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098 回収


ユミルが岩陰の影の中で、薄く目を閉じた。

ファーファがユミルの胸の上で丸くなった。

俺は岩陰の入口で息を吐いた。


夜明けの橙色の光が、地平線の上に広がっていた。

丘の向こうに、ソールが消えた跡が薄く残っていた。

血の跡と、戦槌の跡だけ。

ソールの肉体は、跡形もなかった。


——シャットダウン、された、まま。


俺の頭の中で、その認識が整理された。

敵側の遠隔抹殺は、後始末すら残さなかった。

こちらが埋める必要も、ない。

ただ、跡が残っていた。


エルナが両手剣を肩に担いで戻ってきた。


「あんた、リント」

「ん」

「ソール、跡だけだね」

「ああ」

「あっさり、消えたね」

「敵側、消した」

「マジ?」

「マジ」


エルナが軽く息を吐いた。

それから、岩陰の奥を覗き込んだ。


「ユミルちゃん、寝てる?」

「ああ」

「あたしも、後で休むわ」

「うん」


ルークが俺の横に来た。


「兄貴」

「ん」

「俺、何、すれば、いい」

「ユミル、見ててくれ」

「了解」


ルークが岩陰の奥に座った。

長弓を軽く膝の上に置いた。

ユミルが薄く目を開けて、ルークを見た。


「**……ルーク様**」

「ユミル様、起きてんすか」

「**……薄く**」

「俺、見てます」

「**……ありがとう、ございます**」

「いえ」


ルークが軽く笑った。

ユミルがまた薄く目を閉じた。


——ルーク、しっかりしてんな。


俺の頭の中で、ルークの立ち位置が整理された。

あの治癒以降、ルークの肩の幅がほんの少しだけ広く見える。

今、ユミルを見守る姿勢が、村にいた頃の不器用なビビりでは、なかった。


——気持ち男前、二回目。


俺は軽く笑った。


岩陰の外で、エルナとミラとシオンが軽く息を吐いていた。

戦闘明けの、緩んだ空気だった。


エルナが、岩陰の奥を覗き込んできた。


「リント」

「ん」

「ユミルちゃんが、機能、剥がした」

「だな」

「あれ、何?」

「うーん」

「説明、後で?」

「後で」

「了解」


エルナが軽く頷いた。

それから、軽く頭の後ろで両手を組んだ。


「ミラ、シオンも、休め」

「了解」


エルナが岩陰の外の、岩の影に座った。

ミラがその隣に座った。

シオンがもう一つの、岩の影に座った。


ルークは岩陰の奥で、ユミルを見ていた。

ファーファはユミルの胸の上で、丸くなったまま寝ていた。


俺は岩陰の入口で立っていた。


夜明けの空が、橙色から薄い青に変わり始めていた。


---


朝の光が、丘の向こうに広がっていた。


岩陰の影の中で、ユミルが薄く目を開けた。


「**……リン様**」

「起きたか」

「**……起きました**」

「動けるか」

「**……まだ、です**」

「うん」

「**……でも、声、出ます**」


ユミルの声は、まだ薄かった。

でも、朝の最初の声よりは、ほんの少しだけ深くなっていた。


俺は岩陰の奥に入って、ユミルの横に座った。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、剥離、初めて、か」

