016 再び、見送り
一度、帰ってきた家から、もう一度、出ていく。
不思議な朝だった。
※
母は昨日の夜、また荷造りをしていた。
リントが朝、台所に降りると、テーブルの上に食料の包みが、昨日より多く積まれていた。
「……母さん」
「はい」
「多すぎ」
「念のため、です」
「前回より、多い」
「今回は、王都まで行くでしょう」
「……」
リントは諦めた。
母の念のためは、母以外には通じない。
ユミルが台所を覗き込んだ。
包みを一通り見た。
「……乾燥肉、二倍です」
「そうです、ユミル様」
「保存食、三倍です」
「そうです」
「……妥当、です」
「……」
リントは天を仰いだ。
ユミルの基準は、いつの間にか、母寄りに変わっていた。
※
父は居間で朝の茶を飲んでいた。
リントが入ると、父は頷いた。
「行くのか」
「うん」
「気をつけて」
「うん」
父はそれだけ言った。
昨日の夜と、同じ言葉だった。
でも、昨日より、少しだけ、短く聞こえた。
リントはそれが、父なりの**慣れよう**だと思った。
父も二度目の見送りに慣れなきゃいけない。
一度目は長く。二度目は短く。三度目はもっと短く。
そうやって、家族は、見送りに慣れていく。
※
玄関先で兄が薪を割っていた。
リントが出ると、兄は手を止めた。
「行くのか」
「うん」
「行ってこい」
「うん」
兄はそれだけ言った。
前回の「行ってこい」と、ほぼ同じだった。
でも、今回は、**剣を構えていなかった**。
斧を握ったままで、笑っていた。
「ユミル様、また、弟を」
「はい、必ず、お連れします」
「……頼む」
兄は少しだけ目を伏せた。
それから、また斧を持ち直した。
「行ってらっしゃい」
薪が一つ割れた。
気持ちのいい音だった。
※
門まで母が送ってきた。
父は家にいた。
「父さんは、来ないの」
「お父様、薪、割るって」
「兄さんと?」
「一緒に」
「……」
リントは振り返った。
家の裏から、薪の割れる音がもう一つ聞こえていた。
父と兄が並んで薪を割っている、らしかった。
なぜか少しだけ笑いたくなった。
※
母は門の前で立ち止まった。
「リント」
「うん」
「……」
言葉が出てこないらしかった。
リントは待った。
「……ちゃんと、手紙、書くのよ」
「うん」
「……お腹、壊さないでね」
「うん」
「……ユミル様のことも、よろしくね」
「うん」
母はユミルを見た。
「ユミル様」
「はい」
「……リント、よろしくお願いします」
「お任せ、ください」
「あと」
「はい」
「……三口目で、微笑む癖、とても、可愛い、ですよ」
ユミルは一瞬、止まった。
それから、少しだけ頬を赤くした。
「……気づかれていたの、ですか」
「母親、ですから」
「……」
ユミルは深く頭を下げた。
「……ありがとうございます」
「はい」
母はユミルの白い髪を、そっと撫でた。
ユミルは撫でられるままになっていた。
※
門を抜けた。
街道に出た瞬間、リントは一度だけ振り返った。
母は門の前に立っていた。
父と兄の薪の音は、まだ聞こえていた。
リントは頷いた。もう一度、前を向いた。
「y」
「はい」
「行くか」
「はい」
二人、歩き出した。
秋の街道を、二度目の歩き出しだった。
※
――第十五章、了。




