後日談2A
王宮のベランダで夕日を見つめながら、彼はつぶやいた。
「あの運命の出会いから、もう一ヶ月が経つのですね。」
「そうですね、早いものですわ。」
私は飲み終わったワイングラスをガーデンテーブルに置いて、扇子を手にした。
彼の真っ直ぐな目が私を捉える。
「あれから、私はあなたのことばかり考えていました。」
「まあ、お上手ね。」
私の方を向けられた眼鏡の奥の瞳には、真夏のような熱量がこもっていた。
「つれないお方だ、それでも、私は本気ですよ。」
強引ではなく、それでも断固とした一歩を踏み出してくる。
「こうしてあなたを前にするだけで、僕はもう・・・」
「少し落ち着かれてはいかが?」
私は扇子で顔をかくすと、夕日に視線をそらせた。
「テオドラ様・・・もう我慢できません!僕は、僕は・・・」
「・・・仕方ありませんね。では、耳をこちらに向けてください、セウェルス様。」
眼鏡の中の目が虹を見る子供のようにぱあっと明るくなる。
「・・・お、お願いします。」
セウェルスはおずおずと耳を私に向けてきた。照れたように頬を赤くして、目は落ち着きなく斜め上を見ている。
梵天をとりだして、軽く耳をいじる。
「ふあっ・・・いきなりっ・・・」
セウェルスはしびれたような顔をしてよろけた。
「あっ・・・腰が・・・抜けて・・・んっ・・・姿勢・・・保てな・・・」
そのままゆるゆるその場にうずくまる。
私は一歩離れた。
「そうですか、それではごきげんよう。」
「そんなっ!!」
私が体を翻して立ち去ろうとすると、彼は座り込んだまま私のドレスをつかんで、絶望に満ちた顔で私を引き留めようとしてきた。
「そんな・・・なぜです!一ヶ月に一度との約束だったではありませんか!」
「セウェルス様、一ヶ月にストライキ期間を算入したでしょう?耳かきストライキ期間はカウントしないので、前回からまだ一ヶ月は経っていないのですわ。そもそも月一回は殿下とセウェルス様が勝手に合意しただけで、私がそれを履行する義務はありませんの。」
ルールはルール。甘やかしてはいけない。
「でも・・・そんな・・・生殺し・・・お許しを・・・テオドラさまああああああっ!」
後ろに断末魔の叫びを聞きながら、私は廊下に出た。耳かきをペチコートのポケットにしまって、控えていた侍女に向き直る。
「ミルヴィア、セウェルス様が私を追いかけてきたときのために、侍女三人で廊下をブロックして。」
あれから私に構ってくるセウェルスだけど、他の女性は相変わらず苦手にしているみたいだった。ルートを防ぐのは簡単。
そのまま立ち去ろうとすると、廊下にコツコツという足音とがして、ゆっくりとした拍手が響いた。
「どなたかしら。」
「お見事ですわ、テオドラ様。」
廊下の角から出てきたのは、殿下の従兄弟、テセウス様の婚約者だった。
「リヴィア様・・・」
「あの女嫌いのセウェルス様を生殺しにして、王子殿下を手のひらで転がしているとは、私もその秘技をご教授願いたいものですわ。」
リヴィア様は扇子を前にかざしていて、これが嫌味なのか呆れなのか見分けがつかない。
「ご想像されているようなことはないかと思いますが、リヴィア様は魅力的でいらっしゃいますから、手練手管にたよることもないでしょう。」
そう、私と同年代のリヴィアは守ってあげたくなるキャラクター。ゲームでは、ナイスバディーな悪役令嬢テオドラや清楚系の主人公クラウディアと違って、小動物的な可愛らしさがある愛嬌のある恋敵として登場していた。正確は意地をはっているけど可愛げがあって、テオドラと違ってエンディングで没落もしない。
「親切にそう言ってくださる方は多いけれど、残念ながらテセウス様にはそう映っていらっしゃらないようですから、私も必死なのですわ。テセウス様のご奔放な様はご存知でしょう。」
「ええ、噂は聞いておりますわ。」
そう、テセウスは可愛い顔をしてプレイボーイな年下王族。ゲームだとお姉さん方を手玉に取っていたテセウスが真の愛を目覚める、というストーリーラインだったけど、クラウディアが王子に走ったからテセウスは女たらしのまま。
「ええ、ですから実は先程のご教授いただきたいという気持ちは、本物なのです。多少淑女らしからぬことをする覚悟もございます。」
私はセウェルスたちと何をしていると思われているのかしら。そもそも若いのに女慣れしたテセウスだったら耳をいじられるのになれている可能性だってあることに気づいた。
「リヴィア様が思っているほど卑猥なことはいたしませんわ。それでも、セウェルス様や王子殿下ならともかく、百戦錬磨のテセウス様に通じるかはわかりませんの。」
「もちろん元童貞たちとは勝手が異なることは重々承知しておりますわ。でも日々違う女を追いかけるテセウス様の様子をみていると辛いのです。もうわらにもすがるような思いですわ。」
上目遣いの頼みは同性の私にとっても可愛かった。そして彼らはまだまだ現役です、って教えて上げたほうがいいのかしら。
「わかりました。このテオドラ、リヴィア様のために一肌脱いでさしあげましょう。」
「まあ、口頭でご享受していただこうと思ったのですが、わたしの前で脱いでいただけるなど、まさに実地研修ですね。そこまでしていだけるなんて感激です。」
リヴィア様が間違った期待で大きな目を輝かせている。
「いえ、脱ぐというのは言葉のあやというか・・・」
「持つべきものは友達ですね。さあ参りましょう、テオドラ様!」
セウェルスと違って誘拐なんて考えそうにもないリヴィア様だけど、私は若干強引にどこか分からない目的地に連れ去られた。