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2日目 アリシア、決意を新たにする

実際のラブドールを知り、その帰りに湖を一望できる高台で一時を過ごして屋敷に戻った二人は、心地良い充足感を味わっていた。人間である千堂にとっては当たり前とも言えるそれを、ロボットであるアリシアも感じていた。何か自分が少し大きくなれたかのような不思議な感覚だった。もちろん彼女のボディサイズが変わった訳ではない。だが何故かそう感じられるのが、彼女にとっては不可解だった。


「千堂様、私、何か変なんです」


屋敷のガレージの中で自動車から降りたアリシアがよろめき、そう言った。


「私の認識と、実際の私の体のサイズに誤差が生じてるみたいなんです」


その彼女の説明と、本来なら有り得ないよろめきを見た千堂が、険しい表情になる。


「どうした?。何か異常があるのか?」


彼にも思い当たる節が無かった為に、まず頭に浮かんだのは、彼女の<心のようなもの>が何らかの異常をもたらしているということだった。しかし、アリシアは言う。


「いえ、異常はないんです。私の機能は全て健全で、問題はありません。なのに、自分が少し大きくなったみたいな感じがするんです」


その彼女の言葉に、千堂はハッとなった。『自分が少し大きくなった感じ』とは人間がよく使う言い回しだが、ロボットである彼女にはそれが何らかの変調のように感じられているのだと気が付いた。


「アリシア、それはお前が、自分の心の成長を物質的な変化だと誤認しているからだ。今のお前に、心というものをデータとして測定できる機能はない。だから現時点ではそれはノイズのようなものと捉えた方がいいかもしれない」


彼のその言葉に、今度はアリシアがハッとなる番だった。自分が今感じてるものをノイズとして情報処理しなければいけないのは残念だったが、無い機能を求めても無駄なのは彼女も理解していた。千堂のアドバイス通り認識の修正を行うと、途端に感覚のズレが収まった。


「あ、直りました。すごい、さすが千堂様!」


調子が戻ったことを確認するかのように彼女はクルクルとその場で回転した。それは人間のアスリートが羨むくらいに体幹のしっかりした美しい回転だった。高い戦闘能力を実現する為に極めて高度な身体機能とそれを制御する為のシステムを有した彼女ならではの動きだった。一般のアリシアシリーズではここまでのことは出来ない。


直ったことが嬉しくていつまでもクルクル回り続けてる彼女の耳に、不意に声が届いてきた。


「おかえりなさいませ、千堂様。ところでその玩具は片付けてよいのでしょうか?」


アリシア2305-HHSだった。千堂の帰宅を感知し出迎えたアリシア2305-HHSが、玩具の人形のように回り続けるアリシアを見て言ったのだ。千堂の命令により彼女を全ての運用条件から除外したことで、ただの玩具のロボットとしてしか認識出来なくなったからである。決して悪意や嫌味ではなかった。人間にはそう見えてしまうかも知れないが。


「ただいま戻りました先輩!。アリシア2234-LMN、今から仕事に戻ります!」


慌てて姿勢を正し改まる彼女に対しても、アリシア2305-HHSはあくまで冷淡だった。


「そうですか。千堂様が使われるということでしたら管理は千堂様にお任せします。なお、ご不要の場合はこちらで片付けますので、お申し付けください」


それは、アリシアのことを完全に千堂の玩具だとしか捉えていない言葉だった。とは言えこれもやはりアリシア2305-HHSの所為ではない。ロボットだから仕方ないのだ。何しろ千堂の命令により彼女のことを自分と同じアリシアシリーズとさえ認識しないようになっているのだから。


「ありがとう。あとは私がやるから仕事に戻ってくれ」


千堂にそう命じられ、アリシア2305-HHSは深く一礼して自らの仕事に戻っていった。その背中を、アリシアは黙って見送った。その表情は少し寂しそうに見えた。しかしそれは、自分が玩具呼ばわりされたことに対するものではなかった。自分がもっとちゃんと出来ていれば、同じアリシアシリーズを玩具と言わせてしまうような命令をされずに済んだのにという後悔だった。


「ごめんなさい、先輩…」


既に姿は見えなくなっていたが、彼女はそう言って深く頭を下げた。


それを見守っていた千堂も、アリシア2305-HHSに対してある種の苦手意識のようなものを持ち始めていたと思えた彼女がそうやって素直に頭を下げられることに、僅かだが彼女の成長が見えた気がした。それも今日出掛けた成果であるのかまでは確認出来なくても、少なからず前向きに捉えるべき変化であるとは感じていた。


リビングに戻るとさっそく、遅い昼食の時間となった。千堂にしても、人間が相手なら途中でどこかレストランにでも寄ったのだが、彼女と一緒にレストランに入っても自分だけが食事を楽しむだけで彼女はただ待つしか出来ないのだから意味が無いと考えたのだ。それよりは、彼女に用意をしてもらった方が喜ぶだろうと思ったのである。そしてそれは正解だった。


アリシアは実に楽しそうに昼食の用意をする。遅い時間なので短時間で用意出来るものとしてありあわせの食材でサンドイッチを作った。ハムとトマトとレタスだけのシンプルなサンドイッチだった。だがそれは、千堂にとってはある記憶を呼び起こすものでもあった。生死を賭けた6日間で、最初に彼女が作ってくれたサンドイッチに通じるものだったからだ。そしてそれは、アリシアとっても同じだった。


「今日の器は安全ですので、どうぞご安心してお召し上がりください」


ブレッドの缶を引き裂いて作った器に盛りつけたサンドイッチを差し出した時に掛けた、『器の縁は切れやすくなっております。どうぞお気を付けて』という言葉と対照的なそれを、千堂に掛けた。最初は意図したものではなかったが、用意している間にあの時のことを思い出してしまったのだった。


「ありがとう。いただくよ」


襲撃の心配もない安らげるこの場所で味わうそれは、あのワイルドなサンドイッチとは全く趣が異なるのにも拘らず、どちらもやはりアリシアの気遣いを感じるものであったのは何も変わらなかった。今のこれも、遅い昼食で待たせてはいけないと彼女が彼を想って選んだものだったのだから。


「うん、やっぱり美味い。あの時のも美味かったが、これも美味いよ」


ブレッドにただハムとレタスとスライスしたトマトを挟んだだけのものなのに、彼にとっては紛れもなく美味いと感じさせた。それはアリシアが作ってくれたものだったからだろう。


場合によってはあの後の戦闘で喪われていたかも知れない彼女とこうして一緒にいられるだけでも彼にとっては奇跡のようなものだった。本来ならばそれだけでも感謝しなければいけないのだろうが、彼女の<心のようなもの>が本当に<心>であることを立証する為にはまだまだ先は長いのだろう。何しろ、数百年に渡る人工知能開発の中でも結局は確認も実現もされなかったものを証明しようというのだ。最後まで徒労に終わる可能性もある。


だがそれでも良かった。社会が彼女のそれを<心>だと認めなくても、千堂にとってはそれは必ずしも重要ではないのだから。彼にとっても、突き詰めれば彼女と一緒にいる為の言い訳のようなものになってくれればそれで十分なのだ。彼はもう既に、彼女に心があると思っていて、だからこそ一緒にいるのである。


もちろんそれはアリシアも同じだった。自分に心があるのかどうかなんて、彼女にとってはそれほど重要じゃなかった。ただ千堂と一緒にいられるだけで満たされるのだから、それさえあれば十分だった。と言いながらも、一緒にいればついそれ以上を求めてしまうのも事実だったから、キスを求めてしまったりしたのだが。



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