~抱擁~
公然と名乗りを上げたもう一人の獣娘、彼女の目的は何なのか?そして、戦いの末に彼女が得るモノとは?
紅き瞳に穿たれながら、彼は答えの出ない問いに苦悩していた
(”私達”....................やはり、こいつの中には二つの魂が同時に存在している。しかも、どちらも”精神”が確立した状態でだ。在り得ない、異なる精神の混在など、人格の混濁と崩壊を招くのみの筈だ。なのに奴には、その欠片も見えない。なぜ、精神同士が食い合わない?それどころか、あれは”一つ”に交わろうとさえしていた。奴は一体....................)
「精神の食い合いによる”人格崩壊”、魂を研究し続けただけあって、本当に色々な事を知っているのね」
「なっ!?」
(先ほどもあったが、なぜ彼女にこちらの思考が!?)
魔剣を鞘に納め、彼女は冷たい眼で彼に言い放つ
「悪いけど、丁寧に講義を開く義理なんて無いの。だから....................」
その言葉と共に、彼女の右手に魔力が集中する。次の攻撃に警戒するエルフの思考は、次の光景を前に停止した
(放出された魔力がどんどん形をとって.................あれは、弓か……?)
手から放出され、霧散すると思わた魔力は、次第に明確な形をとっていき、それはやがて”弓”の形へと収束した。結晶化ではない。純粋なエネルギーとしての状態を保ったまま”明確な形”を成している。追いつかぬエルフの思考をよそに、彼女はその弓を彼へと構える。右の持ち手に左手をあてがうと、左手に魔力がした。そして、矢を引く要領で左手を動かしていくと、それに合わせるように、左手の先から魔力によって形作られた矢が現れて行く
「なんだ.................それは.................?」
正しくそれは、限界まで引き絞られた弓矢であった。ただ、それが常識の範疇と異なっていたのは、それらすべてが”純粋な魔力”によって模られていた点だった。構えられた弓矢というのは、相手を定め、打つまでが当然の流れ。それに従い、彼女も引き絞った矢から左手を放し、見事な音と共にに打ち放った
凄まじい魔力を内包し、目の前から迫る”魔力の矢”を認識しつつも、理解が追いつかぬ彼には、それが現実であるという実感が無かった。だが、現実は無情なモノで、矢は確かに彼の”溝内”に着弾し、否応なしに”それ”が現実であると彼に叩きつける。魔剣から放たれた魔力の奔流以上に”痛烈”で”重い”一撃が彼を襲い、衝撃と共に壁へと叩きつける
「何度目だ……壁に叩きつけられるのは.................?」
半ば現実逃避にように思考を許さぬかのように彼女の声が響く
「呆けている暇なんてあるのかしらっ!!」
再び、先程と同じ音が室内に響く
「くっ!!」
迫りくる魔力の矢を前に、彼は思考を止め、壁を抜け出し、右へと回避する。矢が着弾した壁には何よりも大きなクレーターが作られ、その一撃の脅威を物語っていた
「さぁ!精々、逃げ回りながら考えなさいっ!優秀な研究者なのでしょうっ!?」
一射、二射と放たれる魔力の矢に対し、確実に彼は回避を重ね、何とか距離を詰めていく。脚に魔力を収束させ続け、矢が放たれるのに呼応して踏み込み、矢を避ける。既に限界が来ている体は、その一動作ごとに悲鳴を上げ、彼に痛みを返し続ける
(体が軋むっ!脚もいつ砕けても不思議ではないっ!だが.................っ!!)
ようやく射程距離まで近づいた瞬間、彼は彼女の懐へと跳躍し、弓が引き切られるよりも速く右拳を振るう
(このタイミングなら、矢を放つよりこちらの拳の方がっ!!)
