ジャスティス・ジャンキー 2
夕暮れに沈む街。その路地裏では、大坊がスーツを装着した状態で地元議員を締めあげていた。明らかに異質な存在に対して、議員は顔を真っ青にしながら質問に答えていた。
「何故だ? 何故、警察や政府は『ガイ・アーク』が取り仕切る麻薬カルテルを潰さないんだ?」
「だ、誰も彼を取り締まろうなんて思っているやつは居ないよ」
酒場から離れた後。レッドは連邦議会を盗聴し。その会話内容から、国が『ガイ・アーク』を排除する気が無いことを察し、その理由を問いただす為に議員を拉致して尋問を行っていた。
「何故だ? ここで作られた世界各国に密輸され、多くの悲劇を生んでいる! だと言うのに、何故誰もやつを取り締まらないんだ!?」
「ひぃ。み、皆が『ガイ・アーク』に生活を保護して貰っているからだ」
「なんだと?」
「この国では、真面目に働いた所で何時までも貧困からは抜け出せない。そして、マフィアに入った若者達が悪事に手を染める。そして、それを憂いた議員は暗殺される。それが今までだったんだ」
「『ガイ・アーク』が来てから変わったのか?」
「あぁ。奴は自分達以外の巨大な組織を潰し、それらを全部取り込んだ。報復に対しては苛烈な報復で、更に敵を殲滅した。結果、アイツが収める組織以外は殆ど活動できなくなったんだ」
「悪党同士。お互いに潰しあったのか。だとしたら、警察や政府もマークする組織が減って潰しやすくなるんじゃないか?」
「それが。奴は、密輸や犯罪で手に入れた金を自分の管轄区域でばら撒いた。すると、残っていた組織や他の地域の奴等も次々と傘下に入っていったんだ。今や、奴等の組織は政府も迂闊に手出しが出来なくなっている」
そのばら撒きが生み出した光景を知っている。自分が『皇』に居た時には、得る事の無かった、人々からの信頼と尊敬。そして、皆の笑顔だった。それを思い出すだけで、全身に灼熱が駆け抜けていく様な怒りを覚えた。
「おかしいだろ!? なんで、他所の国に迷惑をかけている奴に屈しているんだ! そんな奴は蔑まれ、疎まれ、処罰されるべきなんだ!」
「だが、国民は政府よりも『ガイ・アーク』だ。奴に付いていけば、貧乏から抜け出せる。夢や希望を見ることが出来ると言われている」
レッドは怒りに打ち震えていた。悪徳をばら撒く男が皆に慕われ、希望の象徴として扱われていることに。そして、それを見逃してしまう政府の体たらくに。
「だったら、俺がこの国に『正義』を取り戻して見せますよ。奴を始末することで!」
「い、いかん! 今は『ガイ・アーク』が取り纏めているおかげで治安もマシになっているんだ。そんな事をすれば…」
そこまで言って、その議員は己の失態に気付いた。マスク越しに凍り付く様な殺気を受けたと思った瞬間、地面に叩き伏せられていた。
「奴はこの国に巣食う『悪』だ。お前達が情けないから『悪』の台頭を赦すんだ! 速やかに『正義』は実行されなければならない!」
「そんな事をしたらこの国で何が起きるかなんて誰もが分かっている! お前が掲げる『正義』は誰も救わない!」
「黙れ! 現状に甘んじる敗北主義者め! 悪に生かされるようなら、それはこの国が間違っているんだ! 俺がその間違いを正してやる!
