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~傲慢な魂と愉快な魂神~

 目が覚めた時、私は一面が白い霧で包まれたような空間にいて、目の前には、低身長で白髪の少年が立っていた。目の色は紫、あたかも物語の中にでも出てきそうな”人間離れした”容姿だった。


 「姫川 霞」


 初対面であるはずの少年は、いきなり私のフルネームを呼んで見せた。


 「あ、あの、君は一体…………?」


 「医療品メーカー研究部門勤務の元OL、大学2年時に唯一の肉親であった祖母が他界、その後は、大学院卒業まで一人暮らし…………」


 「ちょ、ちょっと!!」


 人の嫌な過去も含め、自身の過去をつらつらと並べていく少年に怒りを覚えた私は、つい声を張り上げたが、それを遮るように、少年は力強く言い放った。


 「”享年”38歳、死因は”事故死”だね」


 「きょう…………ねん…………?」


 「死後の空間へようこそ姫川 霞!僕はここで”魂の管理”を行っている者さ!君たちで言うところの神様みたいなモノだと思って気楽に接してくれたまえよ!!」


 「私が…………死んだ…………?」


 あまりの衝撃に、私は頭の理解が追い付かなかった。


 「おや?意識が覚醒したばかりで思い出せないかい?自分の”最後”をさ」


 少年の言葉に呼応するかのように、私は頭の中の霧が消えていくような感覚と血の気が引いていくような感覚の2つに襲われた。


 「そうだわ、思い出した…………」


 体温の全てが奪い去られるかのような感覚と共に、最後の記憶が頭の中を駆け巡った。


 「仕事からの帰り途中の横断歩道で、私は…………」


 「飲酒運転の中型車が突っ込んできたんだよ。無事に思い出したみたいだね?」


 「…………」


 不思議と”悲しみ”や”否定”の感情は沸いてこなかった。

 ただただ、”虚無感”だけが体と心を満たしていくような感覚、捨て鉢になるとは、こういう感覚なのだろうか?


 「虚無感に打ちひしがれているところ悪いんだけどさ、君に聞きたいことがあるんだけど?」


 「…………何?」


 もう、何もかもがどうでもいい。

 積み上げてきた思い出や経験も、文字通り全てが終わってしまったんだ。

 今更…………


 「どうして”自殺”を選ばなかったんだい?」


 「え…………?」


 瞬間、虚無感で満たされていたはずの心に、一本の釘を打たれたかのような衝撃が走った。


 「メーカーに入社してから約2年後に結婚し、1年後には娘を出産するも、2歳を迎えたあたりで病死、その2年後には、夫も出張先での事故により他界した。少なくとも、僕が見てきた同じ境遇の人間たちは、全員が後を追うように”自殺”を選んだ。なのに君は、な・ぜ・か”そちら側”を選ばなかった。どうしてだい?」


