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5話 いざ出陣、屋外スケートリンク

 

 隣の靴屋へ向かうと、おじさんが作業をしていた。ちらりとこちらを見たきり、何も言わない。向かいにもう一人おじさんがいて、そっちは片手を上げて挨拶してきた。無言だけど。


 状況的に、作業している方がドミトリのお父さんだと思うんだけど、あんまり似てないかな。


「ど、どうも……」

 挨拶をするが、やっぱり返事がない。


「この二人、昔っからこんなんなんだよ。靴屋のイワンと、こっちは鍛冶屋のイワンだよ」

「同じ名前なんだ」


 両方しかめっつらなので、判別がしにくい。カーチャの説明によると、同じ日に生まれたのにうっかり行き違いで同じ名前になってしまったのだそう。二人きりの時はめちゃくちゃ喋るらしいけど、シャイなので初対面の人にはこんな感じとのこと。


「あ、私の靴」

 よく見なくても、作業台にはマイスケート靴が置いてあった。「私の靴」という単語に反応したのか、おじさん二人は同時にこちらを向いた。


「おう。この先端のギザギザはなんだ?狼でも蹴るのか?」

 鍛冶屋の方が、トウの部分をつんつんと触りながら話しかけてきた。いきなり本題かい。まあ、いいんだけどさ。


「違います。滑っている時に、その部分を氷に突き立てて、その反動で上に跳ぶんです。あとまあ、他にも色々使いますけど」


「は?」

「なんで氷の上で飛び跳ねる必要が?」


「跳びたいからです」

 なんでそんな事を?と言われても困ってしまう。持ってきた布の袋に、スケート靴を仕舞い込む。転んだ拍子にこの世界に来てしまったから、刃を保護するためのものは何も持っていなかったはずだけれど、きちんと革で作ったブレードカバーが付いている。気を使ってはくれたようだ。後でカーチャに頼んで作ってもらおうと思ったのだけど、しばらくこれを使ってみよう。


「気になるなら、使い方を見せますから、ついてきてくださいよ」


「なるほど。ま、そっちのが早えわな」

「刃の部分は傷んでねえはずだから心配すんなよ」


 二人のイワンは連れ立って後ろからついてきた。靴屋はレンタル料としてもこもこのブーツをくれた。その他、後日採寸してぴったりな靴を作ってくれるらしい。鍛冶屋のイワンからは、新しい鍋と釘がもらえるらしい。釘って。と思ったが、カーチャがそれでいいと言ったから何かに使うんだと思う、多分。


 靴屋を出ると、広場を行き交う人の数がさっきより増えていた。スケートリンクのあたりに人だかりができている。カーチャが予想していた通り、私が来たのを誰かが言って回ったのだろうか?


「あ、来た!来た!」

 ドミトリが、こちらに手を振ると、いっせいに視線がこちらへ向いた。


「氷娘だ!」

「ほんとだ、起きたんだ。溶けちゃったのかと思ってた」

「踊りを見せてくれるんだろ?」

「氷の上で跳ぶんだってよ」


 話しかけられているのか、独り言なのか、それとも村人同士で会話しているのか。いろんな人の声がいっせいにわーっと聞こえてきて、どれに反応すればいいのかわからない。


「ほらモニカ、あいさつしな」

 視線を感じながらまごまごしていると、カーチャに肩をバンバン叩かれる。


「ど、どうも〜モニカ……です。よろしくお願いします」


 だんだんハードルが上がってきた。屋外のリンクで滑った経験はほとんどない。こんな真冬に衣装一枚で、音楽もなしに、どれだけ体が動くのか。そもそも、私は二週間ぐらい寝たきりだったんだっけ。少し不安になりながら、ベンチに腰掛け、靴を履き替える。


