帰還 4
斎場に集っていた染井組長達にも表の異常は直ぐに分かった。と言うのも、通信機器が一斉に圏外になったからだ。動揺が広がる一同に対して、その場を取り纏める様にして声を上げたのは梅松組長だった。
「ガタガタ抜かすんじゃねぇ! 俺達は今、カチコミを掛けられてんだ!」
「この場にいる方達は皆。フェルナンド様から支給されたリングを装着しております。……もはや、我々は狩られるだけの羊ではありません」
騒いでいた関係者達が、スーツの下にあるリングの感触を確かめた後。意気揚々と吠えた。
「そうだ! 香典代わりに連中の首を入れてやろうじゃねぇか!」
「このまま嘗められっ放しで堪るかよ!!」
今まで抑圧され燻っていた憎悪は、戦う術を手にした事により一切に燃え盛った。
誰もが躊躇うことなく、装着されたリングを起動させた。ありとあらゆる動物をモチーフとしたと思しき怪人達へと変身していた。
「親父。俺達も」
豊島と染井もリングを起動させた。二人が変身している間に、ドアが開かれた。瞬間、現れた構成員達は一斉射撃と同時に爆散型のガジェットを投擲し、部屋内に殺意の奔流が跳ね回った。
「やったか!?」
「待て!」
血気逸った構成員の一人が制止を聞かずに部屋に踏み込んだ瞬間。両腕が千切れ飛び、胴体が真っ二つに切り裂かれた。
爆炎の晴れた先。そこには全員を守るようにして立ちはだかる巨大な亀の様な怪人となった梅松と。両の指から刀の様な爪を生やした刀虎が居た。背面に隠れていた怪人化した者達が一斉に飛び出した。
「やれ! ぶっ殺せ!! 腸引きずり出してやれ!!」
「現れたか! 怪人共め! 一人残らず倒してやるぞ!」
カンガルー型の怪人が構成員を蹴り飛ばす。スーツの防御力を超えた一撃は、肋骨と胸骨をへし折り、臓器へと突き刺した。マスク下で大量の血を吐きながら一瞬で絶命した姿を見て恍惚としていると。背後から近寄って来た構成員が振り下ろした一撃で頭が叩き割られた。
噴き出した灰色の液体と内容物を踏んで転んだ瞬間、カニ型怪人より体が寸断された。分かたれた上半身が生を諦めきれずにバタバタと動いて、死の間際に引いた引き金により発射された弾丸が、ゼブラ型の怪人の側頭部を貫いて、ばたりと倒れた。
「抗争でもここまでは酷くねぇぞ……」
タカ型の怪人に変身した豊島は、元の運動神経と歴戦の経験も相まって、構成員達が束になっても敵わぬほどの力を発揮していた。上級構成員達が攻めあぐねていると、一瞬の静止の内。彼らの体が燃え上がった。
「うわぁあああ!! 上級構成員が!?」
「楽しいか? ヒーローの力で弱い物虐めをするってのは……」
対峙していた者達は息を呑んだ。染井組長が変身した姿は他の者達と比べ、別格だった。全身は燃える様な紅蓮で包み込まれており、鮮やかな色彩をした羽が動く毎に周囲には鱗粉の様な火の粉が舞った。
両手に握られていた拳銃から吐き出された弾丸が命中すると、構成員達を焼き尽くしていった。彼らの排除を確認すると、怪人達は天を劈かんばかりに吠え叫んだ。
「やったぞ!! エスポワール戦隊に勝ったんだ!! 俺達の勝利だ!」
今まで一方的に虐殺されてきた中での勝利に、誰もが歓喜で打ち震えていた。だが、勝利の余韻も束の間だった。油断していた数人の体が弾け飛び、肉片を周囲へとまき散らしていた。
攻撃が飛んできた方向を見れば、量産型のスーツを装着した構成員とは一線を画す様な雰囲気を放つ、それぞれの特色に染められたスーツを身に纏った者達が居た。
「驚いた。怪人化した連中がここまで強かったなんて」
「構成員達じゃ荷が重すぎるぜ。俺達が出ないとな」
「油断するなよ。奥に居るあの赤い怪人。あいつだけは明らかに雰囲気が違う」
シャモア色のスーツを纏った女性声をした人間の手には薙刀が握られており、勇み立って前に出て来た男性と思しき者は、メイズ色のスーツを見せつける様に手を広げた後、背中から二本のメイスを引き抜いた。
残された最後の一人は緑味を帯びた灰色――セラドンのスーツを見せない様にして、身を隠しながら。両手に短槍を展開させた。
「梅松さん。染井さん。気を付けてください。あいつ等、雰囲気が違います」
「見りゃわかる」