 心臓を掴まれているような酷い気分、心の中を無作為にかきむしられているような感覚の中で、私の口から出た答えは…………


 「怖くて、足がすくんだだけよ…………」


 「それだけかい?」


 さっきからそうだ、この子供が発する言葉の一つ一つが突き刺さって、私の心をどうしようもなく逆立ててくる。


 「私は…………」


 目の前の子供は他人だ。神であろうと何だろうと、ここで初めて会った存在だ。言うことなんか無視して、塞ぎ込んで、諦めてしまっても良いはずだ。

 なのに、この子を前にして、この子の言葉に当てられていると、心の中を無理にのぞかれているようで、いらぬことまで口から出てしまう。


 「死ぬことも、切り替えて新しい人生を歩むのも怖かったから、目的もなくずるずると生き続けて!結局はこんな終わり方にしかならなかったのよ!何か文句ある!?」


 自分の中で、諦めと共に無視していた思いが溢れていった。

 相手は親しかった友人でもなければ、肉親でもない。だというのに、なぜこんなにも透いたような気持ちなのだろうか…………。


 「いや、むしろ今はそれの方が良い」


 「どいう意味よ?」


 少年は軽く笑みを浮かべると、唐突に話を切り出してきた。


 「さて、回り道はこれくらいで十分だね!これ以上は、ただの蛇足だ!」


 彼がそう言い放った瞬間、周りの霧が晴れ、周りには暗黒の空間が広がっていた。周りには星のようなモノたち瞬いていて、まるで星空を連想させる光景だった。


 「これは!?」


 あっけに取られる私をよそに、彼は話を切り出してきた。


 「さて、姫川 霞!今から君には、魔力溢れる異世界に転生してもらう!!」


 「……………………どうして私なの?」


 この返しを予想していなかったのか、彼は疑問符のついたような顔で私に言った


 「おや?大学生時代にそういう漫画やアニメにご執心だった君なら喜んでくれると思ったのだがね」


 人のオタク活動に至るまで調べ上げていることについては、この際気にしないとして、私は既に30を過ぎた社会人だ

 今更、子供が思い描くような夢や理想に一喜一憂するような気分にはなれないし、まして、あの人とあの子のいない世界で何をしろというんだ…………


 「さっき、自分を選んだ理由について聞いたよね?」


 彼は、私から数歩ばかり距離を取ると、私に指を指しながら言い放った。


 「理由は、君が異様なまでの執着心の持ち主だからさ!!」


 「しゅ、執着心?」


 「君は言ったね?怖かったから何もできす、変われず、ただただ、無駄に生き続けただけだと。でもね、君が無駄な時間と言った期間の君の人生は、僕には違うように見えたんだよ」


 違うように見えた?明確な目的もなく、まるで逃避のように過ごした”あの期間”が無駄な足掻きじゃないなら一体何なのよ?

 無駄な逃避以外にあるわけが…………


 「”怒り”の発露」


 「!?」


 一瞬、心臓を掴まれたような感覚に襲われた。


 「死ぬことで楽になろうとした。でも、行き場のない怒りがそれを許さなかっただろ?納得いかない、どうして自分がこんな目に、という具合かな?」


 否定したかった。そんなことはない、あれはただの臆病者の現実逃避だったのだと…………

 でも、その言葉が出てこなかった。下唇を噛み、顔を歪ませることしかできなかった。

 

 「一つ聞かせて」


 「何だい?」


 振り絞るように出た言葉は、滑稽なくらいに未練がましく、自分でも嫌になるようなものだった。


 「もし、私が転生したとして、そこで私は”幸せ”になれるの?」


 なんとも抽象的で、人任せな質問、夫も子供も失い、あまつさえ、自分の命さえ失われた。

 もう十分だと切り捨て、ただ死を受け入れることが、普通の人間にとっては分相応のはずなのに、私はどうしてこんなにも…………


 ”()()”なんだろうか


 「それは”君次第”だね。転生すれば、君は膨大な力を持つことになる。それは、前世の君の常識から逸脱した比類ないものだ。でも、それを使うのは君自身だ。大切なものを掴めるのか、掴んだ幸せを守り、それを享受できるのかは、全て君次第さ」


 あまりに無責任、不確定な要素があまりに多い、同じ結末なぞるだけの可能性も十分に考えられる。

 でも、やっぱり私は、このまま諦めたくない!

 今まで必死に生きてきた、報われたって良いはずだ!

 こんな惨めな結末で終わっていい訳がない!いくら”傲慢”な決断だとしても、私は…………


 「その提案に乗るわ。傲慢だろうとなんだろうと、私はこのままじゃ終われない!」


 「素晴らしい!君ならそう言ってくれると思っていたよ‼」


 その時の彼は、まるで、親におねだりが聞き入れて貰えた子供かのようにはしゃいでいた。


 「でも、少し不安ね…………」


 「何がだい?」


 「私は、もう30を過ぎた大人よ?そんな私が、今になって魔法やモンスター溢れるファンタジー世界に馴染めるかどうか…………」


 「あぁ!その事なら心配はいらないさ!二つほど対策は打ってあるから!」


 自身満々な顔で彼は言い放った。


 「対策って?」


 「まず、君には、僕の精神的な複製体をガイド役としてつけるよ。転生した世界や国、君自身の状況、君がこれから何をしていくべきかについてアドバイスしてくれる。まぁ、マスコットか何かだと思ってくれればいいよ!」


 「随分と親切ね」


 確かにそれはありがたい

 転生した後に、いちいち情勢についての情報を集める時間が省けるし、魔法やその世界の基本的な価値観についての情報も楽に得ることが出来そうね。


 「それで、二つ目の対策は?」


 「これは、僕が何かするってわけじゃないんだが、君は赤子の状態で転生するわけじゃなくて、9歳の女の子の体に転生することになるんだ」


 「それって、9歳になったら前世の記憶を思い出すってこと?」


 「いや、もともと魂が入った体に対して、君の魂が上書きするような形で転生することになる」


 既に魂があるところに上書きってことは、まさか…………


 「ちょ、ちょっと待って!上書きってことは、元からその子の中にある人格はどうなるの!?」


 上書きということは、元の人格は塗りつぶされ消滅するはずよね?