軋む体を顧みずに加えられた攻撃に彼女は笑みを浮かべる
「良い切り替えの速さね」
その言葉と共に拳は空を切る。だが、彼女は後ろや左右に避けた訳では無かった。まるで右拳の軌道に合わせるが如く、彼女も時計回りの軌道で彼の背後へと回り、その隙に引き切られた矢は、無慈悲に彼の背中へ直撃する。今度は壁への距離が遠かったお陰か、前方の床へと投げ出された。投げ出され、まるでボロ雑巾のように床へと倒れ伏した彼は、痛みが全身を襲っているにも関わらず、ここまでの事を改めて振り返っていた
(在り得ないことばかりだ。本来は霧散する筈の魔力が弓の形を成し、魔力によって作られた矢で攻撃された。矢は凄まじい魔力の量の密度で構成され、弓から放たれると、追加で魔力を纏うだけでなく、凄まじい加速と共に襲い掛かってくる。そして、先程の動き……あれは踏み込みによる物理的な移動では無かった。脚に集中された魔力が奴の足元で足場のように広がり、まるで”意思”を持ったかのように高速でこちらの背後に回ってきた。奴はそれに乗って動いていた)
他人から聞いていれば正気を疑うような内容に、ある考えが彼の心に去来した
(あれは魔力の操作ではない。あれは操作とは異質なモノ.................あれではまるで、魔力の.................『隷属』だ…….................)
「正解よ」
「やはり.................こちらの思考を.................くっ……!!」
途切れかけの声を絞り出し、何とか立ち上がろうとするも、再び床へと倒れ伏した
「私に刻まれた魔法は対象の『隷属』よ。対象の条件は、私が”知覚”し、”形在るモノとして触れらる”ものであること。意思無きモノ、意思弱きモノなら、触れずとも、一瞥しただけで魔法の影響下よ」
「ふっ、母の魔法が……可愛く思えるな.................」
(魔法とは、自身にとって死にも等しい体験を引き金として、自身の最も根源的な”欲”を基盤に刻まれる。こいつほどの経験をした者が目覚めていないなど在り得ないことだったのだ。きっと、あの女の影に怯えていたが故に、無意識に思考から外していたのだな.................)
「法外に思えるでしょう?でもね、この魔法には”欠点”があったの」
(馬鹿な.................まるで地獄の魔王が宿していそうな”その魔法”のどこに欠点など.................)
「知覚できていないモノを知り、触れられぬモノを触れられるようにする。私の魔法にこの効果は無かったのよ.................」
「まさか.................」
背筋が凍った。奴の言葉が真実ならば、私は奴にとっての.................
「知らぬことは”学ぶ”しかない。まさに道理よね?だから、私もそれに習うことにしたの」
「ここに至るまでの全て.................私が自身で立てたと思っていた事は.................」
「あなたが仕掛けた事の全ては、私の為に利用させて貰った。あなたを憎んではいるけど、ここまで思う通りに動いてくれたし、多少は感謝してもいるわ。あなたのお陰で、私の力は”絶対”へと一歩近づいた」
話はこうだ。奴の魔法は、私のそれのように、知覚できなかった魂を知覚可能にする力は無かった。故に奴は、魂の存在を知る為、私の魔法を利用しようと考えた。戦いの末、あえて作り出した隙を餌に、私が魔法を使うように誘導した。そして、僅か数秒ではあったが、私が奴の魂に触れたことで、魂同士は繋がってしまった。その感覚を頼りに奴は、魂の存在を知覚し、形在るモノとして認識することで、魂を魔法の”効果対象”に組み込んだのだ.................
「生命を構成する三大要素は”魂”、”肉体”、”精神”の3つ。肉体は、元から魔法の対象内だった。生命の核心たる”魂”も、今では私の射程圏内となった。精神は、肉体と魂を繋ぐ硬い鎖ではあるけど、魔力の奔流でもって十分に押し流せる。一度でも精神による守護を破り、肉体と魂を隷属下に入れてしまえば、精神は寄る辺を失い、内から霧散し、消え失せる。あなたがやっていた”魂の純化”では、精神を消し切ることは出来なかったけど、私なら造作もないことよ」
彼女が自身の力を悠々と解説する最中、彼は倒れ伏した状態から戻ることが出来なかった。これは”諦め”から来るものではなく、彼の意思ではないモノが彼を捉えていた為だった
(体がまともに動かない。魔力も最低限は体を流れているが、ただそれだけだ。自身の体であるはずなのに、何一つ自由が利かない!まさか、これが奴の?)
