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五.黒猫の知らせ

 長屋が立ち並ぶあたりまで来て、柚月は足を止めた。

 随分息が上がっている。

 苦しい。

 前かがみになり、膝に手を当てて支えた。


 足から影が伸びている。

 切り離せない、暗い闇が。

 柚月はそれを、じっと見つめた。


 自分にいったい、どうすることができるだろう。

 どうすることもできない。

 この流れを変える力など、自分にはない。

 かといって、このまま松屋に戻る気にもなれない。


 早鐘を打つ鼓動に合わせて、思考がめぐる。

 めぐるばかりで答えが出ない。

 断ち切るように体を起こし、空を見上げた。


 濃紺の空に明るい月が浮かび、その光の陰に、無数の星がちりばめられている。

 目を閉じ、大きく息を吸った。

 少し冷えた夜の空気が、胸いっぱいに入ってくる。

 それをゆっくりと吐くと、肩でしていた呼吸がおさまり、少し、心も落ち着いた。

 ここに立ち止まっているわけにもいかない。


 柚月は勢いよくガシガシ頭を()くと、今度は短く息を吐いた。

 わずかに、目に強さが戻った。


 歩き出すと、物陰から静かに何が現れ、足音もなくまっすぐ柚月の足元にすり寄ってきた。

 猫だ。

 それも、闇に溶けこむような漆黒の。

 このあたりの人に餌でももらっているのか、随分人に慣れている。


「迷子か? 俺、餌持ってないよ」


 柚月がかがみこんで撫でようとすると、猫はするっとその手をすり抜けた。


「つれないやつだな」


 ぬくもりに触れられない虚無感に、思わず苦笑が漏れる。

 猫は柚月の横をすり抜け、去っていく。

 その姿を目で追って振り向き、柚月はぎょっとして、反射的に立ち上がった。


 すぐ後ろ。

 女が立っている。

 しかもその女。

 知っている。


 椿だ。


「どう、したの?」


 柚月はビックリしすぎて、間の抜けた声になった。

 椿も驚いた顔で、帯に差した扇子をぎゅっと握りしめている。


「道に、迷ってしまって」


 間の抜けた声で応えた。

 ちょうどその時。

 パチン、と微かな音がした。

 刀を納めるような音だ。

 だが、椿の声に重なり、かき消されてしまった。

 柚月は気が付かない。

 そればかりか、突然すぎる再会に事態を飲み込めず、目をぱちくりさせている。

 その様子に、椿は緊張が緩んだのか、扇子からすっと手を放した。


「え…っと、(やしき)に帰るの? だいぶ方向違うけど」


 柚月は、まだ半分驚いた顔をしているが、声はいくらか落ち着きを取り戻している。

 反対に、今度は椿が驚いた。


「え⁉」


 口元に手を当て、きょろきょろとあたりを見渡し、絵に描いたようにうろたえ出している。

 あわあわ困っている姿も、また、かわいい。

 柚月は少し気が緩み、ふふっと笑いが漏れた。


「送るよ」


 そう言うと、先に立って歩き出した。

 このままここに放置すれば、朝まで町をさまよいそうだ。

 それも、運が良ければの話。

 今の都は、夜、女が一人で出歩けるほど、治安はよくない。


 椿は少し戸惑った様子を見せたが、先に行く柚月の背中を、くっと鋭い目で捉えると、後を追った。


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