~自身の位置と国家の位置~
自身の魔力を知覚し、望む幸せのために生き抜くことを決意したヨセフカ
魔力や自身の体質に加えて、これからの世界を生き抜くための技術を身につけるべく準備を始めた彼女は、自身が住む領地についても思考を巡らせていくこととなった。
あの丘で魔力を発現してから1ヶ月が過ぎた
フィーからのアドバイスを受けつつ、自身の魔力の使い方や応用例についての訓練を続けていた
そんな日々と並行するように、メリッサから領地運営やこれからの生活に必要な教養も学び、私の日常は経過していった
私たちが国王から任されている領地は、王都から数キロ離れた南部一帯の広い範囲であり、本来は2,3人の貴族たちが分担して管理するのが適切な広さだ
しかし、運営する貴族そのものが戦死によって不足し、父さんと母さんの領地運営が他の地域に比べて優秀だったことを受けた国王によって、運営する領地が次第に増えていったそうだ
父さんと母さんが居なくなった後は、メリッサが代行人として運営を指揮していたらしく、私が復帰して以降は、私をワーウォルフ家の当主とすることを王都へと打診し、王都側も二つ返事でそれを承諾した
侍女としての仕事だけじゃなく、領地運営の責任者まで出来ることにも驚いたけど、いつの間にか当主になっていることが1番の驚きだった
どうやら、この1ヶ月の授業での呑み込みが異常に速かったことや私生活での高スペックぶりが決め手だったらしい
この1ヶ月、魔力や体質の訓練に加えて、メリッサからの教養の授業にも全く手を抜くことなく取り組んできた
あまりの優秀ぶりに不信感を抱かれないために、努力する天才少女としてのキャラを貫いてきたことがここで裏目に出るとは思わなかった
「ま、まさか知らぬ間に当主にまでされるとは思わなかったわ…………」
1日を終えた私は、いつものように寝室のベットの上で就寝の体勢に入ってた
「良い子ちゃんムーブを貫きすぎたね。僕もまさか10歳の若さで当主に担ぎ出すとは思わなかったよ。そういえば、お誕生日おめでとう!」
「ありがとうフィー」
目まぐるしい日々で忘れていたが、4月13日が私の誕生日だった
情勢が情勢だから領地を挙げた大規模なパーティーなどは開かずに、家族の中でこじんまりとやりたいという私の意見を何とか押し通したおかげで、ビックサプライズは防ぐことができた
普段は冷静で落ち着いている皆だけど、私のこととなると枷が飛んでいくのは少し勘弁してほしい
まぁ、それだけ私のことを思ってくれているってことだから、一概に否定はできないのよね…………
「ところでフィー、この1ヶ月の私の魔力操作はどうだったかしら?」
「はっきり言って、恐るべき成長速度だね。メリッサたちが君を神童と言っていたけど、それでも足りないくらいだよ」
この1ヶ月、フィーからのアドバイスもあって色々なことが出来るようになった
”魔力の調節”や”開放と鎮静化の切り替え”を迅速に出来るようになったし、獣人が持つ感覚の鋭敏化の操作についても大分ものにすることが出来た
ただ、未だに扱ないものもある
「”獣化”については、さっぱり使えないけどね…………」
「あれは特別さ。獣人の中でも”獣化”を完璧に扱えるのは極わずかだしね」
”獣化”、それは獣人族が持つ”獣血”を表へ出し、戦闘能力を向上させる技法だ
獣血の覚醒によって、それぞれが内へ宿す獣へと変身するのだが、使えたとしても、完全な獣の姿になる”完全獣化”を使うのが精々であり、その上の段階に獣化と人化の比率を調節しながら戦う技法もある
「私の場合、純血の獣人族でないことも影響してくるのかしら?」
「才能自体は眠っていると思うんだけど、こればっかしは時間をかけるしかないだろうね」
正直、今の自分がどの程度の強さなのかが分からいのが少し怖い
これから生きていく中で、魔族達との戦いは避けられないだろうし、今の家族を失いかねない
訓練を始めてから1ヶ月、流石に焦っていることは自覚している
