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ヘンシン 2


 芳野と一緒に向かった邸宅は、外観から染井の力を伺わせる様な物であった。だが、玄関には人集りが出来ており、先頭に立っている中年の男は拡声器を使って叫んでいた。


「我々の地元に暴力団はいりません! 即刻の退去を求めます! 皆さん、恐れずに声を上げてください! 我々は『エスポワール戦隊』と志を共にしています!」


 周囲に集まっていた者達が同じようにして一斉に退去勧告を飛ばしていた。その様子を見て乗り出そうとした剣狼を芳野が抑えた。


「おい、何故止める?」

「駄目ですよ。あの人達に手を上げたら、私達も『エスポワール戦隊』にやっつけられちゃいますよ」

「そんなもん知るか」


 芳野の腕を振り払い、抗議の声を上げている集団に近づくと、先頭に立っている男は、近づいて来た剣狼に怪訝な目を向けた。


「何ですか貴方は。抗議に参加したいんですか?」

「お前達の抗議を黙らせに来たんだ。うるせぇんだよ」

「ほぅ。私を黙らせるんですか? 皆さん! 聞きましたか! この方は、我々の抗議に対して暴力で訴えようとしているのです! ですが、安心してください! 我々にはエスポワール戦隊が付いております!」


 中年の男性がそう宣言すると、抗議していたメンバーの中から数人が出て来た。彼らは、それぞれがペインティングしたフルフェイスを被り、手にはヒーローガジェットと思しき銃剣が握られていた。


「困るなぁ、兄ちゃん。俺達の地道な努力で地元のクズ達を追い出していたのに」

「他の奴らみたいに逃げ出せばよかったのにな!」


 既に何度も実力行使をした事もあったのか、彼らは暴力を振るう事にまるで躊躇いが無かった。剣狼に一斉に襲い掛かって来たが、次の瞬間。ガジェットを握っていた先頭の一人の腕は宙を舞っていた。


「え? う、うわぁあああああああああああ!!」

「失せろ」

「ひぃいいいい!!」


 切断された腕から零れた血が、剣狼の顔と腕部から生えた刃を濡らした。運よく被害を免れた者達に殺意の籠った視線を向けると、一目散に逃げだした。


「畜生!! こんな化け物がいるなんて聞いてねぇぞ!!」

「に、逃げろ!!」


 腕を飛ばされ、のた打ち回っている者を放置して、抗議団体は一目散に逃げだした。地面に転がっている者に止めを刺そうとした所で、芳野が制止の声を上げた。


「こ、殺しちゃ駄目です! その人はカタギです!!」

「カタギ、一般人って事か。その割には随分、抗議や暴力の手段に慣れていた様に見えたが」

「それは……」


 剣狼は玄関の方を見た。壁には銃痕や貼り紙が大量にされており、先の抗議団体が何をしていったかが想像に容易かった。


「アレが『エスポワール戦隊』が守った奴らか。イライラする。それに対してやり返しもしないお前にも。黒田と中田は殴り返そうとしていたって言うのに」

「……だって。私は皆みたいに何かできる訳じゃありませんから」


 卑屈と嫉みに満ちた呟きを聞こえる様に漏らしながら、芳野は剣狼を邸宅へと招いた。先程まで倒れていたはずの男は、血痕だけを残して何処かへと逃走した。

 外観から分かっていた様に。内部は非常に広かったが、人の気配は殆どなかった。しかし、芳野は玄関に上がるなり。『ただいま』と言った。


「おい。誰も居ないのに何故態々?」

「癖。ですかね? 昔はもっと大勢の住み込みの人達が居たんですよ。黒田さんや中田さんみたいな人達が」

「何で居なくなったんだ?」

「……エスポワール戦隊の人達が来たから」


 ある程度、想像していた答えではあったので驚きはしなかった。色々と部屋を案内されはしたが、食事をする為のリビングと自分に宛がわれた部屋以外には用は無いと判断していた。


