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善意と言う怪物 8


 桜井が部屋に戻ると、富良野が安堵の溜息を吐き出していた。現地に行って何があったかと問われ、事情を説明した所。彼女は頭を抱えた。


「なんで。あの人はあんなに極端なんでしょうか……」

「他に何も無いからじゃないかな」


 守るべき物も無ければ、帰るべき日常も無い。ただ一つ残ったのは、自分がヒーローであるという矜持のみ。今や、皇を食い尽くそうとしている。


「大坊さんが皇の打倒を望んでいるなら、既に悪の組織と言っても変わりないんじゃ?」

「でも、ジャ・アークみたいに無実の人は襲わないし、私を見捨てて放り投げた皇を倒してくれるなら、それもいいかもね」


 彼女もまた皇に見捨てられた者達の一人であり、パートナーとなるべき存在が居なければ、どうなっていたかを想像することは容易い。


「何も良くないですよ!? あの人らに政治とか出来るとは思えないし! 仮にあの人らが国を取ったら、何をしでかすか分かりませんよ!」

「それは、まぁ、確かに」


 急速に知恵を付けた可能性や、側近達が政治に詳しいかもしれないという想像が過ったが、確認のしようがない。


「でも、政府の対応が後手に回っているのは本当ですしね。何か打開策とか出してくれると嬉しいんですけれど」


 軍隊や警察も出動していたが、怪人と同等の力を持っているエスポワール戦隊に対処できず。加えて、怪人達が人を食らいながら暴れているとなれば、彼らの存在が危ぶまれる所だった。

 何の気無しに付けたテレビだったが、気の滅入るニュース番組が流れていたのでチャンネルを変えた。……が、どのチャンネルでも同じような放送が流されていた。


「緊急速報かしら?」


 映し出されているのは、皇の首相だった。相次ぐトラブルの対応に追われているのか、表情には生気が無かった。だが、用意した原稿を読み上げていた。


「以前より、ユーステッドを始めとした各国と協議を進めて参りましたが、皇の混乱を早期に終結させるべく、特例ではありますが、我が国の警察と軍隊にヒーローベルトとガジェットの配備を決定いたしました」


 会場内が騒めき、何名かの記者が退室した。残った者達が矢継ぎ早に質問を投げかけるが、用意されていた答えを返して行く。

 驚いていたのは、桜井達も同じだった。世論等に忖度してベルトを認めなかった政府が、公に配備を認めたのだ。


「先輩。コレって」

「遂に、国が動くのね」


 息を吞んだ。今まで、傍観者に過ぎなかった彼らが本格的に介入してくる。

 対応が遅すぎる気もしたが、国が動くのに必要な準備が整ったのだ。これからの皇がどうなって行くのか。まるで、想像が付かなかった。


~~


「連中を生かして捕えようと思うな!」


 首相からの宣言が出てから、僅か数時間後。全国のエスポワール戦隊支部に特殊部隊が集結していた。あまりに迅速な対応に、幾つもの支部が落とされていた。死傷者も出たが、同時に隊員達の捕縛にも成功していた。


「離せよ。チクショー!」

「おい、マジかよ。まだ小学生位のガキじゃねぇか」


 強化外骨格(スーツ)の下に居た者達の素顔は、驚愕の連続だった。中年も居れば、年若い女性もいた。中には、小学生高学年程度の男子も居た。


「政府の犬どもが! 本当に倒すべき悪党は他にもいるだろう! 俺達よりもそっちを取り締まりやがれ! 税金泥棒共!!」

「敗北主義者の加害者シンパ共め! 地獄に落ちろ!!」


 一様にして、誰もが異常と言える程に興奮していた。彼らを収監した後、支部を捜索すると、彼らの抱える正義の形を目の当たりにした。


「……イカレてやがる」


 施設内の奥深くには異臭が立ち込めていた。鉄格子で仕切られた場所には、ガリガリに痩せ細った老若男女がいた。特殊部隊員が入って来た時、這いずりながら近寄って来た男性がか細い声を上げた。


「た、す、けて」

「こちらデルタ。要保護者を発見、極度の飢餓状態にある」


 同様の報告は多数寄せられた。支部内部に監禁された者達がいる。彼らの多くは衰弱、あるいは死亡していた。彼らは何者かという質問に対し、捕縛された隊員達は自慢げに話していた。


「アイツらは悪人なんだ。怪人化して暴れていた奴から、他者に危害を加えたり、迷惑行為を行って居た者。人々からのリクエストや通報で捕縛していたんだ」

「捕縛した者達の多くが衰弱していた。糞尿も垂れ流しで、病気も蔓延していた」

「ワザとだよ。悪人に生存権は無いからな。本当は殺してやっても良かったんだけど、それじゃあ一瞬で終わるだろう? 地獄の苦しみの中で、人は初めて反省するんだよ。見せつけの意味もあって、偶に配信したりもしていた」