しかし、何かに”追い立てられる”かのような感覚がどうしても拭えないのだ
幸せを手にしても、それを守り抜けなきゃ意味がないんだもの……………………
「それにしても、僕は君に領地運営の才能まであるとは思わなかったね」
「別に才能って言うほどのものじゃないわよ?」
最近、教養の授業を受ける傍らで、領地の運営にも携わっている
とはいっても、やったことと言えば組織を一つ作っただけだ
”聖狼協会”
名前はメリッサが考えてくれた。どうやら、ワーウォルフ家の家紋が”狼”であることにあやかってのものらしい
組織の概要は、組織に入った人達の職歴や適性を調べ、南東部の街の復興や各地域での農作業、自警団としての勤務などの業務を割り当てるといものだ
この組織の目的は、職を失った人々を救済し、困窮した経済を回復することと今の領地に住む人々の数と場所を把握し、管理することの2つ
職を失っていない人々の加入も促進するため、加入している人々にはとある恩恵を用意した
1つ目が、子供のアカデミーへの入学にかかる費用を免除すること
2つ目が、協会が福祉活動の一環で行っている炊き出しで得られる食料の増加、復興事業で新築された家への優先入居権などの特典だ
1つ目は、未来を担う世代での教育水準を落とさないための処置
2つ目は、領民の食糧事情の改善と人々の南東部地域への再入植の促進
この1ヶ月で様々な政策を実行してきた
皆が言うには、急な政策の強硬は反発を生むのではとのことだったが、今のこの状況で当てはまらない
人々の生活が困窮している以上に、人々には明日への希望が欠落していた
自分たちの国はもう駄目なのではなか?という不安を払拭するには、多少強行な手段であっても、こちら側が大きな動きを見せるのが効果的だ
それに、アカデミーの件や炊き出しの件なども、それを適用すべき領民の絶対数が戦争によって減少していたことから、想像以上に上手く機能している
皮肉なことだが、戦争で多くの命が失われたからこそ、今回のように1ヶ月という短期間で、これだけのことをなすことが出来たのだ
「状況を見て、適切な行動の取捨選択をしただけよ。前世でやってたっことと指して変わらないわ」
「何はともあれ、南部の安寧は約束されたようなものだね。ネックだった食糧問題も、養うべき人口に対して、農作物を作る側の土地も生産力も高いおかげで目をつむることが出来そうだ」
「中央南と南西部はそうでしょうけど、問題は南東部の再入植班のほうよ」
「食料以外の問題となると、やはり……………………」
「”魔族”どもよ……………………」
「南東部への入植が進めば進むほど、そのリスクは上がるだろうね」
「残党とは言え、今の再入植班の警護をやっている人たちは、あくまで”人間”を相手にするなら大丈夫って程度の代物だし……………………」
「それが出来る人材をそろえようにも、今の段階では1から養成するほかないもんね」
「それじゃ遅いのよ……………………」
自警団の強化に向けて、武具の生産設備や戦闘訓練の準備を整えようとはしているけど、再入植班の動向から判断するに、明らかに遅すぎる
子供たちへの剣術や魔法の講義は、あくまで自衛用のものであって、未来を担う彼らを戦力として考えるのは”論外”だ
「君が焦ってた要因はそれだね?」
痛いところを突かれた
「実戦はそう遠い話じゃない。なんなら、すぐそばまで迫っているわ」
「君の戦闘能力は既に実践レベルを遥かに超えていると思うよ?魔力を付与や細かな運用、体術や剣術、急ピッチではあったけど、今の君は十二分に強い」
「でも、肝心の実戦経験がゼロよ?」
「何事にも初めてはあるものさ。君の場合は、僕からのリアルタイムでのサポートもあるんだ。そこまで気負う必要はないと思うよ?」
「……………………ありがとうフィー」
実戦経験の話をしてはいるが、正直なところ、私は”怖い”のだ
いざ魔族が目の前に現れた時、訓練の様に飛び込めるのか?
