第3話(中編2)――「90億円の行き先」
成城の応接間で、直樹は新しい投資計画を示した。早乙女側の90億円に、成城側の30億円と銀行融資180億円を加え、総額300億円で東京湾岸の食品流通網を押さえる計画である。狙うのは、冷蔵倉庫会社、青果配送会社、加工場用地、社宅用地である。中編2では、300億円の使い道、成城側の出資条件、買収の順番、大手商社や食品会社へ1,000億円で売るための形を決めていく。
直樹は、数字を読み上げた。
早乙女側出資、90億円。
成城側出資、30億円。
銀行融資、180億円。
総投資額、300億円。
沙織が最初に言った。
「銀行から180億円を借りるなら、買う会社の中身が大事ですね。土地だけではなく、事業として説明できる必要があります」
「土地だけは買いません」
直樹は、湾岸の地図を指した。
「冷蔵倉庫会社、青果配送会社、青果倉庫を持つ会社を、会社ごと買います。土地、建物、冷蔵設備、車両、従業員、取引先、銀行取引をまとめて引き受けます。買ったあとで、南方果物の輸入、冷蔵、加工、配送、販売までを一体にします」
真佐子が聞いた。
「対象会社は、いくつ見ていますか」
「最初は7社から8社を見ます。そのうち、3社か4社を先に押さえたい。港に近い冷蔵倉庫会社、配送のある青果運送会社、加工場用地を持つ会社です」
「全部を買うのですか」
「全部ではありません。過半数の株式、買収予約、借入金の肩代わり、土地の先買い権を組み合わせます。300億円で、湾岸の食品流通を動かせる状態にするのが目的です」
麗子が言った。
「つまり、300億円で土地を買い集めるのではなく、会社群を動かせる立場を取るわけですね」
「はい。古い会社をばらばらに買っても、価値は大きくなりません。ですが、冷蔵倉庫、配送、加工、商社機能を一体にすれば、大手商社や食品会社が欲しがる形になります」
啓子が、資料を1枚めくった。
「資金の使い道を確認しましょう」
直樹は、表を読み上げた。
会社買収と株式取得、150億円。
既存借入の整理と運転資金、50億円。
冷蔵設備、電気設備、車両更新、40億円。
加工場、箱詰め場、検品場、30億円。
社宅用地と第1期社宅、20億円。
弁護士、会計士、調査、予備費、10億円。
合計300億円である。
沙織は、すぐに建物の項目を見た。
「社宅用地と第1期社宅で20億円なら、最初は大きくしすぎない方がいいです。家族用10戸、単身用10戸。合計20戸から始めるのがよいでしょう」
「第1期は20戸ですね」
「はい。工場と同じ敷地に置く場合でも、トラックの出入口と住む人の通路は分けます。子供が通る道と荷下ろしの車が交差する形は避けるべきです」
真佐子は、冷蔵設備の項目を見た。
「冷蔵設備は、買う前に必ず見ます。温度帯を分けられるか。電気容量は足りるか。追熟の場所があるか。検品と箱詰めの場所を作れるか。記録装置が使えるか。そこを見ないと、大手に売る時に弱点になります」
「設備の弱点は、買値を下げる材料になりますか」
「なります。ただし、売る時には逆に使います。ここを直せば使える、と改修計画を付ける。全部を直してから売るより、改修の道筋を見せた方が早いです」
志津江が言った。
「食品を扱うなら、衛生と健康管理は最初から入れてください。手洗い、作業服、作業場の区分、けがの処置、体調不良時の休み、健康診断。大手が買う時、そこは必ず見ます」
「入れます」
「外国人を雇うなら、日本語だけの注意書きでは不十分です。絵で分かる掲示も必要です。女性従業員が相談できる窓口も作った方がよいでしょう」
「その項目も入れます」
麗子は、銀行融資の欄を見ていた。
「銀行融資180億円は、1行だけに頼らない方がいいです。主力行に90億円、別の銀行に60億円、残り30億円を短期運転資金として組む形がよいでしょう」
「銀行を分けるのですね」
「はい。1行に握られすぎると、あとで条件を動かしにくくなります。銀行へ見せる資料は、湾岸の土地買いではなく、食品流通会社の買収と再編です。投機ではなく事業に見せる必要があります」
「資料は、その線で作ります」
「政治家の名前は出しません。銀行が見るべきものは、担保、事業計画、売上見込み、買収対象会社の帳簿です」
「分かりました」
啓子が、全体を整理した。
「商社買収の10億円と、湾岸投資の300億円は分けてください。商社は輸入の入り口です。湾岸の会社群は、1,000億円で売るための本体です。財布も、帳簿も、契約も分けるべきです」
「分けます」
「調査関係の資金も、この事業に混ぜないこと。表の会社に別の目的を入れれば、会社ごと危なくなります」
「はい」
直樹は、新しい紙に資金の区分を書いた。
商社買収枠、10億円。
湾岸食品流通枠、300億円。
早乙女側出資、90億円。
成城側出資、30億円。
銀行融資、180億円。
調査関係資金、別枠。
表の会社と調査費は分離。
麗子が、それを見て確認した。
「これなら、表の事業として銀行へ持っていけます」
次に、成城側の出資額を決めた。
啓子は5億円。
沙織は4億円。
真佐子は5億円。
志津江は3億円。
麗子は13億円をまとめる。
合計30億円である。
麗子が条件を確認した。
「成城側の30億円は、3か月後に早乙女側が60億円で買い戻す権利を持つ。大手への売却が先に成立した場合は、売却代金から60億円を先に支払う。早乙女側が買い戻さない場合は、成城側が持株を持ち続ける。それでよろしいですね」
「はい」
「契約書に入れる項目は、出資額、買い戻し条件、持株比率、配当、議決権、売却制限、守秘義務です。弁護士を入れなさい。こちら側にも確認する人を置きます」
