表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
7/51

七.暗雲への悪路

 突然の招集がかかったのは、それから二日後のことだ。


「こんな所に呼び出されるなんて、何なんだろうな」


 義孝はだんだん苛立ちを隠せなくなっている。

 指定された場所に向かうべく、柚月を連れ、都のはずれの山道に入った。

 が、とんでもない悪路だ。


 かろうじて道らしいものはあるが、普段あまり人が立ち入らない場所らしい。

 自由に木が生い茂り、暗い。

 この様子では、昼間でも薄暗いだろう。


 今は日も暮れ、視界は一層悪い。

 満月でこれだ。

 そうでなければ、闇の中を歩くことになったに違いない。

 そのくせ、この道らしきものから一歩外れれば、奈落の底まで滑落しそうなほどの急斜面ときている。


 確かに、何事だろう。

 柚月は胸騒ぎがしてならない。

 人を阻むこの道が、事の重さを想起させる。

 よほど外に漏れてはいけない話なのか。


「そういえば、江崎さんが斬られたらしい」


 そう言いながら、義孝は目の前に現れた小枝を煩わしそうに払った。


「江崎さんが⁉」


 柚月は驚いた。

 江崎は開世隊の中でも、一・二を争う剣の手練れだ。

 

「やっぱり知らなかったか。お前、もうちょっと松屋によりつけよ。皆知ってるぞ」


 義孝はそう言いながら、足元に飛び出してくる草をめんどくさそうに蹴っている。

 柚月はもともと松屋に入り浸ることはないが、特にここ二日は、集会に顔を出す気にもなれず、もう一つの宿、「旭屋」に籠っていた。

 義孝はそのことをやや責めている。


 だが、柚月は気づいていない。

 いや、義孝の言葉など、聞こえていない。


「いつ? どこで⁉」


 悪路も忘れて食いついく。

 義孝の方は、飛び出してくる枝に気がいっている。煩わしそうに、また手で払いのけた。

 だが、その表情が険しいのは、邪魔な枝のせいだけではない。 


「昨日だよ。おそらく雪原麟太郎の手の者だ」


 柚月は雪原の名にピクリと反応し、足が止まった。


「おい、止まんなよ。遅れるぞ」

「なんで、そう言える?」


 やはり、柚月に義孝の声は聞こえていないらしい。

 義孝はあきれたように、ため息に似た息を吐いた。


「昨日、江崎さんと太田さんが飲んだ帰りに、街で雪原を見かけたらしい。そんな好機、めったにないからな。二人で後をつけて、斬ろうとしたんだと」

「二人で? 向こうはそうとう護衛がついてたんじゃないのか?」


 闇討ちとはいえ、無謀だ。


「いや、一人だったらしい」

「一人?」


 柚月は黙り込んだ。

 雪原は一昨日、柚月と出くわしたばかり。再び一人で出歩くなど、無防備すぎる。

 引っかかる。

 と同時に、疑問がわいた。


「なんで、雪原だって分かったんだ? 一人だったんだろ?」


 雪原麟太郎は、あまり世間に知られた人物ではない。

 義孝も柚月も、名前さえ知らなかった。まして、その顔を知る者など。

 どれほどいるだろう。


「江崎さんが知ってたらしい。ほら、江崎さん、しばらく横浦(よこうら)にいただろ? 市場かどっかで、見かけたことがあったんだと。まあ、その時は、雪原も一外交官だったろうし、まさか陸軍総裁になるなんて、思ってもみなかっただろうけどな。よく忘れずに覚えてたもんだよ」


 そうまで言うと、義孝の目つきが変わった。

 声も、鋭くなる。


「ただ、()ったのは雪原じゃない。雪原に切りかかった瞬間、斬られたそうだ。陰で相手の姿は見えなかったらしいが、雪原は抜刀すらしていなかったって話だ」


 太田はいざとなって怖気づいて出遅れ、そのおかげで一部始終を見ていたのだという。

 

