ジャスティス・ジャンキー 3
辺り一面に飛び散った血が、夕日に照らされていた。応援に駆け付けた構成員達の怒号、悲鳴、断末魔をBGMとして響かせながら。レッドは在りし日よりも更に洗練された動きで、次々と死体を積み上げていた。
「イエローハンマー!!」
地面に倒れていた男の腹にハンマーを振り下ろした。腹部を超重量で圧迫され、口から臓器を吐き出し、目玉を飛び出させながら絶命した。その隙を見て、背後から襲い掛かろうとした構成員は、自分の胸に緑色の刃先が生えている事に気付いた。
「グリーンスピア!!」
如何なる材質で出来ているのか。一人を串刺しにしたまま、他の者達も貫き。彼らの体重を乗せているハズの長槍をいとも容易く振り回し、彼らを強か打ち付け、地面に転がした。
彼らが起き上がるよりも先に、新たなガジェットを取り出し空中を舞った。その手には対となった青色の双銃が握られていた。
「ブルーガン!!」
空中と言う不安定な場所から放たれた弾丸は、倒れていた彼らの心臓に寸分違わず着弾した。着込んでいるボディアーマーをいとも簡単に貫き、その銃弾は彼らの内蔵を食い破る。
その曲芸に呆気に取られている間に。武器を持ち換えた。彼の一番の得手である『レッドソード』は名前の通り、その刀身を灼熱を伴いながら赤く変色していた。
「レッドソード!!」
彼に向けられていたライフルを真ん中から溶断し、構えていた男も唐竹割に切り裂かれ、全身が燃え上がった。
常識をはるかに超えた身体能力と武器の性能に対抗するべく、次から次へと増援が到着し、中には装甲車や対戦車ライフル等を引っ張り出してきた者達もいたが、全ては無駄に終わった。そんな状況を見ながら、ガイ・アークは冷汗をかいた。
「(俺達と戦っていた頃よりも強くなっている!)」
以前まではこんな超人的な動きは出来なかったはずだ。部下達の玉砕覚悟の攻撃の合間に、彼も『カラベラシューター』による銃撃を加えているのだが、まるで何処に撃ち込まれるのかが分かっているかのように避けられていた。
「ガイ・アークめ! お前の思い通りにはさせないぞ! この国の平和は俺が取り戻す!!」
全身に浴びた返り血を炎で蒸発させながら、されど。決して拭い去れない死臭を纏わせながら、レッドは戦い続けていた。既に何時間経過しているのかは誰も分からないが、一向に動きが鈍る様子は見当たらなかった。それ所か、死体を積み重ねれば積み重ねる程。その獣じみた動きと勘が研ぎ澄まされて行った。
「うぉおおおおおおお!!」
装甲車に乗った構成員がレッドを轢き殺さんと、猛スピードで彼への突撃を試みたが、レッドはそれを避ける真似もせず。正眼に見据えて、その運転席めがけてブルーガンの引き金を引いた。
放たれた弾丸は強化ガラスごと運転手の頭を貫いた。コントロールを失った装甲車は、進行方向に居た構成員達を跳ね飛ばし、廃屋に激突した後。大破炎上した。
「ガイ・アークめ! どれだけの戦闘員をけしかけようが俺は倒せんぞ! この心に希望と勇気がある限り! 俺は負けない!」
「いや。ここで死ね」
「何!?」
既に死体となった構成員達から、浮かび上がった紫色の靄がガイ・アークに集まると巨大な髑髏を型取った。そのエネルギー塊をサッカーボールの様にして蹴り出すと、レッドを食い殺さんばかりに歯を打ち鳴らしながら猛進した。
「やったか!?」
着弾後、大爆発を起こし爆炎に包まれた。レッドの生死の確認に向かった構成員が、胸を貫かれて絶命した。煙が晴れると、そこには傷を負いながらも戦闘意欲を微塵も欠いていないレッドが哄笑を上げていた。
「嘘だろ? これでも駄目なのかよ」」
「思い出すぞ! そうだ、これこそが俺達の戦いだ! 必殺技を打ち合い、パワーアップを繰り返す! これこそが俺達の戦いだ!」
その声は喜色に満ちていた。少なくはない傷を負っているにも関わらず、動きは依然として鈍ることを知らず。ガイ・アークに肉薄するとレッドソードを振りぬいた。
「グワッ!!?」