「数秒とは言え、あなたは私の魂に触れた。ましてや、肉体を離れ、魂という、より無防備な状態で触れてしまった。支配しない方が難しいくらいよ?」
紅い瞳が自身を穿つ、この場から逃げ出したいと必死に思っても、肉体は反応しない。まるで、他人の肉体に、精神だけが薄く張り付いているような感覚だった。自身の肉体であったはずなのに、今や”異物”とさえ感じられてしまう。果てしないほどに恐ろしく、異質な感覚だった
「自身の”魂”を握られる感覚はどう?自身の意思がはっきりしているのに、全く自由が利かない。魂は隷属され、それに連なる肉体も自由を奪われた。唯一残った精神も、私が思いさえすれば、今すぐ消滅させることも出来るわよ?」
何もかも異質すぎる経験だった。怖い筈なのに、逃げ出してしまいたい筈なのに、体は微動だにせず、汗一つ出てこない
「くっ!?」
倒れ伏していた体へ急に力が入る。体の節々に痛みが走るが、体はそれが無いかのように起き上がった。両膝を着き、両腕は力なくしな垂れ、顔は奴を正面から見れる位置で固定された
「今なら、その精神を消滅させて終わらせることも、この状態のまま切り殺して終わらせることも出来る。でも、そんな最後は、あなたには”贅沢”すぎる。他を利用し、弄び、その果てに祖国まで滅亡させた。そんなあなたには、こういう最後が相応しいんじゃない?」
奴は私の目の前まで歩み寄り、その左手を私の顔にかざした
「ま、まさかっ!?」
全てを察してしまった。私が散々やりつくしてきた事を奴はしようとしている。恐怖の感情が湧き上がってくる。逃げたくて堪らない。だが、私の肉体は微動だにしない。そんな現実が、私の心を更に追い詰めていく
「よ、よせっ!」
「魂が引きづり出され、その過程で、精神が擦り切れて消滅する。あなたの反応を見るに、どうやら普通に死ぬより恐ろしいみたいね.................」
私の中の恐怖が臨界に達する直前、奴は最後の言葉を言い放った
「やる価値十分ってことねっ!!」
奴の左手が私の顔を掴んだ
「よせぇぇぇぇぇぇぇっ!!」
部屋に轟いた絶叫はあっけなく消え、目の前には、虚ろな目を残した”抜け殻”だけが残った
「はっ、終わってしまえば、随分とあっけないモノだったわね。とはいっても.................」
自身の左手を見つめる彼女は、取ってしまった魂の処遇について悩んでいた
「自身に取り込もうにも、そも私達の魂が融合の途中で不可能。捨てるには余りに惜しいし、どうしたものかしらね.................」
魂の活用法について悩む中、彼女は懐に閉まっていた”指輪”を取り出し、笑みを浮かべる
「ふふっ、ここに丁度いいモノがあるじゃないの。魂が万全になるまでは使えないけど、ひとまずの置き場には最適そうね」
そう言うと、彼女が持った指輪に青白い炎が灯った。指輪に収束される魔力に乗り、魂は指輪の中へと導かれる。届いた魂は、指輪内の他の魂と融合、その特性を維持したまま、完全な一つの魂へと整形されていく
「よし、魂の整形は完了ね。魔法で隷属化に置いてしまえば、残留した精神は消し飛び、魂同士を容易に一つへ融合させられる。やっぱり、ここで魂について学べたのは大きな収穫だったわね」
『.................』
『さて、用も済んだし、戻る前に少しお話しましょうか?』
『.................気付いていたんだね、ヨセフカ。いや、元々のヨセフカって言った方が良いかな?』
『普通にヨセフカで良いわよ?どうせ、いづれ”一つ”になるんだから』
『どうして、今まで出て来なかったんだい?』
『なぜって、それは必要が無かったからよ。子供の方の私が表よりも、大人として”冷静な私”が表でいる方が何かと上手くいくと思ったの。実際、全て順調に進んでくれた。これからも、表に出る方は変わらないわ』
『正直、元の君の人格は、既に統合されたモノだと思っていた。まさか、こんな事になるとは.................』
『もしかして、何か負い目でも感じているの?』
『もとは君の体だ。想定では、転生と同時に精神は一つに混ざり切るものだ考えてた。でも実際は.................』
