表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

13/23

~結晶~

 母さんからの魔剣を携え、城を後にした私は、家の屋根を伝いながら中央広場へと向かった。残りの魔族は、中央広場にいる上位魔族1体のみ。しかし、上位魔族は強力な存在だ。母さんの魔剣をもってしても容易に勝つことは難しいだろう。それでも、私はやらなければならない。決着をつけ、屋敷の皆の元に帰って約束を果たすんだ

 屋根たちを伝い、確実に中央広場へと近づく中、私は考え事をしていた。今回の魔族たちの襲撃についてだ。奴らは、今回なぜガルムを襲撃したのだろうか?残党になったとはいえ、奴らは決して無秩序な集団ではない。魔神を欠いているとはいえ、まだ奴らには魔将が1体残っている。突出して強い存在が残っている限り、奴らが組織だった行動を止めることはない。今回の襲撃も、確実に何かしらの目的があってのもののはずだ。


 ガルムを占拠して、南東地域侵攻の拠点にしようとした?


 いや、もし本気で占拠して拠点化するなら、更に多くの軍勢を用意したはずだ。十数体は数が少なすぎる。それに、残党が潜伏しているのは主に北東地域のはず。このタイミングで、こんな中途半端な部隊を送り込んでくる目的は何?なぜ、貴重な戦力であるはずの上位魔族がその中に含まれているのだろうか?奴らの狙いが分からない............................


 ”大丈夫かい?”


 ”フィー?”


 ”随分と思い悩んでいるようだね?”


 ”今回の実戦、確かに私からすれば良い経験になるわね。だけど、あっちがそんな目的で部隊を差し向ける訳が無いわ”


 ”なるほど、敵の意図を測りかねているわけだね”


 ”残っている上位魔族がどれほどの相手か分からない上に、敵にはまだ未知の手が残っているかもと思うと流石に不安になるわ”


 ”自身の生死が掛かっているのに、それでも状況を俯瞰して分析しようとしている。まるで熟練の戦士みたいだね”


 ”戦闘への恐怖よりも、猟奇的な本能が先行する獣人の性質と生前の研究者気質が交じり合ってるからかしらね?まぁ、今は目の前の戦闘に集中すべきね。そろそろ目的地だし”


 (本当にそれだけだといいんだけどね..............)


 正直に言うと、僕の中には一抹の不安があった。今回の戦闘の中でのヨセフカの精神状態は、どう考えても初陣のそれではない。獣人の本能や魔族への憎悪を考慮しても、こんな猟奇的な状況とは無縁だったはずの前世の記憶が邪魔をして、精神に何かしらの悪影響が出ると踏んでいたのに、その兆候すらない。前世では、企業勤めの研究者として働いていたおかげで、物事を俯瞰して見るのは癖のようなものだと言っていたが、本当にそれだけなんだろうか? 


 「見えた」


 中央広場から約400m地点、広場中央で一人立つ魔族。角は無く、身長は約2.3m。見た目はオークを思わせるが、その鍛え上げられた肉体と溢れる魔力量を見れば一目瞭然だ。あれは、オークをベースに地道に進化を重ねっていった個体で間違いない。差し詰め”ハイオーク”とでも呼ぶべき存在ね。

 魔力感知を警戒して魔力を消して近づいてきたおかげで気付かれてはいない。そもそも、残りが自分一人の状況にも拘らず、広場の中央で魔力を垂れ流しにして待機している。これが慢心なら結構。何かの誘いや罠なら、中々の策士と言った所ね。


 前傾姿勢を取り、足へと魔力を集中させる。出来る限り早く、大量の魔力を収束させ、踏み抜いた屋根が後方へ吹き飛ぶ勢いで跳躍する。圧倒的速度と完全なる奇襲、狙いは相手の首一点のみ、しかし..............


 「その魔力量と制御能力、初陣でこれとは..............やはり、あの方の言うことは確かだったようだな」


 首ではなく、右腕を失ったそのハイオークは、着地したヨセフカの方を向きながら平然と話し出した


 「気づかれないように工夫はしたんだけど、そう簡単にいかないわよね」


 相手の方を向いたヨセフカの目に最初に飛び込んできたのは、切ったはずの右腕が骨、筋肉、皮の順番で急速に再生されていく光景だった


 ”うぁ、腕半分とはいえ、あんな速度で治るなんてね。流石に冗談じみた回復能力ね..............”


