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~展望~

 ガルムでの魔族による襲撃を退けてから半年、都市は順調に復興し、その機能を取り戻しつつあった。そんな中、ヨセフカもまた、都市の復興を指揮する組織の長としての仕事に励んでいた。そんな日々を送る中で、ベットで休息をとるヨセフカは、これからの組織のこと、そして、これからの自身の在り方について思考を巡らせるのであった。

~ガルム中央地区:団員用宿舎~

 とある夜、宿舎に用意された一室、私はベットに横たわりながら思考を巡らせていた。

 あの戦いから半年が過ぎた。季節はおおよそ秋頃、視察の延長は約1年を目途に、私の誕生日までには屋敷の皆の元へ戻るということで落ち着いた。戦闘から半年、他の地区と違って損害が激しかった北門地区の修繕に力を入れてきた甲斐もあり、住む場所がなかった難民の住居問題はあらかた片が付いた。北門地区で生活を営んでいた人たちに関しては、元の生活が送れるようになるまでの金銭面・食料面での支援を行うことを約束した。どの程度の支援をどの程度の期間やっていくのか、他の領民への対応はどうするのかなど、協議が必要な内容は無数にあったが、連日連夜の会議の甲斐もあって何とか最短で案をまとめ、屋敷のヘンリックに送ることが出来た。


 ”聖狼協会”は私が発案した組織だ。各領地の治安維持、公共事業の推進や既存事業の支援による雇用の創出および活性化を行っている。食料に関しては協会で管理する方針を取っている。モノの売買に関しては特に規制は設けないつもりだったが、南西地域と南東地域では格差が顕著だ。特に、より東側の地域に関しては、ガルムの様に一から都市を作って再入植しなければいけない状態まで荒廃している。そのため、食料は一度協会が全て買い取り、各市場に販売している。今回のガルムの様に、再入植の拠点であり、襲撃の復興でより多く食料が必要な場合には、市場に卸す際の金額を下げ、流通量の調整を行っている


 食料を買い上げる農家への配慮も忘れてはいない。普段の農作業や収穫、運搬時に必要な人員をこちら側から派遣したり、新しい農作物の栽培法や病気の対策などの研究成果の共有など、様々な支援を行っている。その甲斐あってか、農家の方々からは一定の理解と信頼を得ることに成功した。正直、この制度が一番受け入れが厳しいと覚悟していたが、こうして定着してくれて良かった。


 協会の主な収益源は2つ。1つ目は、農家から買い上げた食料の販売で得た収益。2つ目は、小売店も含めた全て商売によって発生した収益の2~5%を徴収する制度から得た収益。2つ目については、商売を行う地域の状況によって割合が変動し、ガルムのような商業の発展が望まれる地域では2%の割合が採用されている。徴収すると言っても、ただ利益の一部を天引きしているだけではない。自警団による警備や今回の襲撃などのような有事の際の支援を対価として提示することで、こちらの制度も上手く定着している。


 協会の目的は、あくまで各地域の復興と更なる発展だ。一部に利益が集中したり、逆に満遍なく供給されることで経済が停滞することのないように管理・運営しているのが”聖狼協会”という組織だ。最初、ここまでの組織を短期間で設立できるかが不安だったが、ヘンリックを筆頭に、屋敷の皆が一丸となって協力してくれたおかげもあり、早期の立ち上げまで漕ぎ着けることが出来た。組織は急速に受け入れられ、大きな信頼を勝ち取りつつある。混迷する情勢の中で、明確に皆の利益になり得る目的を持ち、それを誠実に実行できる組織の存在は大きいものだ。


 だが、経済面のみに注力した復興だけでは、商人のような情勢を俯瞰することが出来る人々から受け入れられたとしても、農場や商店、自警団において働いているような”一般大衆”たからの受けは悪い。陳腐な言い方になるかもしれないが、目の前の生活を営むことで十分な”一般大衆”には、平坦な”現実”よりも起伏のある”物語”の方が好まれる。今回の私が手掛けたような”英雄譚”などが最も顕著な例と言えるだろう。