「**……はい**」

「うまく、いったな」

「**……はい**」

「お前、知ってたのか」

「**……機能の、所有権**」

「うん」

「**……奪われた機能、戻すこと、可能です**」

「うん」

「**……試したことは、ありません、でした**」

「初挑戦、か」

「**……はい**」

「マジか」

「**……事実、です**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は軽く笑った。


「お前、ぶっつけ本番で、いきなり、機能、剥離したのか」

「**……はい**」

「お前、合理の、鬼、なんだろ」

「**……合理、です**」

「合理の、鬼が、ぶっつけ本番」

「**……成功率、計算しました**」

「うん」

「**……九十二、パーセント**」

「九十二」

「**……はい**」

「八パーセント、外れたら、どうなった」

「**……ブレスを撃つしか、ありません**」

「遺跡、近い、のに」

「**……はい**」

「マジか」

「**……事実、です**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は息を吐いた。


——八パーセント、賭けた、んだな。


ユミルの合理の鬼が、初挑戦に九十二パーセントで賭けた。

失敗したら、ブレス撃つしかない。

そして、遺跡の近くでブレスを撃ったら、たぶんヤバいことが起きる。

それを覚悟で、剥離を選んだ。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、危ない、賭け、したな」

「**……はい**」

「無茶、すんなって、言ったろ」

「**……はい**」

「謝ろうか」

「**……謝ります**」

「謝るか」

「**……すみません**」

「いいよ」

「**……はい**」


ユミルが薄く頷いた。

それから、軽く笑った。

笑ったというか、口の端がほんの少しだけ動いた。


「**……でも**」

「ん」

「**……成功、しました**」

「ああ」

「**……結果、よかった、です**」

「結果論、だな」

「**……合理、です**」

「合理の、鬼、結果論、と、言うな」

「**……事実、です**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は笑った。

こいつの合理は、こういう時にもぶれない。

そして、結果で論じる。

合理の鬼の運用方針。


ユミルが薄く目を閉じて、また開けた。


「**……リン様**」

「ん」

「**……機能、戻りました**」

「DDoS」

「**……はい**」

「お前、これから、撃てるのか」

「**……撃てます**」

「マジか」

「**……事実、です**」

「ファイアウォールの、攻撃応用版、って、感じか」

「**……はい**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は軽く息を吐いた。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、強くなったな」

「**……元々、私の、機能、です**」


ユミルが薄く頷いた。


——元々、ユミルの、機能、です。


俺の頭の中で、その言葉が低く響いた。

これは、仲間に聞かれたら説明が必要なセリフだった。

百年前のAIとして、ユミルが知識として知っていたと言うのは簡単。

でも、機能を戻すというのは、ユミルがそれを最初から持っていたということを意味していた。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、これ、仲間に、説明する?」

