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奴隷転生者の花唄  作者: 雨宮 海
春の慰安旅行編
85/85

奴隷歌姫、心配する。



 あれから何時間歩いただろうか。真っ暗で時間の概念がないせいか、既に1日が経過してしまったのではないかと思ってしまう。流石にそんなに時間は経ってはいないと思うけど‥‥。腕を引かれるがままにひたすら歩いてきたけど、もう足が限界だ。


「あの‥‥」

「なんだ」

「そろそろ、一度休みませんか?」


 前を歩く背中にそう声をかけると、皇帝はぴたりと歩みを止めた。


「軟弱者。だから日頃から鍛えておけと言っていたんだ」


 うぐ。ぐうの音も出ません。でも、もう限界は超えているのも事実。申し訳ないけど休ませてください‥‥。

 皇帝は忌々しそうにため息をつくと、辺りを見渡した。そして、背を向けるとまた歩き出してしまった。


「ここでは駄目だ。我慢しろ」


 ううう‥‥そんなこと言われましても。

 反論する暇もなくズルズルと引きずられてしまう。腕が繋がったままなのも、当たり前だけどかなり不便だ。何とか外れてくれさえすれば幾らか歩きやすいのにな。


 立ち止まったところで結局引きずられるだけなので、足に鞭打って大人しくついていく。


 数分ほど歩いただろうか。それまで頭上から落ちてくる水滴の音と、足音しか響いてなかったのに、突如水の流れるような音が聞こえてきた。み、水だ〜! 本当にありがたい、一滴も飲んでなかったから喉がカラカラだからね。


「水! 水ですよ!」

「五月蝿い少し黙れ」


思わず大きな声を出した瞬間、皇帝は振り返って私の口を塞いだ。訳もわからず瞬きをしていると、皇帝はグイと私を引き寄せてそのまま肩に担ぎ上げた。


「うわあ! ちょ、ちょっと!」


 私の叫び声を掻き消すかのように、皇帝は地面を蹴って加速すると、何か地面にあったものを蹴り上げた。蹴られたものは洞窟の壁に見事にぶち当たり、ばさりと落ちた。な、何事!? 全然状況についていけないのですが!

 狼狽える私とは裏腹に、皇帝は私を下ろすと蹴り上げた何かに近づいていく。それに引きずられながらついていくと、何やら長くてひょうたん型の何かがウゴウゴしている。何だろうこれ? よく見るとぬらぬらとした鱗が‥‥ってこれトカゲ? では!? 私の身長の半分以上はありそうなぐらい、かなり大物だ。

 皇帝はそのトカゲの尻尾を掴むと、壁に向かって勢いよく頭をぶつけた。動いていたトカゲはダランと舌を伸ばして動かなくなってしまう。


「水を汲んだら休憩を取る」

「あっ、ええと、ハイ‥‥」


 皇帝は力尽きたトカゲを拾うと、また歩き始めた。少し歩いたところにあった小さな池の前で止まると、今度は私の脇あたりに向けて──手を突っ込んできた!?


「うひあ! ちょ、な、なんですか!」


 せ、セクハラー! と喚く私をよそに、皇帝はゴソゴソと漁ってから手を引き抜いた。その手には──飯盒? のような金物の器と、赤い石と、小さなナイフを取り出した。そんなものどこから‥‥と思って外套をめくってみると、内側に小さなポケットのようなものがついていた。まさか、ここから出したってこと? にしてはハンカチが入るか入らないかぐらい小さいんですが‥‥。


 皇帝はその器で水を汲むと、大きな石が少なくて平そうな地面のところに歩いて行った。そして、周りにあった石を円形に並べると、中央にさっきの赤い石をポンと放り、魔法で火をつけると、その場にドカッと座り込んだ。

 あまりにスムーズな作業に、何が何やら‥‥とはいえ念願の休憩なので、私もその場に座り込んだ。


「あの、いくつか質問が‥‥」

「何だ」


 皇帝は近くにあった平たい石にトカゲを置いて、小さなナイフで頭を落とした。歩いていた時は沈黙が気まずすぎて話しかけられにくかったけど、今はそんなことが気にならないぐらい聞きたいことが山ほどある。


「あの、そのトカゲってもしかして‥‥」

「食う以外の選択肢がお前にはあるのか?」


 で、で、ですよねー! だと思ってました!  思いっきり捌いてますもんね! 