 ”感心してる場合じゃないよ!”


 「っ!?」


 踏み込みからの斧による切り上げ。ギリギリ反応が間に合い、どうにか剣撃をいなそうと切り結んだが、反応が遅れたこともあり、いなし切れずに後方の建物群の屋根まで飛ばされる


 「あの状態から、ここまでの反応をするとはな。末恐ろしい娘だ」


 飛ばされた屋根の周りには、その衝撃による塵煙が舞い、その中から一本の矢が放たれる


 「っ!?」


 予想外の飛び道具に多少の動揺を見せるも、軽く斧で迎撃する。その瞬間、放たれたそれが矢ではないことに気付いた。


 (これは魔石!?まさか、魔力を圧縮して魔石を生成し、それを矢として発射したのか!?これではまるで..............)


 塵煙が晴れ、再び姿を現した少女が纏う魔力は、斧で吹き飛ばす直前とは別物だった。放たれる魔力は、少女が完全な戦闘態勢に入ったことを直感させるに十分だった。


 (この魔力、やはりこいつは危険だ。ここで逃せば、後々にどんな化け物になるか分かったものではないっ!)


 ”ヨセフカ!体の方は大丈夫かい!?”


 ”えぇ、問題ないわ”


 彼女の動きを見たハイオークは動揺していた。斧での攻撃を加えた瞬間、剣でいなすのが間に合わないと判断するな否や、自分から後方へと飛び、衝撃を上手く散らせたのだ。屋根への激突による衝撃も、その瞬間に背中に魔力を集中させてクッション代わりにすることで相殺し、実質的に無傷の状態だ。とっさの状況でここまでの判断が出来る者はそう居ない。ましてや、これが初めての生死を掛けた戦いであるのなら尚更だ。


 瞬間、魔石によって造形された短剣がハイオークを襲う


 「っ!!」


 先ほどよりも早い一撃を軽く迎撃後、彼女の居た場所にもう一度見るが、そこに彼女は居ない


 (居ない!?今の一瞬で移動したのか!?)


 次の瞬間、今度は左から短剣が襲う。先ほどと同様に迎撃するも、次は背後、その次は右、更にその次は斜め左と、四方から連続で高速飛来する短剣を迎撃する中、ハイオークはこの攻撃の正体に気付いた。彼女は建物を利用し、高速で縦横無尽に飛び回っているのだ。そして、違う地点に移動するたびに短剣を投擲し、迎撃させることで、彼女の移動パターンを悟らせない様にもしている。まるで、こちらの動きを観察するのが目的の様に..............


 (見えた!)


 ようやく彼女の動きを捉え、再び彼女を視界に収めた時、彼女はこちら側を向き、前傾姿勢を取っていった。明かにこちらへ飛び込もうとしていると判断したハイオークは、斧を後ろへ構え、迎撃のための大振りを準備する。だが、ハイオークのもとに飛び込んできたのは彼女ではなく、10数本以上の短剣の集団だった。


 (先程までは1本ずつだったはずが、今度は10本以上を同時にっ!?)


 ハイオークの視界に収まり、前傾姿勢を取っていたヨセフカは、それと同時に左手に魔力を集約させていた。投擲動作と並行し、短剣を魔石で生成していき、投擲と同時に全てを完成させ、一度に複数本の短剣を投擲した。先ほどよりも大量かつ、速度は全く衰えていない短剣群を迎撃するため、ハイオークは前方への大振りを選択した。斧の一振りによる斬撃は凄まじく、飛来してきた短剣群を一撃で迎撃してみせた。しかし、短剣群を迎撃した丁度その瞬間のことだった。


 「がはっ!?」


 心臓部に一振りの魔剣が突き刺さる。短剣群が迎撃され、それによって生成された魔石の粒にょる塵煙を吹き飛ばすように飛び込んできたヨセフカは、そのままハイオークの心臓を魔剣で刺し貫く。そして、刺さった魔剣を起点に、両脚による重い蹴りを腹部へと見舞う。蹴りによってハイオークが後方へと後退する中、心臓の魔剣を捩じり、蹴りによってハイオークが後方へ飛ぶと同時に、その心臓を捻じ切る。ハイオークが血を撒き散らせながら後方の建物群へと突っ込んだ。地面に着地し、撒き散らされた血を見たヨセフカはため息と共に言葉を漏らした。