『あなた、何か勘違いしているわよ?』
『え?』
『普段から表に出ている私も”ヨセフカ”だし、今こうして話している私も”ヨセフカ”よ。まだ”私達”ではあるけど、それも”時間”と”出会い”がいづれ解決してくれる』
『君は、本当にそれで良いのかい?』
『勿論よ。私たちの願いは”1つ”だけ、お互いは同じ方向を向いている。”精神”も”力”も、いづれ”完璧な1”へと収束する。そして、私が望むモノへの道は、より盤石なモノになる。これのどこに不満があるのかしら?』
『表の君には、今の君の事は.................』
『察してくれていると思うけど、ここでの会話も出来事も忘れて頂戴。今の私という存在は、道には不要なの。下手に意識されると、計画が狂いかねない。それはとても困ることなの』
『分かった。僕は”ヨセフカ”の案内人だ。表でも裏でも、君の願いなら叶えるのが僕の役割だ』
「さて.................」
瞬間、彼女は抜け殻となった筈のモノを切り裂いた
『何を!?』
「私は、意識が途切れる前の一撃で、奴に致命傷を入れた。でも、魔力運用の負荷により、一時的に意識が失われた」
『あぁ、そいうことか.................』
「それじゃぁ、これからもよろしくね、フィー.................」
紅く燃えるような瞳が青く澄んだ瞳へと戻り、その体は、優しく床へと垂れ伏した
~約10分後~
「うぅ.................」
途切れていた意識が戻り、ぼやけていた視界も次第に明朗さを取り戻していく
「はっ!? 私は何を!? や、奴はどうなって.................」
瞬時に立ち上がり、魔剣に手を掛けながら周りを見回すと、最初に視界へ飛び込んで来たのは、かのエルフの倒れ伏した姿だった。胸には大きな切り傷、正面の床には、失血死するには十分な血が広がっていた
「し、死んでいる?これは一体....................」
まだ霞ががった思考を回転させ、記憶を掘り起こす
『ヨセフカ、無事に目が覚めたんだね!』
「フィー、私は一体....................」
『最後に切りかかった時の事を覚えているかい?あの一撃で奴に致命傷を与えた後の事だ。慣れない魔力操作による負荷のせいか、君は意識を失ったんだ』
「まさか、記憶が混濁する程まで無理をしていたとはね....................」
改めて息を整え、状況を整理する
「何はともあれ、これで終わりね。あとは....................」
その場を後にしようとした時だった。懐に違和感があることに気付いた彼女は、懐から銀の指輪を取り出した
「銀の指輪?」
(指輪に埋め込まれた銀白色の宝石に、全体の細かな装飾と銀の光沢、中々の一品ね....................)
無意識だったのか、彼女はその指輪を左手の人差し指へと滑り込ませた
「んっ!?」
瞬間、頭の中へと情報が流れた。見知らぬエルフたちの姿、中央に台座があり、そこに一際大きな銀白色の宝石が安置された部屋、そして、透明な推奨へと伸ばされる手....................
「い、今のは....................何なの?」
情報の濁流によって押し流されるように指輪を外した
(この指輪は確か....................奴を左手の指ごと叩き切った時、砕けた装甲内から出てきた....................)
定まらないながらも、何とか記憶をたどる中、指輪の正体について彼女は考えていた
「この指輪、魂が入れられている?もしかして、奴自身と魂かしら?だとすると、今のは奴の記憶?」
再び指輪に目を落とすも、指にはめることはなく、そのまま懐へと戻し、この部屋を後にした。部屋の突き当りまで行くと、入ってきた時と同じ形状の重々しい扉があり、そこを開けると、また大きな部屋が姿を現した
(ここも実験場?それにしては、さっき見たのとは雰囲気が....................)