 協会に所属する自警団員達やそう少なくない数の市民たちは、私のことを”英雄の娘”として特別視している者たちがいる。このような動きが見られるようになったのは、組織が定着し始めてからすぐのことだった。この動きをどうすかについては早急に話し合いが行われた。メリッサは開口一番にこの状況を否定した。私に無駄な重荷が掛かってしまうと心配したためだ。その反応に対して最初に声を上げようとしたのはヘンリックだったが、私はそれを遮り、この状況は利用すべきだと進言した。メリッサに加えて、最初に口を挟もうとしていた筈のヘンリックまでもが私の発言に驚愕していたのを今でも覚えている。


 「お、お嬢様っ!?ご自分が言っていることの意味が分かっているのですか!?」


 「分かっているわ」


 皆にとっての“希望の象徴”となる。確かに聞こえは良いが、これは一方で、皆からの身勝手で一方的な期待や願望を一身に背負うことも意味している。期待に添えている時は良いだろう。だがもし、その期待を裏切るようなことがあれば、注がれていた期待や願望は、すぐさま”嫉妬”や”憎悪”、”恐怖”などの負の感情に塗り替えられ、私の社会での立場は消滅するだろう。


 あらゆる者から揺るぎようのない信頼を勝ち得ることと引き換えに、裏切った際には、あまねく全てからの負の感情が叩きつけられる。正に”ハイリスク・ハイリターン”という奴だ。


 「お嬢様、英雄というものは輝かしいばかりではありません。大衆からの一方的な眼差しは、時として果てしない重しともなり得ます。まだ御若いお嬢様が背負う必要はないんです!」


 メリッサは私に対して強く訴えた。その目は私を案じる優しいものであり、正に母親が子に向けるそれだった。


 「そうね、皆からの一方的で身勝手な期待を背負うのは、きっとものすごく大変で、疲れてしまうことでしょうね。少女としての無邪気な時間を私から奪い去るには十分な程に...........................」


 「それが分かっているならっ!!」


 メリッサの言葉に割って入るように私は言葉を重ねる


 「でもね、私たちの組織がやろうとしていることを実現すには皆からの”信頼”が必須。そして、今のこの国には、私たちの組織がやろうとしている事業が必要よ。それも早急にね」


 「お嬢様..............」


 「皆、苦しんでる。今、誰かが自分の”感情”よりも”実”を優先した行動をとらなければ、この国は沈むわ。これは、この国に生きる全員にとっての問題よ」


 「しかし、全員の問題というのなら、わざわざお嬢様が動く必要はないはずですっ!そうですっ!王家の方々に任せればいいじゃないですか!?」


 メリッサの言葉に対してヘンリックが口を開いた


 「王は既に崩御されている。残されているのは、ヨセフカ様と同い年程度の皇太子が一人のみだ。未だ混乱の収拾が付いていない王家を当てにすのは無理だ。我々の管理する領土を国土の南半分にまで広げたのが良い証拠だ..............」


 「くっ..............」


 「メリッサの気持ちは痛いほど分かる。でも、今のこの国で、何かをする余裕がありつつ、十分な影響力を持っているのは私なのよ。だから、私が動くのよ」


 「............................お辛い選択になりますよ?」


 震える声でメリッサは言った。その言葉に対して、私は少しの笑みを浮かべながらこう返した


 「疲れた時は、メリッサに甘えさせてくれる?」


 「っ!!」


 メリッサの顔を見ながらそう言うと、彼女は椅子に座る私に駆け寄り、私を抱きしめる


 「申し訳ございません..............」


 抱きしめてくれるメリッサの背中に手を回し、私の方からも抱き返す。彼女もまた、現実的な思考の持ち主だ。今のこの状況では、この選択が最善であると分かっているのだろう。また、彼女に心配を掛けることになってしまうが、私が動かなければ、この国の状況は更に悪化する。そうすれば、今送っている皆との生活もいつまで続くか分からない。

 損な役回りだが、やるしかない。やらずに現実逃避すれば、後に取り返しのつかない事態になり兼ねないのだから............................