 「まぁ、嫌な予感はしたけど、死なないわよねぇ..............」


 血が灰へと帰らず、そのまま残っている光景を見たヨセフカはため息を吐く。


 「我々オークは、そも再生力に富んだ種だ!この程度では死なんぞ!!」


 心臓部を修復させながら姿を現したハイオークが高らかに宣言する姿を見たヨセフカが黙り込み、先程の様に複数の短剣の投擲を始めた。先ほどよりも1本1本が太いそれは、正確性に欠けており、投擲された何本かは、迎撃されることなく地面へと刺さっていく。


 「どうしたっ!!渾身の一撃が無意味だったことで自棄にでもなったかっ!?」


 「黙りなさい」


 重く鋭い言葉が走ると同時に、彼女は魔力を集めた左手をハイオーク側へかざした。


 (手をかざした?一体何を..............)


 ヨセフカが放ったものは”ただの魔力”だった。攻撃するためのものではなく、吸った空気を口から吐き出すのと何ら変わらない所作。戦闘には何ら関係しないその行動にハイオークが更に困惑する中、ガラスにヒビが入る時のような音が近辺から鳴り始める。


 (今の音は!?)


 次の瞬間、爆発音と共にハイオークの周りが霧で覆われる。青白い色をしたその霧は、瞬く間に周囲へ充満し、ハイオークから視界を奪った。


 (煙幕だとっ!?馬鹿な!この状況でなぜ視界を塞ぐ必要がある!こちら側は、視覚が無くとも、空気の流れや魔力感知で接近を察知できる。それは向こう側も分かっているはず。いや、むしろ向こうも同じことが出来るはずだ。この状況で、互いの優位に影響しない行動に何の意味がある!?)


 視覚がなくとも嗅覚や触覚、聴覚などの感覚、魔力を使うものだからこそ精密に感じ取ることの出来る魔力感知能力が存在するこの世界において、煙幕による目くらましはさしたる効果を持たない。たとえ接近して何かをしようとしても、視覚以外の他の感覚で容易に察知することが出来るからだ。しかし、それはこれがただの”霧”であった場合の話だ


 (ぅっ!!?)


 斧を握りしめ、周りを警戒し、少し息を吸い込んだ当たりのことだった。ハイオークが自身の体調の変化に気が付いた。嗅覚や触覚、聴覚、味覚などの他の五感がぐちゃぐちゃになり、正常な機能を果たせなくなりつつあること。最後の砦であるはずの魔力感知に至っては、五感よりも重篤であり、五感の異常も合わさり、自身がこの場にしっかりと立っているのかさえ疑わせる状態となっていた。


 (何をされたのだ!?この症状は何だっ!?どこからか噴出したこの青白い霧!まさか劇毒でも含まれていたのか!?馬鹿な!この距離なら奴も巻き込まれるはずだぞ!?)


 瞬間、ハイオークのわき腹が大きく切り裂かれる


 「っ!?貴様!!」


 反射的に斧を振り下ろして反撃するも、そこには誰も居ない


 「なぜ俺の位置が分かる!?貴様!!一体俺に何をしたっ!!?」


 霧が広域を包む中、ハイオークの怒号が響き、それに答えるように淡々とした言葉が返される


 「27本」


 「何っ!?」


 「あなたに投擲し、迎撃されずに地面に刺さった魔石短剣の本数よ」


 魔力を圧縮し、結晶化させることは容易なことではない。普段は魔素として空気中を漂い、体内に取り込まれることで魔力というエネルギーに変換される。そのエネルギーは、”魔法”による指向性を持たないまま大気中に放出されると、次第に魔素の形へと姿を戻す。しかし、この魔力から魔素へと戻ろうする量が多すぎると、その変換現象に伴う爆発に加え、あまりに高濃度となった魔素が体内で変換しきられずに残り、重篤な症状を引き起こすことになる。この現象は”魔力汚染”と呼ばれ、特に魔鉱技術を扱うドワーフで深く認知されている。


 「では、これは塵煙などではなく、お前自身のっ!?」


 「普段は空気と共に薄く充満していて、感じることは出来ても、明確に視認することまでは出来ない魔素だけど、一定濃度を超えて充満すると”青白い霧”という形ではっきり視認できるようなる。でも、その区域は、あまりの魔素濃度のために中毒症状を誘発する危険地帯にもなる」