 色々と突っ込みたいところだが、皇帝があっさり質問に答えてくれるのもレアである。トカゲ問題はとりあえず置いておいて、気が変わらないうちに聞きたいことを聞いていくしかない。


「えーと、あと、そのナイフとか石とかは一体どこから‥‥」

「あの外套の内側にソフィア(ババア)が作った魔術具がつけられている」


 ソフィアさんの魔術具? ってもしかしてあの内側のポケットのこと? へえー、便利だな。異空間に繋がってるみたいな感じだろうか。ということは、もしかしてまだ便利なものがあったりして‥‥?


「あとはもう水魔法石を残すのみで他にはない。期待するだけ無駄だ」


 私の心を読んだかのように皇帝がそう呟いた。流石に入る物の制限はあるらしい。そりゃそうか。そういえば、渡されてたランプもきっとここから出したんだろうな。


 私が質問する間も皇帝はテキパキと作業を進めていて、片手と足で器用にトカゲを捌いている。手足を切り取って、尻尾の先から胴体に向けてお腹に切り筋を入れると──私にトカゲを差し出した。


「尾を持て。皮を剥ぐ」

「は、はいぃ‥‥」


 さっき切り取った頭の切り口から、だらだらと血が流れていて、正直かなりグロい。が、この状況で逆らうのは流石にできないので、大人しく尻尾を摘んだ。片腕でしか持てないし、かなり重量があるようで重い。


 皇帝は靴下を脱ぐようにするすると皮を剥ぐと、その皮をその辺にあった枝に刺して火に焼べた。皮を剥がれたトカゲの本体は、内臓を取り出すと残りの部分を切り分けて枝に刺し、これもまた火に焼べた。‥‥鱗のある皮さえ剥げば、薄ピンク色で意外に鶏肉っぽくて抵抗感が薄れた気がする。

 トカゲを処理し終わると、皇帝は汲んできた水で手を洗い流し、残りの水は火にかけるとゴロンと寝転んだ。


 ここまで体感数分しか過ぎてないように感じる。あまりにも作業が早すぎてびっくりだ。普段からサバイバル慣れしているのだろうか。


「あの、この知識はどこから‥‥」

「‥‥オズに、念の為にと昔仕込まれた」


 オズってこんなことまで知ってるのか! 有能執事が過ぎて怖くなってきた。


「正直、意外です。その‥‥高貴な人だし、こういう野営とか嫌がるかと」


 だって国の皇帝だよ? 地べたじゃ寝れないとかゲテモノなんか食べたくないとか、普通そういう我儘ぐらい言うもんだと思ってたよ。


「‥‥お前は俺をなんだと思ってるんだ」


 言葉を選んで言ったつもりだったのだけど、また私の心の中を読んだかのようにギロリと睨まれた。


「余計な事を言ってる前にとっとと食え」


 皇帝は身を起こすとトカゲをぽいっと放ってきた。あちち、なにも放り投げなくてもいいのに。

 渡されたトカゲはこんがりと焼き上がっていて、ほかほかと湯気がたっている。香りといい、見た目といい、焼き鳥っぽく見える。空腹具合も相まって、恐る恐る口に入れると──


「美味しい‥‥」


 何だこれ、普通に美味しすぎる。思ったより肉が柔らかくてホロホロだし、そして何より味が良い。やっぱり鶏肉っぽい感じなのだけど、何故かちゃんと塩味が効いている。


「なんで塩味なんかついて‥‥?」


 私が疑問を口にすると、皇帝が珍しく説明してくれた。何でも、この魔物は海と川両方に生息する種らしく、普段は海で生活して産卵期だけ天敵の少ない淡水の水域に来るんだとか。で、その時期だけ淡水で生活できるように、あらかじめ体内に塩分を貯めておく習性があるらしい。よく知ってるな‥‥これもオズが教えてくれたのだろうか。


 皇帝も淡々と焼きトカゲを食べると、今度は炙っていた皮を飯盒の中に入れて煮出し始めた。しばらくしてから飯盒の蓋を私に渡すと、煮出したスープを蓋に注いでくれた。‥‥ほんのりと薄茶色になっていて、これまた出汁が効いていて美味しい。