一番初めに動いたのはセラドン色のスーツを纏った男だった。槍投げのフォームで放たれた短槍は、彼の手を離れた瞬間に異様な加速を持って。サイ型の怪人の頭を吹き飛ばした。全員が警戒態勢へと移る一瞬を突くようにして、肉薄したシャモア色の女性が繰り出した薙刀術により、数瞬の内に2体の怪人が両断された。
ほぼ同時に飛び込んで来たメイズ色の男は、2本のメイスを振り回した。その勢いたるや暴風の如く、怪人達を引き潰していた。
「こいつら。強い!!」
「怯むな! 背中を見せたら殺られるぞ!!」
しかし、現れた3人には明らかに動きが違っており。数で囲う戦法も使えない程に隙が見当たらず、様子を窺っている間に一人ずつ、怪人は数を減らされていた。その状況を見兼ねた刀虎が叫ぶ。
「私がシャモア色の彼女を引き受けます。豊島さんと梅松さんは、そこのメイス男を! 染井さんは後ろに控えている投手をお願いします! 他の方達は私の援護を!!」
突然の指示に反応できない者達も居たが、指名された者達は一瞬で動いた。梅松はその巨体でメイズとピンクの間を遮り、豊島が相対する。二人に挟まれたが、彼は闘争心を萎えさせる様子を見せなかった。
「ハッ、クソヤクザ共が。テメェらみたいな人間が生きていると思うとイライラする」
「奇遇だな。俺もテメェらみたいに似非ヒーロー共の活躍を思うと、腸が煮えくり返る。手に入れた玩具で弱い物虐めするのは楽しいか?」
「何が弱い者虐めだ。今まで、それをして来たのはテメェらだろうが!!」
振るわれる巨大な鉄塊の攻撃を避けるが、外れた攻撃は壁や床を悉く破壊した。もしも体に当たれば、一撃でミンチにされるだろう。豊島は冷や汗を流しながらも回避し続けていた。
「その声。聞き覚えがあるな」
その巨体と堅牢さでメイズの動きを制限していた梅松はポツリと呟いた。豊島には何のことかは分からなかったが、彼は叫んだ。
「まさか。テメェが親父の!!」
「……そうか。あいつの倅か。あの場所にはデケェビルが建つ予定だったんでな。お前達が邪魔だったんだよ」
豊島は察した。目の前の人間が自分達を憎む理由。彼は、地上げで追い出された誰かしらの関係者なのだろう。となれば、先にやったのは間違いなくこちらで。非があるのは自分達という事になるのだろうが。
「それでも殺されてやるつもりはねぇよ!」
一撃の威力に差があることは分かっている。故に、彼はその経験と身軽さを用いて、不沈艦の様に迫り来るメイズに立ち向かった。
その一方で、シャモアと刀虎はお互いの得物で激しく火花を散らしていた。援護を言いつけられた怪人達も攻撃を仕掛けるが、その超人的な反応でカウンターを返されて、手も足も出せずにいた。
「大した薙刀術ですね。折角の武術を人殺しに使っていては、その腕前が泣きますよ」
「自分達に襲い掛かる脅威を切り払えずして、何が武術か。姉に代わって、私は貴様らの様な外道共を切り捨てると決めた」
裏稼業。その中で食い物にされる女性は決して少なくはない。ホストに落とされる者、友人に付け込まれる者、詐欺師に騙される者。
この社会の主権を男が握っている以上。彼女らを消費する手伝いをしているのだから、幾らでも恨まれるに決まっている。
「そうですか」
刀虎の瞳孔が引き絞られ、全身が隆起すると同時に茶褐色の毛に覆われた。その口角は釣り上がり、牙の隙間からは溢れた唾液が滴り落ちた。そして、大口を開けて叫ぶ。
「お前みたいな女に牙を突き立て、貪りつくしたら。さぞ至上の快楽だろうなァ! 安心しろ。姉貴と同じ場所へ送ってやるからよォ!!」
「この下衆が!!!」
巨大化しても全く衰えないスピードに翻弄されながらも、彼女は薙刀型のガジェットを振るう事を決して止めなかった。
「畜生。化け物ばかりだ!」
周りの者達はその余波に巻き込まれぬように別口から出て行こうと、戦場から脱し。外に出た所で全身に風穴を空けられた。何が起きたか分からないまま一人、また一人と倒れ。誰一人として動かなくなった後。それらをスコープで覗いていた構成員は無線機に向けて言った。
「こちら、日野。脱出ポイントEから出て来た怪人達は全員射殺した。人間状態に戻った姿も確認した。引き続き観測する」
短く返答を告げると、日野は無線の通信を切った。彼の体はクリアブルーのスーツに覆われていた。