 「はぁ..............」


 ”大丈夫かい?”


 私がタメ息をつきながら寝返りを打つと、フィーが私に話しかけてきた


 「連日、会議や現場指揮が続いてたからね。流石に少し疲れちゃったのよ」


 ベットで寝ころびながらそう言うと、フィーは少し楽し気に話し始めた

 

 ”でもさ、最近のヨセフカは、なんだか楽しそうに見えるよ?いかにも充実してるって感じでさ”


 「まぁ、皆に頼りにされるのに悪い気はしないし、魔族との死闘を繰り広げるよりかは、こっちの方がマシよ」


 ”死闘と言えば、あの時のヨセフカは凄かったよね?傷は治るし、力は凄いしでさ!”


 「確かに、あれは何だったのかしらね」


 ベットで上向きなると、私はあの時のことを思い出した。どこまでも澄み渡った思考、有り余るほどの膂力(りょりょく)、そして、魔族の特性であるはずの再生を阻害した力。”手順を無視した獣化”だとフィーは言ったけど、あれ程の力が出るモノなのかしら?


 「ねぇ、フィー?」


 ”何だい?”


 「あの時の力、冴えわたった思考や身体能力、回復能力は獣化で説明できるけど、魔族の再生を阻害した能力は何だったのかしら?」


 獣人の持つ”獣化”は、本人の身体能力や回復能力を高める作用がある。その能力の振れ幅は、本人の魔力量に依存して上昇する。エルフの血を引いているせいか、私の振れ幅は驚異的なものになった。でも、魔族の再生能力に干渉する能力は聞いたことがない


 ”それについて考えたんだけど、もしかしたら君の”魔法”なのかもしれない”


 「私の?」


 この世界における魔法は、学べば皆が使えるようなモノではない。魔法を使うものには、それぞれの”表現型”というものが存在する。例えば、”炎”の表現型を持つ者であれば、魔力を炎に変換して操ることが出来る。だが、表現型は一人一つであり、”炎”の表現型の持ち主が”氷”の魔法を使うことは出来ない。しかも、この表現型は、魔力を持つ者全員が持つわけではない。表現型は、完全に後天的なモノであり、遺伝などは関係ない。本人が歩んできた人生の中で、本人に強く刻まれた概念が”表現型”として魂に刻まれる。これは、思い込みやイメージの問題ではなく、本人の実体験がもとになる。

 更に厄介なことに、表現型とはそう簡単に刻まれるものではない。自分の人生を左右するような強烈な実体験でもなければ、表現型には昇華されない。ただの恐怖体験や臨死体験では足りず、そのような強烈な出来事の中で、何か一つの概念を鮮明に連想する必要があるのだ。死の恐怖の中では、ただでさえ正常な思考など難しいというのに、その中で何か一つを強く連想するなど不可能に近い。とどのつまり、ハードルが恐ろしく高いのだ............................


 「魔法になり得る出来事なんて特に思い至らないんだけど..............」


 ”流石の僕も、あの一件だけで君の魔法がどのようなモノかを推測するのは難しいな。相手に干渉するタイプなのは間違いなさそうだけど、どんな風に干渉して”ああなった”のかは全く分からないよ”


 「干渉するねぇ..............まぁ、今のところ魔法の方は保留ね。確かめる方法が乏しいし、やるなら獣化のお陰で得た能力の試験をした方が現実的ね」


 ”今はそれで良いと思うよ。獣化の方だって、他の獣人がやるような獣化とは比較にならない程のスペックしてるしね”