 「くっ!!」


 怒号を響かせ、激昂しているように見せても、必死に斧を振ることで、周りの霧を霧散させようとするハイオークだが、全く晴れる事はなく。何も感じ取れぬまま、一つ、また一つと、体が切り刻まれていく


 「この体のおかげで、汚染による症状は避けられるけど、視界は塞がれる上に、魔力感知も十全には使えなくなる」


 「なら、なぜ俺の場所をこうも正確にっ!?」


 今度の斬撃は顔面を掠める


 「完璧ではないわ。実際、今の一撃で頭を飛ばすもりだったのに外してしまった。でも、視覚や聴覚、触覚、魔力感知が不十分であっても、今のあなたの位置ならおおよそは分かる」


 「何っ!?」


 「出来る事なら、この手は使いたくなかったの。自身と敵への魔力汚染の影響がどの程度か分からない上に、魔族の回復がどの程度まで反映されのかによっては、この感知方法だって使えなかった可能性もあったわ」


 「回復の程度?感知方法だと?まさかっ!?」


 青ざめたハイオークは、自身のこれまでの行動を振り返る中で、一つだけ思い当たる節があった。それは、自身が叩き落とし続けた結晶の短剣たちだった。たとえ、斧で細かく砕くことで迎撃したとしても、安定した状態で結晶化した魔石がただの魔力へ、そこから魔素へと戻るには時間がかかる。では、自身が砕き続けた細かな魔石の粒は今どこに存在しているのだろうか?


 答えは簡単だ。自身の体の中や、皮膚、服の中に存在している。そこから発せられる魔力、もしくは、自身が結晶化させた魔石の細かな状態は無条件で感知できるのかは分からないが、奴は確実に俺に仕込んだ魔石を頼りにして俺の位置を掴んでいる!!

  

 仕込まれた魔石を今から何とかするか?いや、無理だ。どれほどの量が体内や皮膚、服に存在するか分からない上に、この意識混濁状態の中、ほどんど運頼みで急所への攻撃を免れている状態。そんな悠長なことをしている暇など与えてくれるわけがない!


 ハイオークの中で様々な思考が巡っていく。今までの”暴”に頼みを置いた戦いでは決してなかった思考を必死に巡らせる。だが、どれだけ思考を巡らせても、それがどこかに着地することはなく、ただただ堂々巡りを繰り返すばかり............................


 (あの方に促されてここまで来た。成長し、脅威になる前に、英雄の愛娘を始末するため、大戦を共に戦い抜いた仲間を連れ、この町に攻め入った。人間の脆弱ぶりは相変わらずのもので、愛娘さえ排除できれば、今の崩れた我々だけでも、残りの人間ども皆殺しに出来たはずだ。だというのに、この”異質”の化け物は何なのだっ!?”暴力”でも”知略”のそれでもない。ただ殺す為だけに洗練された戦い方、それをこれが初陣であろう少女が行っている。熟す前の半端者ではない!こいつは燃え盛る”復讐鬼”だっ!!)


 思考の決着がつかず、負の思考ばかりが堆積していく。本来であれば、このまま終わりを迎えるはずの状況の中、ハイオークは決断した。極限に近づく中、彼は”思考の放棄”という選択肢を選んだのだ


 (たとえ、どのような状況であっても、この俺が人間側に恐怖するなどあっていいはずがないっ!思い返せば、ここまでの戦い、終始こちらが手玉に取られ続けている。まともに戦えてすらいない。全てが奴の筋書きの上だとするなら、この思考の堂々巡りでさえも、やつの筋書きにあるやもしれない!ならば、そんなものは捨てる!全ての感覚が役に立たないこの状況、唯一この俺に残されたものがあるとすれば、今まで培ってきた戦いに記憶のみ!それに全てを賭けるっ!!)