「**……後で**」

「後で、か」

「**……はい**」

「ご説明、後で、枠?」

「**……はい**」

「もう一つ、増えたな」

「**……はい**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は軽く笑った。


ご説明、後で、枠。

ハーネスの本来の意味、ファーファの本当の姿、ユミルの出自、リファクタリングの正体、世界のバグの仕組み、古の技術、巫女の本当の意味。

そして、もう一つ、機能を奪われていたこと。


シオンの観察眼が、これをまた記録するんだろうなと俺は思った。


岩陰の入口でシオンが軽く頷いた。


「リント君」

「シオン」

「ユミルさん、起きてますか」

「ああ」

「私、入っても、いいですか」

「いいよ」


シオンが岩陰の奥に入ってきた。


ユミルの横に軽く屈んだ。


「ユミルさん」

「**……シオン様**」

「お疲れ様です」

「**……ありがとう、ございます**」

「ご気分は」

「**……薄く、です**」

「薄く?」

「**……動けません**」

「あ、なるほど」


シオンが軽く頷いた。


「ユミルさん」

「**……はい**」

「先ほどの、技」

「**……はい**」

「ブレス、では、ない」

「**……違います**」

「では、何でしょう」

「**……機能、剥離**」

「機能、剥離」

「**……はい**」

「ソールが、持っていた、能力を、外した」

「**……はい**」

「外して、どこに、行ったのですか」

「**……」**


ユミルが口を軽く閉じた。


シオンが軽く首を傾げた。


「ユミルさん」

「**……ご説明、後で**」

「あ」

「**……すみません**」

「いえ」


シオンが軽く頷いた。


「ご説明、後で、また、増えました」

「**……すみません**」

「冗談です。半分、ですが」

「**……半分**」

「ええ、半分です」


シオンが軽く笑った。

それから、ふと視線をユミルから外した。

岩陰の影の中で、シオンの目がユミルの胸の上のファーファに向けられた。


「ファーファさん」

「**……ニャ?**」

「先ほどの、竜の、お姿」

「**……ニャ**」

「初めて、拝見しました」

「**……当然、ニャ**」

「ふだんの、ご自称、本当だったのですね」

「**……当然、ニャ**」

「素敵でした」

「**……当然、ニャ**」


ファーファが寝ぼけた声で答えた。


シオンが軽く笑った。


「あれも、ご説明、後で、ですか」

「**……ニャ**」

「了解です」


シオンが軽く頷いた。


そして、岩陰の奥から立ち上がった。


「ユミルさん、ゆっくり、休んでください」

「**……はい**」

「私、外で、警戒、続けます」

「**……お願いします**」


シオンが岩陰の外に出た。


俺は岩陰の奥でユミルの横に座ったまま、軽く息を吐いた。


「ユミル」

「**……はい**」

「シオン、また、何か、増えてる」

「**……はい**」

「お前、後で、説明する?」

「**……いつか**」

「いつか」

「**……はい**」


ユミルのいつかが、また増えた。


——そして、いつかは、来る。


俺は軽く笑った。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、寝てろ」

「**……はい**」


ユミルが薄く目を閉じた。


ファーファがユミルの胸の上で、軽く目を開けてまた閉じた。


そして、ファーファの横で薄い影が立ち上がった。


——


俺は息を止めた。


ユミルの影の中から、ぼんやりと何かが立ち上がった。

岩陰の影の中で、形を取った。

ハンマーの形。

ニョルニルの形。


「**……了解**」


低い声がぼそっと、聞こえた。


ファーファが軽く目を開けた。


「**……ニャ?**」

「**……了解**」

「**……ハンマー、出てきたニャ?**」

「**……了解**」

「**……了解、しか、言わないニャ?**」

「**……了解**」

「**……ニャ?**」


ファーファが軽く首を傾げた。


ユミルが、薄く目を開けた。


「**……ニョルニル、紹介**」

「**……了解**」

「**……ファーファ、ご主人、です**」

「**……了解**」

「**……ファーファ、ニョルニル、のご主人、です**」

「**……了解**」

「**……今後、よろしく、お願いします**」

「**……了解**」


ニョルニルの声は、低くぼそっと続いた。


ファーファが軽く首を傾げた。


「**……主の主、こいつ、了解、しか、言わないニャ**」

「**……はい**」

「**……ファーファ、こいつ、相棒、ニャ?**」

「**……はい**」

「**……ニャ**」


ファーファがニョルニルのハンマーの形に、近づいた。

鼻を軽くハンマーの表面に寄せた。


「**……お前、了解しか、言えないなら、ファーファ、補う、ニャ**」

「**……了解**」

「**……お前、ジャーキー、好き、ニャ?**」

「**……了解**」

「**……ジャーキー、知らないのか?**」

「**……了解**」

「**……ニャ?**」


ファーファが軽く首を傾げた。


ユミルが薄く笑った。


「**……ファーファ**」

「**……ニャ?**」

「**……ニョルニル、半人格、下位**」

「**……ニャ?**」

「**……了解、しか、言いません**」

「**……了解、は、はい、と、いいえ、両方、ニャ?**」