「食事をする時間はリビングに行けばよくて、それ以外は何をすれば良いんだ?」

「私は普段学校に行っているので、その間に留守番をして貰えると助かります。お父さんも殆ど家に帰って来る事はありませんし。何かあれば、これに連絡をしますので」


 彼女はバッグの中からスマホを取り出して、剣狼に渡した。彼は受け取ったそれを興味深そうに眺め、あるいは画面を触ったりもしていたが。それは彼がスマホについての知識がほぼ皆無であることの証明でもあった。


「確か。黒田が使っていたのを見たが」

「これは『スマートフォン』と言って。電話の他にも色々と出来ちゃう便利な物ですよ。今から、使い方を教えますね」


 唯一、彼に対して威張れる物を発見したのが嬉しかったのか、ちょっとだけ胸を張っていた。芳野は基本機能である電話とメールの使い方。それと、ネットの使い方を教えていた。


「凄いな。ヒーローが使っているガジェットの様な物じゃないか」

「凄いですよね。これで電話もネットもゲームも出来ちゃうんですから」

「俺は電話とメールだけで十分だ」


 その他にも充電の仕方なども教えて、芳野の電話番号を登録した後。彼女のアドレスに載っていた黒田と中田の番号も登録した。試しに彼女の番号に掛けた所、彼女のスマホからコール音が鳴り響いた。


「良く出来ました」

「使い方は覚えたが。どういった時に電話を掛けたら良いんだ?」

「タイミングですよね。そうですね……私は日中学校に行っているので、昼間に電話を掛けられると困りますが」

「じゃあ、これは何時使えばいいんだ?」

「えっと。用件があれば掛かって来ると思います。それと、どうしても困ったことがあれば。黒田さんか中田さんに」

「分かった」


 スマホをポケットにしまった後。早速、彼は教えられたネットの機能を使った。『エスポワール戦隊』や『ジャ・アーク』の事などを調べている間に、芳野は冷蔵庫の中身を確認していた。


「あ、そうか。昨日、お父さんと豊島さんが来ていたから減っていたんだ」

「どうかしたのか?」

「すいません。ちょっと買い物に付き合って貰えませんか?」

「分かった」


 特に拒否することも無く引き受けた剣狼と共に、芳野はバッグを持って、近くの商店街へと向かった。

 商店街に辿り着いた剣狼は周囲を見渡したが、何処もシャッターが降りており活気が無かった。ポツポツと開いている店頭に立つ主人達もやる気なさげに、スマホを弄ってばかりいた。


「活気がないな」

「少し足を運んだ先に。もっと大きなスーパーがありますからね。皆、そっちに行っているんですよ」

「なんでお前はこっちに?」

「こっちの方が物静かで好きなんですよ。……向こうのスーパーだと同級生に会っちゃうかもしれないですし」


 芳野は寂れた店に立ち寄っては、夕飯の材料を買い込んでいた。彼女と話している時だけ、店番達も僅かながらにやる気を取り戻していた。彼女の買い物バッグに野菜や肉が詰め込まれて行く中で、彼はしかめっ面を浮かべていた。


「どれもこれもあまり質が良くないな」

「良い物は全部良い所に行っているんですよ。でも、これも食べられない事も無いですよ」


 一頻り買い込み、最後に大判焼を買って帰路に着いた。カスタードもどきの餡が冷めて固くなった生地に包まれており、ボソボソとした食感に口中の水分が奪われて行くようだった

 邸宅の方まで帰って来ると。玄関に張られている貼り紙の数は明らかに増えていた。読むのも憚られる様な罵詈雑言が書きなぐられていたが、芳野は一切気にしていなかった。


「さっきの奴らの嫌がらせか。正面切ってやれないからって、姑息な奴らだ」

「良いんですよ。私、昔っからこう言うのには慣れていますから。それに度が行き過ぎれば、制裁されるのは彼らの方になりますし」

「何? あいつらもエスポワール戦隊に殺されるのか?」

「基準は私も良く分からないんですけれどね。幸い、私自身が悪事をしていないって事はちゃんと把握してくれているみたいで。この間、放火しようとした人が死体になって発見されたりもしました」


