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第二話



「よく集まってくれたね、我が臣下たち。それにしても……みんな、集まるには忙しいと思っていたのだけど……無理はしていないかい?」


魔族領の最奥、天空に静かに鎮座する巨大な浮遊城――魔王城【グランガルナ】。


その最上階にある、静謐で厳かな雰囲気に満ちた謁見室。

豪華絢爛な装飾を排した質素な木彫りの玉座に、額から漆黒の伸びやかな角を生やした美丈夫が座っていた。


彼の名は、グラム・デッドエンド。

魔国【デッドエンド】を、そして魔族全体を統べる唯一の王にして、史上最強と謳われる魔族――【終焉の魔王】である。


人類からは『世界を滅ぼす凶悪な魔王』と恐れられている彼だが、その実、配下の魔族たちからは神のごとく、深く慕われていた。


なにせ、グラムはあまりにも部下思いの、優しすぎる魔王だからである。


相手が魔王軍の幹部であろうと、前線の一兵士であろうと、街に暮らす幼い子供であろうと、彼は分け隔てなく温かい眼差しで接する。

歴代の覇道を歩んだ魔王たちとは異なり、配下一人ひとりの命を宝のように大切にし、戦死者が一人でも出ようものなら、自らその遺族の元を訪れて深く祈りを捧げるのだ。


そんな慈愛に満ちた心を持つグラムだからこそ、彼は人類との無意味な泥沼の戦争を誰よりも痛心していた。


彼のモットーは『みんなで仲良く』。

そしてその『みんな』の中に、魔族と人類の境界線など存在しない。


前線で人類の兵士を捕らえた場合であっても、決して拷問など行わず、必要な情報を最低限聞き取った後は手厚く治療して解放するか、希望者には魔国内での生活を保障する政策を取っていた。


普通の国家であれば「甘すぎる」「敵に甘い」と民衆や軍部から苛烈な反発を受けそうな行いである。

だが、グラムの圧倒的なカリスマと誠実さに全魔族が心酔しているため、反発の「は」の字すら存在しなかった。


その結果――現在の魔国は、捕虜からそのまま移住を決めた人類と魔族が穏やかに共存し、助け合って暮らす奇跡の都市と化していた。


当然ながら、魔国で暮らす人類たちもグラムを「神様のようなお方だ」と心から敬愛している。行っている政策の白さに鑑みれば、至極当然の結果と言えた。


「陛下がお呼びになさったのですから、我らが馳せ参じるのは当然のことにございます。」


糸目の初老の男性が、目元を優しく細めてそう呟く。

もしもこの場にエステルがいたならば『うわぁ……絶対に途中で主人公の前に立ちはだかるタイプの強キャラおじいちゃんだ!』と心の中で叫んでいたことだろう。


実際、初老の男――ククリ・ジアは凄まじく強い。

先代の魔王…グラムの義父の時代から魔国の重鎮として軍を支え続けており、その剣の腕前だけならば「魔国最高峰」と称される伝説の剣客であった。


「ククリ殿の仰る通りですよ、陛下。私たちは陛下の御手足。陛下の御意志に従い、お力となることこそが我らの誉れというものです。」


魔王軍第一師団の長を務める艶やかな美女が微笑みを浮かべて同調し、その他六人の軍団長たちも「うむうむ」と力強く首を縦に振る。


「そうかい?それなら良いのだけれど……みんな、あまり根詰詰めないでおくれよ?」


そうして、魔国の最高権力者たちによる定期軍事会議が始まった。

人類側の上層部が行っているような「責任の擦り付け合い」や「予算の奪い合い」とは完全に無縁の、極めて健全で、生産的で、お互いをリスペクトし合う実りのある会議であった。


もしエステルがこれを見たら、あまりのホワイト企業ぶりに涙を流して驚愕したことだろう。


◇


「それじゃあ次は……第五師団の近況報告をしてもらおうかな。」


「はっ!第五師団は以前と同様、人類国家への潜入工作を継続しております。得られた有益な情報といたしましては……人類側の上層部が、我々の想定以上に凄まじく腐敗しているという点にございます。」


グラムの美しい琥珀色の瞳が、わずかに憂いを帯びて細められる。


「我が国に移住してきた人類の民たちも口を揃えて語っておりましたが、人類側の指導層にはまともな権力者がほぼ存在しません。現地調査の結果、国を導く資格を持つまともな指導者は……現状、人類全体で『三人』ほどしか存在しない模様です。」