 それは流石に…………


 「人格の消滅とかを気に病んでいるのなら、その必要はないと言っておこう」


 「どいう意味?」


 「君が転生する予定の少女の心は、既に壊れているんだよ。精神的なショックによって人格は散逸し、記憶と断片的な感情だけが残った抜け殻、君の世界で例えるなら”植物人間”といった状態に近いかな?」


 「どうして、そんな子供を選んだの?」


 「魂というのはガラス細工のように繊細でね。精神的に波長の合う魂同士でないと、上手く融合せずに、異物として消滅することになる」


 「そ、それなら!!」


 私は声を荒げたが、それを遮るように少年は言った。


 「純粋無垢な赤子であれば、精神波長の問題は関係ないのではと言いたいのかな?」


 「な!?」


 「君の世界にあった転生ものの話には、異世界で赤子からやり直すという展開が非常に多いよね?でもね、魂を詳しく扱うこっちからすると、勘違いも良いところなんだよ?」


 「勘違い?」


 「魂っていうのは、繊細かつ高度に洗練された記憶装置でもある。純粋無垢な赤子だとしても、それはあくまで、本人の人格が未発達というだけ。生んでくれた両親からの才能や記憶の断片は、生まれた瞬間から、その子の中に刻まれているんんだよ」


 「まさか…………」


 「そのまさかさ。生まれた瞬間から持つ記憶の断片や才能は、その子の精神に大きな影響を与える。故に赤子といえど、一人一人で精神波長は違うんだ」


 精神的なショック、今の私と魂の波長が合う境遇、まさか…………


 「その子が精神崩壊を起こした原因って…………」


 「君と同じく、大切な人を失ったためだよ。魔族っていう人間を害する存在との戦争によって死去している。君が転生するタイミングは、そのショックによって精神が崩壊し、自室で療養し始めて1週間がたったころになっている」


 「いくら波長が合うからって、そんな状態の少女の体を奪って転生だなんて、あまりにも…………」


 「勘違いがあるようだから正しておこう」


 うつむく私の顔を下から覗き込むように腰を下ろした彼は、今までとは違った真剣な顔で話を進めた。


 「これはね、公平な”ギブアンドテイク”ってやつだよ?」


 「どいうこと?」


 「その少女の精神は、確かに崩壊状態だ。でも、まだ生きていたいという意志は消えていないんだよ。心の底では生きたいと望む一方で、悲劇によって崩壊した魂がそれを許さない。少女は生きるための魂、君は転生してやり直すための肉体を欲している。故に君の転生は”100%”成功する」


 「…………」


 言いくるめられているような感覚もあるけれど、既に決断は済ませている

 今は、彼の言った通りに考えることにしよう

 私には、今度こそ成し遂げたいことがあるのだから…………


 「分かったわ、その条件での転生を受け入れる」


 「分かってくれて良かったよ!」


 再び子供らしい表情に戻った彼は、立ち上がって後ろを向いた


 「では!物語を始めよう!!」


 彼がそう言うと、目の前には巨大な扉が現れ、少しずつ開き始めた。中からは、眼が眩むほどの激しい光が漏れていた。


 「これは、やり直しの物語!傲慢と知りながら、それでも望みを突き通さんとする挑戦者(まじょ)の物語!!さぁ、幕はここに上がった!物語の0ページ目はこれにて終しまい!今ここに、最初の1ページ目を!!」


 彼の言葉が終わるのに呼応して、巨大な扉は完全に開放された。中の膨大な光に包まれた私の意識は、一旦そこで途切れた。


 『今度こそ、納得のいく人生を歩んでみせる!理不尽によって奪われるのは、もうたくさんだ!!



 


 少年が提示した転生を受け入れ、物語の幕は開かれた。転生した世界で彼女は、何を選択し、それが何をもたらすのか?ただ、一つ言えることがあるとすれば、彼女には、もはや”枷”が存在しない。人は皆、諦めという”枷”が増えるごとに心が成熟し、大人になっていく。分別を知り、身の丈を自覚し、周りと同化し、社会の一員となるのだ。

 それは、よく言えば成長、悪く言えば可能性の衰退と言える。そんな”枷”の外された人間はどうなるのか?少なくとも、平凡な人生にならないとだけ言える。良い意味でも、悪い意味でも…………

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