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モノクローム浮遊学院  作者: ナール
第一章 入学初日編
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04 ヴァンパイア晒し

挿絵(By みてみん)

12:00

入学式が終わると、俺たち新入生は野外にある広い庭へと案内された。


これから新入生“歓迎会”を兼ねた昼食の時間が始まるようだ。広い庭に幾つものテーブルがずらりと並び、約600人分の料理が用意されているこの景色は中々に壮観だった。だが歓迎会のわりには、上級生たちはここに参加していない。


代わりに庭のあちこちに教員らしき人たちが無言で立っているだけだ。彼らは監視員的な役割でそこに立っているのであり、俺たちに混ざって参加する気はなさそうに見える。料理はともかく、このどこか威圧するような空気感に“温かみ”は微塵も感じなかった。これではまるで囚人のような扱いではないか。


「手厚くも冷たい歓迎だな」

俺は1人でそう小さく呟いた。『中央広場』と呼ばれているらしいこの広い庭は、周りの校舎に囲まれている構造になっている。つまり、庭のどこにいようともベランダから丸見えなのだ。俺は近くのベランダから何か冷たい視線を感じたような気がして、そちらのほうを確認してみた。


そこには何人かの上級生たちの姿があった。彼ら上級生たちは無言でこちらを見下ろしている。会話のようなものは一切聞こえてこない。


挿絵(By みてみん)


「なぁ あいつらは何?」

「上級生だろうな。どんな後輩が入ってくるのか気になってるんだろ」

「そ、そうは見えないけどな…」


そんな会話がすぐ近くを歩く同級生から聞こえてくるが、確かに違和感を感じるのは俺も同じだ。全員の姿は統一されているのだから、遠くからただ観察するだけなのはあまり意味がない。

手を振ったりしてコミュニケーションを図るなら分かるが、それもない。ただ何もせず、こちらを見ているだけだ。


そもそも彼ら上級生たちがこちらに向ける視線は、新入生を歓迎するそれではない。むしろ“威圧感”を感じる。奴らは無言でこちらを観察しているのだ。それが不気味だ。

いくら美味そうな料理が振舞われたりしても、そんな圧迫するような空気で出迎えられては、もはやそれは「温かい歓迎」などではない。実際、新入生の一部は既に気が滅入っているようで、入学式前のあの明るい雰囲気は無くなっている。


広場に並べられている大きめのテーブルには、それぞれに番号がいくつか記された看板が設置されている。自分の持ち番号があるテーブルに集まって、昼食をとりつつ歓談でもしましょうという事だろう。この空気でそれが出来るのかは疑問だが。



ともかく、新入生たちはそれぞれのテーブルに散らばっていく。実はここまでずっと俺のすぐ後ろを歩いていたI-028に顔をちらりと向けると、視線が合った。


「ご、豪華だな…」


俺は緊張感を含む声でそう呟いた。全てのテーブルに世界中の様々な食べ物が贅沢に並べられているこの様は、普段は中々見る事もない豪華さがある。


「見慣れない食べ物もありますね。驚きですよ。」


28番は意外と落ち着いた声で答える。もしかしたらこういう状況に慣れている人なのかも知れない。


「…ああ、俺も知らないのがいくつかあるな。さすが世界各地を浮遊してる島なだけはある。」


これまで人間族の街とエルフ族の街を交互に行ったり来たりしてきた俺は、それぞれの食文化に触れてきたが、それでもここにあるものの半分くらいは知らないものだ。この食べ物の豊富さには圧倒される。用意するのも大変だっただろう。


「これだけ人が多ければ、全部知ってる人もいるかもしれませんね」


28番はリンゴのような果実の1つを手に取り、珍しそうに眺める。果物だけではなく、特殊なスパイスで味付けされた揚げ物やサラダ、色とりどりなパイ類などはどれも美味しそうで、それを眺めていると今さっきまで感じていた不穏な空気感などどうでもよくなってくる。


「…そういえば、1学年どれくらいの人数がいるんだっけ?」

「だいたい600人くらいではなかったですか?」


世界中の種族が集まってくる学園にしては、それほど多い数ではないかも知れない。まぁただでさえ異質な学園なのだ。ここに集まっているのは特殊な事情のある奴らが多いのだろう。


「ならこの新入生の中にも、ここにあるもの全て知っている人くらいはいそうだよな」


600人もいたら、中には世界の食べ物に詳しい人もいるかも知れない。どこかの王族や貴族、良家の子ならあり得なくもない。


「へぇ~? あんたら田舎者だね?」


と、そこで気障な口調の生徒が俺たちに話しかけてきた。そいつの額に刻まれた番号はI-024だ。このテーブルは持ち番号21~30番の為に用意されたものであり、テーブル周辺には既にその番号を持つ10人全員が集まっている。


話しかけてきた24番は、俺の隣にいる28番が持っているリンゴのような果物と同じものを持って、これ見よがしにナイフで皮を剥いているところを見せつけてくる。

『こうやって皮を剥くのだ』と教えてくれているのか、或いはそれが出来る自分を誇示しているのか。24番は、俺を上から見下ろすようにして眺めると、髪をかき上げる動作をしながら言う。


「なぁ28番、1学年600人くらいもいるわけだが…主にどんな種族が入学してくると思うかね?」

「…さぁな、俺が知りたいところだ」


この24番の仕草と話し方に見覚えがあると思ったら、先ほど見かけた例の集団の1人だと気づく。入学式が始まる前の移動時に、数人が集まってコソコソしていた奴らの1人だ。俺の隣にいる28番が果実を眺めつつ答える。