「三人……。それは、民も兵士もさぞ苦しかろうね。悲しいことだ。……それほどひどい君主たちに対して、反意や怒りを抱いている民は多いのかな?」


「はい。潜伏先で聞き込みを行った民衆の八割以上が『上の奴らをぶちのめしたい』と激しい嫌悪感を露わにしておりました。……しかし、実際に反乱を起こそうと行動を起こす者は皆無です。理由を尋ねたところ『ただでさえ前線で兵士たちが命を懸けて頑張っているのに、自分たちが国内で騒動を起こして彼らの負担を増やすわけにはいかない』とのことでした。」


「それは……なんとも痛ましいね。彼らの健気さが、余計に苦しみを長引かせているとは……」


反乱を起こして腐敗した上層部をすげ替えれば、巡り巡って前線の兵士たちも救われるかもしれない。

だが、まともな教育や情報が与えられていない民たちはその構造に気づけず、ただ耐え続けている。


「それと……重ねて僭越ながら、陛下に一つだけ、強くお耳に入れておきたい警戒事項がございます。」


「どんなことだい?」


「【剣の聖女】なる人物についてです。彼奴の持つ潜在的な脅威は……おそらく、人類側の『勇者』よりも遥かに高く見積もるべきかと。」


「【剣の聖女】……?噂には聞いたことがあるけれど……そんなに恐ろしく、強い子なのかい?」


「はい。彼奴の危険度につきましては……おそらく、ジア卿が最もよくお分かりになるかと。」


グラムの視線が、己の右腕であるククリへと向けられた。


「私ならば分かる……とおっしゃいますか、第五師団長殿?」


「ええ。ジア卿が数百年の生涯で初めて『剣で後れを取った』とおっしゃっていた例の少女ですが……調査の結果、おそらくその【剣の聖女】本人である可能性が極めて高いのです。」


「ふむ……。その根拠は?」


「ジア卿が持ち帰られた特徴――雪のような肌、蒼い瞳、そして何より彼女が腰に佩いていた無二の装飾を持つ【神銀の聖剣】の形状が、【剣の聖女】の所持品と完全に一致いたしました。」


「なるほど……あの異質な鞘の装飾と合致しているならば、間違いありますまい。……ふむ、会議の場で私的な敗北談を持ち出され、恐縮ですな。」


「いや。気にしなくて構わないよ、ククリ。これから先の和平交渉においても、知っておくべき貴重な情報だ。」


グラムはふっと優しい息を吐き、ククリと師団長たちの顔を順番に見渡した。そして、静かに告げる。


「【剣の聖女】を名乗る少女と戦場で遭遇した際は、決して無駄な刺激をせず、慎重に対応するよう全軍に徹底して周知――……」


グラムが、唐突に言葉を切り上げた。

その視線が、重厚な魔王城の外壁を突き抜け、はるか上空の「何か」へと向けられる。


「どうなさいました、陛下?」


師団長が不審そうに尋ねるが、それに答えたのはグラムではなく、ククリの一言だった。


「……来ますぞ。」


ジジジ……と空気が震え、ククリの眉根が跳ね上がる。


次の瞬間――!!


ドドォォォォォォンッ!!!!!


爆発音すら生ぬるい凄まじい衝撃とともに、魔王城の分厚い外壁が内側に向かって盛大に粉砕された。


「なっ……何者だ!?」

「刺客か!?陛下をお守りしろ!!」


一瞬で臨戦態勢に入り、武器を抜いて前へ出るククリと軍団長たち。守護騎士たちが即座にグラムの玉座を庇うように陣を組む。


立ち込める大量の土煙と、散らばる石片。

その破壊の渦の中心――玉座の真ん前という冗談のような位置に、一人の影が降り立っていた。


「【終焉の魔王】はいねぇかぁぁぁ!!?」


救護室の叫び声よりもさらにデカい、ヤケクソ気味な少女の声が部屋中にバリバリと響き渡る。


師団長たちが固唾を呑み、いつでも殺気に応じられるよう魔力を練り上げる中――土煙の影をじっと注視していたククリが、その身体をブルリと戦慄させた。


「この常軌を逸した気配、尋常ざる魔力……忘れもしない!お主か……【剣の聖女】!」


ククリの確信に満ちた叫びが響き渡った、まさにその直後。


吹き荒れる風によって土煙が晴れ、輝く淡い金糸の髪を乱雑に靡かせた少女――エステル・オリオンが、血走った瞳でその姿を現した。


そして、整然と並ぶ魔王軍幹部たちと、玉座に座るグラムの神々しくも優しげな顔をまじまじと見つめ――。


ぽつりと、魂の抜けたような声で呟いた。


「うわぁ……まともそうな指導者だぁ……。絶滅危惧種じゃん、珍しっ!!」





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