080 シルム村
シルム村への調査。
王都から南東、馬で半日。
今度は、リントとユミルとエルナとシオンの四人。
ミラは情報屋ネットワークの取りまとめで、王都に残った。
ルークは剣の修行で、塔の訓練場に通っていた。
ファーファはユミルの肩。
朝、王都を出た。
エルナが先頭、リントとユミルが続いた。シオンが最後尾。
街道はヴェルガ村の時と違って、乾いていた。
雨は上がって、三日経っていた。
「リント君」
「ん」
「**シルム村、ヴェルガと、何が、違うか**」
「人数」
「**それだけ?**」
「分からん」
「**現場で、見るしか、ない**」
「だな」
エルナが頷いた。
シオンが後ろから付け加えた。
「**規模が小さい、ということは**」
「ん」
「**始まったばかり、または進行中、の可能性**」
「だな」
「**現場で、進行中の何か、目撃できる可能性**」
「うん」
「**手がかり、得やすい**」
「だな」
シオンが頷いた。
ユミルが横で、それを聞いていた。
ユミルがリントに、小声で言った。
「リン様」
「ん」
「**シオン様、勘、鋭くなりました**」
「うん」
「**前なら、お気づきにならなかったこと、お気づきになっています**」
「だな」
「**塔で、修行、効いて、います**」
「うん」
「**心強い、です**」
ユミルが小さく笑った。
リントも、頷いた。
馬の蹄が街道を進んでいた。
※
シルム村に午後、到着した。
ヴェルガ村よりさらに、小さかった。
人口、四十程度。
村の入口に、人影はなかった。
エルナが先に馬を降りた。
「**人、いない**」
「だな」
「**家には、煙、上がってる**」
「うん」
「**でも、外、誰も、いない**」
「**変だ**」
エルナが眉を寄せた。
リントとユミルとシオンも馬を降りた。
馬を木に繋いだ。
ファーファがユミルの肩で姿勢を低くした。
「**主、空気、ヴェルガと、違うニャ**」
「お前、感じるか」
「**感じるニャ**」
「**何が、違う**」
「**……**」
ファーファが目を細めた。
それからぽつりと言った。
「**……新しいニャ**」
「新しい?」
「**ヴェルガ、古かったニャ**」
「うん」
「**シルム、まだ、進行中ニャ**」
リントがユミルを見た。
ユミルが頷いた。
「**ファーファ、感じる、通り、です**」
「うん」
「**ヴェルガは、書き換え、終了後**」
「だな」
「**シルムは、進行中**」
「**現場、押さえられるかも**」
「**可能性、あります**」
ユミルが頷いた。
リントが弓を背中から下ろした。
矢を一本つがえた。
エルナも両手剣を構えた。
シオンも杖を握り直した。
四人で村に入った。
※
村の中は静かだった。
家から煙は上がっていた。
でも、人の声がしなかった。
子供の声も犬の鳴き声も、なかった。
風が、家々の間を吹き抜けていた。
その風だけが、音を立てていた。
エルナが先頭で進んだ。
家の戸を一つ叩いた。
返事がなかった。
「**すみません、王都ギルドの、調査隊です**」
返事がなかった。
エルナが少し戸を押した。
戸は開いた。
中を覗いた。
「……」
エルナが息を止めた。
それから後ろに後ずさった。
「リント君」
「ん」
「**見ろ**」
リントが戸の前に立った。
中を覗いた。
——……。
中に人がいた。
家族らしき四人。
椅子に座って、机を囲んでいた。
食事の途中らしかった。
スープの皿が机の上にあった。
スプーンを握っていた。
でも、動かなかった。
四人が止まっていた。
止まったまま、何の表情もなく机を見ていた。
リントが息を吐いた。
「**ヴェルガと、違う**」
「だな」
「**ヴェルガ、機能してた**」
「うん」
「**こっち、機能、止まってる**」
「うん」
「**書き換えの、途中?**」
ユミルが後ろから覗き込んだ。
ユミルが息を止めた。
それからぽつりと言った。
「リン様」
「ん」
「**書き換えじゃ、ありません**」
「では」
「**今、抜かれて、いる、最中**」
リントが止まった。
「最中」
「**人格、抜かれている、過程、です**」
「うん」
「**進行中**」
「**進行中**」
「**犯人、近くに、いるか**」
ユミルが目を閉じた。
長い瞬きだった。
それから目を開けた。
ユミルの顔が強張った。
「リン様」
「ん」
「**います**」
「**近い?**」
「**村の、奥**」
「**距離**」
「**百メートル、以内**」
リントがユミルを見た。
ユミルの顔が、いつもより硬かった。
ユミルが続けた。
「**でも、本体、ではありません**」
「うん」
「**手先、です**」
「**手先**」
「**書き換えを、実行している装置、または人**」
「うん」
「**今、捕まえれば、手がかり、得られます**」
「**追う**」
「**追います**」
ユミルが頷いた。
エルナが横でそれを聞いていた。
エルナが両手剣を握り直した。