「く、狂っている…」
レッドは決意も新たに、議員をその場に放り出した。憤怒に満ちた表情はマスク越しでも漏れ出しており、すれ違う人達から小さな悲鳴を浴びせられながら。彼は情報収集の為に街を練り歩き始めた…。
~~
大坊が去った後の酒場。そこでは昼から引き続き、宴会が続いていた。その中央には『ガイ・アーク』と舎弟と思しき青年が向き合っていた。
「フェルナンド。お前、彼女が出来たんだって?」
「ハイ。腹ん中にもう一人目がいまして…」
「なら、こいつを持っていけ!」
テーブルの上にトランクケースが置かれた。恐る恐る、中を開くと。そこには札束が詰まっており、フェルナンドも含めた観衆はそれを見て感嘆の声を漏らした。
「おぉ。ボス…! 俺みたいな下っ端に!」
「お前らは俺のモンだ! だったら、俺と同じ位に盛大に楽しくいかねぇとな! 地味な結婚式にしたら承知しねぇぞ!」
「ありがてぇ。ありがてぇ。俺、ボスに付いて来て良かったよ!」
「当たり前だ! 今日はめでたい日だ! 皆! 飲め! 食え! 今日は俺の奢りだ!」
歓声が溢れ、店員達は忙しく立ち回りながら。フェルナンドを囲んでいた仲間達は少し乱暴なスキンシップと共に祝辞を送り、酒と食事を楽しんだ。これからの門出を祝われたフェルナンドは、素晴らしきボスと仲間達に出会えた奇跡に感謝しながら。皆とその歓喜を分かち合った。
~~
人生で最高の多幸感を味わいながら、今日の吉報を報告するためにフェルナンドは帰宅を急いでいた。帰るべき場所の輪郭が見えた、歩を早めた所で。彼の前に人影が降り立った。
「やぁ。フェルナンド君」
「お前は一体」
「お前の門出を祝おう。同時に、その不幸で胸が痛む。お前の人生最高の瞬間は、間もなく最悪の瞬間になるのだから」
瞬間。フェルナンドの腹部に強烈なブローを食らった。先程、飲み食いした内容物が吐き出され、立ち上がれない程の激痛に襲われる。意識が朦朧とするが、それでも自分の帰るべき場所に足を向けるレッドを阻止すべく。その足元にしがみついた。
「止めろ! 俺の家族に手を出すな!」
「あぁ。お前の家族には手を出さないよ。少し書き置きを残していくだけだ」
レッドは郵便ポストに書き置きを残すと、地面に平伏して苦悶の表情を浮かべるフェルナンドを引き摺り、闇の中に消えていった。
~~
「ボス! 助けてください!」
「あぁ。マリアナ、分かっている!」
翌朝、フェルナンドの恋人であるマリアナはガイ・アークの元を訪れていた。その手には、手紙が握られており。『お前の部下を預かっている。返して欲しければ、1人で来い』と言う文章が血の様に真っ赤なインクで書かれていた。
「ボス。こんなもんに従う必要はありません。俺達全員でフェルナンドを助けに行きましょう!」
「折角の新婚を未亡人にするわけには行かないからな」
「いや。お前達は残っていてくれ。相手は『レッド』だ。化物みたいな強さを持っている。お前達が束になっても敵わない。俺でも死を覚悟しなければならない相手だ」
「そんな奴なら尚更です! ボスは俺達の希望なんだ!」
「……ボスが死を覚悟しなければならない程の相手というのなら」
マリアナは俯いた。そう言う事なら、組織全体を危険に晒す訳にはいかない。覚悟していた事態を前に悲痛な表情を浮かべていると。彼は彼女の肩を叩いて言った。
「諦めんな! フェルナンドもお前の未来も。全部俺のモンだ! 勝手に捨てんじゃねぇよ! リカルド! ここは任せる!」
「分かった、ボス。皆で結婚式に参加しましょうぜ!」
「勿論だ!」
ガイ・アークは部屋から出ていき車庫に停めてあった高級車に乗ると、指定された場所へと向かった。遠ざかっていく車を見ながら、構成員達は頷いた。
「俺は皆に声を掛けておく。マリアナさん、アンタはお腹の子供とフェルナンドの為にも。俺達のボスを信じて待っていてくれ」
そう言われた彼女は瞳に涙を浮かべていた。夫の危機もそうだが、何よりも。自分達の為にこれ程までに命を懸けてくれる仲間達が居る。この組織が出来る前の、惨めだった過去と比べて、恵まれた環境を実感すると。こみ上げる物があった。
~~
人気のない廃工場。そこの一角では、顔面を赤く腫れ上がらせ、手足を折られたフェルナンドが拘束されていた。骨折した個所は赤黒く変色していた。
「フェルナンド。お前は麻薬の密売人であり、隣国の人間達に多大なる迷惑をかけた。そんな人間に幸福が訪れて良い訳がない。人の不幸を糧に幸福になるなど、許されることじゃない!」
「へ、へへへ。アンタがレッドか。ボスが言っていた通りの男だな」
