第28話:不死鳥の天秤、あるいは「金」のプライド
レンが持ち込んだ「精密測定器具」の設計図を前に、ヴァーンは三日間、一言も発さずに図面を睨みつけていた。
一方、工房の裏手では、旧『金歯の歯車』から流れてきた職人たちが、移籍後初の「ノルマ」に取り組んでいた。
「……できたぞ、レン。だが、これを使うってことは、あいつらの『今まで』を全部ゴミだと切り捨てることだぞ」
ヴァーンが完成させたのは、真鍮製の『不死鳥の物差し』だった。レンが指定した「不死鳥基準」の目盛りが刻まれている。
「ゴミじゃない。……再教育が必要なだけだ、爺さん」
レンとヴァーンが作業場へ向かうと、そこにはリーダー格の男、ボリスを中心とした職人たちが、かつてのギルド時代と同じように「ガサツな活気」で作業を進めていた。
「おい、ボリス。今作ってるパーツを、この道具で測ってみろ」
レンが差し出したノギスを、ボリスは鼻で笑った。
「なんだい、そりゃ。俺たちの目は腐っちゃいねえ。金歯の歯車じゃ、この速さでこれだけの数を仕上げるのが『一流』だったんだぜ。あんたみたいな商人が、職人の勘にケチをつけるのか?」
「いいから測れ。この目盛りの『三』を少しでも越えていたら、それはゴミだ」
不機嫌そうにボリスがパーツを挟む。結果は、髪の毛一本分のズレ。
「……あ? ……なんだよこれ、道具の狂いじゃねえのか? これくらい、組み込めば調整できる。金歯の歯車じゃ、これで『合格点』だ!」
「その『合格点』が、俺の商会の名前を汚すんだよ」
レンは冷徹に言い放ち、ボリスが丹精込めて(と本人は思っている)削り出したパーツを、無造作に屑籠へ捨てた。
「ふざけるな! 俺たちが築いてきたキャリアを否定する気か!」
周囲の職人たちが立ち上がる。彼らにとって、『金歯の歯車』で培った「速さと妥協」は、自分たちが家族を養い、帝都のインフラを支えてきたという自負そのものだった。
「キャリア? 違う、それは単なる『甘えの積み重ね』だ。……爺さん、見せてやれ」
ヴァーンが、無言で一つの中枢部品を差し出す。ボリスが震える手でノギスを当てると、針は寸分の狂いもなく『三』の目盛りでぴたりと止まった。
「……っ。こんなの、爺さんみたいな天才にしかできねえよ!」
「いいや、道具を使えばお前たちにもできる。……できないのは、腕のせいじゃない。お前たちの『意識』が、まだあの金歯の歯車の卑屈な妥協に縛られているからだ」
レンは、憤る職人たちを冷たい目で見据えた。
組織の拡大には、痛みが伴う。旧ギルドの「悪い文化」を、根こそぎ削ぎ落とす必要があった。
「今日から、この工房で『俺の勘』という言葉は禁止だ。基準を満たさない者は、報酬を支払わない。……不服があるなら、今すぐ出ていけ。金歯の歯車の残党として、外で安売り競争に加わるんだな」
職人たちの間に、殺気立った沈黙が流れる。
レンはあえて、彼らのプライドをズタズタに引き裂く道を選んだ。この「否定」がなければ、彼らは新しい価値観を吸収できないからだ。
「……1時間やる。残るか、去るか。自分で決めろ」
レンは踵を返し、工房を後にした。背中越しに、ボリスがノギスを床に投げ捨てる音が響いた。