夜も更け、流石に睡魔に耐えかねた私は、右へ寝返りを打つと、そのまま睡魔に身を任せ、そっと目を閉じた


 夜が明けると、窓から差し込んだ太陽光によって私は目を覚ました


 「ふぁ............................」


 まだ重い(まぶた)をこすっていると、ドアの方から侍女の声がした


 「おはようございます、お嬢様。朝食の方をお持ちいたしました」


 ノックと共に声を掛けてきた侍女が部屋へと入ってくる。素早い動作で朝食がテーブルの上に用意され、私も応えるように席へと着く。朝食はパンが3つに、細かな肉が少しと野菜が入った簡単なスープ。貴族などの上流階級に位置する人々の食事からはかけ離れた簡素なメニューだが、私にとってはこれで十分だ。むしろ、一種の安心感すら感じる


 「お嬢様、毎朝このような簡素なメニューですが、本当によろしいのですか?お申し付けくだされば、我々一同、腕を振るわせて頂きますに..............」


 「朝はそんなに食べる方ではないし、私は庶民的な方が落ち着くわ」


 「かしこまりました。では、お食事が終わりましたら、出立の準備の方をお手伝い致しますね」


 「ふふっ、別に着替えや顔を洗うくらい一人で出来るわよ?」


 「そうはまいりません。メリッサ様からお嬢様の身をお任せ頂いている以上、我々が出来得ることは全てやらせて頂きます。ただでさえ、日々様々な業務に忙殺される日々を送っているのですから」


 私が食事を終えると、残りの侍女たちも部屋へと入出し、私の着替えや洗顔などのお世話を始めた。前世が完全庶民だった私にとって、このようなお世話は違和感のあるものだったが、転生してから今日までの間で大分慣れ親しんだモノへと変わった。慣れとは恐ろしいものだ..............

 普段の服装は、シャツにズボン、その上からマントを羽織る形のものを日々常用している。侍女たちは、会議しかない時くらい淑女が着るようなドレスでも良いのではと進めてくるが、動きやすさを重視して私はいつも前者を選ぶ。正直なところ、私はドレスが苦手なのだ。動きづらい上に、窮屈で不便だというのに、なぜ皆執拗に私に着させようとするのだろうか?というか、メリッサもそうだったが、ドレスの直用を要求する時の侍女たちの目が少し血走っているように見えるのは気のせいだろうか?


 「今日も凛々しいお姿ですよ、お嬢様」


 一通りの準備が終わり、侍女の一人が私の容姿を褒めると、もう一人の侍女が今日の予定について話し始めた

 

 「今日の予定は、最初が北門地区復興の現場視察、次が新しい入植団の受け入れについて、エラン様たち自警団の方々との打ち合わせとなっています」


 つい先週までは、いくつもの会議が乱立していたが、今となっては業務量も落ち着き、一日の間で自由に過ごせる時間も取れるようになってきている。期限が迫る仕事に忙殺される日々は、どこか前世の社会人生活を思い出させるもので、少し複雑な気持ちにさせられたのを覚えている


 「それじゃ、今日も行ってくるわね」


 そう言って私が部屋を出ると、侍女たちは”いってらっしゃいませ”と一礼をしながら私を送り出してくれた。宿舎の出口から外に出ると、1人の男性に率いられた集団が私のことを待っていた。


 ”おはようございます!ヨセフカ様っ!!”


 元気よく私のこと迎えてくれたのは、屋敷の方から付いてきてくれた護衛の皆だった。マイクに率いられた彼らの姿は凛としていて、よく訓練された集団であることがはた目からでも理解できる覇気を纏っている


 「おはよう皆、いつも護衛をありがとうね」


 私がそう言うと、一礼と共に彼らは私からそう遠くない周囲へと散っていき、最後に残ったマイクによって、私は北門地区の建設現場へと案内され始める。北門地区へと向かう途中、ただ歩くだけでは退屈と感じた私は、マイクに世間話を持ち掛けることにした


 「ねぇ、マイク?」


 「いかがなさいましたか?」

 

 「最近の町はどう?皆は元気にしている?」


 都市の復興は順調に進んでいる。皆の生活も襲撃の直後から随分と改善されているはずだ。だが、モノが充実しているからと言って、必ずしもそれが幸福と結びつくとは限らない。襲撃によって戦時のトラウマが刺激されているはずだ。今回の復興が人々の心のケアにどれ程まで貢献しているかは未知数な部分が多い。その点、私よりも一般大衆の中に馴染んでいるマイクの意見は貴重だ。彼の眼には、この復興はどのように見えているのだろうか?