 どうやら、エスポワール戦隊は特定の集団の味方。と言う訳ではなく、行き過ぎた私刑については彼ら自身がまた制裁を下すらしく。この采配故に、件の団体も抗議に留まっていたのではないかと考えた。


「だとしたら、俺は襲われるだろうな。なんせ奴らの仲間を殺したんだから」

「その時までは、私も世話を焼かせて貰いますよ。それじゃあ、帰って来たら手を洗って。夕飯の用意を手伝って貰えます?」


 言われたとおりに。剣狼は手を洗い、食事の準備を手伝うというような。『ジャ・アーク』に居た頃には1回もやったことが無い様な作業を前に、逐一芳野に質問を繰り返しながら慎重に事を進めていた。

 その日ばかりは、活気のなかった染井邸宅に本の僅かながらも会話と明るさが戻ってきたような気がした。


~~


「畜生。畜生」


 寸断された腕の先を見ながら、男は忌々し気に呟いた。善意の活動と言う体裁であったが、生活費の足しになる程度には報酬も出ていた。

 誰もが指さす相手を殴れば良いという、ストレスの解消も兼ねた楽な仕事だったはずなのに、あんな化け物がいるとは思いもしなかった。


「なるほどねぇ。幹部が復活したんだから、そりゃ配下も復活するよねぇ!」


 まともな医療機関に掛かる訳にもいかず、彼が向かったのは自分にガジェットを配布した男が拠点としている場所だった。

 自分の様にガジェットを与えられただけではなく、強化外骨格(スーツ)を装着した構成員達が詰めており、中央には白衣の様に真っ白なスーツを装着した男性が居た。


「早くしてくれ。治療ジェルの効果が切れて来て、意識が朦朧として来た」

「腕も持って来てくれているし、ジェルのおかげで傷口も保護されていて。うん、治療はしやすいね。でもさ、くっ付けるだけで良いの?」

「あ?」


 徐々に痛覚が戻り始めて来て、呼吸も荒くなっている。危険な状態へと推移しているのは分かるはずだと言うのに、白スーツの男性は緊張感の欠片も見られない、弾んだ声で、壁面のパネルを操作していた。


「これを機会にパワーアップしちゃおうよ! 強くなれば、有志から正式な構成員になれるかも。いや! 君次第じゃ、僕みたいに『カラード』になれるかもしれないよ!」

「カラード?」

強化外骨格(スーツ)の適性率が一定以上になると、起こる変化さ。忙しくはなるけれど、皆から尊敬されて、沢山の協力金を貰えるかもよ。……何より、君の腕をぶった切った怪人にリベンジできるかもよ?」


 壁面の一部が変形し、金庫が出現した。開錠して扉を開けると、中には義手が入っていた。それが日常をサポートするだけの物でないことは直ぐに分かった。


「……これを着ければ、勝てるのか?」

「うん! ただし、調整の為にナノマシンを君の体内にも注入させて貰うけれど、良いかな?」

「頼む。アイツだけは許さねぇ!」

「了解! それじゃあ、チャチャっと出術するね」


 麻酔を打ち込み、ナノマシンの注入から装着までの施術は素早く行われた。寝ている男性を構成員に運ばせ、他の者達は撤収の準備をしていた。その内の一人が、白スーツの男性に尋ねた。


「良いんですか? あのアタッチメントをあんなチンピラに渡して」

「良いよ! どうせ、初期作だし。それよりも、彼が遭遇した怪人って言うのに興味があるね。精々、良いデータを集めてくれることを期待しているよ」


 つまりは捨て石と言う訳だが、誰も咎める者はいない。スーツを装着せずに、自分達だけでリンチしている者達に対して、一応は同志として見る様にとは言われているが、内心は侮蔑していた。


「誰かを殴ればヒーローが出来ると思っている奴には、それ位の役割が丁度良いですね」

「酷いことを言っちゃいけないよ。彼らも立派な同志だからね」


 軽口を叩きつつ、凡その道具を片付けると。何処にでもある様なオフィスの一室へと変貌していた。先程まで作業に従事していた構成員達は皆、仕事着に着替えて、極普通に仕事をしていた。

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