082 騎士団からの報告
翌朝。
霜花亭の食堂。
エルナが戻ってきた。
スカディ家から夜明け前に出て、朝戻った。
顔に疲労があった。
でも、目は鋭かった。
「リント君」
「ん」
「**親父と、話してきた**」
「うん」
「**騎士団、把握してる**」
「だな」
「**でも、表向き、動けない**」
「**なぜ**」
「**証拠、不十分**」
「**だな**」
「**ヴェルガ、シルム、田舎の村**」
「うん」
「**騎士団、王都内、の犯罪が、優先**」
「**それで、後回しか**」
「**そうなる**」
エルナがエールを注いだ。
朝から、エール。
ユミルが横でぱちぱちと、瞬きした。
「エルナ様」
「ん」
「**朝から、です**」
「**気付け**」
「**気付け、頻度、上がっています**」
「**そうかい**」
エルナがふっと笑った。
笑いながら、エールを飲んだ。
リントが横でそれを見ていた。
——姉さん。
——気付けが、増えてる。
——心、消耗してる。
——……。
——でも、本人、認めてる。
——それなら、見守る。
リントは口に出さなかった。
ただ、エルナの杯を軽く自分の杯で合わせた。
エルナが目を上げた。
「**何、リント君**」
「**乾杯**」
「**朝から、乾杯か**」
「**お前が、一人で、飲むより、いい**」
「**……**」
エルナが少し止まった。
それからふっと笑った。
「**お前、優しくなった**」
「**前から、優しい**」
「**前は、ぶっきらぼう**」
「**今も、ぶっきらぼうだ**」
「**でも、優しい**」
エルナがエールを軽く飲んだ。
リントもエールを軽く飲んだ。
ユミルが横で二人を見ていた。
ユミルがぽつりと言った。
「**お二人、ご兄妹、らしい、です**」
「**だな**」
「**血、繋がっていなくても**」
「うん」
「**家族、です**」
エルナがそれを聞いて止まった。
それからユミルを見た。
ユミルの言葉がエルナの中に染み込むのを、リントは感じていた。
——姉さん。
——お前、霜の剣、失くしてから。
——家族、と、呼べる場所、避けてた。
——……。
——でも、ユミルが、今、それを、言った。
——お前、それ、受け入れるか。
エルナがぽつりと言った。
「**ユミルちゃん**」
「はい」
「**お前、本当に、優しい**」
「**ありがとう、ございます**」
「**血、繋がってない、のに、家族、か**」
「**家族、です**」
「**……**」
エルナが目を伏せた。
それからエールを飲んだ。
エールの杯が、わずかに震えていた。
ユミルがそれを見ていた。
ユミルがそっと、エルナの杯に自分の杯を合わせた。
軽い音が立った。
エルナがユミルを見た。
ユミルが頷いた。
「**家族、です**」
「**……うん**」
エルナが頷いた。
頷きながら、目の縁が湿った。
リントが横でそれを見ていた。
何も言わなかった。
ただ、エールを飲んだ。
朝の食堂に、静かな時間が流れた。
※
シオンが塔から降りてきた。
朝の鐘が鳴った後だった。
シオンの顔も硬かった。
「リントさん、ユミルさん」
「ん」
「**塔の追加調査、進捗です**」
「うん」
「**三百年前の事件、当時の十二人の賢者**」
「**十二人**」
「**そのうち、封印に関わったのは、お一人**」
「うん」
「**でも、犠牲なられたのも、お一人**」
「**当然か**」
「**他の十一人、その後どうなったか**」
シオンが書類を、机に出した。
古い写本。
「**この十一人、全員、それぞれ別の事象に対処していました**」
「**別の事象?**」
「**当時、王都の異変、一つではなかった、ようです**」
リントが少し止まった。
「**複数、同時か**」
「**そう、見えます**」
「**今回は**」
「**四村、書き換え。これがその、複数の一つ、の可能性**」
「**他にも、ある**」
「**ある、と考えるべきです**」
シオンが頷いた。
ミラが横でそれを聞いていた。
ミラがぽつりと言った。
「**情報屋ネットワーク、洗い直す**」
「**頼む**」
「**村以外、王都内、王都近郊、全部**」
「**だな**」
「**何か引っかかったら、すぐ報告**」
ミラが立ち上がった。
「**じゃ、店、副店長に任せる**」
「**頼む**」
「**今日、半日、潜る**」
ミラが頷いた。
それから霜花亭を出た。
戸が閉まった。
エルナがそれを見ていた。
エルナがぽつりと言った。
「**ミラ、本気だな**」
「**だな**」
「**情報屋ネットワーク、本気で動かすと、相当深い**」
「うん」
「**期待しよう**」
エルナが頷いた。
シオンが横で書類を片付け始めた。
それからリントとユミルを見た。
「**お二人、本日、ご予定は**」
「**ない**」
「**休んで、いただきたい、です**」
「うん」
「**ユミルさん、特に**」
「**……**」
ユミルが少し止まった。
それからぽつりと言った。
「**シオン様**」
「はい」
「**私、もう、休めます**」
「**でも**」
「**動ける、状態です**」
「**ユミルさん**」