 皮肉にも、彼女による追い詰めが巡っていた思考を一巡させ、収束させた。図らずも、最もベストな選択肢へと導く結果となった


 四方からランダムで繰り出されていた斬撃が止んだ刹那のことだった、周りを滞留していた高密度の魔素が消える。何かに一瞬で吸い込まれるかの如く消えたそれは、ハイオークに一瞬の感覚の回復と直上から迫った攻撃の存在を感じさせた。チャンスを掴んだと確信し、上空からの攻撃に対応しようとした上を見た瞬間、その視界は”光”に支配された。次の瞬間に現れたものは、凄まじい轟音と衝撃波、そして爆発によって巻き上げられた土煙だった


 先ほどまでヨセフカが行っていた攻撃は確かに斬撃だった。だが、それは魔剣によるものではなく、生成した魔石の短剣によるものだった。なら、攻撃に使用していなかった魔剣はどうしていたのか?右手に携えた魔剣に対して、彼女は大量の魔力を送り続けていた。高濃度の魔素が充満する中、魔力へ変換するたびに魔剣へと供給し続けていたのだ。そして、魔剣にさえ負担になり得る量の魔力を内部で圧縮し、完全に溜まりきったタイミングを見て直上へ移動、剣内部に圧縮された大量の魔力を刺突攻撃の要領で打ち放った。魔剣から放たれたそれは、ただの魔力ではなかった。膨大なエネルギーを内包したその奔流は瞬時にハイオークの元へと到達し、轟音と爆発を伴って圧倒的な破壊をもたらした


 「はぁ、はぁ............................」


 ”大丈夫かい!?” 


 「流石に魔剣による補助があるとはいえ、ぶっつけ本番の魔力運用を多用するのは負担が大きいようね。初めてよ、ここまで疲弊するのは..............」


 ここまでの戦闘、全く息を切らすことが無かったヨセフカだったが、流石に今回の戦闘は堪えたようだ。まぁ、本来であれば、最初の実戦にも関わらず、ここまでしてやっと疲弊する方がおかしいのだが、ひとまずは、この状況を喜ぶべきなのだろう。不安な面はあったが、ヨセフカはこうして生き残ったのだから............................


 (今の一撃、再生すら許さないほどの攻撃で消し飛ばすべきだと判断しての選択だったけど、何かおかしい。明確な手応えが薄いような..............)


 次の瞬間、土煙をかき分けるように斧が襲い掛かる


 ”ヨセフカっ!?”


 「しつこいっ!!」


 咄嗟の判断が幸いし、斧による襲撃を叩き落としたヨセフカだったが、突然の違和感が彼女を襲う


 (叩き落とせた?いや、上段からの振り下ろし攻撃、筋力では劣勢のはずの私がこうも弾ける訳が..............違うっ!!これはっ!!?)


 判断が遅れる。この攻撃、彼女は迎撃するのではなく避けるべきだった。だが、いざ剣によって迎撃し、この攻撃が振り下ろしではなく、斧による”投擲攻撃”だと後から気が付いた今となっては、完全に後の祭りとなってしまった。


 瞬間、前方からの強い衝撃と共に、背後の建物群へと突っ込み、肉体に激しい痛みが走り抜けた。剣を持っていた腕は砕かれ、砕きながら胸部に達した拳によって、肋骨や臓器系にまで損傷が及んだことが感覚によって理解できた。今、自身がどんな状態で建物群の中にいるのかも定まらない中、薄っすらと前方の視界が開けていく


 (半身が..............吹き飛んで............................)


 そこに移り込んだものは、右上半身を失い、息すら絶え絶えの状態になりながらも、未だに闘志を失わずに立ち続けるハイオークの姿だった


 先ほどの魔力の奔流による攻撃、あれは確かにハイオークに命中していた。しかし、ハイオーク側もただ立ち尽くしていただけではなかった。”光”を視認した瞬間、ハイオークは自身の右半身に全てとでも言える程の魔力を総動員させた。右半身の筋肉たちが膨張し、各所では血管が表層まで浮き上がり、ミシミシと悲痛な音を鳴らしながらも、限界のその向こう側まで魔力を込め、その全てを”光”へとぶつけたのだ。もちろん無傷では済まない。体が消し飛ばされなかった代償に、右半身が消し飛んだ。即死はせずとも、戦闘の継続には致命的なほどの欠損であり、完全な治癒には数時間の安静を要すほどのものだった。


 (あぁ、自傷前提の捨て身攻撃..............読み......切れなかっ..............)


 ”ヨセフカっ!!”


 静かにしてよ..............疲れたから、ほんの少しだけ..............続きは、目を閉じて、休んでから..............


 薄らいでいく意識の中、どこかから声が聞こえた


 ”霞ってば!さっき起きたばっかりだろう?いくら日曜だからって、生活が乱れると明日からが辛いよ?”


 ”宗一っ!!?”


