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第一話 幼馴染ではあるんだけどな

 シャンデリアの光が、天井から降る雨のように広間を満たしていた。


 ヴァルトハイム王国、王城「白銀の間」。

 年に一度の建国祭夜会は、社交界のすべてが集まる場所だ。

 金糸の刺繍、宝石の輝き、香水の川。


 その隅っこ、柱の陰に半分隠れるようにして、ジゼル・フォン・アルデン男爵令嬢は立っていた。


 三年前に仕立てた薄青のドレス。

 母のお下がりの、小さな真珠の耳飾り。

 周囲の令嬢たちの装いと比べると、まるで庭に迷い込んだ野の花のようだった。


「……綺麗」


 ジゼルの視線の先には、ひと組の男女がいた。


 ヴァルトハイム王国王太子、マクシミリアン・レイ・ヴァルトハイム殿下。

 銀に近い金の髪、氷を溶かしたような青灰の瞳。

 二十歳にして、宮廷の誰よりも背筋の伸びた立ち姿。


 そしてその手を取っているのは、イザドラ・フォン・グランベルク公爵令嬢。


 深紅のドレスに、燃えるような赤毛。

 王国の四大公爵家の筆頭、グランベルク家の宝石。

 誰もが「次の王太子妃」と噂する女性。


 二人が回る。王太子のリードは正確で、公爵令嬢のステップは水面を滑るように滑らかで。

 広間中の視線が、その一組に注がれていた。


(お似合いだ、って、みんな思ってるんだろうな)


 ジゼルは自分の指先を見た。ピアノと薬草いじりで少し荒れた、貴族令嬢らしからぬ指。


(そりゃそうだよね。だって私、男爵令嬢だもの)


 アルデン男爵家は、王都のはずれに小さな屋敷を持つだけの下級貴族だ。

 父は聖霊学という、今どき誰も見向きもしない学問の研究者。

 領地は森と畑ばかりで、社交界での影響力なんて、ほとんど無い。


 対して、マクシミリアンは王太子。

 二十年前、この国の頂点に生まれた人。


(——それでも、幼馴染ではあるんだけどな)


 ジゼルは、ほんの少しだけ唇を尖らせた。

 そう。信じられないことに、ジゼルとマクシミリアンは幼馴染だった。


 十年前のあの日から、ずっと。


 ジゼルが八歳、マクシミリアンが十歳の夏。

 父の研究のお供で王城の庭園に入ったジゼルは迷子になった。

 そして庭園の最奥、忘れられたような一角で一本の巨木を見つけたのだ。


 白銀樹エルディア。

 建国王がこの国を興したとき、聖霊と交わした盟約の証として植えられたという聖霊樹。

 かつては銀の葉を茂らせ、国土に霊力を注ぎ、百年に一度、選ばれた者に「聖霊の加護」を授けたという——伝説の樹。


 けれどジゼルが見たのは半分以上の葉を落とし、幹に黒い染みを浮かべ今にも倒れそうな老木だった。


「……かわいそう」


 誰も水をやっていなかった。

 誰も手入れをしていなかった。

 もう百年以上も加護が降りないその樹は、宮廷では「ただの古い木」として忘れられていたのだ。


 ジゼルは、噴水から水を汲んできて、根元に撒いた。

 何往復もした。そして根元に座り込んで、母から教わった子守唄を歌った。


「お前、そこで何をしている」


 振り向くと、少年が立っていた。

 銀に近い金髪の恐ろしく整った顔立ちの、けれど目の下にくまを作った少年。


「木が枯れそうなので、お水をあげてます」

「無駄だ。その樹はもう死んでいる。宮廷魔術師が十年前にそう結論を出した」

「まだ死んでません。ほら、この枝、ちょっとだけ緑」


 ジゼルが指差した先。

 枯れ枝の先端に、たった一枚だけ、銀の若葉が震えていた。


 少年は、長いこと黙っていた。

 それから、ぽつりと言った。


「……手伝おう」


 その日、二人は日が暮れるまで水を運んだ。


 少年が王太子だと知ったのは、その三日後だった。


 以来、十年。

 ジゼルは月に何度も王城の庭園に通い、聖霊樹に水をやり、歌を歌い、そのたびにマクシミリアンが「偶然通りかかった」顔をして現れ、袖をまくって手伝った。


 年齢を重ね、政務が増えても、剣術の訓練で手が豆だらけでも彼は必ず来た。


(優しい人なの。……それだけ)


 ジゼルは、柱の陰でそっと目を伏せた。


(幼馴染で、妹みたいなもので、王太子として困ってる人を放っておけないだけ。私が期待しちゃいけないの)


 だって、王太子の隣に立つ人は、あの深紅のドレスの人みたいでなくちゃいけない。

 そういうものだ。

 そういうものなのだと、ジゼルはずっと自分に言い聞かせてきた。

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よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ

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