「**リント君、行くよ**」
「うん」
「**シオン、後ろ、頼む**」
「**承知**」
「**ユミルちゃん、リント君と、前**」
「**承知、しました**」
四人が頷いた。
それから村の奥へ走り始めた。
※
家々の間を抜けた。
村の奥、井戸の近く。
そこに男が立っていた。
黒いローブ。
フードを深く被っていた。
顔は見えなかった。
男の足元に、村人が二人座っていた。
子供と、女。
男が子供の頭に、手を置いていた。
子供の目が空ろだった。
女も同様だった。
——書き換えの、最中。
——いや、削除の、最中。
——……。
リントが矢をつがえ直した。
ユミルがリントの後ろで姿勢を低くした。
シオンが杖を構えた。
エルナが両手剣を構えた。
エルナが声を上げた。
「**動くな!**」
男がゆっくり振り向いた。
フードの奥から、目が見えた。
光のない目だった。
人間の目では、なかった。
ユミルが息を止めた。
——……これは。
——人間、書き換えられた、後の、目。
——犯人、本人、ではなく、操られた人間。
——……。
——でも、強い、書き換え。
——一回り、上の、書き換え。
ユミルが、口に出さなかった。
ただ、リントの背中を軽く叩いた。
それで、伝わった。
リントが矢を構え直した。
「**お前、誰だ**」
男が答えなかった。
ただ、こちらを見ていた。
それから子供と女から、手を離した。
子供と女が、ぐらりと傾いた。
地面に座り込んだ。
意識はあった。
でも、動かなかった。
男がこちらに向き直った。
ローブの袖から、手を出した。
手に、何かが握られていた。
紋様の刻まれた石。
エルナがそれを見た。
エルナの目が見開かれた。
「**それ、ヴェルガ村と、同じ**」
「うん」
「**装置、だ**」
「**装置**」
「**ぶっ壊す**」
エルナが両手剣を振り上げた。
男がゆっくり石を掲げた。
紋様が青白く光った。
ユミルが後ろから叫んだ。
「**エルナ様、止まって、ください!**」
エルナが止まった。
男の周囲の空気が歪んだ。
紋様の光が強くなった。
地面に、青白い線が走った。
線が円を描いた。
円の中に、男が立っていた。
円の中の空気が歪み続けていた。
ユミルがリントの肩に手を置いた。
「リン様」
「ん」
「**転送、装置、です**」
「**転送?**」
「**逃がします**」
「**じゃ、止めろ**」
「**止められません**」
「**なぜ**」
「**装置、別の場所に、繋がっています**」
「うん」
「**こちらから、止める手段、ありません**」
「**だな**」
「**ファイアウォール、間に合いません**」
「**くそ**」
リントが矢を放った。
男に当たった。
矢が刺さった。
でも、男は止まらなかった。
紋様の光が男を包んだ。
男の輪郭が薄くなった。
空気の歪みが最大になった。
そして、男が消えた。
矢だけが地面に落ちていた。
血の跡もなかった。
紋様の石も消えていた。
円の青白い線も消えていた。
何もない地面が残った。
リントが矢を下ろした。
「**逃げられた**」
「**逃げられました**」
ユミルが頷いた。
エルナが両手剣を下ろした。
「**……装置、見たな**」
「うん」
「**手がかり、得たな**」
「うん」
「**でも、犯人、捕まえられなかった**」
「**だな**」
「**くそ**」
エルナが地面を軽く蹴った。
シオンが横でそれを見ていた。
シオンがぽつりと言った。
「リントさん」
「ん」
「**装置、塔の記録に、似たもの、あります**」
「**何だ**」
「**三百年前の、転送装置、です**」
「**転送**」
「**当時、犯人、捕まえられなかった理由**」
「**逃げる装置、持ってたから**」
「**そうです**」
シオンが頷いた。
リントが息を吐いた。
——三百年前と、同じ。
——装置、進化、していない。
——でも、相変わらず、こいつら、捕まえられない。
——……。
——だから、これだけ、長く、続いてるのか。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルを見た。
ユミルがリントを見ていた。
ユミルがぽつりと言った。
「リン様」
「ん」
「**でも、収穫、ありました**」
「収穫?」
「**装置の紋様、近くで見ました**」
「うん」
「**シオン様の知識と合わせて、解析できる可能性**」
「**だな**」
「**それと、もう一つ**」
「**何**」
「**男の、目、見ました**」
「うん」
「**犯人、書き換えで操っている人間、使っています**」
「**操ってる**」
「**つまり、**犯人、本体、別の場所に、いる**」
「**だろうな**」
「**でも、書き換えの強度、確認できました**」
「**それで?**」
「**この強度なら、本体、相当強い**」
ユミルが頷いた。
リントが息を吐いた。
——本体、相当、強い。