 横になっていたソファーから跳ね起きると、そこには彼の顔があった。忘れられる訳がない、温かく、私を安心させてくれる存在


 ”どうしたんだい!?そんな驚いた顔して..............”


 ”どうしたじゃないわよっ!私まだ、あなたに話したいことがたくさんっ!!”


 触れようと駆け寄り、肩に手を当てた瞬間、まるで空を切るかのように、私の体は彼をすり抜けた。無情にも、今の彼と私がいる場所が違うことを証明するように..............


 ”なんで?私、やっと”あの子”や”あなた”と同じところに行けたんじゃ..............”


 落胆する中、彼は私に言った


 ”言ったろう?僕はただ、また眠りそうになっていった君を起こしに来たんだ”


 ”嫌..............”


 ”霞..............”


 ”嫌よっ!!”


 ”霞っ!!”


 ”嫌に決まってるでしょう!?やっとまた、あなたの顔が見れたのにっ!さよなら一つ満足に言えなかったあなたに..............やっと会えたのよっ!?”


 ”今の君はヨセフカのはずだ。そんな君が見つけるべきなのは僕らじゃない。別の幸せのはずだ”


 ”どうして、あなたがそんなこと言えるのよ?私はあなた達を捨てて、自分勝手な新しい道を選んだのよ?なんで責めたりしないのよ..............”


 ”責めたりするもんか。君は僕らを”捨てた”んじゃない。乗り越えてくれたんだ”


 ”置いていったことに変わりはないでしょ!?”


 ”全然違うよ。失ったものに取りつかれて、前を向けずに生きているのなら、それは死んでいるのと変わらない。僕は君に生きて欲しかった。僕やあの子の分も生きて、笑っていて欲しかった”


 ”あの子もあなたも居ない場所で笑えって言うの?”


 ”身勝手な話だって言うのは分かってる。式を挙げた時、あの子を授かれた時、僕は君に誓った。隣にいて、一緒に幸せになるって。でも、僕はそれを破った。そんな僕が言えた事じゃないのは百も承知。それでも、僕の思っていた気持ちは嘘じゃない。”


 ”嘘なんて思ってないっ!がさつで、研究ばかりで、人への当りも強い私を、それでも選んでくれたあなただもの!裏切ったのは私の方よっ!一緒の幸せを誓ったのに、それを破って私は!!”


 ”なら、どっちも罪人だ”


 ”え?”


 ”僕も君も、一度した誓いを守れなかった。だったら、僕らの立場は一緒だ。君だけが悪いなんて、そんなことは絶対にないよ..............”


 ”なんで、なんでよ..............なんで、いつもあなたはそんなに優しいのよ..............”


 暖かな言葉が耳元で囁く


 ”いいんだよ、君は君の幸せを見つけて良いんだ..........................”


 ”私、どんどん二人のことを思い出せなくなってる。まるで他人事のようになりつつある。このままじゃ、私は本当に..............”


 ”僕らは、君を支える思い出ではいたいと思ってる。でもね、重りにはなりたくない。だから、君は自分の人生のことを考えるんだ。自分勝手だの、身勝手だの言われたって、そんなの気にしちゃ駄目だ。これは君の人生だ!君の命なんだっ!”


 ”恨まないの?”


 ”寂しくはあるよ?でも、それ以上に嬉しいんだ。好きな人が笑っていてくれるのは。まるで、自分も笑えているような気分になれるから..............”


 ”ありがとう..............こんな私を選んでくれて..............”


 ”いってらっしゃい、霞”


 ”私、諦めないわ。やるだけやって来る。意地汚くて、ズルくたって、必死に生き抜いて、またここに帰ってくる”

 

 ”あぁ、待ってるよ。いつまでだってね..............”


 途切れたはずの意識が急速に引き戻される。冷たく危機的な現実へと戻った直後、私の体は自身の意思よりも早く動いた


 「終わりだ、小娘っ!!」


 斧を振り下ろした瞬間のことだった。一瞬だけ何らかの感触が腹部にした後、俺は自分が立っていた地点から大きく後退した位置で空を見ながら倒れていた。斧は俺の横に刺さっている。


 (何が起きた?)


 「あぁ、変な感じ。最悪な夢を見たはずなのに、何か重しが外れたような感じもする」


 何か大事なモノを見ていた筈なのに思い出せない。あるのは寝起き直後の爽快感だけであり、どこか物悲しさを感じる


 ”ヨセフカ!?君、体の怪我はっ!?”