恐怖を抑え込むことが出来るのか?
諦めない覚悟を固めていたはずなのに、いざとなれば恐怖を感じてしまう
なんとも、情けない話ね……………………
その夜はそのまま寝てしまった
訓練や他のことで疲労が蓄積していたというのもあるが、これ以上悩むことから逃げたかったからだった……………………
「お嬢様?起きていらっしゃいますか?」
ドアのノック音と共に、今日も私の日常が始まる
「えぇ、起きているわよ」
「失礼いたします、お嬢様」
お辞儀をして部屋へと入ってきたメリッサは、いつものように私の着替えの手伝いを始めた
「いつもありがとうね、メリッサ」
「とんでもございません、お嬢様にお仕えすることこそが我々の喜びなのですから」
メリッサ達はいつも私に優しく接してくれる
それは、ただ自分たちが使用人だからという理由ではでなく、純粋に私を思ってくれているからだ
「朝食が済みましたら、今日は協会の定期会議が入っております」
「中央と南西部は比較的落ち着いているけど、やっぱり南東部のことが争点になりそうね」
朝食を食べ進めながら、私は今日の会議について考えを巡らせていた
朝食は”白パン”と”シチュー”
シチューには”ジャガイモ”や”温野菜”が入っており、慎ましやかで落ち着いた朝食は、少し硬くなっていた私の心をほぐしてくれた
「……………………お嬢様」
何か悩むような顔をしながら、メリッサは私を呼んだ
「どうしたの?」
らしくない表情に違和感を覚えた私は、少し不安気味に尋ねた
「お嬢様、最近ご無理をなされてはいませんか?」
「なぜそう思うの?」
思いもしなかった質問に少し驚いた
「この1ヶ月、組織の立ち上げや維持管理体制の構築を急速に進めてまいりました。しかし、その全てはお嬢様が主導で進めてまいりました」
「私は皆の期待に応えたいだけよ?それに、私は辛いと思ったことはないわ。ことは順調に進んでいるし、皆も献身的に協力してくれる。むしろ、少し楽しいとさえ思っているわ」
「……………………本当でございますか?」
嘘ではない
組織の立ち上げ時に多少の不安はあったけど、実際にやってみると事業は成功し、上手く軌道にのってくれた
組織の管理・運営は、むしろ前世の知識が活かせるぶん、剣や魔法のことよりも気楽だった
「この1ヶ月、お嬢様の才能には驚愕させられてばかりでした。私どもは、それを支えようと必死にお仕えしてきましたが、本当に支え切れているのかが不安でした。むしろ、お嬢様に負担を…………」
「それ以上は駄目よ」
遮るように私は言い放った
「お嬢様?」
「私はあなた達が力不足だなんて思ったことは一度もないわ。今まで多くの場面で支えられてきたわ。私が父さんと母さんのことで正気を失った時のこと、組織を立ち上げて、ここまで事を進めてこれたことも、全てあなた達が傍で支えてくれたから出来たことよ?」
「我々はお役に立てておりますか?」
「当り前じゃない?」
「…………ありがとうございます」
涙を拭くメリッサを横目に、朝食を食べ終えた私は、椅子から降りてメリッサに言った
「行きましょうメリッサ、私にはあなたが必要よ」
「ありがとうございますお嬢様。これからも、誠心誠意お仕えさせて頂きます!」
朝食を終え、私はメリッサと二人で屋敷の会議室へと歩を進めた
今回の議論の争点は南東地域、この地域の問題に対処する方法は現状1つしかない
また、皆を心配させてしまうけど、こればかりは避けては通れないわ。こればかりは、私にしかできないことだもの…………いえ、現状を考えるなら、私がやって”こそ”意味があるというべきかもしれないわね……………………
ある決断を胸に会議へと臨むヨセフカ
魔族の脅威が今も残る南東地域の対処は、ただ1つの問題を解決するというレベルの話ではない
今の彼女には”決断”と”覚悟”が求められている
10歳の女の子としてではなく、英雄の”責任”を継ぐ者としての覚悟が…………