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閑話 ~努力と成果~

 

 会議を終えた次の日、私はウルバンドと共に”あの丘”にいた

 天気は快晴、空気は澄み、私たちはいつものように向かい合い、精神統一を行っていた


 「ヨセフカ、君が”ガルム”に行くまでの2週間、どこまで力になれるかは分らんが、俺に出来る限りのことはやるつもりだ」


 「ありがとうウルバンド、悪いけど胸を借りさせてもらうわ」


 ヨセフカは、この俺が剣を教え始めてから1週間で、”俺より”も強くなった

 剣の”技術”において負けたわけではなく、魔力による身体強化や獣人として体質の使い方を加味した上での”総合的”な戦闘能力において、俺はヨセフカに負けていた

 俺が今まで見てきた新兵なら、剣を持って戦おうとして、それなりに形になるまででも1週間はかかる。だが、ヨセフカには”その期間”が存在しなかった

 俺が”あの人”から預かっていた『狼流剣術』についての手記を頼りに、あの人の剣術を教え始めて1週間、ヨセフカはあっという間に”それ”をものにしてみせた。『狼流剣術』そのものが、ヨセフカに対して相性が良かったこともあるかもしれないが、明らかに速かった


 人が成長をする時、必ずついて回るのが”挫折”と”停滞”だ

 だがヨセフカには、それがほとんどなかった。悪い癖や自分がまだ身についていない部分、彼女はそれを見つけ、直すまでが恐ろしく速かった。あれは努力や才能と呼べるものとは違うように感じた。もっと別の、俺の知らない異質の何かが、彼女に手を貸しているというように感じられた

 特に魔力関係については、俺が感じていた違和感が顕著に現れていたように感じた

 問題を即座に判断し、すぐさま改善する。成長における理想形といえるが、やろうとして出来ることではないはずだ。才能と努力だけでここまで出来るものだろうか?

 それとも、ただ単に俺の発想が凡人思考なだけなのだろうか?


 「なぁヨセフカ?」


 「どうかした?」


 「今まで訓練で”狼流剣術”や”魔力操作”、”獣人の体質”について学んできたが、自分から見て今の自分の実力についてどう思う?」


 「そうね……………………」


 ヨセフカは少しいぶかしむと、淡々と語り始めた


 「魔力による身体強化、獣人の体質による五感の鋭敏化、狼流剣術による近接戦闘術、これらを併用すれば大抵の魔族は狩れると思う。でも……………………」


 「でも、なんだ?」


 「魔将やその側近、さらに上の存在達には足りないわ。さっき言った基礎3種の熟練度もそうだけど、”獣人化”が使えないのが致命的ね。最大限の戦いをするには、あの力による恩恵が必須よ」


 「そうか」


 少し過小評価しているように俺は感じた

 ”大抵の”とは言っていたが、ヨセフカは今の段階でも十二分に強い。魔将やその側近、側近の中でも上位魔族に相当する者でもなければ、恐らくは一方的な戦いになる

 魔将や側近につても、現時点でも”条件”を揃えれば倒せはするはずだ。ここで言う”条件”というのは、事前に大群や作戦で消耗させ、”魔力切れ”や”明確な負傷”などのハンデを付加することだ

 流石に”単独”での撃破は、現実的ではないと言わざるを得ないが…………


 「少し過小評価気味じゃないか?ヨセフカの才能と努力は本物だ。もっと自信を持っても良いんじゃないか?」


 「いいえ、今のご時世、これくらい強ければ大丈夫なんて指標は存在しないわ。上には上がいる。得られる力は貪欲に欲して、常に危機感を抱くくらいが丁度良いわ」


 「……………………すごいな、ヨセフカは……………………」


 どこか後ろめたさを含みながら彼は言った


 「……………………なぜ?」


 その後ろめたさそう雰囲気に疑念を抱いた私は、少し踏み込んで聞いてみることにした


 「俺は逃げたんだ。魔族たちとの戦いから……………………」


 ウルバンドは立ち上がると、私に背を向けたまま空を見上げた


 「俺や俺の一緒に騎士団を抜けて、この組織に参加した奴らは、皆まだ戦える体だった。あの人と戦場を共にして、この調子で魔族を殲滅すると意気込んでいたのに、あの人が居なくなった途端、恐怖が再燃した」


 「……………………」


 私は少し胸が締め付けられるような気分の中、彼の話を聞き続けた


 「不能者になるか死者になるまで戦い続けた奴らが大勢いたのに、俺たちは逃げた。逃げた果てに、今はこの豊かな土地でぬくぬくと暮らしている。僅か”10歳”でありながら、強い意志で奴らに挑もうと姿を見ると、自分が嫌になる……………………」


