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善意と言う怪物 0


 皇に新生エスポワール戦隊が誕生するまでの間。大坊は、七海を連れて国内旅行に出ていた。身分や資金については、リチャードが融通してくれていた。


「大坊おじさん。これから、どうするの?」

「まずは、人助けだ。暴力は最終手段にしておけと言われた」


スポンサーからの頼みであるなら断れない。現状の皇を知り、如何に人々を助けるか、仲間を作るかという方法を知る目的もあった。


「どうやって?」

「暴力が駄目なら、話し合いしか無いな」


 偶然手に入れた新世代のスーツのおかげで、近隣の者達の嘆きや悲鳴を聞き取ることは出来た。今も、聞きつけたアパートに立ち寄っている。

 ノックをすると不健康そうな女性が出て来た。玄関から見える限り、部屋はコンビニ弁当のゴミなどが散乱していた。


「何か用ですか?」

「子供の泣き声が聞こえたので」


 指摘しても動じることは一切なかった。大坊がポケットに手を入れて、取り出したのはガジェット……ではなく、シングルマザー向けのNPO法人のパンフレットだった。


「もしも、辛かったり。助けが欲しい時にはご連絡いただければと」

「分かりました。今から、仕事に行くので」


 さっさと扉を閉めてしまった。だが、大坊には分かっていた。扉を隔てた先に、怯えて呼吸が早くなった子供が押し入れに隠されていること、先程の女性が声量を絞って脅しをかけていることも。

 もしも、今。変身して扉を叩き破って颯爽と連れ去ることが出来れば、あるいは、子供に危害を加える女性を斃すことが出来れば。幾つもの願望が胸中に渦巻き、動けなくなっている所で七海に手を引かれた。


「おじさん。児童相談所には連絡しておいた。多分、意味ないけど」

「ありがとうな」


 平和的な解決を望むなら、自分には先程の行動が精一杯だった。自分は司法の関係者でも無ければ、NPO法人のスタッフでもない。ただ、パトロンがいるだけの無職。

 社会的な信用は微塵もなく、常識も怪しい。自分にあるのは戦闘能力、勇気、正義感位だった。


「七海。次の場所に行こう。助けを求めている人は沢山いるはずだから」

「分かった」


 どうして皇で助けを求める声が止まないのか。人々を苦しめるジャ・アークは倒したはずだ。いや、やはりヤツらは生きていて邪悪を植え付ける洗脳電波でも流しているのか。怪人も悪の組織も無いのに、平和であるはずなのに。どうして、嘆きと悲しみが消えないのか?


「おじさん。耳、塞がないの?」

「泣いている人達の声を聴く手段があるのに、聞こえないフリをするのはヒーローじゃない」


 恐らく、それが利口な判断なのだろう。自分の体が一つである以上、出来ることは限られている。許容範囲を超えて気を揉んでも、心を擦り減らすだけだ。

 だが、大坊には出来なかった。戦隊で教育という名の洗脳を受けていたとしても、誰かを助けたいと思った善意は本心から湧き出た物だったからだ。


「皆を。助けて」

「勿論だ。俺はヒーローだからな」


 七海が大坊の手を握った。不器用で無知だけれど、誰かを助けたいと思っていることは本当だ。しかし、現実は映画やドラマの様には行かない。優しさだけでは何も救えない。

 数日後、件の女性が子供の首を絞めて殺害したというニュースが流れて来た。情報を知った時、大坊の手は震えていた。


「おじさん……」

「犯人は逮捕され、刑務所で更生を受ける。罪を犯した人間でも、やり直す機会が与えられる。平和な法治国家では、正しいことなんだ」


 彼女に説明するというよりは、自分に言い聞かせると言った方が正しかった。大坊は取り繕った様な笑顔を浮かべながら、七海の手を引いた。


「今度こそは、助けてみせる。行こう」

「うん」


 大坊は諦めずに助けを求める人達を探して回った。ビルの屋上から飛び降りようとした男性を引き留めて、休職などの仕組みや心療内科を紹介した。

 夏休みの終わりに自殺しようとした中学生を引き留めて、親を説得した。学校だけが子供の人生ではないのだと説得した。

 介護疲れから、妻を殺害しようとした夫を引き留めて施設を紹介した。街で見かけた非行少年達に更生施設を紹介したりもした。


「分かりました」


 誰もが見せかけの納得を返すだけだった。結局、男性は自殺した。親は学校に行かない我が子を恥じて、無理やり投稿させた挙句。いじめに遭って自殺した。老々介護に疲れ果てた夫は妻を殺した。非行少年達は、大人達の欲望のはけ口になった後、死体で発見された。