 「あの襲撃から半年、復興によって傷跡は癒えつつあります。魔族への恐怖感については、ここで生活し続けることを躊躇っている者がいる一方で、ヨセフカ様による魔族の殲滅を見て、英雄が戻ってきてくれたと湧きたつ者もおります」


 「あんな襲撃に遭ったんだもの、皆が皆、ここを安全な場所とは思ってくれないわよね。ここを出たいと要請してきた人々には、引き続き支援を続けて頂戴ね」


 現在のガルムには、食料品店や雑貨店などを経営する人々が先行して移住している。これに対して、次に来る入植団の中心は、農業や路上整備、建設を主とした労働者たちだ。彼らが定住し、その後に利用する設備を最初に整え、その後に大規模な労働者を呼び込むことで、都市の発展を急速に進める予定だった。だが、今回の襲撃の件によって、その入植団の中にも、入植を辞退する者が出始めているとの報告が上がってきている。

 当然だ。いくら私が英雄的な活躍で魔族を殲滅したとはいえ、私も永遠にこの都市に居られる訳ではない。今回は間に合ったが、次の襲撃も間に合う保証などない。第一、今回の襲撃に間に合ったのも奇跡に近い。何か、この問題を根本から解決するようなものがあれば良いのだけど............................


 「ヨセフカ様、あまりお一人でお悩みにならないでください。我々もおります」


 心配そうに私を見るマイクを見て、私は自然と笑みを浮かべていた


 「そうね、皆で頑張っていきましょう」


 「はい!」


 彼からの元気のいい返答は、私が一人ではないことを思い出させてくれる。私は皆の英雄として、神輿のように担がれることを良しとした。でも、孤独に徹する必要はない。疲れたり、悩んだりした時は、皆に頼ったり、甘えたりもする。お堅い方がそれっぽく見えるのだろうが、案外フランクな方が問題解決も進みやすいものだ

 それから私たちは、北門地区の建設現場に到着し、現場を監督している人物と対面した  


 「ヨセフカ様っ!今日もよくお越しになってくださいました!」 


 「おはよう、進捗の方はどうかしら?」


 私は彼にそう聞くと、彼は懐からリストを取り出し、私に手渡した。


 「前回の襲撃で損壊した建物の修復は完了しました。現在は、襲撃前にの時点から進めていた北門地区の増築計画に基づいて建設を進めています」


 新しい入植団に備えて行われていた北門地区の増築は上手く進んでいるらしい。今回の襲撃、市民の被害が少なかった要因には、北門地区のほとんどが建設途中であったことが大きかったりもする


 「ヨセフカ様、僭越ながら申し上げるのですが、増築計画は現段階で打ち止めにすべきではないでしょうか?」


 「入植団の件、既に聞いているのね?」


 「恐れながら............................」


 確かに、予定よりも入植者の数が減るのであれば、これ以上の増築に資材を割く必要はない。それに、今は増築計画以外にも進めている計画もある。今はむしろ、そちらに資材を割くのも悪くはないかもしれない


 「もう一つの方の進捗はどう?」


 「あちらの方は現在、図面の方は既に完成済みですが、資材の割り当てが難航しているため、進捗は芳しくありません」


 「増築に使用予定の資材を回しましょう。今はこちらの計画を進めた方が皆も安心するはずよ」


 もう一つの計画、それは北門に東門と同様の要塞を建造するというものだ。理由は至ってシンプル、今回の襲撃を受け、次なる侵攻があっても対応するためだ。主な目的は、防衛対策と市民に対する安全性の喧伝だ。これで多少は、この都市への定住に対する恐怖を和らげることなのだが、魔族への対策に砦を一つ建てたとして、それで皆が納得するとは考えられない。とはいっても、立てないで放置は論外だ。劇的に改善するのは困難、やはり、こればかりは時間をかけて回り道をするのがベストなのだろう