そこは、円状のガラスによって仕切られた二重の円形構造を持つ部屋だった。ガラスの内側には、白い床、中央には台座とそこに安置された銀白色の宝石。外側は、各所に書斎のようなスペースがあり、大量の書類が部屋中に散乱している。殆ど片づけがされていない様子だった
(ガラスの向こうにある光景、指輪を付けた時に見えた景色と瓜二つね。この感じ、ここは一際重要な研究でもしていたのかしら?)
『ヨセフカ、部屋の左奥、あそこの書斎の机の上に何かある。あれは、少し大きな水晶かな?』
フィーの言葉に従い、部屋の左奥の書斎スペースに近づくと、机の上に水晶が置かれていた。サイズは、掌で十分に持てる程のモノだった
「これは…………」
警戒しつつも、水晶を手に取ろうと触れた瞬間、視界に移る景色が変わった
「ま、マイクっ!?」
『ど、どうしたんだい!?』
「水晶に触れた瞬間、マイクと他の団員の姿が見えたの」
『マイク達と言えば、今はミスリルの捜索に当たっているはずじゃ....................』
「違う場所を見れる....................まさか、これってっ!?」
再び水晶へと触れる。今度はしっかりと魔力を込めた状態で....................
(この景色、鉱山かしら?皆はどこに....................)
団員達を思って魔力を込めると、景色は再度切り替わり、印の付いた地図を手に皆を先導するマイクの姿が映る。丁度、先程見えた鉱山の入り口付近に到着したようで、班を分け、周辺の探索を開始する様子がはっきりと見えた
『ヨセフカ、これってもしかして....................』
「間違いない。母さんが作ったっていう魔道具....................」
”パランティア”、それはかつて、アリス・ワーウォルフによって製作された魔道具の一つであり、魔力を持って触れることで、その場からは見えない場所を当人に見せるというモノ。魔力を込める量次第で、より遠くを、より正確に視ることが可能となっている。しかも、莫大な魔力を持つ者であれば、未来の光景まで視ることさえ可能な代物となっており、唯一作られた現物は、エルフ国の宝物として保管されていると表向きでは知られている
「なるほど、これのお陰で、私たちの位置が分かっていたのね。母さんと父さんを奪った挙句、その遺品までっ!」
再度怒りが再燃するが、既に済んだことであると自分に言い聞かせ、感情を抑えた
『ヨセフカ、その遺品は?』
「エルフ国には悪いけど、貴重な遺品であり、これらからのヘスティアにとって有用なモノよ。回収させて貰いましょう」
羽織ったマントの内ポケットへとパランティアを入れ、その場を後にしようとしたが、視線の端に移り込んだタイトルに気付くと、咄嗟にそれへと手を伸ばした
「魂と魔力による人工生命の創造....................」
『このタイトルの書類があるってことは.................』
「パランティアが置かれていたこの書斎、おそらくは奴のスペースだったんでしょうね。そして、これがここにあるってことは、ここでの研究内容は.................」
『人工生命の創造。じゃぁ、ガラスの向こうにある水晶って.................』
「悍ましい実験の成果物か、その過程の試作品ってとこかしらね。少し、中身を読んでみましょう。あれに対処するのは、その後にしましょう」
”魂と魔力による人工生命の創造”
私が魂に魅入られてから、それなりの時間と研究成果が積み重ねられてきた。その過程で、私は願望に目覚めた。魂と莫大な魔力さえあれば、生命を生み出せるのでは?と。実際、魔族どもの肉体は、見た目こそ血が通った立派な肉体だが、上位を更に超えた存在になると、肉体の損傷を魔力を糧に直す。腕が飛ぼうが、心臓を潰されようが、魔力が尽きるか、魂そのものを破壊しない限り、死ぬことはないのだ。ならば、魂と魔力のみで生命を作ることも理論上は可能なはずだ。作り出してみたい。これほどの偉業であれば、あの女とて超えることは出来ない筈だ。
この実験に当たって、今までとは違う魂の入れ物を作ることにした。ミスリルと魔石から作った結晶で、中身を空洞にした。その中身には、微細に砕いた結晶を混ぜた精製水を満たした。魂の保存は問題なく、今後はこの容器に魂を入れ、様々な実験を実施していく予定だ。
