こうして自分が大国の騎士になることで、少しでも今までの恩を返せるならと、一も二もなくシーザジスに赴くことを決めた。



 そして、ここからが一つの分水嶺。


 女騎士は、片田舎に多大な才能が埋もれていることに一驚した後、他にも才能ある若人が居るのではないか、そう考えた。だから、彼女は村の子供たちを集めて、試験を行うことにした。合格者はシーザジスの騎士として国に推薦する、そう言う試験だ。

 一番に彼女の目に留まったのは、無論、ノルムの実兄であるセージだ。

 だがしかし、セージには剣の才能はなく、魔力も薄く、体術もイマイチだった。

 だけどそれはセージも分かっていて、ほとんど戯れに彼女の『試験』を受けただけだった。

 セージは晴れやかな笑顔で、彼女に向かい、言った。


『ノルムをよろしくお願いします』


 女騎士はセージを高く評価した。

 騎士としてでなく、戦士としてでなく、一人の人間として、一人の兄として、賞賛の言葉を送った。

 遥かな才能ある弟を認め、その未来を祈ることが出来る人間が、どれだけいるのだろうか。それも、セージだって子供だ。騎士と言う栄光職に憧れていたって、本来ならおかしくないのだ。


 ――願うなら、一生戦いとは無縁でいて、この村で幸せな時を過ごして欲しい。


 あえて口には出さなかったが、女騎士は切にそう願った。

 この弟思いの少年こそ、彼女たち騎士が守るべきものなのだから。


 ――さて、結論から言えば、女騎士の『他にも才能ある若人が居るのではないか』と言う考えは、概ね当たっていた。

 ノルムと同年代故、彼に刺激され日々学んでいた幾人の子供たちが、彼女の目に適ったのだ。

 その数は三人と多くはなかったが、それでも、『ほとんど』の村人は大いに喜んだ。

 ノルムを合わせ、四人が大国の騎士になれるかも知れないのだ。辺境の地とも言えるソムニア村において、前代未聞の快挙だ。


 幾日か後、女騎士はその四人を連れ、シーザジスへと向かっていた。

 希望。栄光。夢。名が付いた明るい表現の数々が、ソムニア村に溢れていた。その時は。


 そこでめでたしめでたし、とは、行かなかった。


 四人が選ばれた。

 四人が騎士になれる。

 四人は凄い。


 だけどそれは、裏を返せば。


 四人以外は選ばれなかった。

 四人以外は騎士になれない。

 四人以外は平凡で、あるいは愚凡。


 女騎士の『選別』は、結果的にソムニア村の子供たちに、傷を負わせてしまっていたのだ。

 自分は才能がない。自分は一生農村暮らし。

 女騎士自身はそのつもりは全くなかった。

 未来はどこまでも自由で、誰かの評価ではなく、将来は自らで切り開くものなのだ。そう考えていた。

 それが子供たちには伝わらなかった。それだけの話だ。

 全く気にしなかったのは、身の程を知り尽くしていたセージぐらいのものだった。他の少年少女は、大なり小なり劣等感を抱いてしまったのだ。


 彼らの親は、口々に選ばれた四人を褒め称えた。

 それは、自らの子供にもいつか立派になって欲しい、とそういう考えからだ。

 騎士や戦士としてではなく、立派な『大人』になって欲しい。

 皆、自分の子供を愛するが故の、期待しているが故の賞賛だった。


 それを、そのまま意図通りに受け止めれられた子供がどれだけ居ただろう。

 結論から語ろう。

 そんな考えを持っていたのは、セージだけだ。

 他の子供たちは、『自分はあの四人と比べて劣っている』、そう両親から言われていると、そう思ってしまったのだ。


 じゃあ、その子供はどうすればいい?

 もっと努力すればいいのか? 学べばいいのか?

 そうすれば四人の様に、あのノルムの様になれるのか?

 無理だ。特に、圧倒的な才能を持つノルムには、なれっこない。同年代の子供たちは、痛いほどに、それが分かってしまっていた。


 子供たちの劣等感はどこへ向かう?