 「承知いたしました。計画の方はそのように取り図らせて頂きます」


 「ごめんなさいね、せっかく増築を進めてくれていたのに..............」


 「何を言いますか、あなたは我々の英雄です。あなたが居なければ、この都市は廃墟となっていた筈です。全ての責任は魔族どもにあります。ヨセフカ様に非はございません」


 「ありがとう」

 

 私は軽くお礼を言い、マイクたちと共にその場を後にした。次に私たちが向かったのは、エランたちがいる東門砦だった。軽い昼食を済ませ、私たちが東門砦に到達すると、エランたちが私たちを迎えてくれた


 「ヨセフカ様、今日はお越しいただきありがとうございます」


 「こんにちは、エラン。補充で来た団員の皆はどう?」


 「皆、懸命に訓練に励んでいますよ。筋が良い者ばかりなので、こちらもやり甲斐があります」


 あの襲撃では市民の被害が少なかった半面、団員たちの被害は甚大だった。特に北門地区を警備していた団員はほぼ全滅だ。これを受けて屋敷のある中央から増員を兼ねて補充団員を集めたことで、都市の治安維持は滞りなく回っている。だが、たとえ襲撃がまた起こったとしても、今回のような甚大な被害は避けなくてはいけない。皆、死を覚悟しているとはいえ、こちら側がリスクを排除する努力を怠っていい理由にはならない。


 「エラン、入植団のことについてなんだけど..............」


 「でしたら、部屋を用意しているおりますので、そちらでお話いたしましょう」


 彼にそう言われた私は、案内されるまま別室へと移動した


 「入植者の件でございますよね?」


 「そうよ、今回の襲撃を受けて、当初よりも数が減ってしまっているわ。それに今回だけの話じゃない。これ以降の入植者の数にも影響が出続けるようなら、再開発の計画に数年単位の遅れが生じかねないわ」


 「今回の増員の甲斐もあり、北門に建設予定の砦へ配置する人員は確保できていますが、それで問題が解決するとは............................」


 「エランもそう思っていたのね............................」


 エランは暗い顔を浮かべながらそう答えた。無理もない、砦の建造で問題が解決しないことを認めることは、自身たち自警団の存在だけでは、市民たちの心の支えには不十分だと認めるようなものだからだ


 「不甲斐ない限りです............................」


 「そんなことを言わないで?あなた達は必要不可欠な存在よ」


 「ありがとうございます。しかし現実として、我々だけで魔族に対抗することが困難であることは、今回の襲撃で痛感しました。私の不在が重なったこともありますが、アリス様やアル様なしでは無力なものです」


 「父さんや母さんが居た頃って、どうやって戦っていたの?」


 「凄いものでしたよ。アル様が敵集団の中央に切り込んで撹乱し、それに合わせて我々も切り込みました」


 「魔族と正面から戦ったの!?」


 流石に驚いた。圧倒的に優れた身体能力を持つ魔族たちと、人間が正面から戦うのは無謀極まりない行為だ


 「あの頃の我々は、アル様が打ち漏らした敵の排除が主な役割でした。アル様の強襲で混乱した敵を勢いのまま切り倒していきました。一度混乱した集団を相手にするのは、存外楽なモノでした。今回のように、万全の敵と一対一で戦う方が辛いものです」


 昔ことを話すエランの姿はどこか生き生きとしていて、先程までの暗かった雰囲気とは大違いだった。話を続けていると、ふと思い出したように彼は呟いた


 「そういえば、あの頃は魔剣を扱える者が多くおりました。今とは比べ物にならない程に」


 「ウルバンドやエランみたいな人がたくさんいたの?」


 「いえ、私やウルバンドのように特性を付与したものではありません。使用することで、本人の魔力操作や剣の切れ味を上げるモノでした。特に切れ味の向上については目を見張るものがありましたよ」


