EP 2
魔導ファミコンと、深海魚の目覚め(FX戦士誕生)
ポポロ・ゴールド(PG)の導入は、ポポロ村に爆発的な熱狂をもたらした。
リーザの『絶対無敵スパチャ営業』の効果もあり、村中の法定通貨がヨシマーソンの金庫へと吸い込まれ、代わりにPGという名のメダルが市中に出回っていく。
そして俺は、次なる一手を打った。
「新商品、『ヨシマサ・プレミアムロールケーキ』だ。ただし、支払いはPGのみとする」
この魔性のスイーツが、決定打だった。
たっぷりの生クリームとフワフワの生地。甘いものに目がないキャルルすら、「お、お給料をPGで先払いしてぇっ!」と涙目で懇願するほどの依存性を持つケーキである。
美味い飯とスイーツ。そして、生活必需品の数々。
それらを手に入れるための唯一の手段がPGに限定されたことで、メダルの価値は実体経済の中で急速に上がり始めていた。
「ふぅ……」
俺はバックヤードでコーヒーキャンディをガリッと噛み砕き、目の前のモニター(魔導通信石の画面)を眺めた。
画面には、三国通貨とPGの為替レートを示す『ローソク足』が表示されている。
俺とニャングルの裏工作により、PGの価値は綺麗な右肩上がりを描いていた。
「店長ー……。わたくし、もう声が出ませんわ……」
そこへ、本日のスパチャ営業を終えたリーザが、フラフラとゾンビのような足取りで入ってきた。
「ご苦労だったな。ほら、まかないの廃棄弁当だ。今日はハンバーグが入ってるぞ」
「はうあっ!! い、いただきますわ!!」
リーザは秒速で弁当をかっ食らい、幸せそうに腹をさすった。
こいつのハングリー精神と集客力には助かっている。少し、経済の仕組み(俺の算盤)を勉強させてやってもいいかもしれない。
「おいリーザ。飯を食ったら、こいつで少し遊んでみろ」
俺は、スキルと魔導通信石を組み合わせて作った、分厚いプラスチック製の携帯ゲーム機……もとい、『ヨシマサ・トレードボーイ』を彼女に投げ渡した。
「なんですの、この分厚い板は。真ん中が光っておりますわ」
「為替相場の端末だ。今のPGの価値変動がグラフになってる。お前もスパチャで小銭(銅貨)を稼いだろ? それをPGに替えて、ここで『買い(L)』か『売り(S)』を入れれば、金が増える仕組みだ」
あくまで、経済の仕組みを学ばせるためのデモトレードに近い『お小遊び』のつもりだった。
「ふん。お金が勝手に増えるゲーム? アイドルのわたくしが、そんな地味な遊びに……」
「上手くやれば、プレミアムロールケーキが一生食い放題になるくらいには増えるかもな」
「……やりますわ」
リーザは、スッと真顔になってトレードボーイを胸に抱きしめた。
***
その日の深夜。
ポポロ村の村長宅の一室。
「すぅ……すぅ……」
ベッドの片側では、村長であるキャルルが、お気に入りの巨大な人参抱き枕に抱きつきながら、幸せそうに寝息を立てていた。
しかし、その隣。
布団の膨らみの中は、異様な空気に包まれていた。
「……ハァ……ハァ……」
暗闇の中、緑色のバックライトが、青い髪の少女の顔を不気味に照らし出している。
リーザだ。
彼女の目は血走り、瞬きすら忘れたように画面の『ローソク足』を凝視していた。
(な、なんですの、このゲームは……ッ!!)
彼女は、昼間に稼いだスズメの涙ほどのスパチャ(銅貨数十枚)を全額PGに両替し、この端末に突っ込んでいた。
素人の直感。
だが、現在のPG相場は、バックヤードで義正たちが意図的に価値を釣り上げている『絶対上昇タイム』である。
(さっき『L(買い)』を押しただけで……わたくしの銅貨が、もう銀貨三枚分の価値に膨れ上がっておりますわ……っ!!)
ゴクリ、と。
リーザは生唾を飲み込んだ。
画面の中で、ピコッ、ピコッ、と緑色の線が上に伸びていく。
上がる。また上がる。
何もしなくても、ただ息をしているだけで、自分の資産が増えていく。
「はうあっ……♡」
リーザの脳内で、致死量のドーパミンが弾け飛んだ。
これまで、道端の雑草を食み、パンの耳を齧り、小銭を拾うために公園で謎の反復横跳びをしてきた彼女の「貧困の記憶」が、緑色のチャートによって甘く溶かされていく。
(もっと……もっとですわ……ッ!!)
ピコンッ!
チャートが、一瞬だけ下にカクッと折れ曲がった。
調整の『下落』だ。
「あ、あああ……!? さ、下がりましたわ! わたくしのケーキが! お肉が消えていきますわ!!」
心臓が鷲掴みにされたような恐怖。
呼吸が浅くなり、指先が震える。
だが、その数秒後。
ギュイィィィィンッ!!!!
義正の裏工作(買いオペ)が入り、チャートは先ほどの下落を遥かに凌駕する、長大な『陽線(緑の柱)』を形成して天高く突き抜けた。
「……ッッッ!!!!」
リーザは声にならない絶叫を上げ、布団の中でガクガクと震えた。
瞳孔は開ききり、口の端からは一筋の涎が垂れている。
「ぱ、パンプ……ッ! パンプうううぅぅぅぅっ!!!」
上がれ。もっと上がれ。
私のために、世界よ狂え。
「あぁ……なんて、なんて素晴らしい世界なんですの……」
リーザは画面に頬ずりをした。
たった数時間で、彼女の小銭は銀貨十枚分(約一万円)にまで増え上がっていた。
労働など馬鹿らしい。
これこそが、資本主義の魔法。
(でも……元手が少なすぎますわ。もし、もしわたくしに金貨100枚の元手があれば……今頃、ヨシマーソンを買い取って、義正様を顎で使えましたのに……!)
欲望。
底なしの強欲が、絶世の人魚姫の心を完全に黒く染め上げた。
「……お金。お金が必要ですわ。もっと、大きなお金が」
リーザの濁った瞳が、ふと、隣で眠るキャルルに向けられた。
いや、違う。友達の財布には手を出さない。それだけはアイドルの矜持だ。
ならば、誰から借りる?
この村で、誰よりも金を持っていて、金貸しをしてくれそうな……胡散臭い男。
「……フフッ。フフフフフフッ!」
布団の中で、深海魚のように暗く濁った笑い声が響く。
異世界に、一人の『FX戦士』が産声を上げた瞬間だった。
彼女がこの後、レバレッジという名の地獄の釜の蓋を開けることになるとは、まだ誰も知らない。