 このまま抱えて、それを胸にしまいながら、いつか騎士になった四人をへらへらと向かい入れ、おべっかを使わなければいけないのか?


 そんなのは、嫌に決まっていた。


 矛先が必要だった。

 彼らの鬱憤を晴らすための矛先が。


 ――ああ、なんだ。

 居るじゃないか、おあつらえ向きな奴が。

 選ばれなく、才能がなく、少なくとも自分より惨めに見える、そんな奴が。



 ――弟に負けた、哀れな少年がいるじゃないか。



 これが、四年前の話。












 森の奥で、セージはじっと前を見ていた。

 動かず、警戒を続け、必殺を交わせる様、構えを解かなかった。


 先に仕掛けたのは、ゲールタイガーだ。

 獲物の隙を伺っていた獣は、一向に身じろぎしない男に痺れを切らしたのだ。



『―――――――――――――!』 


 獣が吼え、巨大な体躯が躍動する。

 前足の爪を光らせ、牙を尖らせ、木に背中を預けている男へと疾走した。


「くっ!」


 セージはその突進を避ける為に、地面へと横飛びをした。

 しかし、その程度でゲールタイガーから逃げ切れることは出来ない。

 即座に反応した獣は、大樹の前で素早く向きを変えた。


 いや、変えようとした。


『――!』


 獣は僅かに戸惑うような、甲高い呻きを上げた。

 身体が、動かない。

 地面に縫い付けられたように、足を上げることが出来なかった。

 ゲールタイガーの下には、先ほどセージの左腕から出た血溜りが鈍い輝きを放っていた。


「は、あああああああああ!」


 獣がそこから逃げ出そうと四苦八苦しているその間隙を突き、呪術師が突貫した。

 彼の右手にはナイフが殺意で煌いていた。


「おおおおおおおおあああああああああああああああああああああ!」


 咆哮一突き。

 獣よろしく叫びを上げ、セージのナイフがゲールタイガーの首元に深く刺さる。


『――っ!』


 獣はその突きを受け止め、しかし尚、まだ死には遠い。

 ゲールタイガーは激しく身体を揺らした。すると、徐々に地面から足が離れて行く。

 しかし。


「この距離は、速いぞ!」


 それよりも、何よりも、セージが魔力を込める方が早かった。

 流血呪術。

 ゲールタイガーの身体から、不自然な勢いでナイフの刺し先より血が流れる。ブチン、と紐を引きちぎった様な音が森に響く。獣の体からまるで洪水の様に血液が流れ出ていった。