「今朝、野次馬に交じって遺体を確認してきたやつが言うには、首を一太刀、見事に()(さば)かれてたって話だ」


 柚月は再び黙り込んだ。

 いくら好機に気が(はや)っていたとはいえ、江崎が傍に潜んでいる気配に気づかないなど、納得できない。

 まるで、影に斬られた、と言われているようだ。


「なんにしても、向こうも相当な手練れがいるってことだ。横浦での闇討ちも、もしかしたら、雪原の仕業だったのかもな」


 柚月はますます黙り込んだ。

 二年ほど前から、開世隊員が横浦で暗殺されるということが何度かあった。


 開世隊員が横浦にいることは分かる。船で都に入るのに、横浦の港を使うからだ。

 だが、なぜ都ではなく、横浦で襲われるのか。

 柚月はずっと引っかかっていた。


 横浦には、警備隊はいない。

 警備隊はあくまで、都の治安維持を目的とした組織だ。横浦まで出向くことはない。

 軍が配備されたとも聞かない。

 下手人が定かではなかった。


 それが、ここ一月ほどの間、ぱったり止んでいる。

 雪原が陸軍総裁となり、都に入った時期と一致する。


「あれだ、あれだ」


 義孝の嬉しそうに声に、柚月ははたと現実に引き戻された。

 木の隙間に小さな明かりが見える。

 その明かりを目指し、険しい道をさらに進むと、やっと、指定された小屋にたどり着いた。


「いやぁ、やーっと着いたぜ」


 義孝は安堵と疲労から、戸にすがるように寄りかかり、開けた。

 ろうそくの灯りだけが頼りの薄暗い中、すでに、十人以上の男たちが詰めている。

 皆、見覚えのある顔ばかり。

 開世隊の中でも、楠木に近い、いわば幹部級の者ばかりだ。


「なんだ? 物々しいな」


 義孝が思わず漏らす。

 柚月も同感だ。

 戸の近くに二人並んで腰を下ろすと、柚月は、小屋の中を見渡した。


 上座には、杉。と、もう一人。

 見たことのない男が座っている。


 この薄暗い中でも分かる。あれは、かなり上級の人間だ。

 帯刀しているところを見ると武士なのだろうが、あの身なりの良さ。なにより、ただ座っているだけだというのに、開世隊の者たちとは明らかに違う、品格がある。


 だが、本来いるべき人物が見当たらない。


「楠木さんはいないのか?」


 妙だ。

 柚月はもう一度小屋の中を見渡した。

 が、やはり、いない。


「え?」


 義孝が聞き返した時、杉が口を開き、会話は打ち切られた。


「揃ったな、諸君。こんな所にまで呼び出してすまない」

「いや、まったくだぜ」


 義孝が小声でぼやく。よほど山道が辛かったらしい。

 いつもなら柚月が膝を小突いて注意するところだが、流した。

 小屋の中は、妙な緊張感が漂っている。


「皆知っているとは思うが、昨夜、江崎君が斬られた」


 男たちの顔が悲しみにゆがむ。

 皆、旧知の仲だ。


「だが、悲しんでばかりもいられない。いや、だからこそ、前に進まなければならない。我々には、果たすべき目的がある」


 杉は、演説のように声を張り上げる。


「随分待たせてしまったが、ようやく準備が整った。今、萩から我らの同志達が、大量の武器を持って、都に向かっている」


 杉はいったん言葉を止め、声を潜めるようにぐっと前かがみになった。

 目が、ろうそくの灯に照らされ、爛々と光っている。

 その不気味さに、柚月の緊張が高まる。


「海外から買い集めた武器だ」


 杉の低い声。その言葉に、男たちは「おお」と漏らし、じわりじわり高揚する。


「明日にも、羅山(らざん)に到着するだろう!」


 杉が声を張り上げ、小屋の中が沸き立った。


 羅山とは、都の三方を囲む山の内、西にある山だ。

 西側からの都の入り口。萩から陸路で都に入るには、必ず通る場所ではある。

 だが、柚月には話の筋が見えない。


 羅山なんかに、萩から同志達が来ているとはどういうことなのか。

 海外から武器を買い集めたとはいったい。


 分からない。

 分からないが、なぜか鼓動が早まる。

 嫌な鼓動だ。


「速やかに軍をすすめられたのは、ほかでもない、ここにいらっしゃる剛夕様のお力添えあってのことだ」


 小屋中の視線が、一斉に上座の男に注がれる。

 柚月は、あの方が、という驚きとともに、得体のしれない不安に襲われた。


 何か、自分の知らないうちに、知らないところで、何か、大きなものが動いている。

 何か。


 杉は勢いよく立ち上がると、鼓舞するように声をあり上げる。


「三日後、都に総攻撃を仕掛ける!」


 小屋中の男たちが一斉に立ち上がり、拳を突き上げた。

 雄叫びのような賛同の声が上がる。

 小屋は、異様な空気に包まれた。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
cont_access.php?citi_cont_id=168506871&s
― 新着の感想 ―
[良い点] 幕末ロマンを感じさせる作品ですね。討ち入りを敢行する展開なのかな?期待できる物語構成です。 [一言] 激動に身を任せようとする周囲に対し、柚月の冷静さが物語を客観的に見せてくれていいと思い…
2021/10/12 18:16 退会済み
管理
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