 体の各所が暖かい。先程までの痛みや怪我が嘘かの様に体が軽い


 「なんだ..............あれは?」


 立ち上がったハイオークの視界に移ったものは、青白い霧を出しながら、めくちゃになったはずの”腕”やその他の傷が治っていく姿だった


 (あの回復、それにあの速度、あれではまるで上位の..............いや待て。それよりも、あいつの”あの姿”の変化は何だっ!?)


 身長は147 cmから5 cmほど伸び、目の色は淡く濃い紫色へ、そして、何よりも大きな変化は体毛だ。色は黒から透き通った”白色”に変わり、足や腕に追加で白く鋭い体毛が生えている


 (あの異様な姿の変化、まさか”獣化”したとでも言うのか?初の実戦、死線すら潜ったことすらなく、適齢期でも無い”あの少女”が?俺は一体、何をしでかしたのだ?)


 ハイオークが戦慄する中、ヨセフカは自身の変化を実感していた


 「凄いわ、フィー。滅茶苦茶になったはずの腕、損傷したはずの肋骨や内臓、全て呼吸するだけで治っていく。それに、体がまるで”羽毛”のように軽いわ」


 (頬けている場合か!?こうなった以上、何を犠牲にしてでも奴をここで!!)


 残った左腕に斧を携え、前方の異形へと踏み込み、その斧を振り下ろす


 「不思議ね」 


 斧が命中し、衝撃と轟音が鳴り響く。だが..............


 「馬鹿な............................」


 斧は”腕”の”体毛”によって止められていった。本人は微動だにせず、ただ腕を斧の進路上に添え、簡単に止めてみせたのだ


 (こいつの腕の体毛、表面に析出しているの魔石か!?こいつ、体毛の一本一本が高密度の魔石を纏っているのか?まるで”竜の鱗”にでも立ち向かっているようだ..............)


 「さっきまであった緊張感をまるで感じない。同じ相手と戦っているはずなのにね..............」


 止められていた斧を軽く弾くと、その腕でハイオークの腹部へ一撃を加える。殴打のつもりで打った打撃は、軽くハイオークの腹部を貫通し、ヨセフカの腕には内臓を掴むような感覚が染み渡っていた


 「がぁっ!?」


 「あら、軽くやったつもりだったんだけど、筋力や鋭さも大分上がっているみたいね」


 そういうと、彼女は自身の腕をハイオークの腹から引き抜き、内臓の一部を引きずり出した


 後方へとのけ反ったハイオークは、瞬時に自身の身体的異常に気が付いた


 (何だ!?貫通した腹部が..............再生しないっ!?いや、それだけじゃない。右半身の再生も止まっている!?)


 「頭の中が透明で気分が良いわね。自分が今すべきことがはっきり分かる」


 「ば、化け物............................」


 「あら、散々市民を虐殺しておいて、いざ自分が追い詰められていたらそれ?」


 再生が止まり、体が次第に灰へと崩壊していく。後ろへのけ反る中、片足が灰へと崩壊し、その場に倒れ込む


 「もういいわ。この戦いで得たいものは全部手に入れた。消えなさいっ!!」


 右手に持った魔剣に魔力を込め、前方を切り上げる。切り上げと共に発生した魔力の奔流は、光の柱となってハイオークを呑み込み、その灰すら消滅させた。


 残党魔族による円形都市”ガルム”襲撃。北門から侵入した魔族によって自警団員に大きな被害が発生。しかし、団員による必死の抵抗もあり、市民の被害は軽微なものに抑えられた。しかし、魔族が侵入した北門付近の被害のみは重篤であり、復興には数年を要する規模となった。今回の襲撃では、魔族による市民の混乱が最も危惧されていたが、それは杞憂となった。一人の少女が参戦したためだ。


 ”ヨセフカ・ワーウォルフ”

 二人の英雄の間に生まれた少女は、この戦闘が初陣にも関わらず、他と比較にならない活躍を残した。何よりも大きかったのは、戦闘後の市民への対応だった。残った団員をすぐにまとめ上げ、避難民の確認と寝床の確保、食料の配給に至るまでの対応を迅速に完遂させてみせたのだ。白銀の髪をなびかせながら指示する姿は市民から羨望の眼差しを集め、戦闘を目撃した団員達からは神の様に扱われていた。