「ほぅ。どんな風に聞いているんだ?」
「自分じゃ何も考えられないくせに。人のやることを邪魔することしか出来ない馬鹿だってな! ハッハッハ!」
笑い声を上げるフェルナンドに近づくと。レッドは彼の足を強か殴りつけた。絶叫が響き渡り、折れた骨が皮膚を突き破って飛び出ていた。その様子を見て、溜飲が下がったのか。饒舌に話を続ける。
「お前達『悪』を倒すことが間違いのハズがない。貴様ら『悪』の存在は許されない。さぁ、この携帯でお前のボスに情けなく助けを請え」
携帯を取り出すと、其処の通話画面には『ガイ・アーク』と言う名前が表示されていた。数回のコール音の後に電話が繋がった。
「フェルナンド! 無事か!?」
「ぼ、ボス…」
「1秒でも早く来るように命じろ。そうすれば、お前は逃してやろう。妻と子供の元に帰りたいだろう?」
悪魔的な提案だった。これからの幸せと目の前の男の脅威を前にして、その誘惑に乗ってしまうのは至極当然と言えるだろう。フェルナンドは叫ぶ。
「ボス!! 来ちゃ駄目だ! ここにはアンタを殺す罠が待ち構えている! マリアナと子供のことを!!」
今度は骨折した腕を更にへし折った。関節の数が増えた。その激痛から、喉が張り裂けんばかりの悲鳴を上げた。それは電話口の相手に怒りを抱かせるには十分すぎる物だった。
「随分、頭が回るようになったな。この畜生が!」
「お前達『悪』を倒すためだ。世界はお前達の存在など望んじゃいない。俺が潰してやる。お前達『ジャ・アーク』を一人残らずな」
その声は執念と狂気に満ちていた。電話を切り、苦悶の目から涙を零しているフェルナンドの髪を鷲掴みにして、語りかける。
「お前達『悪』は存在してはならないんだ。人々の平穏を脅かすクズ共め。お前らを殺した後は、あの売女も殺してやる」
恐怖と侮蔑と尊厳を踏みにじる暴言の数々にフェルナンドは自らの心がへし折られるのを感じた。自分は生きていてはいけないのかと。自分の存在が間違えていたのかとすら考えた。
「(畜生。俺は。また踏みにじられるのか)」
息も絶え絶えになりながら。今までの経験が濁流の様に押し寄せて来た。孤児として無様に生きて来たこと。チンピラ達からの気晴らしで暴行を受けていたこと。そして、そんな自分を颯爽と助けに来てくれた――。
瞬間、入口が爆発した。レッドが仕掛けていたブービートラップが作動し、その後も銃撃などを始めとした殺意の奔流が一斉に注がれた。しかし、爆炎が晴れた先にあったのは、ガイ・アークの死体では無かった。
「フェルナンド。あの時、行っただろ? 例え、どんな暴力が俺達を潰そうとしても。俺は何一つ見捨てない。ってな」
「ぼ、ボス…。なんで」
それはまるであの日の様だった。カラベラの様に変貌した全身は、瞬く間に真っ黒なコートに覆われた。窪んだ眼窩に真っ赤な光が灯ると、その手には骨で形作られた双銃『カラベラシューター』が握られていた。死神の様に不気味で。悪魔の様に傲慢で。そして、人間臭い欲望に溢れた。『ガイ・アーク』が居た。
「言っただろう? お前達の未来も含めて、俺のモンだ。俺以外の誰にも好きにはさせない」
「よく、逃げずにやって来た。後はお前を始末すれば『ジャ・アーク』は壊滅する。その時は、俺達『エスポワール戦隊』の勝利だ」
「希望か。不思議なもんだ。俺の目には、今のお前は『絶望』の象徴のようにしか見えないんだがね?」
「それは貴様らが悪党だからだ。悪には『絶望』を正義には『希望』を齎す。それがヒーローの使命だ!」
「ならば。俺は『悪』の『希望』を守り抜こう。テメェらの正義に好き勝手されるほど。安いもんじゃねぇんだよ!!」
「ほざけ!!! 滅べ!! 悪の栄えた試しなし!!!」
廃屋の窓ガラスを叩き破り、二人は外に出ると激闘を始めた。二人がフェルナンドから離れた事を確認すると、彼が拘束されている廃墟の中に組織のメンバー達が雪崩込んできた。
「フェルナンド! こんな、酷い」
「早く病院に運べ!!」
「皆。どうして…」
組織のメンバー達によって応急処置が施され、担架に運ばれていく中。メンバーはフェルナンドに言った。
「何。ボスが俺達を守って来てくれたように。今度は俺達がボスを守る番だ。だから、お前も絶対に生きろよ」
機関銃や軍隊並の装備をした構成員達が怪物達の戦いに突っ込んでいく。その後姿を見送りながら、フェルナンドは涙を浮かべながら。祈るようにして呟いた。
「ボス、皆を守ってくれ…」
そこで彼の意識は途絶え、その場から運び去られていった。しかし、彼の願いも虚しく。間もなくして、戦場は大量の死体と悲鳴に包まれて行く事になる。




