EP 7
異世界物々交換と、ヨシマーソン経済圏の誕生
「店長ー! このキャベツ、どうしますの!? さっきから村長の昔の失敗談を大声で喋って、営業妨害ですわ!!」
朝の品出し中、リーザが悲鳴のような声を上げた。
彼女の足元にある段ボール箱の中で、緑色の葉物野菜がペチャクチャと喋り続けている。
『キャルルちゃんはね〜! 5歳の時、おねしょを隠そうとしてベッドごとトンファーで粉砕したんだよ〜! たまんねーなオイ!』
「ひゃああああっ!? なんでそれ知ってるのバカキャベツ!!」
顔を真っ赤にしてウサギ耳をパタパタさせるキャルル。
これはポポロ村の特産品、収穫時に三面記事ばりのゴシップを喋る『ネタキャベツ』だ。
「うるせぇキャベツだな」
俺はバックヤードから出刃包丁(100均スキルで出したものだ)を持ち出し、まな板の上でネタキャベツを一刀両断にした。
『ギャッ! ……村の駐在さんのヘソクリの隠し場所は、靴下のな――』
スパァンッ!
千切りにされると、キャベツは静かなただの野菜に戻った。
「義正くん、ありがとう……危うく私の尊厳が死ぬところだったよ」
「気にするな。情報は鮮度が命だからな。……よし、これでコールスローサラダでも作るか」
俺は千切りキャベツをタッパーに詰めながら、カウンターに並べられた村の農作物を見渡した。
丸々と太った『月見大根』、庶民の主食である『太陽芋』、そして『陽薬草』。
昨日、財務担当のニャングルと交わした「村の特産品の買取」の第一陣だ。
だが、俺はこれをただ買い取る(現金を渡す)つもりはない。
「キャルル。村の衆に伝えてくれ。うちの店では、現金の代わりに『ヨシマサ・ポイント(Y-Pay)』での物々交換も受け付けると」
「わいぺい?」
首を傾げるキャルルに、俺は魔導通信石の技術を応用して作った『ポイントカード(紙製)』を見せた。
「農作物をうちに持ち込めば、その価値を査定してこのカードにハンコ(ポイント)を押す。村の連中は、このポイントを使ってうちのパンや日用品を買えるって寸法だ」
「あ! それなら、現金を持ってないおじいちゃんやおばあちゃんでも、うちでお買い物ができるね!」
「そういうことだ」
現金決済のみだと、この世界特有の『通貨の偏り』に左右される。
だが、村の生産物を直接ポイント(自社通貨)に変換させれば、彼らは自然と『ヨシマーソン』でしか買い物ができなくなる。
つまり、ポポロ村という閉鎖空間における【完全な経済圏】の完成だ。
「さっそく、この『太陽芋』を商品化するぞ。ルナ、ちょっと来い」
「はいっ、店長! レジ袋のストック補充、終わりましたわ!」
エプロン姿も板についてきたエルフの姫君が、長い耳を揺らしてやってくる。
「お前の魔法で、この太陽芋を一瞬でスライスできるか?」
「簡単ですわ。風の魔法でカマ鼬を発生させれば――『ウィンド・カッター』!」
シュババババッ!
ルナが指先を振るうと、山積みの太陽芋が一瞬にして均等なスティック状にカットされた。
「よし。こいつを店のフライヤーで素揚げして、塩をまぶす。……『ヨシマサ・ポテト』の完成だ」
ジュワァァァァ……という心地よい油の音と共に、強烈な芋の甘い香りが店内に充満する。
「……っ!!」
レジカウンターで品出しをしていたリーザが、獲物を見つけたサメのような目で振り返った。
その口元からは、うっすらと涎が垂れている。
「り、リーザ。ヨダレ拭け、ヨダレ」
「て、店長! その黄金に輝くスティックはなんですの!? 腹の虫がオーケストラを奏でておりますわ!」
「新商品だ。……ほら、試食してみろ」
揚げたてのポテトを一つ渡すと、リーザはハフハフと熱がりながら頬張った。
「んんんん〜〜っ!! 外はカリカリ、中はホクホク! 太陽芋の自然な甘みに、絶妙な塩加減……! これ、おいくらですの!?」
「銅貨三枚だ。ポイントなら3ポイント」
「買いますわ!! あ、でもわたくしお給料は廃棄弁当でしたわね……なら、廃棄になるまでレジ横でガン見して待ちますわ!!」
「客が買いづらくなるからやめろ」
***
そんな騒がしい店内の様子を、少し離れたイートインスペースで、優雅にヨシマーソン謹製の100円ドリップコーヒーを啜りながら見つめる男がいた。
執事の、リバロンである。
「……素晴らしい」
リバロンはモノクルの位置を直し、低く呟いた。
「ただ物を売るだけでなく、村の作物に『付加価値』を与え、村人を自らの経済圏に取り込む。武力ではなく、圧倒的な『利便性』と『食欲』で、人々を支配する……」
リバロンの愛読書である『リヴァイアサン』。
人間が放っておけば争うなら、巨大な怪物(国家)による統治が必要だという哲学。
「彼が作り上げようとしているのは、店という名の『怪物』。誰も血を流さず、誰もが笑顔で自ら首輪をはめにいく、最も幸福な独裁体制……」
リバロンはコーヒーカップを静かに置いた。
「フフッ。ポポロ村の行く末……いや、この大陸の歴史が変わる瞬間に立ち会えるとは。執事冥利に尽きるというものです」
リバロンが一人で悦に入っていると、キャルルが笑顔で駆け寄ってきた。
「あ、リバロン! コーヒーのおかわり、いる? 今なら新商品のポテトも揚がってるよ!」
「……ええ、頂きましょう。キャルル様」
平和でのどかな異世界コンビニ『ヨシマーソン』。
しかし、その圧倒的な経済的脅威(美味い飯と便利さ)に、ついに他国が牙を剥く時が迫っていた。




