EP 4
傲慢なる経済査察官と、天狗になるアイドル
ウィーン。
♪ファミファミファ〜、ファミファミッファ〜。
のどかなポポロ村に似つかわしくない、威圧的な黒い軍服。
胸元に輝くルナミス帝国の『内務省』のエンブレム。
数名の武装した護衛を引き連れ、ヨシマーソンに踏み込んできたのは、銀縁眼鏡をかけた神経質そうな男だった。
「ルナミス帝国・第一級経済査察官である! この店の責任者はどこだ!」
男の鋭い声が、店内に響き渡る。
買い物をしていた村人たちが、怯えて道を空けた。
「……何の用だ。うちは今、ホットスナックの補充で忙しいんだが」
俺はバックヤードから歩み出ると、コーヒーキャンディを口に放り込んだ。
「貴様が店長か。ふん、ただの小娘どもをこき使う悪徳商人め」
査察官は俺を鼻で笑い、ビシッと指を突きつけた。
「貴様らには、国家反逆および経済テロの容疑がかけられている! この村で流通している『PG』なる偽造通貨の即時発行停止、ならびにこの店舗の全資産の差し押さえを命ずる! 抵抗すれば死罪だ!」
「……死罪?」
ピキッ、と。
レジ横で品出しをしていたキャルルの足元で、特注の靴が石畳を割る音がした。
紫電の闘気が、チリチリと彼女のウサギ耳の周囲で弾け始める。
琥珀色の瞳は、完全に査察官の『顎』と『頸動脈』をロックオンしていた。
(また顎を砕く気か、うちの武闘派村長は)
俺はため息をつき、キャルルの頭にポンと手を乗せた。
「落ち着け、キャルル。……言っただろ、クレーム対応は店長の仕事だ」
「……うん。義正くんがそう言うなら」
キャルルの闘気がスッと収まる。
俺が前に出ようとした、その時だった。
「おや。帝国のエリート様ともあろうお方が、随分と野蛮な振る舞いをなさる」
バックヤードの扉から、完璧な姿勢でトレイを掲げたリバロンが現れた。
トレイの上には、芳醇な香りを漂わせる紅茶が人数分用意されている。
「な、なんだ貴様は! 獣人の執事だと!?」
「お初にお目にかかります。私はポポロ村宰相兼、このヨシマーソンの法務顧問を務めさせていただいております、リバロンと申します」
リバロンは優雅に一礼し、査察官の前に紅茶を差し出した。
「さて、査察官殿。『偽造通貨の発行』と仰いましたが……何かの見間違いでは? 当店が発行しているPGは、決して通貨などではありません」
「戯言を! 実際に村の人間がPGで売買を行っているではないか!」
「ええ。ですが、それはあくまで『当店の中でのみ使用可能な、お遊戯用メダル』に過ぎません」
リバロンはモノクルを光らせ、言葉の刃を静かに突き立てる。
「村の皆様は、当店で遊ぶために、手持ちの金貨をメダルに替えているだけ。例えるなら、ルナミス帝国にもある『遊技場』の銀玉と同じです。……まさか、偉大なるルナミス帝国は、辺境の店の『子供銀行券』を恐れて、軍を動かしたと仰るのですか?」
「なっ……!?」
査察官の顔が、怒りと屈辱で真っ赤に染まる。
三国間の条約上、ポポロ村は不可侵。そこに『国家に対する経済テロ』という名目で強引に介入しようとしたのに、「ただの店のポイントカード(遊戯メダル)ですよ」と法の抜け穴で完封されてしまったのだ。
これ以上強硬手段に出れば、今度はルナミス帝国側が国際法違反(私企業の不当弾圧)に問われる。
「き、貴様ら……ッ! 詭弁を弄しおって……ッ!」
査察官がワナワナと震え、護衛の兵士たちが武器に手を掛けようとした、その極限の緊張感の中――。
「お〜ほっほっほっほ!!!」
突如、レジカウンターの奥から、高らかな高笑いが響き渡った。
「……え?」
全員の視線が、声の主へと集まる。
そこにいたのは、青い髪を乱し、ストライプのエプロンを着たリーザだった。
だが、その姿は異様だった。
目の下にはドス黒いクマが刻まれ、肌は土気色。しかしその瞳だけが、異常なほどのギラギラとした光を放っている。
彼女の片手には、俺が貸し与えた『トレードボーイ』が握りしめられていた。
「あんな小銭(金貨)の取り合いで青筋を立てるなんて……おほほ! これだから庶民は大変ですわねぇ!!」
「な、なんだこの女は!?」
査察官がドン引きして後ずさる。
無理もない。
昨夜、ニャングルから借金した金貨百枚に『レバレッジ100倍』を掛けたリーザ。
現在、義正たちの相場操縦(買いオペ)によりPGのレートは爆上がり中。
つまり、彼女の端末(画面上)の『含み益』は、文字通り国家予算レベルにまで膨れ上がっていたのだ。
「お金が足りないなら、増やせばいいじゃない! レバレッジを100倍にして『L』を押すだけですのに! まるで息をするように資産が増えていきますわ〜っ!!」
「り、リーザちゃん……?」
キャルルがおずおずと声をかける。
「リーザちゃん、最近全然寝てないでしょ……? 目の下、真っ黒だよ? ご飯も食べてないし……」
「ご飯? 睡眠? 愚問ですわキャルル! チャートは24時間眠らないんですのよ!?」
リーザはトレードボーイの画面に頬ずりしながら、虚ろな声で呟き始めた。
「ほら……聞こえませんか? チャートが、わたくしを呼んでいるんですの。……あぁ、見て、移動平均線がクロスしますわ。ゴールデンクロスですわ……パンプ……もっとパンプううううっ!!」
完全に資本主義の魔力に脳を破壊された人魚姫の姿に、ルナミス帝国のエリート査察官すらも戦慄を覚えた。
「狂っている……。この村の連中は、全員狂っているぞ……ッ!!」
「おいおい。うちの大事なエース店員(FX戦士)をバカにすんなよ」
俺は呆然とする査察官の肩にポンと手を置き、悪魔の営業スマイルを浮かべた。
「まあ落ち着け、査察官殿。せっかく辺境まで来たんだ、視察のついでに『美味い飯』でも食っていかないか?」
俺の視線の先。
ルナが、出来立ての湯気を上げる『特盛牛丼(温玉乗せ)』をカウンターに運んできたところだった。
醤油と砂糖の甘辛い匂いが、張り詰めた店内にふわりと広がる。
「……ふん。帝国のエリートである私が、そんな下賤な食べ物を――」
ギュルルルルゥッ!
査察官の腹の虫が、素直すぎる音を鳴らした。
武力での制圧を止め、法務での論破で退路を断ち、狂気で精神を揺さぶった後、最後は『圧倒的なジャンクフード(飯)』で胃袋を掴む。
これが、商社マン義正の「合法的・陥落メソッド」であった。




