幕間 2
都市部から少し離れた場所を自動車が走っていた。運転手は頻りにサイドミラーとバックミラーを覗いていた。
「おい。追手は来ていないだろうな?」
「大丈夫だ。ひょっとしたら、ここがもう『ハト教』の領地内なのかもしれないが」
乗車している者達の額に汗が伝う。運転手もエアコンを入れはしたが、彼らの緊張感は晴れなかった。沈黙に耐えかねたのか、一人が声を上げる。
「なぁ、本当にエスポワール戦隊の制裁から逃れる事が出来るんだよな?」
「らしいな。ただ、金目の物とかを持って、ほとぼりが冷めるまで逃げ果せようって奴は制裁されるらしい」
「ここに逃げる際に金置いていけって言ったのはそれもあるのか」
彼らは必要最低限の荷物だけを持って目的地へと向かっていた。
『ハト教』に行けば、制裁から逃れてやり直すチャンスが与えられる。罪を犯した者達にとっては天啓の様な物であり、何時、誰が流布し始めたのかは分からないが、対抗する術を持たない者達にとっては唯一の希望だった。
「でも、そこの生活。PCとかも何もねぇんだろ?」
「地獄にはもっと何もねぇぞ。生きていれば、いずれ何とかなるかもしれねぇだろ。ほら、そろそろ着くぞ」
車を進めた先、開けた場所に出た。車を停めると、柔らかな笑みを浮かべた年配の男性が幾人もの男を引き連れながら、彼らへと近づいて来た。
「ようこそ、いらっしゃいませ。貴方達は入信希望者の方達ですか? それとも。改心に来られた方達ですかな?」
「改心の為に来ました。コレは、車のカギです」
運転手の男性が車のカギを差し出すと。背後に控えていた男性達が、運転手達のボディチェックを行い、車のトランクの中身からシートの下まで入念に調べ始めた。
「ほぅ。どうやら、話は聞いているようですね」
「はい、自分達は掛け子をやっていました。最近のエスポワール戦隊の活躍を聞いて、逃げられないと思い。そう言う事なら生まれ変わる為にもと思い……」
始まった懺悔を、年配の男性は首肯しながら聞いていた。その間に、男達と車内のチェックを終えた男達が報告をした。
「隅々まで調べましたが、一切の禁止物はありませんでした。本当に改心の為にやって来た物だと思います」
「そうですか。いやいや、それなら結構。では、奥の方へと案内します」
年配の男性に導かれながらも、安堵の溜息をもらしていた。擦れ違う人達から会釈を受けながら、案内された部屋には中心部に居る二人の男を囲う様にして、強化外骨格に身を包んだ構成員達が立っていた。
彼らの存在を前にして再び緊張感が走る。空気を読んだようにして、中心部にいた男性が声を掛けた。
「始めまして。此処までの旅路、心休まらなかったでしょ。楽にしてよ」
不思議な事に。その声を聴いた瞬間、彼らを包んでいた緊張感はスルリと解けて、言われるままに態勢を崩した。
「『播磨』様。こちらの方達の経歴ですが…」
「知っているよ。掛け子してたんだろ? 末端だからって、自分は大丈夫だって思わずに、ここまでやって来た事は感心だね」
依然として周囲は構成員に囲まれた状態であったが、不思議な事に先の様な緊張感はなかった。この声に従っていれば、何とかなる。このわずかな時間で何故か彼らはそう思うことが出来ていた。
「あの。それで、俺達はどうなるんでしょうか?」
「勿論、歓迎するよ。橘さん、彼らにここでの生活を教えてあげて」
「分かりました。では、ご説明します」
播磨に指示された橘は、彼らを引き連れて部屋から出て行った。この施設内での過ごし方を説明しながら、彼らの案内をしつつ。それとは別に世間話なども織り交ぜていた。
「皆さんはどうやってここを知ったんですか?」
「いや。具体的に誰かから説明を受けた訳じゃ無いんですけれど。なんとなくネットとかSNSとかでそう言う噂があって」
「最近、来る方達はそう言う人が多いですね」
橘が指差した先では、信者の服を着た老若男女が畑を耕していた。前時代的な光景に多少の忌避感は沸いた物の、外の世界で待ち受けている脅威を考えれば呑み込むべきものだと考えた。
「その。ここっていつかは出られたりとかはできるんですか?」
「出入りは自由ですが。改心の為に来られた人達が早々に出ようとすることだけは、絶対にやめた方が良いでしょう」
表情が翳ったような気がした。実行した者達の末路を知っているが故なのだろうと考えて、彼らは何度も首肯した。
「……ここって。そう言う施設だったんですか?」
「いえ。本来は富や欲望から塗れた世界から切り離して、己の生活を見つめ直すという事を目的にしていたんですけれどね。今は、刑務所と介護ホームみたいになっていますよ」
犯罪者を私情によるリンチから守る。という意味では、ここは宗教施設と言うよりも刑務所などにも近いとは感じていた。違うのは明確な刑期などが無い事だろうか。
「なんで、そう言う場所になったんですか?」
「私が頼んだからですよ。エスポワール戦隊のリーダーさんに」
息を呑んだ。見た目の優しそうな青年は、外の世界に居る強大な暴力機構のトップに君臨する男に物事を頼める立場にいる。そう考えると、彼の放つ穏やかな雰囲気も別物の様に思えた。
「お知り合いですか?」
「はい。かつて、この施設で私達と生活を共にしたことがあるんですよ」
「どんな人でしたか?」
「ぶっきらぼうですが、面倒見も良く優しい方でしたよ。……正直、今の彼がやっている事が信じられない位に」
世間では恐怖の対象ともなっている男ですら日常へと戻れるだけの生活があるのか。恐怖から逃げたい一心で訪れた彼らであったが、ハト教と言う場所自体に興味を持ち始めていた。
「刑務所以外にも介護ホームみたいな役割もあると」
「はい。敷地だけはデカいですからね。入信してくる方達の仕事という事で、幾らか業務を引き受けているんですよ」
「同じ仕事なら、内職みたいなものを引き受けた方が資金源にもなるんじゃ?」
「ハト教は俗世から離れるという事を目的にしていますので。自分達が使用する以上の物品の生産は禁じているのです。でなければ、富を捨てて入信して来た方達に示しが付きません」
だとしたら、どの様に運営されているのだろうかと考えたが、エスポワール戦隊と提携しているのなら、スポンサーとして資金位は出してくれているだろうと納得しながら、引き続き施設の案内を受けていた。