体を覆っていたコートを切り裂き、その下にあった常人の何十倍もの骨密度を持つ骨も断たれた。その場で跪き、トドメの一撃が振るわれようとした所で。構成員達はレッドの体にしがみついた。
「お前達。逃げろ!!」
「ボス! アンタはこんな所で死んじゃいけねぇ! アンタは俺達の希望なんだ!」
「邪魔だ!! どけ!」
獣の様な雄叫びを上げ、しがみついてきた構成員の1人の頭骨を握り潰した。2人目は、全身に莫大な熱を送り込み骨ごと溶かした。3人目は首の骨をへし折った。4人目は顔面を地面の砂利ですり下ろされた。5人目は繰り出された正拳で胴体に風穴を開けて崩れ落ちた。
「早く行ってくれ!!」
「糞ッ!!!」
仲間達に促されたガイ・アークは構成員が乗ってきたバイクに乗り込み、逃走した。
そして、レッドは自分の体にしがみついてきた6人目の両足を持ち、真ん中から引き裂いた。内容物は全身に降り掛かる前に燃え尽きた。
「逃さんぞ! レッドチェイサー!」
バイクで去っていったガイ・アークに追いつくために、レッドはガジェットを組み合わせ、専用のマシン『レッドチェイサー』に変形させると、直ぐに発進させた。
呻き声すら聞こえなくなった頃。虚空に電流が走ったかと思うと、そこには全身真っ黒なスーツを装着した男が居た。
「凄いですね。血の海とはこの事だ。…えぇ、映像から見ても分かる通り。レッドは少なくないダメージを負っています。どうしますか?」
「ガイ・アークとの戦いまで見届けてくれ。それで、トドメをさせるようであれば。頼む」
肯定の返事を返し、連絡を切ると。ブラックは地獄絵図となった現場を見渡し、生存者の確認を行った。しかし、誰一人として生きている者はいなかった。
「レッドさんにとっての日常はこっちなんだろうなぁ」
必殺技を放ち、悪を倒す。間違った人間を処罰する事で己の正しさを証明し続ける。敵対する邪悪が無ければ、自らの正義の正しさを確かめられない生き方は呪いの様にも思えた。
「(正しさだけで生きれない人達がいる事も分からないなんて。いやはや、正義様々ですわ)」
皆が喜ぶことを理由も分からないままやり続けているレッドの暴走に若干の憐れみと、それをはるかに上回る侮蔑を覚えながら。ブラックはガイ・アークが乗り捨てた高級車に乗り込んだ。
「(うわ。いい車。日本に持って帰れないかな)」
そして、アクセルを踏み込み。決戦の場所へと向かった。最も、その結果がどうなっているかは分かりきっていた。
~~
「ゴボッ…」
現場に到着したブラックが見たのは、胸をレッドソードとグリーンスピアで貫かれたガイ・アークだった。レッドもマスク部分が破損し、素顔が顕になっていた。額から血を流しながらも、その顔には獰猛さを孕んだ笑顔が浮かんでいた。
「俺の勝ちだ」
「へへへっ。これで満足か? 俺を殺した事で、この国は平和から程遠い状況になるぞ」
「俺は人々の心を信じている。最初の内は荒れようと、何時かは皆の優しさで満たされる世界が来ると!」
お前が本当に哀れだよ。ヒーローとして生きて、ヒーローとしか生きれなくなった男。人の悪性を最後まで認められなかった哀れな……」
最期にそう言い残して、ガイ・アークは爆発四散した。周囲では相当な激戦があったのか、地面は抉れ返り、あちこちに血痕が付着していた。そして、レッドもまた。膝を着いて肩で息をしていた。
「(人がそんなキレイ事ばっかりで生きているわけ無いでしょ。皆のヒーローだからその部分は否定出来ないんだろうけれどね)」
手負いになっていることを確認したブラックはステルス機能を用いて、姿を消して近づいた後。レッドの後頭部に向けて銃弾を叩き込んだ。乾いた音が響き、力を失った体はグラリと倒れた。
「(はい。これでアンタは『ジャ・アーク』最後の幹部と道連れになったってことで。幹部と一緒に命運を共にするなんて、ヒーローらしい最期じゃないか)」
念の為に、その後もレッドの全身に銃弾を撃ち込んだ後、ピクリとも動かなくなった事を確認して、ブラックは通信を入れた。