 元々、協会内における”ヨセフカ・ワーウォルフ”の扱いは特別なものだった。この時代を生きる全ての人々にとっての希望であり、魔族に対する切り札であると団員は教えられ、市民たちにとっても一種の”信仰対象”のように見られている。


 最初、この方針が”ヘンリック”から伝えられた時は耳を疑った。10歳にも満たない少女にこれほどの重責を背負わせるのは無茶であると。だが、続きを聞いた時には更に驚かされた。この方針は、彼女自身と協議し、主に彼女自身が提案したことであると言ったのだ。正直、この目で彼女を見るまでは、それほどの重責を担える程の器なのか疑っていった。だが、実際に彼女を見て、アリス様から与えられた”氷剣”を自分以上に使って見せる姿で確信した。彼女にはそれが出来てしまう。自身やその他とは違う、アル様やアリス様を見た時と全く同じ感覚を覚えたのだ。彼女は............................


 ”出来てしまう側の存在”だと


 ガルム中央地区:団員用宿舎

 「ヨセフカ様、本当に共用の宿舎で良かったのですか?探せばもっと良い場所が..............」


 屋敷から付いてきてくれた侍女の一人が心配そうに声を掛ける


 「大丈夫よ、ただでさえ予断を許さない状況なんだから、私だけ特別扱いでは示しがつかないわ」


 「かしこまりました。では、ゆっくりお休みください。この度の戦闘、ヨセフカ様が居なければ、この町は今頃存在すらしなかったはずです。ありがとうございます」


 「あなたも休みなさい。私ももう寝るわ」


 一礼をした後、侍女は部屋を後にした。それを確認した彼女はフィーに語り掛け始めた


 ”ねぇ、フィー?”


 ”どうしたんだい?”


 ”腕や足の体毛、目の色は戦闘後に引っ込んだけど、この髪の色は戻らないのかしら?”


 戦闘が終了した後、足や腕の体毛、目の色に関しては、纏う魔力を少なくすることで戻りはしたが、髪の色だけは”白色”から戻らないままだったのだ。


 ”これは推測になるけど、今回君は、生死の淵に立ったことで強制的に獣化が発現したんだと思う”


 ”つまり、私のは正規の手順を踏んだものではないの?”


 ”本来は、適切な年齢に達して体が成熟してから訓練していくはずだったんだ。でも、死に近づいたことで、魔剣による補助も相まって発現したんだと思う”


 ”母さんは、このことまで視えていたのかしら?”


 ”それは分からない。本人の言っていたパランティアとかいう魔道具があれば分かるのかもしれないけど、少なくとも今は気にしなくても大丈夫さ。君は無事に任務を果たした。約束を守ったんだ!”


 ”約束?”


 ”どうかしたかい?”


 ”いえ、どこかで聞いたことあるような気がしたけど、多分記憶違いだと思うわ”


 ”今日はもう休んだ方が良いよ。連日働きづめなんだから、休めるうちに休んでしまおう?”


 ”それもそうね、おやすみなさい、フィー”


 ”良い夢をね..............”


 彼女が寝静まった後、案内役は話をしていた

”僅か1回の戦闘でここまで成長するとは思わなかったよ”


”危ないところだったよ。でも、死人の魂を引っ張ってきたおかげで、前の世界との柵を完全に立ち、この世界に定着させられた”


”ねぇ、僕は彼女をどうするつもりなのかな?”


”魂の神に魅入られた”魂”とそれが躍る場所として選ばれた”この世界”!少なくとも、楽しい物語はまだこれからって所さ!”


”狂気をはらんだ魂に狂気的な運命と力を与えた世界、一体どんなものが誕生するんだろうね.......................”


話を終えた案内役もまた、ため息をつきつつ、しばしの休息に入った。一人の少女が向かう先を気にかけながら............................


 戦いは終わった。最終的には大きな怪我もなく切り抜けた少女は床に着き、疲労した身体を癒す。一方、彼女を見守る使命を帯びた案内役もまた、彼女の行く末に思いをはせつつも、今日のところは休眠へと入る。視線を潜り抜け、無事に明日を迎えた少女の日常が過ぎていく中、次の選択は彼女に何をもたらすのだろうか?”鍵”が一つ解けたばかりの少女の人生は、まだ始まったばかりだ..............

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