 「魔力操作の向上って、私の魔剣みたいなモノ?」


 「言うなれば、ヨセフカ様が使用している魔剣に繋がる試作品と言った具合です。ヨセフカ様のように魔力の結晶化や魔力による衝撃波を放てるようなものではありません」


 それを聞いて私の中に一つの疑問が浮かぶ


 「ちょっと待って、その魔剣の副作用はどの程度のものなの?」


 「私が使っていた氷剣のような深刻なものはございません。魔力を十分に扱える者であれば、問題なく使用できるモノです」


 「それは、母さんが居ないと作れない物だったりする?」


 「一から現物を作るには、アリス様本人が製作した魔石が必要なのです」


 「そうなのね............................」


 落胆する私に対して、エランは続けて私にこう告げた


 「しかし、現物自体は、このガルムに大量にあるのです」


 「本当なの!?」


 驚く私を横目に、エランは申し訳なさそうに私に事情を話し始めた


 「砥石がない?」


 彼が言うには、魔剣がその効力を発揮し続けるためには、”ミスリル”を使用した砥石によって定期的に研磨する必要があるそうだ。そうでないと、魔剣の効力は次第に薄れ、最終的には粉々に砕けてしまうそうだ。丁度、私があの時使った氷剣のように............................


 「だから、私が使った氷剣は............................」


 「ヨセフカ様の魔力による負担もあったでしょうが、やはり、ミスリルによる研磨を長く行えていなかったのが一番大きかったと思われます」


 更に続けて事情を聞いて分かったことがある。現在、この国のミスリルの在庫は完全に底をついているそうだ。ミスリルは、主にエルフかドワーフの国でしか採掘できない代物であり、戦後の混乱によって、両国との連絡がつかない今となっては、ミスリルを手に入れる方法が無いのだ。


 「エルフの国へ向かうわ」


 「本気なのですかっ!?」


 唐突な私の発言に、流石のエランも動揺を隠せずに叫んだ


 「いくらヨセフカ様と言えど、国家間でのやり取りをするのであれば、王家の許しを得たうえで、正式な手続きを踏まなければ............................」


 エランの言っていることは正しい。国家間でのやり取りというのは、友人同士のような軽いものではない。堅苦しい形式を重視するのが常識だ。だが............................


 「エラン、その手続きを踏んで動けるようになるまで何年かかると思う?」


 「それは............................」


 私の質問に対して、エランは黙り込んでしまった。当然だ。エランほどの人物であれば、私が投げかけたこの質問の”意味”を理解できないはずはないからだ


 「エラン、今の王家が率いる首都の状況を知らない訳ではないでしょう?」


 「っ............................」


 今の王家には、私と同い年程度の幼き皇太子しか残されていない。それに加えて、統率力に優れた優秀な貴族のほとんどは、戦線で命を落としている。今の首都に残っている貴族たちなど、出涸らしと言って差し支えない程度の者たちばかりだ。はっきり言って、一刻を争うこの国家を導いていくのは絶望的だ。残された皇太子が優秀であるかと期待した時もあったが、首都に置かれている中央政府で扱い切れなくなった領地の運営を次々と他の貴族たちに投げている現況を見れば、その答えは言うまでもない。今の中央は、この国にとって必要な能力を持ち合わせていないのだ


 「ミスリルの確保が叶えば、今残っている分の魔剣の再使用が可能になる。数に限りがあるとは言え、残党となった奴らを相手取るには十分な数がある。北東部にいる残党への切り札にもなるはずよ」


 「こんなことをこちらが勝手に決めてしまって本当に良いのでしょうか..............」


 「常識的に考えれば、褒められた行動ではないわ。でも、この状況を見て頂戴。機能不全に陥った政府、こちらを皆殺しにしようとする外敵、これからに対する国民たちの不安、あらゆる問題に晒されている現状、これ以上の失敗も遅延も許されない。最短で最大の成果を上げる必要があるのよ」


 「そこまで考えているとは............................」


 この方には、子供とは思えないほどの才があると思っていたが、ここまでこの国の状況を理解しているとは思わなかった。純然たる戦闘力、広い視野、深い洞察力、ここまでの能力を持った人物、今のこの国に何人いるだろうか?