「承知しました」
沙織が言った。
「久我山建設を最初から表に出すのは避けます。工事費は複数の見積もりを取ります。建物の不備は、買値を下げる材料にもなります」
真佐子が言った。
「高科精密の取引先にも、設備の話を聞けます。ただし、会社名を大きく出すかどうかは後で判断します。冷蔵設備の評価書は、売る時の材料になります」
志津江が言った。
「神谷外科病院だけに集めず、地域の医院ともつなげます。従業員を会社の中に囲い込んでいるように見せない方がよいです」
麗子が言った。
「大手へ売る時は、最初から買い手を複数想定します。大手商社、食品会社、百貨店系流通、ホテル向け食材会社。1社だけに話を持っていくと、値を押さえられます。2社以上が本気になれば、1,000億円が見えてきます」
直樹は、麗子の言葉を書き留めた。
買い手を複数にする。
大手商社。
食品会社。
百貨店系流通。
ホテル向け食材会社。
1社に絞らない。
競わせる。
麗子は続けた。
「1,000億円で売るには、買い手に時間を買わせる必要があります。自分たちで湾岸の倉庫、配送、加工場、従業員、取引先をそろえれば、何年もかかります。直樹さんは、それを2か月から3か月でまとめる。買い手は、土地だけでなく準備にかかる年月を買うのです」
「そこを資料で見せます」
「はい。数字だけでなく、買う側が何年分を省けるのかを見せるべきです」
啓子が言った。
「売却条件も先に決めましょう。現金1,000億円。従業員の雇用維持。社宅事業は早乙女側に残す。一部の持株も早乙女側に残せるなら残す。全部を売れば終わりですが、一部を残せば次の事業につながります」
沙織が言った。
「社宅事業を残すなら、最初から所有を分けた方がいいです。売る会社に全部入れてしまうと、あとで取り戻すのが面倒です」
「社宅は別会社にします」
「その方がいいです。社宅を持つ会社と、冷蔵倉庫を持つ会社を分ければ、売る時に選べます」
真佐子が言った。
「設備も同じです。売る設備と残す設備を分けておく。買い手に全部持っていかれる形にしない方がいいです」
志津江が言った。
「人の住まいを残すなら、医療と相談先も残せます。働く人を守るなら、その方がよいです」
直樹は、紙に大きく書いた。
現金1,000億円。
従業員雇用維持。
社宅事業は早乙女側に残す。
一部持株を残す。
買い手は複数にする。
麗子が言った。
「大手に売る前に、こちらの名前を急に広げてはいけません。噂が早く出すぎると、買収対象の会社が値を上げます。まずは地味に押さえる。押さえてから、大手に見せる。この順番です」
「分かりました」
啓子が日程をまとめた。
「6月中に、買収対象の候補を出す。7月前半に、株式取得、買収予約、借入整理の交渉を進める。7月後半に、銀行融資を実行する。8月に、冷蔵設備、衛生、社宅、配送網の改善計画を整える。9月に、大手商社と食品会社へ売却話を出す。この流れでどうでしょう」
麗子が言った。
「よいと思います。銀行には、9月の売却予定を最初から大きく言わない方がいいです。銀行には、食品流通会社の買収と再編として見せる。大手への売却は、内々の出口として持つべきです」
「銀行には、300億円の投資計画までを見せるのですね」
「はい。1,000億円という数字は、買い手に出す数字です。銀行に最初から言えば、話が大きすぎて警戒されます」
真佐子が言った。
「売り先には、設備の改修計画を見せます。銀行には、買収対象の資産と収支を見せる。相手によって資料を分けるべきです」
志津江が言った。
「大手には、衛生の改善計画と従業員の受け入れ体制を見せます。食品会社は、人の問題を嫌います。そこを先に整えておけば、買いやすくなります」
沙織が言った。
「建物については、すぐ直すところと、買い手に直してもらうところを分けます。全部直すと時間がかかります」
直樹は、1つずつ書いた。
銀行向け資料。
買い手向け資料。
設備評価。
衛生改善計画。
建物改修見積もり。
社宅分離。
売却条件。
買い手競争。
啓子が、最後にまとめた。
「今日の結論です。直樹さんは早乙女側の90億円を用意する。成城側は30億円の出資条件を詰める。銀行融資は180億円を目安にする。総額300億円で、湾岸の冷蔵倉庫会社、青果配送会社、加工場用地、社宅用地を押さえる。沙織さんは建物と社宅、真佐子さんは冷蔵設備、志津江さんは衛生と健康管理、麗子さんは銀行と売却先を担当する。杉浦さんと小沼さんには、直樹さんから正式に依頼する」
「はい」
直樹は答えた。
「私は、この計画をただの投資で終わらせません。300億円で会社群を押さえ、食品流通網として形にして、1,000億円で売ります。その金で、次に動きます」
結論は決まった。
早乙女側の90億円は、預金に置いておく金ではなくなった。
300億円の投資を呼び込む元手になった。
300億円は、古い倉庫を買う金では終わらない。
1,000億円を取りに行く金になった。
中編2では、東京湾岸南方果物流通網の資金計画と出口戦略が固まる。直樹は、早乙女側90億円、成城側30億円、銀行融資180億円を合わせ、総額300億円で湾岸の冷蔵倉庫会社、青果配送会社、加工場用地、社宅用地を押さえる方針を示す。成城側の30億円は、3か月後に60億円で買い戻す条件とする。沙織は建物と社宅、真佐子は冷蔵設備、志津江は衛生と健康管理、麗子は銀行と売却先を見る役となる。直樹の狙いは、買った会社群を食品流通網として整え、大手商社や食品会社に1,000億円で売ることである。