~最初の項から少し先~
多くの実験を重ねた結果、いくつか分かったことがあった。まず、ヒトの魂のみでは、いくら純化させ、一つの強大な魂を生み出し、高濃度の魔力を作用させ続けようが変化は見られなかった。魔族の魂のみの場合でも、これは同様だった。
対して、魔族の魂と人間の魂による実験では、上位以上の魂でかつ、特に人間の子供の魂を混ぜた際に大きな変化が見られた。高濃度の魔力を作用させた結果、約1週間で、ミスリル水晶の中でヒト型らしき姿の何かが形成された。だが、その形成は途中でとまった。2週間まで経過を観察後、水晶内から形成物を取り出し、解析を行った。見た目は人間の胎児にも似ていたが、顔を骨格や手足の先の形状が歪であり、内部の臓器も形成が不十分であった
~更にその先の項~
形成物が確認されて以降、魂の種類を変えつつ、形成物の法則について探った。どうやら、人間では、5歳以下の子供の魂。魔族では、上位であり、その姿が人に近い姿をした種族の魂ほど、形成されるモノの完成度は上がっていった。ある時、魔将の魂を採取することに成功した。早速、子供の魂と融合させ、魔力を作用させた。だが、いつもは形成が始まる時間が経過しても、何も形成されることはなかった。試しに、子供の魂を更に追加すると共に、人間の魔剣士であった者の魂を融合させた。すると、形成は一気に進み、1週間もすると、今までで最も完成度の高いモノが出来た。しかも、その被検体は、水晶から出して少しの間は”息”をしていたのだ。出して十数分後には息を引き取ったが、今までとは比べ物にならない成果だった。
今回のことから、子供の魂の数に加えて、魔力を扱える人間の魂が有効であることが分かった。今後はこの知見を基に、更なる実験を進める予定だ。
~更に先の項~
今回は今までに無い素材を手にすることが出来た。魔神の魂を入手したのだ。2体のうちの片割れであり、戦っていた英雄 2 人の魂を回収できなかったのは心残りだが、比較にならない素材であることは確かだ。ある限りの魂を使い、これで実験を成功させれば、今度こそ完璧な生命を想像できるやもしれない。
~最後の項、ここは走り書きの様になっている~
魔神の魂を軽んじていた。大量の子供の魂、複数人の魔剣士の魂を合わせ、魔力を作用させた結果、形成物自体は作られた。水晶越しに形成物を確認させようとした時だった。水晶から緑色の光が発せられた。次の瞬間、水晶を中心に何体もの幽鬼が現れた。近くにいた職員が襲われ、その職員も幽鬼となり、その数を増やし続けた.................
私がこの国から逃げ出し、1週間の時が過ぎた。戻った祖国は見る影もなく、廃墟同然だった。幽鬼どもの姿は見えず、研究所へもすんなりと戻ることが出来た。ここも変わりなく、設備は十全に使える状態を保っていた。元凶たる水晶は、今はおとなしいモノだ。近くに行き、水晶の中を確認しようと試みたが、中は曇りががっており、確認することは出来なかった。これを制御するには、もっと強大な魂が必要だ。もしあの時、英雄の片割れの魂だけでも回収できていれば.................いや、過ぎたこと考えても仕方がない。何とか、より強大な魂を.................
ページを閉じたヨセフカ、額に指を当て、息を整えていた
『だ、大丈夫かい?』
「怒りよりも、気色の悪さが勝ったわ。外道だと予想は着いていたけど、これは余りにも.................」
「フィー、幽鬼の活動が止まったのは.................」
『魔法は本人の意思によるもの、それが止まったって事は.................』
「本当に惨いわね.................」
(魔族の魂が混ざっていようと、無垢な命なのは変わらない。可哀想に.................)
書類を机に置き、入り口からガラスの向こう側へと脚を踏み入れ、水晶の前まで歩み寄る。魔剣には手を掛けず、左手で水晶に触れ、一点に魔力を流す。水晶内に魔力の乱流を送り込み、ヒビを入れ、中の子を取り出すのに十分な範囲だけを壊す算段だった
(せめて、丁寧に弔ってあげるくらいは.................)