 私自身、慣習に囚われるばかりで、ここまでの視野と洞察力は持っていない。ヨセフカ様には、私が見ることが出来ない景色が見えている。子供を導くべきが大人だというのに、この方は恐らく、今のこの国にいる殆どの大人たちよりも”先”が見えている。


「ヨセフカ様、私はアリス様があなたの未来を憂い、涙を流す姿を見ました。私自身、あなたには少しでも、年相応の健やかな時間を過ごして欲しいと願っています。ですが、今の我々には、あなた以上の先を見据えて動ける者はおりません............................」


 「大丈夫よ、私は気にしないわ」


 言葉が詰まる私に対して、彼女は優しく微笑みながらそう言った。その瞬間、彼女の姿とアリス様が完全に重なったのだ。ただ血縁者だからというわけではない、その精神性に至るまで、彼女は彼らの娘だ。


 「..............同行させる者には、こちらでも選りすぐり者たちを選定します。少しでも、あなた様の負担を下げるためにも..............」


 「ありがとう、エラン。今日は時間も遅いから、詳しい人選や予定はまた後日にしましょう」


 「こちらこそ、いつも我々のために負担ばかりお掛けして申し訳ない限りです」


 「そんな暗いこと言わないで?今は皆が動かないといけない時期なんだから、私もやれることをやってるだけよ。あなただってそうでしょ?」


 「そう言って頂けると、こちらも少し肩がほぐれます」


 「皆で乗り越えていきましょう?」


 そう言った私は部屋を後にし、マイクたちと合流して帰路へと着いた


 ”ねぇ、ヨセフカ?”


 ”どうかした?”


 ”今回の件、完全なる独断専行だ。下手をすると、中央の方々の怒りを買ってしまうじゃないかな?”


 ”それでも、これが今の最善であることは変わらないわ。今の中央と対立する可能性と天秤にかけても、今回の件の方が優先よ”


 ”クーデターでも起こして、この国の女王様にでもなるつもりかい?”


 ”流石にそれはないわよ。私は協会の長として、皆と働いて暮らせれば十分よ。いざとなったら、私以外の人を立てて、王様はその人にやらせるつもりよ”


 ”おや?てっきり僕は、国盗りの野心でも持っているとばかり思ってたよ?”


 ”茶化さないでよ?私は自分の力を基準にして、必要と感じたことをするだけよ。私が欲しい幸せは、前世で手に出来なかった”幸せな家庭”で送る健やかな未来。ただ、それだけで十分なのよ”


 ”誰かと恋をして、子供を持って、普通に年を取っていく暮らしかい?”


 ”また恋が出来るのかについては分からないし、そもそも、今はそんなことを考えている余裕はないわよ”


 ”それじゃあ、早く面倒ごとは片づけて、自分の人生に専念できるようにしないとね”


 ”そうね。今回のエルフの国の冒険も速く終わらせて、しばらく屋敷の皆と居たいわね”


 フィーと他愛ない会話をしつつ宿舎へと着いた私は、侍女たちにお世話されながら夕食と湯あみを済ませ、寝室のベットへと横になり、睡魔に身を任せて目を閉じた。エルフの国でこれから起こる出来事などつゆ知らず、スヤスヤと深い眠りに堕ちていくのであった。



 エランとの会議の結果、エルフの国へと赴くことを決めたヨセフカ。後日、再びエランとの会議を行い、エルフの国へと向かう準備を進めていく彼女はまだ知らない。エルフの国で自身が出会うものが、後の自分の全てに匹敵するものだということを............................

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