「はい」
「**昨日の消耗、二日、影響します**」
「**……**」
「**今日も、休んでください**」
ユミルがリントを見た。
リントがユミルを見た。
リントが頷いた。
「**ユミル**」
「はい」
「**シオンの言う通り、休め**」
「**でも**」
「**頼む**」
「**……はい**」
ユミルが頭を下げた。
シオンが頷いた。
「**ありがとうございます。塔から、また、進捗、ありましたら、お持ちします**」
「**頼む**」
シオンが霜花亭を出た。
戸が閉まった。
リントとユミルとエルナが、食堂に残った。
ファーファが机の上で、ジャーキーを噛んでいた。
「**美味しいニャ**」
「**お前、いつも、美味しいな**」
「**いつもニャ**」
「**お前は、変わらないな**」
「**変わらないニャ**」
ファーファが目を細めた。
ユミルがふっと笑った。
笑った後、ぽつりと言った。
「**ファーファ、安心、します**」
「**ニャ?**」
「**変わらない、ところが**」
「**ニャ**」
「**ありがとう、です**」
ファーファが目を細めた。
それからユミルの肩に登った。
ユミルがファーファの背を撫でた。
リントとエルナがそれを見ていた。
エルナがぽつりと言った。
「**こいつ、地味に、役、立ってるな**」
「**だな**」
「**癒し担当**」
「**ジャーキー消費担当も**」
「**両方か**」
エルナが笑った。
リントも笑った。
ユミルがふっと笑った。
朝の食堂に、笑い声が広がった。
平和な朝。
でも、その底で。
ユミルだけが、わずかに感じていた。
——……気配、また、強くなった。
——昨日より、近い。
——……何かが、王都に、近づいて、いる。
ユミルは口に出さなかった。
ただ、リントの隣で笑い続けた。
笑いながら、ファーファの背を撫で続けた。
その背の温もりが、ユミルを、わずかに落ち着かせていた。
※
午後。
リントとユミルが、霜花亭の二階の部屋で休んでいた。
窓を開けていた。
王都の午後の光が、入ってきていた。
ユミルが窓辺で本を読んでいた。
シオンが貸してくれた、塔の写本。
リントがベッドの縁に座って、弓の手入れをしていた。
「ユミル」
「はい」
「**何、読んでる**」
「**三百年前の事件、詳細**」
「うん」
「**シオン様の写本**」
「**読めるのか**」
「**シオン様、訳、付けてくださいました**」
「**親切だな**」
「**親切、です**」
ユミルがページをめくった。
リントが矢の羽を整えた。
しばらく、無言の時間が続いた。
弓の手入れの音と、ページをめくる音だけが聞こえた。
ファーファがベッドの上で丸くなっていた。
たまに、寝返りを打った。
「**主、暇ニャ**」
「**寝てろ**」
「**寝てたニャ**」
「**じゃ、続けて寝ろ**」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**お前、寝てる時も、ジャーキーか**」
「**ジャーキーニャ**」
リントが息を吐いた。
それから、ジャーキーを一切れファーファに渡した。
ファーファが、ぱくりと食べた。
それから、また丸くなった。
ユミルが横でふっと笑った。
「**ファーファ、幸せ、ですね**」
「**だな**」
「**羨ましい、です**」
「**お前も、幸せだ**」
「**……**」
ユミルがぱちぱちと、瞬きした。
それからリントを見た。
「リン様」
「ん」
「**私、幸せ、ですか**」
「**幸せだろ**」
「**……**」
「**違うのか**」
「**いえ**」
「**違うか**」
「**幸せ、です**」
ユミルが頷いた。
それから本を閉じた。
リントの隣に来た。
ベッドの縁に座った。
リントの肩に、軽く頭を預けた。
リントがそれを外さなかった。
ただ、矢の手入れを続けた。
「リン様」
「ん」
「**ありがとう、ございます**」
「**何が**」
「**幸せ、と、言ってくださって**」
「**事実だ**」
「**ありがとう、ございます**」
ユミルがもう一度、頭を下げた。
下げながら、リントの肩で深く息を吐いた。
リントは矢の手入れを続けた。
ファーファがベッドの上で、目を細めていた。
——主の主、安らいでるニャ。
——主、無口だけど、優しいニャ。
——……我は、見守るニャ。
ファーファは口に出さなかった。
ただ、目を細めて二人を見ていた。
午後の光が、部屋に差し込んでいた。
光の中に、ユミルの髪が、わずかに銀色に光っていた。
リントがそれを横目で見ていた。
——お前、綺麗だな。
——……。
——口に、出さない。
——でも、見ていられる。
——……それで、十分だ。
リントは口に出さなかった。
ただ、矢の手入れを続けた。
平和な午後。
平和の底で。
ユミルだけが、わずかに感じていた。
気配が確実に近づいていた。
でも、ユミルはそれを、リントに伝えなかった。
今は、伝える時ではなかった。
明日には、伝えるかもしれない。
でも、今はこの午後を、リン様の隣で過ごす。
それが、ユミルの選んだ判断だった。
※
——第八十一章、了。