魔力を送り始めた直後の事だった、微かにだが、確かに”鼓動”が聞こえた
「今のは?」
魔力の込める量をより一点に集中すると、その一点に亀裂が入る。ここから慎重にと思った矢先の事だった。亀裂が水晶全体に広がり、内から外殻が砕け散った
「なっ!?」
一瞬の出来事に面食らった彼女だったが、その中の光景を彼女の思考は完全に固まった
「あぅ.................」
そこに居たのは、生後8か月ほどを思わせる赤子で、髪は銀白色、目の色は淡い青色だった。目を開け、丁度ヨセフカと目が合うと、寝ころんでいた状態から体を起こし、その場にぺたりと座った。再度、ヨセフカにその丸い眼の視線が送られるが、彼女は未だ硬直したままだった
「えっと.................」
ヨセフカを見る目と表情が次第に不安そうなモノへと変わる。目に涙、鼻をすする音と共に、けたたましい声が部屋に響いた
「あぁぁぁぁっ!!」
「っ!!」
両手をヨセフカの方へ上げ、元気よく振り、くしゃりと歪んだ顔で泣き始めた瞬間の彼女は速かった。思考を投げ捨てた彼女は、すぐさまその子へと駆け寄り、胸へと優しく抱き上げた。お腹が胸へと密着するように少し抱き直し、優しく横に揺らす
「しー、しー、大丈夫よぁ、何も怖くないよぉ」
意識せずと出てくる言葉の数々、一言ごとに温かみがあり、それが伝わったのか、鳴き声は次第に笑い声へと変わった
「ふふっ、いい子ね」
「あぅっ!!」
この子がなぜ生きているのか、本当に安全なのか、この子を見た瞬間では、頭を巡っていた思考は、この子が泣いた瞬間に吹き飛んだ。胸の中へと優しく抱き、あやす感覚。懐かしさを覚える感覚に、私は何かが満たされていく感じがした
「マッマッ!!マッマッ!!」
「っ!!」
笑い声に混じって発せられたその言葉が心に響いた瞬間、私は自分の中を満たすこの感覚を思い出した
(あぁ、そうだった。この感覚は”母性”って言うんだったわね.................)
眼が熱くなる。手にして間もなく、失ってしまった喜び。それがまた、自分の胸の内にあるという感動
「私で.................良いの.................?」
一度は取りこぼしてしまった後悔から、咄嗟に言葉が漏れた
「あぃ!!」
笑顔と共に鳴る鈴玉のような笑い声、きっとそれには肯定の意味などは含まれていない。先ほどの言葉も、決してヨセフカを母親と思ったからとは限らない。ただそれでも、その一言は、彼女の心を救うには十分すぎた
「……ありがとうっ!!」
暖かい涙が溢れる中、彼女は顔を下げ、額がその子の頭へと近づく。それに気づいたのか、その子も自身の額を近づけ、互いのそれが重なる。笑い声が止み、健やかな笑顔と共に、額を彼女のそれへとこする
「今度こそ、放したりしない。今度こそ一緒に居るからね.................」
彼女の暖かい涙が増す中、もう一人の彼女もまた、この状況に笑みを浮かべていた
【家族は良いモノ。心を温め、癒してくれる。でも、それ故に.................】
虚空の中、彼女は思う
【失った時の痛みは、条理を超えるほどになるのよ.................】
~次回”帰路”~
戦いを終えた末、母の遺品と謎の赤子を保護したヨセフカ。目的を終えた彼女らは、遂に帰りの途へとつく。新たな光が彼女を満たしていく中、その喪失を語るもう一人のヨセフカ。同居する二つの魂の運命はどこへ向かうのだろうか?彼女らの帰還と共に、ヘスティアの内情も大きく動くこととなる.................
次回以降は、ヨセフカ達がヘスティアへ帰還してからのお話を作っていきます。お時間がありましたら、またご愛読して頂けると嬉しいです!