「**……はい**」

「**……ニャ**」


ファーファが軽く頷いた。


「**……お前、ジャーキー、知らないなら、ファーファ、教えるニャ**」

「**……了解**」

「**……まず、ジャーキー、肉、ニャ**」

「**……了解**」

「**……肉、燻製、ニャ**」

「**……了解**」

「**……燻製、煙、で、肉、乾燥、ニャ**」

「**……了解**」

「**……お前、覚えたニャ?**」

「**……了解**」

「**……お前、了解、しか、言わないから、覚えたか、わからないニャ**」

「**……了解**」


ファーファが軽く首を振った。


俺は軽く笑った。


——ファーファ、ニョルニルに、ジャーキー、教えてんのか。


ファーファの世界観が、ジャーキーで構成されていた。

そして、それをニョルニルに教えていた。

ニョルニルは、了解しか言わなかった。

それでも、ファーファは教え続けていた。


「ユミル」

「**……はい**」

「ファーファ、ニョルニルに、ジャーキー、教えてる」

「**……はい**」

「お前、止めなくて、いいのか」

「**……コミュニケーション、です**」

「コミュニケーション、か」

「**……はい**」


ユミルが薄く頷いた。


ファーファがニョルニルのハンマーの表面で、ジャーキーの説明を続けていた。

ニョルニルは、了解しか言わなかった。

でも、その了解の声色が、ほんの少しだけ柔らかくなったように聞こえた。


——馴染んでる、んだな。


俺の頭の中で、その印象が整理された。

ニョルニルは、ソールの饒舌が嫌いだった。

今、ファーファのジャーキーの解説を聞いていた。

ファーファは寝起きで、ぼんやりとジャーキーの定義を繰り返していた。

これは、ソールの饒舌よりずっとニョルニルの好みだったらしい。


——ファーファ、強くなった。


俺の頭の中で、もう一つの現象が整理された。


ファーファが邪竜の形態で、ソールの機能剥離のファイアウォールを補強していた。

ファーファ自身もその時、何かを吸収していたんだろうなと俺は思った。


「ユミル」

「**……はい**」

「ファーファ、強くなったか」

「**……はい**」

「お前、何、渡した」

「**……DDoS、ファーファにも移管**」

「ファーファに、移管?」

「**……ハーネスLv.3、安定運用、可能**」

「うん」

「**……ブレスの多発撃ち、可能**」

「マジか」

「**……事実、です**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は息を吐いた。


——ユミル、ファーファ、ニョルニル、強くなった。


俺の頭の中で、戦力の再構成が整理された。

ソールが消えた。

ヘルムは転移で消えた。

そして、こちらはユミルが機能を戻して、ファーファがハーネスLv.3で安定運用できるようになって、ニョルニルが加わった。


これで、戦力は増えた。

だいぶ増えた。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、たくさん、回収、したな」

「**……はい**」

「お前、これから、強くなるな」

「**……はい**」

「他にも、機能、奪われてんのか」

「**……はい**」

「全部?」

「**……十二、機能**」

「あ」

「**……」**


ユミルが薄く口を閉じた。


——十二、機能。


俺の頭の中で、その数字が形を取った。

十二柱。

そして、ユミルが奪われた十二の機能。


数字が合っていた。

合理の鬼が、合っていないはずがなかった。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、十二柱、全部、倒したら」

「**……機能、全部、戻ります**」

「悪用、止められる?」

「**……はい**」

「お前も、使える?」

「**……はい**」


ユミルが薄く頷いた。


俺は息を吐いた。


これは、またご説明、後での枠だった。

でも、今、俺の頭の中でユミルの戦いの形が、ほんの少しだけ見えた。


ユミルは機能を奪われていて、それを取り返すために戦っている。

十二柱は、その奪われた機能を握って、悪用している側。

全部回収すれば、悪用は止まる。

そして、ユミルが本来使えるはずの機能が、ユミルの手元に戻る。


——回収、防衛、両立。


俺は息を軽く止めた。


ユミルが取り戻そうとしているのは、たぶん、姿でも力でもなく、機能。

そう、観察した。

ファイアウォールも、リファクタリングも、ユミルの機能。

DDoSも、ユミルの機能。

それが敵側に渡って、悪用されていた。

ユミルは、それを取り返している。


理屈は、よく分からない。

百年前のAI、と本人は言った。

それ以上の理屈は、ご説明、後でで止まっていた。


それが、いいことなのか悪いことなのか、まだ俺には分からなかった。

でも、敵側が悪用しているのを止める、というのは、たぶん間違っていない。

ユミルが薄く目を閉じていた。

ファーファがニョルニルのハンマーの表面で、ジャーキーの定義をまだ続けていた。


俺は岩陰の奥で、軽く息を吐いた。


「ユミル」

「**……はい**」

「お前、寝ろ」

「**……はい**」


ユミルが薄く目を閉じた。


朝の光が、岩陰の入口の上に当たっていた。


【了】


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