「レッドの始末を付けました。スーツは損壊、後頭部と前進に向けて銃弾をありったけ撃ち込みました。これで、死ななきゃ化物です」
ブラックが証拠品として、レッドの首を切り取ろうと近づいた時。ガクンとその場で崩れ落ちた。両足を見ると膝から下が無くなっていた。即座にスーツに搭載された鎮痛剤が投与されたが、何が起きたか分からなかった。
「お前のことをずっと待っていた。さっきも俺達の戦いをコソコソ見ていたよな?」
「ま、待て! 俺は『ジャ・アーク』のメンバーじゃない!! アンタの後輩みたいなもんだ! これからはアンタの活動に力を貸し」
全てを言い終える前に、レッドは強化外骨格に守られたブラックの首をへし折った。
そして、破損していたスーツとガジェットを破棄して、ブラックの物を奪い取った。その中には青年が入っていたが、知ったことではなく。起動させると、それは問題なく大坊の全身にまとわり着いた。
「ブラック。どうした? 通信が途切れたが…」
「何でもありませんよ。レッドのスーツの残骸を証拠として持って帰ります。流石に死体を持って帰るのはリスキーなので」
ボイスチェンジャー機能を用いて、ブラックの声色や抑揚を真似しながら『大坊 乱太郎』はレッドのスーツを掻き集めた。そして、全てを集め終えた後。余韻に浸る様にして、ポーズを決めて宣言した。
「正義は必ず勝つ!!」
以前使っていたスーツよりもはるかに高性能になった着心地に酔いしれながら、ブラックとなった大坊は、その名の様な闇夜の中に姿を消していった。
~~
ガイ・アークという巨悪が排除された。されど、平和が戻る等と言うことはなく。彼らが押さえ込んでいた魑魅魍魎が跋扈し、空いた席を狙う者達によって治安が悪化を辿る中。退院したフェルナンドはマリアナと同棲生活をしていた。
「私達。これからどうなるのかしら…」
「分からない。でも、生きていくしか無いんだ。これから産まれてくる子の為にも。ボスが開発していた物が完成すれば、再び秩序が戻ってくるはずなんだ。だから、その為にも行って来るよ」
「えぇ。気を付けて」
ガイ・アークが残した生きる気概と微かな希望を頼りに。夫婦は生きていた。夫を見送った後、彼が無事に帰って来る事を祈りながら。家事をしながら、暫しの時間が経った頃だった。その襲撃は何の前触れもなく訪れた。
複数の男が現れ、彼女に向けて発砲した。血を流しながら倒れる彼女を傍目に、押し入ってきた者達は家財道具から電化製品。ありとあらゆるものを奪い始めた。
「この女がガイ・アークから大量の金を貰っていた事は判明している! 探せ! もうアイツの脅威はないんだ!」
「誰かがアイツを殺してくれたからな! ヘヘッ。リチャードさん。これで良いんですか?」
「オーケィ。奴が遺した物は全て潰すべきです。私が味わった苦痛を、貴方達も味合わなくてはなりません」
強盗達を率いている男は、顔に皴が刻まれ始めたばかりの壮年で品の良い男性だった。物色された品々は表に停めてあるトラックに運び出され、家の中から未来が奪われて行く光景を朦朧としていく意識の中で見るだけしか出来なかった。
「か、えして……」
「先に奪ったのは貴方達です。ガイ・アークの組織がばら撒いた麻薬は世界中で沢山の人々を不幸にしています。だから、これは来るべき結末だった。それだけです」
そう語る男性はまるで自分に言い聞かせているかのように。サングラスの下では若干の悲哀が宿っている様な気もした。
徐々に霞んでいく意識の中、彼女は考えていた。自分達の様な弱者達が人並みに生きるために組織は必要な『希望』だった。だが、それは自分達が負う不幸を誰かに押し付けていただけだったのではないのか?
「それで、も。幸せに……なり、た、かった」
「今度は生まれてくる場所を間違えないでください。それと」
「まだすることが?」
「腹の中の子供だけは助けて上げなさい」
彼女が事切れた事を確認すると。胸の前で十字を切った後、男達は撤収した。その数時間後、フェルナンドは病院から掛かって来た通話でこの事実を知ることになる。