 俺が騎士団を抜けた理由には、自分の弱さへの”嫌悪”とあの人の圧倒的な力に対する”嫉妬”もあった

 努力し、鍛錬を続ければ、きっと奴らを滅ぼす力が手に入ると信じていたから必死に訓練し、数々の実戦を乗り越えてきた。だが、あの人の姿と強さを見て、瞬時に諦めがついてしまった

 自分は自分が本当に望むことをなせるだけの”存在”ではないこと。自分は”それ”をなせる”存在”の傍で、その一助になることが似合いだと……………………

 回りくどい言い方を避けるなら、俺は”英雄(ヒーロー)”になりたかったんだ


 努力は重要だ。だが、その努力の”質”を決めるものは、いつだって本人の”才能”や”環境”だ

 努力は前提だ。しているから偉いだとか、素晴らしいといのは無い

 現実は理不尽だ。”10の努力”で”10か8そこらの成果”を生み出す奴が大半を占める中、”才能”や”環境”によって、”10の努力”から”100や200の成果”を生み出せる奴もいるのが現実だ

 俺は”前者”だった

 前者であるにも関わらず、望みだけ高い自分の惨めさに耐えきれなくなり、そして、俺は逃げたんだ……………………


 「だから、私は”凄い奴”だと言うの?」


 「少なくとも、俺のように逃げた奴よりかはマジだ」


 私は正座の状態から立ち上がり、彼の元に詰め寄った


 「な、なんだ!?」


 あまりの詰めように驚いた様子の彼の声は浮ついていた


 「あなたは卑下されような人間じゃない!」


 「な、何を!?」


 急な私の発言に彼は戸惑っていた


 「この世に、卑下されたり、自分を惨めに思うべき人間がいるとしたらそれは、強い挫折や失敗に打ちのめされて、それをそのまま放置している人間だけよ!」


 「俺が惨めな奴ではないというのか?俺は逃げた……………………」


 「逃げたからって何だっていうの?打ちのめされて逃げるなんて珍しいことではないわ!あなたは、逃げた後にちゃんと立ち上がって、自分に出来ることを精一杯やっている!」


 「だが俺は、魔族とはもう……………………」


 「自分に出来ることを自分で見つけて、それを貫こうとするのは”逃げ”じゃないわ!魔族とは戦えなくても、あなたはまだ、誰かのためにと頑張れている!」


 「今のままでも……………………良いというのか?」


 「出せる成果が大きいか小さいかは関係ない。大小に対して付く評価なんて、他人が後からつける一方的なものでしかない。それに固執して生きた所で、そんな人生は”自身”という一番大事なものが抜けたスカスカなものにしかなり得ないわ」


 「では、人は何を頼りに生きればいい?」


 「自身がやりたいと願っていることよ」


 「自身の…………願い…………」


 「他人から評価されることに固執するのではなく、自身のやりたいことに固執して、それを軸に人生を進めるの。他人を”意図的”に傷つけるようなものでもない限り、他からの評価なんてものは、自身が全力で歩を進めていれば、その足跡に応じたものが勝手についてくるわ」


 「……………………やはり、君は本当に凄いよ。力だけでなく、人としても、俺より優れている」


 「私はね、あなたに感謝しているの。あなたが私に教えてくれた技術は、奴らとの戦いに必ず役に立つわ。それに私はまだ、あなたに”剣の腕”では勝てていないわ」

 

 「”剣の腕”ではか…………はっきり言ってくれるな……………………」


 彼はそう言うと、私の方に向き直り、腰の剣を抜いた


 「それじゃあ、”まだ”勝てていない”剣の腕”を上達させるためにも、たっぷりしごかなくちゃな!」


 そう言って彼は、唐突に稽古を開始した


 「ふっ!そう来なくちゃね!!」


 私の剣と彼の剣がつばぜり合う。軽い火花をだし、熱を帯びる

 ここから2週間、期間は限られているが、動きをより洗練させる必要がある

 奴らと戦い、勝利するため

 民衆に希望を抱かせ、明日への活力を与えるため

 メリッサとの約束を守るため

 そしてなによりも……………………


 『私からあの2人を奪った存在をこの世から消滅させるために!!』

 ウルバンドとの2週間にわたる完熟訓練

 濃密な時間の中、自身の実力を更に高めようと足搔き続けるヨセフカ。彼女には多くの背うものがあり、それは彼女が一番わかっている。彼女は、自身の幸せを守るために戦おうとしている。それは間違いない。だが、戦うべき理由については深く理解している彼女も、自身を動かす”感情”の全ては知り得ていない

 家族と共にあることで得られる幸福感、安心感、それらを一度は失った経験から、自身が自覚している以上に”それ”を渇望していること

 そして、そんな心の”有り様”だからこそ適合し、共存できていること

 人は皆、自身の外面ばかりを見つめ、内面を見ずに自身を分かったつもりになろうとする傾向がある

 今の段階で言えることがあるとすれば、『黒』という色は”決して”混ざらない。混ざったものをすべからず自身の色に呑み込んでしまうということだけだ

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