 身体から大量の血を流した獣は、どさりとその場に横たわり、そして動かなくなった。


「あ、は」


 セージは、その頬に深い笑みを浮かべた。

 魔力消費により顔は青白く、流れる汗は止まらない。

 胃は未だに悲鳴を上げていて、無論左腕があった箇所も激しい痛みを発している。


「やった! やった、やったやったやった!」


 それでも、彼は勝ったのだ。生き延びたのだ。

 天を見上げる。空は青い。森は再び静謐になった。


「は、はは、くっ……」


 しかし、そう喜んでも居られない。

 ゲールタイガーが居る以上、他の獣は存在しないだろうが、それでも油断は出来ない。

 体調は最悪。魔力はほとんど空。とても長居できる状態ではない。


 彼は森の出口に向かい、ふらつきながら歩き出した。



 倒れたゲールタイガーに背を向けて。
















 村の子供達は露骨にセージを見下し、嘲る様になった。

 人間は自分より格下の者を見て安堵する生き物だ。

 それは大人だってそうだし、年端も行かない子供だってそうだ。

 そして、子供にはそれをあからさまに行う感性がある。


 大人たちが村の子供の歪さに気づいたときは、もう取り返しが付かないところまで行ってしまっていた。


 誰も窘めなかった訳ではない。咎めなかった訳ではない。

 だが、少し遅かった。

 子供達は、誰かを見下す快楽の味を覚えてしまったのだ。

 この流れを止められるものは誰もいなかった。

 誰もいない、どうしようもない、下手に子供を刺激したら、益々歪む可能性もある。


 生贄が必要になってしまった。

 子供達の為に、子供達の精神の安定の為に、大人が率先して『誰か』を貶めて、最下層を作らなければならなかった。


 選ばれるのは、一人しかいなかった。


 セージ・ソムニアが15歳のとき、彼の味方は誰もいなかった。

 ノルム達は未だに村へ帰って来なかった。そして、両親は村の悪意に折れてしまった。

 彼は一人だ。独りで悪意を受け続けていた。


 嘲笑。愚弄。冷笑。


 そんな日々を過ごしたセージは、もう耐えることが出来なかった。嫌だった。

 何が嫌だといえば、悪意に満ちた村を見るのが、何よりも嫌で堪らなかった。

 かつて祝福に溢れていた村が、汚く変色する様をこれ以上見たくなかった。


 だから、彼は逃げたのだ。


『村を守ってね、兄さん』


 そんな約束をしたことは、もう忘れてしまった。














 セージは油断していなかった。

 しかしそれは、この森そのものに対してである。

 先ほどに息絶えた『と認識していた』ゲールタイガーのことは、既に埒外に置いてしまったのだ。




『――――――――――――――――――――――!』

「え……」


 獣の残された僅かな生命力が、ここで全て爆発した。血沼から抜け出し、白く輝く爪を構え、獣はセージの背後から飛び掛った。

 おぞましい程に響く叫びと共に、ゲールタイガーの爪がセージの右肩を捉えた。


 セージが呆けた声を上げたときには、彼の右腕は肩ごと宙を舞っていた。

 それを見届けたゲールタイガーは、今度こそ、その息を引き取った。文字通り最後の一撃だったのだ。しかし、それを確認する余裕は最早セージになかった。


「う、あ、あ、ああああああああああああああああああああ!」


 血飛沫が上がる。

 またしても目がチカチカとうるさく点滅した。

 咄嗟になけなしの魔力を振り込み、血操による止血を施したが、それでも右肩はないままで、狂ったように襲う痛みは消えない。


「くそっくそっ、くそっ……ちくしょう!」


 悪態を吐く。痛みは消えない。

 痛みにより彼の顔から涙が止まらなかった。刺激された鼻腔からも液体が流れる。彼の顔はぐしゃぐしゃだった。


「はぁ、はぁ……くっ……」


 それでも、彼は生を諦めなかった。

 口を駆使しして、胸元の小瓶を開ける。

 体を揺すり、小瓶から決して安くない造血剤が地面に散らばった。

 彼は地べたに這い蹲り、落ちた造血剤を口に入れた。



「うくっ……ぐっ、っぅげぇっ!  ぅげぇっ! かっ、ごほっ、ぅぇ、あ、あっ……」


 今日二回目の造血剤の摂取。

 彼の胃へのダメージは相当なものだ。

 もう、吐き出す物はない。その中身はとうに空で、ただ胃液だけが地面へと落ちる。



「お、あ、あああああ」


 残った左肘を支えにして、震えながらも、彼はその場に立つことが出来た。

 まるで幽鬼の様に佇むセージ。

 世界が歪む。目が霞む。だけど、彼はまだ生きていた。



「死にたくない……死にたくないんだ……」


 まるで呪詛を唱えるかの様に呟きながら、静か森をまた歩き出すセージ。

 その様は、とてもではないがかつての『平凡な少年』のものではなかった。

 なぜここまで生に執着するのか、結局、それはセージ本人にも分からなかった。

 人間としての原始的な本能なのか。それとも、世界に絶望して尚、その上で未来に期待しているのか。

 分からない。分からなかった。と言うよりかは、分かりたいとも思わなかった。

 ただ、死にたくはなかった。

 生きる理由なんて、彼にとってはそれだけで十分だった。



「はぁっ……くっ、ごほっ、ぅぅっ、がっ、ぐぇ……」


 内臓が軋む。身体のバランスが取れない。ふらつき、胃液を垂れ流す。

 だけど、彼は生きていた。

 不細工に喘ぎながら、不恰好に歩みながら。

 それでも、彼は前を向いていた。滑稽だろうが、なんだろうが、彼は生きていた。




二話にして主人公の両腕が取れちゃう系小説。

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