「平和って。なんだ?」

「おじさん」


 どんな強敵が現れても、ジャ・アークの卑劣な作戦が行われても挫ける事の無かった心には亀裂が走っていた。救えなかった命を知る度に、悲鳴を上げていた。

 誰かを苦しめる怪人も悪の組織も無い。皆が笑顔で幸せにいられる様に、仲間達と命を賭して平和を取り戻した。だと言うのに、こんなにも嘆き悲しんでいる人達がいる。


「俺は。何を守ったんだ? 何を信じればいいんだ?」

「お前は何も守れちゃいないさ」


 部屋で頭を抱えていると声が聞こえた。両断されたシュー・アクが傍に立っていた。ケラケラと笑う度に、振動で断面から内容物が零れていた。


「だから、言ったろう。ワシが皇を良くしてやると。この国の人間は善良を装っているが、互いに無関心なだけだ。だから、ワシが悪意をコントロールしてやれば、お前も容易く対処出来たろうに」

「俺は間違ったことはしていない」


 胸を貫かれたゴク・アクが優しい声色で喋る。あの時は、楽だった。命じられた悪を斃すだけで良かった。考えたり、苦しんだりする必要も無かった。


「俺達みたいに倒せばよかったじゃねぇか。お前は、ヒーローなんだろ?」


 現れたボロボロのガイ・アークは背後に大量の部下を連れていた。焼かれ、切られ、撃たれ、貫かれ、潰された者達は文句も言わずにジッとこちらを見ている。


「だが、平和を乱すなと」

「無理をするなよ。お前は、敵を倒す以外は何もできないバカなんだ。弱者を助ける制度の説明も出来なければ、人を丸め込むこともカウンセリングも出来ない。新たな法律や仕組みなんて作れる訳もない。平和な皇じゃ、お前は無能な無職なんだよ」

「うるさい。消えろ。亡霊どもめ」

「これがお前達の求めた平和と自由だ。用済みになったヒーローは邪魔でしかないんだよ」

「可哀想なヒーローだ。ワシがまた目的を与えてやろうか? 悪役を用意してやろうか? ヒーローにしてやろうか?」

「俺達にやったみたいに誰かを斃せよ。殺す事しか出来ないヒーローめ」


 笑い声が響く。レッドソードを振るうと妄想の産物達は雲散霧消した。ニュースでは娯楽の様に悲劇が報じられていた。大坊はリチャードに連絡を入れた。


「はい。リチャードです。どうかしましたか?」

「我慢の限界だ」


~~


「うわぁあああああ!!」


 飛び降りた男性を追い詰めた上司を殺した。自殺した中学生男子をイジメていた生徒達は、家族を含めて必殺技の餌食にした。非行少年達を食い物にしていた悪漢達を殺戮する様子はビデオカメラに撮影していた。


「おじさん。これで全部」

「ハハハ。容易いもんだ」


 倒すのは楽だった。相手の言い分を聞かなくても良いし、施設や支援方法を説明する必要もなければ、今から勉強する必要もない。相手の改心や更生を信じて待つ必要が無い。


「もう、大丈夫」

「ありがとうございます……」


 怯えて声を出せない者も居た。呆然とする者も居た。だが、非難して来る者は極少数だった。何よりも、助けた人間からの感謝に涙が零れた。


「七海。俺のやっていることって正しいと思うか?」

「正しい。おじさんのおかげ救われた人達がいる」


 法律的、倫理的には間違っている。だが、自分は正しさで人が救えただろうか? 文化的な話し合いやサービスの説明は誰も救わなかった。ヒーローとしての力を振るえば助けることが出来た。

 全てを否定するつもりはない。皇の制度が誰かを助けていることもあるだろう。だが、自分にはそんな知識はなかった。ヒーローとしての善意を蝕む現実に対する方法としては、力以外を振るう術はなかった。見て見ぬ振りも出来なかった。


「七海。俺のことをおじさんと呼ぶのは止めろ。人も集まって来た。俺は再び戦隊を作るつもりだ。その時は、リーダーと呼べ」

「……リーダー」

「よし。良い子だ」


 七海の頭を撫でようとして、手を引っ込めた。部屋内には、ビリジアン色の強化外骨格(スーツ)を着た者達やシャモア色のスーツを着た同志達が居た。


「リーダーか。良いね、俺達で一緒に世界を変えて行きましょうよ!」

「私達が付いて行きます」

「俺達は本当のヒーローになるんだ」


 大坊の決意は固かった。皇には今も理不尽と悲しみが存在している。自由や平和、権利と言った名目で封殺されている悲劇がある。


「この国は、俺達が変えるべき場所で、帰るべき場所だ。人々の善意を食い物にする悪人共を許すな」


 1人のヒーローが居た。人々の平和を願う彼の心は善意と勇気で満ちていた。

 1人のヒーローが居た。怪人と悪の組織を倒す為に戦い方を覚えた。

 1人のヒーローが居た。勝利した後は、平和が訪れると信じていた。

 勝ち取った平和に絶望しながらも再び立ち上がった、ヒーローが居た。


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