 トカゲスープをちびちびと飲む私をよそに、皇帝はぐびっとスープを飲み干すとその場に寝転がった。わわっ、腕繋がってるんだから、急に寝転がらないでほしい。危うく溢すところだった。


「数時間仮眠をとったら先へ進む」


 そう言うと皇帝は私に背を向けてしまった。

 私はスープの最後の一口を飲み切ると、焚き火に向かって手をかざした。左腕は繋がれてるから無理だけど、片手だけでもかなり暖かい。


「あの」


 皇帝の背中に向けて声をかけた。

 返事はないけど、ぴくりと肩が動く。


「美味しかったです、これ‥‥ご馳走様でした」

「ん」

「あとこの外套と靴も‥‥正直、寒かったのでとても助かりました」

「‥‥ふん」

「あの‥‥一応、私起きてましょうか。さっき食べた魔物がいるってことは、寝てる間に襲われるかもしれないし‥‥」


 皇帝は短く息を吐くと、この辺りに生息する魔物は火さえ焚いていれば近寄ってこない、と教えてくれた。周りに枝があるのにわざわざ炎魔法石で焚き火をしてるのは何故だろうと思ってたけど、寝てる間も暖かいし外敵にも襲われないから安心ってことか。なるほど。

 私が1人で納得していると、皇帝はため息をつきながら「とっとと寝て体力を温存しろ」と言った。──その通りは、その通りなんですけど‥‥腕が繋がれてるせいで、物理的な距離をとれない訳で。つまりは、かなり密着して寝なくてはいけない訳で‥‥。

 

 とはいえ疲労で限界だし、諦めて私は皇帝に背を向けて隣に寝転がった。ついでに外套を脱いで上から広げる。‥‥不服ではあるけど、背中をくっつけながら寝ればギリギリ2人分覆えるようだ。


 ──ここに落ちてきてから慌ただしかったし、かなり不安ではあったけど、少しずつ落ち着きを取り戻した気がする。ぴったりとくっついた背中から、微かではあるけど温もりが伝わってきて、安心感に満たされているのが自分でも分かる。

 でも、その温もりがすごく恥ずかしい。そこんとこ、皇帝は気にしたりしないのだろうか‥‥。まあ相手が私だから気にならないのか。別に構わないのだけど、それはそれでちょっとムカつくのは何故だろう。‥‥勝手に私ばっかりソワソワして馬鹿馬鹿しいや。調子が狂う!



 モヤモヤとした気持ちを振り払って、ぎゅっと目を瞑る。最初はドコドコと主張が激しかった胸の音も和らいでいき、焚き火のパチパチと弾けるような音と、水が静かに流れる音に包まれながら、私はいつの間にか眠りについていた。








「‥‥う、ぅ゛、‥‥」


 薄らとした意識の中、何かの音が聞こえる気がする。何だろう。誰かが呻いてる‥‥? 誰が‥‥?


「いててでっ! な、何‥‥?」


 今度は急に左腕が捻れそうになった。何事?

 寝ぼけ眼を擦って見えたのは、大分小さくなった焚き火だった。そうだった、皇帝とここで野宿したんだっけ。ということは、さっきの呻き声って‥‥。


「う、ぁ‥‥‥‥」


 体を起こして皇帝の方を見ると、眉間に皺を寄せながら脂汗を額に滲ませていた。私と背中合わせで寝たはずなのに、いつの間にかこっちの方を向いている。さっき左腕が捻れそうになったのは、皇帝の体の下に下敷きになってしまっていたようだ。


「こ、皇帝‥‥? 大丈夫ですか?」


 肩に手を当てて軽く揺すっても、様子は変わらない。ど、どうしよう! もしかして何か病気‥‥? 普段なら回復魔法をかけるところだけど、今は魔法をいっさい使えないし‥‥。どうしよう、どうしよう‥‥!


