14 シェズリーの森の危機
この話は、別人物主観の話になります。
私の名はアザリン。
シェズリーの森に住む闇エルフ一族の女戦士だ。
事の発端は、部族の暗黒司祭が行った卦に、不審な目が出たことだった。
「シェズリーの森に危機が迫っておるやも知れぬ…」
五の日の晩行われる一族の夜会で、司祭から伝えられた一言に、一同は動揺した。
「セビロ司祭よ、それはどういう事か?」
族長ウルファーが尋ねるが、司祭は首を振った。
「詳しくは分からん。だが、災いの卦が出ておる。近く、何か悪いことが起きるやも知れぬ、としか」
「ふむ…ではしばらくの間、森に出る戦士達は森の様子に気を付けておいてくれ」
暗黒司祭を疑いはしないが、災いの卦、だけでは具体的に何が出来る訳でもない。
私も皆と同じく頷き、それ以上は取り立ててこともなく、夜会は終わった。
夜が開けて六の日。
私はいつも通り、シェズリーの森へ狩りに出かけた。
「今日は少し遠出をしてみるか」
私の家は村の西側にある。狩り場は主に村の西エリアだ。
村はシェズリーの森の奥深くにあり、森の東側は我々闇エルフが属する魔族の支配地域。西側は人間族や白エルフ共の支配地側になる。
普段は人間や白エルフに出会わぬよう、あまり奥までは行かないが、今日は様子見を兼ねて、境界域の辺りまで遠出することにした。
境界域に近づき始めた辺りで、木に付けられた大きな傷を見つけた。
おそらくは赤鬼熊。傷の位置から見て、かなり大きな個体であろう。
熊の類は主に単独で暮らす。自分のテリトリーを示す為に、木などにこのような傷を付けるのだ。
族長ほどではないが、私も一族の戦士では上位に入る腕前。
素早く力も強い猛獣だが、暗黒魔法も駆使して戦えば、赤鬼熊など敵ではない。
今日はこの赤鬼熊を狩ることにする。
赤鬼熊のテリトリーを探る内に、コボルトの死体を見つけた。
赤鬼熊に殺されたのであろう。胴体が真っ二つに引き裂かれていた。
死体はまだ微かに暖かく、殺されてからそう時間は経っていない。
付近には、荒々しく踏み荒らされ、木がへし折られた跡。
余程気になる獲物でも居たのか、野生の獣には珍しく、かなり目立つ痕跡を残している。
跡を辿ると、少し開けたところで、不思議な物を見た。
予想通りかなり大きな赤鬼熊が、青い何かと対峙していた。
あの青い物は何だ?
時折、ピュウピュウと口笛のような鳴き声を上げ、不気味な触手を蠢かせ、赤鬼熊を牽制している。
こんな物は見た事がない。魔族の類なのだろうか?
赤鬼熊が青い物に気を取られている今が好機であることは違いない。
気配を消し、赤鬼熊の側面に回り込む。
威力は下がるが、野生動物を狙う時は気取られぬよう、無詠唱で魔法を使うのが狩りの基本だ。
赤鬼熊の頭を狙い、暗黒神に魔力を捧げて助勢を願う。
ドウン!!
シャドウボルトが炸裂!
流石に赤鬼熊は一撃で倒しきれなかったが、かなりのダメージを与えたはずだ。
止めを刺す為にショートスピアを構え、距離を詰めようとした瞬間、青い何かか赤鬼熊の頭に飛びつき、張り付いた。
あれは何をしているのだ?
青い物はすぐに離れた。見た目からは想像出来ないような跳躍だった。
とぐろを巻いた黄跳蛇よりも良く跳ねる。近づきすぎると危険だ。
すこし躊躇したが、止めを刺す為に赤鬼熊へ走り込む。
がら空きの脇から、ショートスピアを突き刺した。分厚い皮革を貫いた手応えがあった。
間違いなく心の臟と肺腑を貫いただろう。
だが油断はせずスピアを抜き、大きく距離を取る。
最後の力を振り絞って大暴れすることがある為だ。
赤鬼熊は片付いたが、不可思議な青い物は、動かずその場にじっとしていた。
ビクビクと不気味に脈打っている。この禍々しさ。これは一体何なのだ…
ピョイピョイ! ピュイイ?
突然、青い物が甲高い鳴き声を上げた。
何かの合図か、呪文の詠唱か。もしや仲間でも呼んでいるのか。
一層気を引き締め、辺りを警戒したが、特段何も起こらなかった。
「もしや…これが暗黒司祭の言う危機の兆しか…?」
ここは一旦村に戻り、皆に相談すべきだろう。
折角狩った赤鬼熊は惜しいが、この青い物と対峙しながら持ち帰るのは不可能だろう。
村の方に一直線に向かうと、後を付けられるかも知れない。
私は一旦、村とは外れた方向に走り出した。
青い物は奇声を上げながら素早く追ってきたが、幸い、私の方が早い。
念のため、振り切った後にわざと足跡を残して、慎重にその上を戻る。
先ほどの赤鬼熊も使う、止め足という攪乱を残して、村へと戻った。
村に戻ったが、族長ウルファーは不在だった。彼もまた一流の狩人であり戦士だ。まだ森にいるのだろう。
先に、暗黒司祭セビロのいる礼拝所に向かう。
事情を話すと、セビロは難しい顔をした。
「ふむ…そのような生物も魔族は聞いたこともない…。ひょっとするとローパーの一種かも知れぬが、あれらは森に現れるようなものではない」
「司祭でもご存じではなかったか。もしや災いの卦に関するものかと思ったのだが」
司祭か族長に聞けば、何か分かるかと思ったが、期待外れだったようだ。
「神々が神界から御使いを使わされる際には、人や獣の体が使われると聞く。その際、見た目は原形を留めぬ程に大きく変わるらしい。もしや何れか御柱の御使いかも知れぬが…儂も見たことはない。今の時点では何とも言えぬな」
「司祭よ、ありがとうございます。族長が戻られたら報告しましょう」
夜になり、緊急の夜会で私が見た物を皆に報告した。司祭の言う御使いの話も含めて。
「ふむ、西の境界域か… 他の方面には特に異常は無いようだし、当面は西を警戒した方が良さそうだな。」
族長ウルファーに頷く一同。
「ひとまずは東から一人、ラルズよ、西の境界域で警戒に当たってくれるか」
「心得た。その青い物を見つけたら、捕獲を試みよう」
ラルズは中年の戦士で、一族の中ではかなりの腕利きだ。
ラルズであれば、青い物にも遅れは取るまい。
そういえば、あの青い物からは得も言われぬ不気味さ、禍々しさを感じた。
悪い物ではなければよいが…




