第5章 索敵
康隆の妻は今、晴敬の別宅にいるらしい。
悪い言い方をすれば、幽閉だ。
私たちは康隆の屋敷を出た。
「さて、柘榴、これからどうする?」
「依頼だ、文句を言ってもしょうがないだろ」
「それは気持ちの話だろう。まずは晴敬の別宅に行くのか?」
「いや、その前にやることがある。楓とじじいだ」
確かに失念していた。
あの二人はまだ柘榴の自宅にいるのだ。
「なら、一度戻るか?」
「ああ、依頼は明日にする」
私たちは自宅に足を向け、歩き出した。
すっかり陽は落ち、夜になっていた。
「カッカッカッ」
自宅の近くまで行くと、豪快な笑い声が外まで聞こえてきた。
道尊のものだ。
「もう、夜だぞ。近所迷惑だろ」
舌打ちをしながら柘榴はつぶやいた。
柘榴の自宅は閑静な住宅街にある。
夜になると物音が響くことはよくあるのだ。
そして道尊の声だ。
余計に響き渡っている。
玄関を開け、私たちは中に入る。
「あ、おかえりなさい!」
明るい楓の声が届く。
「…ただいま」
柘榴は素直に応じる。
ほお、私が言っても無視の一徹だったのだが。
そうかそうか、やはり柘榴も男か。
「…なんだよ?」
私を一瞥して、怪訝そうに問いかける。
顔がニヤけていたようだ。
言葉に出なくても、表情に出るようだ。
いかんな。
「で、依頼の方はどうじゃった?」
道尊が聞いてくる。
「厄介な依頼になりそうだ」
「道真殿が言うくらいだ、さぞかし難儀なものなのじゃな」
「知ってただろ、じじい」
ニヤリと道尊は不敵に笑う。
柘榴の言う通りなのだろう。
道尊は知っていた。
いや、知らなくとも察していたのだろう。
「お仕事ですか?」
「明日からな」
「よかったですね!」
ニコニコ楓は笑う。
道尊とは違い、こちらはちゃんと柘榴の仕事が入ってきたことを喜んでるようだ。
「まあ、そうだな」
気のない返事だが、これが今の柘榴の女に対する精一杯の返事なのだろう。
ふむ、19ともなろうものがそんなものか。
嘆かわしい。
「19歳にもなるのに、女の子と話したことがないのか?嘆かわしい」
道尊も私と同じ意見のようだ。
「じじい、もう帰れ。用は済んだんだろ」
辟易として柘榴は言う。
「楓も帰ったほうがいいのではないか?親御殿も心配するだろう」
私も楓に帰宅を促す。
そもそも年頃の女子が、男の家に来ることは事情がどうであれ、良くはないだろう。
「はい、そろそろお邪魔しますね」
「近くまで柘榴に送ってもらうといい。私は道尊と話をしている」
「おお、そうじゃな。久しぶりに酒でも飲みながら、話し明かすか」
「というわけだ、柘榴。楓を送っていってやれ」
「わかってるよ。…くれぐれも騒ぐんじゃないぞ、じじい共」
そう言いながら楓と柘榴は自宅を出ていく。
「ところで道真殿。気付いておるか?」
「ああ、先程から見られているな」
「おい、誰だかわからぬが、出てこい」
道尊が話しかける。
もちろんそうそう出てくることは、あるまい。
しかし誰かがいるのは間違いない。
「出てこぬな」
「道尊、やはり柘榴と血は繋がっているな。出てこいと言われて出てくるわけがなかろうよ」
「カカッ、確かにな」
軽快に笑う道尊だが、その身には冷や汗が出るほどの殺気が籠っている。
「まあ、いい。死にたくないなら出てこぬのが正解じゃ。そのまま帰るがいい。じゃが、今わしの孫が出ていったのはわかっておるな?」
相手の返事はない。
淡々と道尊は話を続ける。
「あれでも、わしの可愛い孫でな。しかも女子と一緒じゃ。もし追うようなことがあれば、誰であれ…殺すぞ」
目の前の湯呑みにヒビが入る。
張り詰めた空気が部屋を、いや、家全体を包み込む。
並の人間であれば、耐えられず気絶し、物の怪であれば即座に逃げるだろう。
それほどの殺気だ。
道尊と初めて出会った時と同様だ。
「さて、道尊はこう言っている。退くなら今の内だぞ」
そう言うと同時に何者かの気配は消えていた。
「何か探っておったのかの?」
「どうであろうな。まあ、いなくなったのであればそれでよかろうよ」
「しかし、柘榴は気付いてなかったようじゃ」
「道尊、よく見てみろ。そこにあるのは…」
「ほお、よく見てみれば式神の札か」
「奴はお前の孫だぞ」
カッカッカと道尊は愉快そうに笑う。
「さて、道真殿、酒を飲もうではないか。今夜は飲み明かそうぞ」
「ふっ、そこだけは柘榴に似てほしくはないものだな」
私たちは酒を飲むことにした。
そして私は見逃さない。
道尊は先程の何者かがいなくなると同時に式を放っていた。
あちらがその気なら、こちらも、なのだろう。
索敵だ。
だいぶ前章から空いてしまいました。
第五章までお読みいただき、ありがとうございます。
今回は少し短めでしたが、物語は少しずつ動いています。
誰が、何のために探っていたのか。
次章もよろしくお願いいたします。