〔落ち着けい菖蒲〕


 ワタワタと狼狽えていると、ポンっと目の前に光が弾けた。


「わっ! びっくりした‥‥って、イーリス様!」

〔久しいのう菖蒲〕


 光の中から省エネ姿のイーリス様が現れた。お、お久しぶりです。久しぶりすぎて前にいつ会ったか思い出せないです。って、それどころじゃなくて!


「イーリス様いいところに‥‥! 皇帝が何か具合が悪そうで‥‥イーリス様の力で治してあげられたり、とかできませんか?」

〔無理じゃ。その前に落ち着けと言うておろう。よく小僧の言うことを聞いてみい〕


 皇帝の言うこと?

 落ち着いて皇帝の言葉に耳を傾けると、カタカタと震わせながら何かを呟いた。


「‥‥ぼ、くを‥‥」

「僕を?」


 先を促すように話しかけると、皇帝は私の手首をがしっと掴んでさらに声を絞り出した。


「ぉ、いて‥‥‥‥かな‥‥で‥‥」


 “僕を置いていかないで?”

 もしかして、何か悪い夢でも見て魘されてるのだろうか。


〔まあそうじゃろうな。この小僧も所詮は人の子と言うわけじゃ〕

「なんだ‥‥じゃあ、病気とかじゃないんだ‥‥。良かった‥‥」

〔早とちりな奴め〕


 魘され方が尋常じゃなかったんだもん。仕方ないじゃないですか‥‥。


「って、イーリス様、私たちをこっから出してくれたりしません?」

〔だから無理じゃと言うておろう。我はこの世界の事象に干渉はできんのじゃ〕


 ですよね‥‥。今までピンチな時も助けられないって言われてたもんな。


〔我にできるのは最初に与えた力以外は見守るだけじゃ〕

「‥‥でも最近話しかけてこないじゃないですか。見守ってるって言えませんよそれ」


 しかも交換日記みたいに私の日記に返事くれるって言ってたのに、それだってすっぽかしてるじゃないですか。


〔失敬な。こっちの世界に来るのも楽じゃないのだぞ?〕


 多少なり文句は言いたいところだが、私の普段の力もイーリス様にもらったものだし、文句は言っちゃ駄目ですね。すいません、なんとか自力で頑張ります。


〔ま、そういうわけじゃ。こんな生意気な小僧なぞ気にせず、お前も寝てしまえ。ではな〕


 言いたいことだけ言ってイーリス様はぽひゅんと音を出して消えてしまった。イーリス様の輝きが消えたせいで、また薄暗くなった。


「‥‥う、ぅあ゛‥‥」


 寝ろ、と言われたものの‥‥正直この状態で寝れる気がしないのですが。さっき掴まれた手首もそのままだし、何ならどんどん力が強くなってて痛い。普段の堂々とした皇帝の姿とはうってかわって、小さく縮こまってしまっている姿が──昔母さんが亡くなった後、しばらく夜泣きしていた弟と妹の姿が脳裏をよぎって、小さな子どものように見えた。


「どこにも行きませんよ」


 私の手首を握る手に、自分の手を重ねた。


「大丈夫です。側に居ますから」


 弟と妹を慰めていた時のように、背中を抱いて引き寄せた。‥‥普段なら絶対に皇帝にこんな事しないけど、魘されている人を放っておくのは良心が痛む。

 トントンと寝かしつけるように背中を叩きながら、母さんが昔歌ってくれてた子守唄を口ずさんだ。本当なら腕の中にいる時限定で眠らせることができる、ブラームスの子守唄をかけてあげたいところだけど、今の魔力なしの私じゃ効かないだろう。まあ、気休め程度に悪夢が薄れればいいんだけど‥‥。


 暫くそのまま背中を叩いていたのだけど、私の方が眠くなってきてしまった。皇帝の方はというと、眉間の皺も和らいで、脂汗も引いてきたから、もう大丈夫そうだ。とはいえ、まだ呼吸が荒くて心配だし、後少しだけ───ふあぁ‥‥。


皇帝の呼吸が落ち着いて小さな寝息が聞こえる頃には、私は意識を手放してしまっていた。




数年前はサバイバル関連の描写ができずに困ってたのでサクッと終わらせようと思ってましたが、最近某動画サイトで見まくったチャンネルのおかげでめちゃくちゃ意欲が湧いて連続投稿できました。情報収集大事!

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