——お前、それ、言うか。
——……。
——お前が、強い、と認める時。
——本当に、ヤバい時。
リントは口に出さなかった。
ただ、ユミルの肩に手を置いた。
ユミルが、ぱちぱち、と瞬きした。
「リン様」
「ん」
「肩」
「分かってる」
「ありがとう、ございます」
ユミルが小さく笑った。
でも、その目は笑っていなかった。
※
村の中央に戻った。
座り込んだ子供と女が、まだそこにいた。
意識はあった。
でも、動かなかった。
ユミルが二人の前にしゃがんだ。
子供を見た。
「**……**」
「ユミル」
「ん」
「**戻せるか**」
「**……**」
ユミルが長い間、子供を見ていた。
それから、首を横に振った。
「**戻せません**」
「だな」
「**書き換えの過程で、止まっています**」
「うん」
「**機能も、止まっています**」
「**完全に**」
「**完全に**」
「……」
ユミルが子供の肩に、手を置いた。
「**せめて、機能だけ、戻します**」
「できるか」
「**できます**」
「うん」
ユミルが目を閉じた。
唇が、わずかに動いた。
「**スキャン、対象、人格構造**」
(scan --target=personality)
——
——ERROR: 人格コア、欠損
——ERROR: 接続経路、断絶(深度、五箇所)
——ERROR: 整合性、復元、不可
——
ユミルの目の縁が、わずかに震えた。
——……酷い、です。
——核、根こそぎ、抜かれている。
——……戻せない。
ユミルが息を、吸った。
それから、ぽつりと言った。
「**リカバリー、機能領域のみ**」
(recover --scope=function --depth=basic --skip-personality)
——
——WARN: 人格層、スキップ
——WARN: 復旧、機能のみ、限定
——RECOVER: 起動、可能、状態へ
——
ユミルの右手が、子供の肩に、添えられた。
淡い緑がかった白い光が、ふわりと広がった。
子供がぱちぱちと、瞬きした。
それからゆっくり立ち上がった。
立ち上がって、ユミルを見た。
「……」
「**お母様、お父様、いますか?**」
子供がゆっくり頷いた。
「**家、ですか?**」
子供がまた頷いた。
「**お家に、お帰りなさい**」
子供が振り向いた。
それから家の方へ歩き始めた。
機械的な足取りだった。
笑顔は、なかった。
ユミルがそれを見送った。
それから、女に同じことをした。
女も立ち上がって、家の方へ歩いて行った。
リントがそれを見ていた。
——機能だけ、戻った。
——でも、人格は、戻ってない。
——……。
——それでも、生きている、と、言うのか。
——……分からない。
リントは口に出さなかった。
ユミルが立ち上がった。
ユミルの顔が、いつもより青かった。
「リン様」
「ん」
「**村人、全員、これ、必要、です**」
「うん」
「**でも、私、今日は、もう、無理、です**」
「**疲れたか**」
「**……はい**」
「**休め**」
「**でも、あの方々、放っておけません**」
「**じゃ、明日、戻る**」
「**明日?**」
「**お前が、休んでから**」
「**……はい**」
ユミルが頭を下げた。
リントがユミルの肩を、軽く叩いた。
「**お前、今日、頑張った**」
「**まだ、二人だけ**」
「**二人でも、頑張った**」
「**ありがとう、ございます**」
ユミルが小さく頷いた。
エルナが横でそれを見ていた。
エルナがぽつりと言った。
「**リント君**」
「ん」
「**ユミルちゃん、消耗、激しい**」
「うん」
「**気をつけろ**」
「うん」
「**あんたら、二人で、お互い、見てな**」
「**見てる**」
エルナが頷いた。
シオンも頷いた。
四人で、馬の方へ戻った。
ファーファがユミルの肩で目を細めていた。
「**主の主、今日、立派ニャ**」
「うん」
「**でも、疲れたニャ**」
「**疲れた**」
「**ジャーキー、所望ニャ**」
「**……お前、ユミルに、ジャーキーくれるのか**」
「**主の主、疲れたから、ジャーキーニャ**」
「**そういうこと、するんだな**」
「**するニャ**」
ファーファが目を細めた。
ユミルがふっと笑った。
「ファーファ、ありがとう、です」
「**ニャ**」
ユミルがジャーキーを受け取った。
それから口に入れた。
ぱくりと噛んだ。
「**美味しい、です**」
「**美味しいニャ**」
「**ありがとう、ファーファ**」
「**ニャ**」
ファーファが満足そうに目を細めた。
リントが横でそれを見ていた。
——お前、こいつに、慰められてる。
——……。
——いい関係だな、お前ら。
リントは口に出さなかった。
ただ、馬を進めた。
王都への帰り道。
陽が傾いてきていた。
風が、少し冷たくなっていた。
四人と一匹が、王都へ戻っていった。
※
——第七十九章、了。