 何の悪気もない。むしろ、自分の行いは善行だと信じて疑っていない。悪人を倒すということは分かり易く、支持を集める方法ではあった。


「お前らがやっていることも鬼畜の所業だ。あのガリガリに痩せ細った人達を見ても、何の呵責も無いのか」

「ある訳無いだろ。アンタ、アクション映画とか見る? 悪人がぶちのめされて苦しむ様子を見て、心を痛める奴がいるか? 爽快でスカッとするだろ」

「現実は映画じゃねぇんだよ。罪は償う必要はあるが、アレはただの私刑だ。そんな物が認められていい訳がない」

「じゃあ、被害に遭った連中は泣き寝入りしなきゃいけないのか? あそこにいた奴らのせいで心を病んだ奴がいた。自殺した奴もいた。ソイツらの無念は晴らさなくていいのか。被害者よりも道理の方が大事か!」


 お互いに倫理観は抱えている。ただし、片方は一部の人種には全くと言っていい程適用されていない。故に、議論は平行線を辿るばかりで。改めてエスポワール戦隊と言う物の異常さと向き合うことになった。


~~


 捕縛されたのはエスポワール戦隊員だけではない。路地裏で、1人の男性が組み伏せられていた。腕に装着されていたリングは外され、近くでは肩から血を流している男性が治療を受けていた。


「もうすぐで救急車が来ますからね」

「た、助かった……」


顔は青褪めており、先ほどの今日も醒めていないのか。呆然自失なまま、救急車に乗せられて運ばれて行った。少し遅れて、やってきた護送車に怪人だった者達も運び出され、同じ様に聴取を受けていた。


「何故、貴方は怪人になったんですか?」

「じゃ、じゃないと! エスポワール戦隊に殺されるじゃねぇか!」


 彼もまた興奮状態であったが、別室で行われているエスポワール戦隊員とは違い、表情にはありありと恐怖が浮かんでいた。


「大丈夫です。私達は貴方に危害を加えません。この取調室も頑強な作りをしています。落ち着いて、話して下さい」

「……」


 キョロキョロと不安そうに周りを見渡して、一応の安全を確認できたのか。彼はボソボソと喋り始めた。


「お、俺。会社で働いていたんだ。ノルマとかも厳しくて、散々部下を怒鳴ったりもしていて。何人かは辞めたりもしていた」

「なるほど。世間で言われる『制裁』の対象になり得る行動ですね。ですが、ハト教などに避難も出来たはずじゃ?」

「俺が対象になるなんて思っていなかったんだ。だって、俺だってそうやって教えられて来たんだよ。殴られて、怒鳴られて、泣かされて。そうやって教えて来るのが正しいと思っていたんだよ。なのに、急にエスポワール戦隊だの制裁だの言われて、納得できるかよ!」


 前時代的な教育として、殴る蹴るなどの行為は珍しい物ではなかった。現代ではコンプライアンスやパワハラなどが声高に叫ばれ、減少傾向にあったが、今でも続いている所では続いているという。


「分かります。理不尽を押し付けられて来たのに、押し付けられるのは納得できませんよね」

「そうだろう!? 俺にこんなことをした奴らはノウノウと暮らしているのに。なんで、俺が制裁されなきゃいけないんだ!」

「それで。リングを入手したと?」

「入手したっていうか。渡されたって言うか……。辞めた部下が、自殺したって手紙と一緒にリングがポストに入っていたんだ」

「自分から取りに行った。という訳ではないんですね?」

「あぁ……。半信半疑だったけれど、数日後にエスポワール戦隊員達が部屋に押し入って来たから、慌ててリングを使って変身して逃げ出して……」


 喋っている内に男の目からは涙が溢れていた。彼が罪人であるかと言われれば、頷くしかない。だが、殺されるかもしれない恐怖に怯え続ける日々を強要するのは、個人が行って良い物ではない。


「逃げ回らなければいけない日々は辛かったでしょう。男性を襲っていたのは?」

「人を食えば、強くなるって聞いたんだ。殺される前に殺さなきゃって。どうせ、殺されるんだったら、今更殺す人間が1人2人増えてもって……」

「今はどう思っていますか?」

「……このまま。安全な所で置いて貰えるなら、捕まえて欲しいです」


 男は俯きながら言った。疲労困憊、疲れ果てた彼の懇願を無為にすることは出来ず。ベルトと共に導入された技術を用いた収監場所へと移送した。


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