「さっきまではあんなに元気だったのに、急に大人しくなっちゃって、大丈夫かい」

 カーチャが心配そうな視線を投げかけてくる。


「大丈夫。ちょっと、緊張しているだけ」

 少し深呼吸して、柵の向こう側、氷の上に降りたつ。さっきまでの喧騒が嘘のようにしーんとしていて、ブレードが氷の上に立つ時のコンっとした音まで聞こえたぐらいだ。


「手を握ってくれる?」

「いいよ。あんたがうまくいくよう、お祈りもしとくよ」


 カーチャは真剣な表情で私の手を握り、祈りの言葉らしきものを呟いた。


「ふふっ。ありがとう、カーチャ」

 確か、本名はエカテリーナ・コーチだったんだっけ。スケートは教えてくれないけど、名前だけでも『コーチ』が居てくれるなんて心強い。


 製氷したてとはいかないが、氷は予想よりずっと良い状態だった。思い切ってコートを脱ぎ、衣装だけになる。思いのほか寒くないし、体も軽い。氷を蹴って、滑り出す。ぶかぶかのブーツと重ね着で着膨れしていたさっきよりもずっと自由な気持ちになる。


「あんな腕と足丸出して寒くねえのか?」

「よくみろ、あれも服だ」

「あれまあ。でもそれにしたって、寒くないかい?」

「転んだら怪我しちまうよ」


 氷の感触を確かめる。穴が空いたり、傾いたりしているところはない。問題なく滑る事ができるだろう。いつもは何十人も一緒にごちゃごちゃと練習していたけど、今は私一人で氷を独り占めしている。


「ひらひら!お花みたい!あのスカート、すてき!」

「ほんと!妖精のお姫様みたい!」

「すっごいキラキラしてる!なんで!?」


 ウオーミングアップをしながら、オリガが柵から身を乗り出してこちらを見つめているのを見つけて、面白い気持ちになる。今日出会った人たちが全員いるのを確認して、私はにんまりする。もっと、もっと驚かせてみせる!と、俄然やる気が湧いてきて、私はジャンプの練習に取りかかった。


「うわーーーーーーー!!」

「と、飛んだ?え?」


 なんと、今日は一回で3回転ジャンプを成功することができた。これは快挙だ。村人たちのどよめきが最高に気持ちいい。毎回練習はするけど、大体回転が足りないため、うまく着地できずに転んでしまっていたのに、ここでこんなに簡単に成功するなんて。


「もう一回、やりまーす!」

 私が滑りながら叫ぶと、わっと歓声が上がる。


「さっきの、ギザギザを使ってないじゃねーか!ギザギザを使った技をやってくれー!」

 どっちかのイワンが叫ぶ。私は後ろ向きに滑りながら、手で大きく丸を作る。さっき跳んだのはトリプルサルコウだ。これはエッジジャンプなので、トウを突いて跳ばないタイプのジャンプだ。お望み通り、次はトウジャンプを披露する事にする。


 3回転トウループ。ついでに、2回転トウループ。もういっちょ、おまけのトウループ!三連続だ!

 歓声が聞こえる。最後にレイバックスピンをして、ビシっと決めポーズをする。


「どーよ!」

 私はビシッと決めポーズをしながら叫んだ。


「すごいじゃないか!!」

 カーチャがびょんびょん飛び跳ねる。頬が紅潮している。


「いやー、それほどでもお〜〜」

 歓声と拍手が聞こえる。スタンディング・オベーションだ。日本語で言うと観客総立ち。元々立ってるんだけどさ。


「すっげーーーーーーーー!!!!」

「もっかい、もっかいやって!」

「三回ぴょんぴょんするやつやって!」

「蝶々みたいなのがいい!」

「ぐねーってまがるやつ!ぐるぐる!」


「い、今の練習だから!私、もっとすごいんだからね!」

 子供たちにチヤホヤされすぎて、うっかり調子に乗った事を口走ってしまう。歓声を越えた奇声が響き渡る。


「ま、まって。ちょっと休憩ね。疲れるから」

 緊張と照れ臭さで、顔が赤くなる。今までこんなにストレートに感情をぶつけてきたのはせいぜい 親ぐらいのものだ。大人たちにも私のスケートは娯楽として通用するみたいで、去っていく人はおらず、むしろさっきよりも人が集まって来ている気がする。


 頭の中で過去のプログラムをさらう。音楽がないから、ほとんどうろ覚えだ。何をするか、事前に決めて滑らないと。


「音楽があれば、もっと上手にできると思うんだけど……」

 この世界には、音楽を流せるものなんてないだろう。


「なら、俺が一曲付き合わせてもらおうじゃないか。即興は得意だぜ」

 突然聞いたことのない声が聞こえて来て、そちらの方を見ると、手に何かの楽器ケースを持った男性が立っていた。

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