大学4年、秋
十月、一年で一番気持ちいい季節。先週まで我が物顔で鎮座してしいたむさ苦しい暑さも、十月に入った途端逃げるようにしていなくなった。肌に触れる風が冷たくて優しい。夏は嫌いだ。
そんな秋風が吹く中、賢治は気持ちよく学生がごった返す大学のキャンパスを歩いていた。就活からも解放されたこの時期の大学四年生は無敵なのだ。授業もなければ顔も名前もよく分からないやつとの無駄な付き合いもない。大学生の中では一番年長者という立場も合って、この時期彼らは哀愁に浸る。あれも楽しかったなぁ、これも懐かしいなぁ、と。たった二、三年前のまだまだホットな話題をあたかも大昔の出来事かのように語る姿はコメディさながらであった。だがそれは桜が舞うのと同時に社会に放り出される彼らに与えられた残り少ないモラトリアムを謳歌する権利によって与えられたものなのだ。四月から社会の歯車として稚魚のように放り出されてしまう彼らにはそれが許される。地獄の猛火の中であっぷあっぷと息苦しく呼吸をする彼らに残された唯一の慈悲なのだ。賢治ももれなく大量にいる稚魚の中の一匹として四月以降を過ごすのだが、それはまた別の話。
木にしがみつく元気が無くなった枯葉が賢治の足元に落ちる。まだ若造の賢治の靴の裏と何十年もそこに居続けるコンクリートの間で、枯葉がクシャリと心地の良い音を立てる。賢治はこの音が好きだった。
その後もクシャリ、クシャリ、と耳触りの良い音を刻みながら自動ドアを通り、B-3塔のエレベーター横のボタンを押した。4と表記された数字が、空気を切る機械音と共に地上に到着し、目前でドアを開ける。
賢治は今日、朝から気分が良かった。気温も心地いいし精神面も安定してる。この後は誰かとご飯でも行こうか、なんて優雅なことを考えながらゼミ室のドアを開けるなり、
「What a fuck!」
なんてアメコミみたいな罵声が耳元を走り切った。罵声が聞こえた先を見るとアメリカ出身の大学教授がホワイトボードの前に立って眉間に皺を寄せていた。生まれた国も環境も違うのに眉間に皺を寄せるのは人類共通なのだな、なんてことを思ったのも束の間、流暢な英語で賢治は罵倒されることとなる。多文化理解なんて言葉とは御縁のないこの状況で、なぜ怒られているのか、長年寄り添ったハムサイズの脳みそで賢治は考える。
遅刻、課題未提出、バックれ、命令無視、、、。どこを探しても賢治を救出してくれる材料なんてものはなくて、寧ろ過去の自分の過ちたちによる四面楚歌状態になっていた。何故怒られているのかは分からないが、怒られるようなことをしたのは分かる。自分に非があると分かるや否や、賢治は純日本人モードに入り、英語が全く理解できないふりをする。高い入学金と学費を払い、入ったこの大学四年間で身につけたしょうもないライフハックだった。何をいってもしらを切り続ける賢治に嫌気がさしたのか、彼は自分のノートを開くや否や思いっきり破り、太い方のマジックで何かを書くとそれを賢治に押し付け、ドアを思いっきり開けるとそのまま部屋を出ていってしまった。安全装置がついたスライドドアが、小さな音を立てて元の場所に戻る。乱雑に破かれた紙を見ると、"Write your thesis to graduate!"とだけ大きな文字で書かれていた。
あぁなんだ、卒論を書いてないから怒っていたのか。
起きた時から時間を一時間勘違いしたままの賢治はそう思った。
*
卒論かあ。そう思いながら手元の先程教授に渡された紙を見つめる。殴り書きされたってアルファベットの字体は様になるから不思議だ。外の世界からみた殴り書きの日本語も同じ様に見えるのだろうか。かろうじて葉っぱを身につけている大学の木々の間を通る。くしゃり、と、また靴の裏とコンクリートの間で音が鳴る。握られた紙を見て俯く賢治の横を数名の男女グループが大きな声で話しながら通過する。
一年生かな、二年生かな。十代から二十代の間はたったの年の差一歳二歳の違いで人が大きく変わるもので、賢治もそれの違いを感じる一人だった。たった一、二歳しか変わらないし、ずっと上の大人からしたら大した違いなんて感じないだろうに、それでも賢治は一丁前に大人の仲間入りをした気で自分よりも若い子を見てはいいなぁ、と思っていた。
自分が大学一、二年生のときをふと思い返すと、酒に溺れたりどうでもいいことでイキリ散らかしとなんだか小っ恥ずかしいことばかりが記憶に現れる。今死んだら走馬灯がこんなものばっかで埋もれてしまうのだろうか。しょうもない映画にしょうもないエンドロールが流れて、そんなエンドロールが流れる前にもうみんな席を立っているのだろうな。
こんな後悔が自分の人生をしめ括るエンドなんて一ミリも望んでいない。後悔しないためにどう生きればいいのか、、、。
校門に近づくにつれ、落ち葉の数が少なくなっていく。くしゃりと音を立てる感覚が遠くなっていく。音の彩りが少なくなっていくのが、自分のこれからの人生を表しているように感じる。
これからの道を落ち葉で埋め尽くすには何をするべきなのか。ふとそんなことを思った。これからの走馬灯をアカデミー賞に載るような大作にするために、今するべきことは後悔のない人生を送らないようにするべきことではないのだろうか。後悔の無い人生を送るために何をするべきなのか。そう思ってもたった二十年ぽっち生きただけの賢治には何も分からなかった。 何も分からなかったけど、分かりたいと思ったことだった。「後悔のない人生を送るために何をするべき何か。」なんて曖昧なテーマは日本語で言おうと拙い英語で言おうとあの教授は怒るのだろうな。
そんなことを思ったがどう思われてもいいと賢治は思った。初めて自分が知りたいと思ったことだったから。知らなくてはいけない数学や英語の勉強なんかじゃなくて、自分が知りたいと思ったことだったから。右向け右の世界でただやる気なしに皆が向いた方向をただ見るだけの今までとは違う気持ちを持てたから。
くしゃくしゃにした紙を握り締めて足の裏で、またくしゃり、と音がした。