「この学園はそれに関するデータを公表していませんからね。けど、おおよそ全ての種族が集まっているでしょうね」

「フッ…おおよそ全ての種族ねぇ…」


24番は果物の皮をナイフで剥き終わると、それを食べずに皿に戻した。そこでパシパシと大きな音で手を叩いて、テーブルにいる周囲の注目を集め始める。


「さっそくだが、ここにいる俺らで自己紹介でも始めないか?」


24番は大振りな動作をして提案した。テーブルに集まっている者達はどうしたものかと互いに顔を合わせる。その中の1人、25番の数字を持つ者が答えた。


「自己紹介と言っても、自分の種族や出身は言っちゃダメなんだろ?じゃ何を言えばいいんだよ?」

「その通りですわね」


お嬢様口調で肯定したのが29番だ。


「趣味とか言うのか?」

「趣味なんて話したら、自分の正体がバレそうだがな~」

「それもそうだな。ははっ 何も言えねーじゃんか」


そんなやり取りをするのは21番と23番だ。自己紹介を提案した24番は、まるで呆れたかのような動作をしてテーブルに置いてあったグラスを持ち上げた。


「そうかそうか、何も話せないのは不便なものだな。…自己紹介はいいとしよう。その代わりに、ここに置いてあるジュースでひとまず乾杯する…というのはどうだね?」


テーブルに並んでいる様々な種類のジュースやお茶を指差しながら、今度は乾杯を提案する。まぁこういう役目は誰かがやるべきなのだろう。俺も乾杯くらいには賛成だ。しかしまさか、自己紹介が許されない学園がこの世に存在しているとは。普通は半分義務として行う事が多いものだと思うが、ここでは寧ろ校則違反になってしまう。


「いいねぇ そうしようぜ?」


21番が大袈裟な動作でジュースが入った容器を持ち上げ、中身をシェイクしている。容器の中に入っているのは見た感じミックスジュースだが、そこまでしっかり振らなくても大丈夫だろうとは思う。そのどこか不自然な動作の意図がつかめず、俺は21番の動きに注意を向ける。その間に24番は全員分のグラスを集め終えていて、高らかに言う。


「さて…例え卒業後に外で会う事があっても、お互い気づかないだろうこの仲で乾杯するというのも、また一興というものだ」

「言うねぇ」


テーブル周辺にいる一同が笑う。その間にも俺は21番の動作に注目していた。俺の気のせいだといいのだが、あの大袈裟なシェイクに何か良からぬ意図があった気がして視線を離せない。

21番はジュースの入った容器を両手で持ち、丁寧にグラスに注いでいる。そこに怪しい動作などは何もない。


こうして俺がずっと21番の動作を見ていた事に本人は気づいていたのか、全てのグラスにジュースを注ぎ終わった21番はチラッと俺を見ると、顔を近づけてきた。


「なぁ…27番さんよ、知ってるか?ここではお互いの正体を明かす事はタブーなんだとよ」

「…それがどうかしたのか?」


それくらいは入学前の段階で誰もが聞く事だし、たった今もその話で盛り上がったところではないか。だが21番は更に顔を近づけて、耳元で囁いてくる。


「へへ…万が一…ここで正体がバレちまったら、そいつはどうなるんだろうなぁ」

「………」


21番は顔を離すと、そのままジュース入りのグラスを配り始める。そして全員分のグラスが行き渡る。中に入っているのは全てミックスジュースだ。


「これで全員に行き渡ったかな? では乾杯といこう」


24番の合図でテーブル周辺の一同がグラスを掲げて乾杯し、そのまま一斉にジュースを飲み始める。

もちろん俺も一緒に飲んだ。ミックスジュースならエルフの街でも良く嗜まれるが、今回のジュースは使われている果物の半分くらいは見たこともないもので、その味も当然初めて味わうものだ。俺はそれを良く味わいながらゆっくり飲む。様々なフルーツの味が染み渡る。普通に美味いじゃないか。


……が、何だ?何か違和感を感じる味だった。俺はエルフの街でも普段からミックスジュースをよく口にするが、この異質な感じは“果物”のそれではない気がした。ツンとした独特の苦みが混ざっている。だがそれは、注意深く味わわないと気づかないようなほんの微小な苦みだ。


俺は隣にいる28番にこの感想を伝えようとした。28番は気に入ったのか、ゴクゴクと飲んでいる。俺より早く全て飲み干し28番は、ぷはぁと小さく息を吐きだす。


「美味ですね。質のいい果物を使っているのでしょう」

「…まぁ そうだろうな」


確かに質のいい果物を使っているのだろう。だが俺の感じた違和感の正体が分からない。知らない果物も混ざっているのだから、慣れない味がするのも当然だろうと言われればその通りだが。


28番は中身を飲み干したグラスをテーブルに置く。俺は24番たちのほうを見る。みんな飲むのが早いようで、感想を伝えあっている。


「いいジュースではないか。感心したよ」

という24番は、やたらと周囲の反応を窺っている。一体何が気になるのだろう。


バキッ


そう思ったその瞬間、俺のすぐ隣でグラスが割れる音がした。何事だ…?音がした方向、つまり28番のほうを向く。

そこには、胸をおさえてうずくまる28番の姿があった。28番はそのまま地面に膝をつき、苦しそうなうめき声を発する。


挿絵(By みてみん)


「お、おい…」

28番の身体から湯気のようなものが滲み出ている。やがて息が荒くなり、そのうめき声も痛々しいものになっていく。

「おい…!? 28番!」


俺が28番の肩に触れようと手を近づけると、そこから火傷しそうなほどの熱を感じて咄嗟に手を引っ込める。この症状は完全にただ事ではない。


「ん?おやおや? フフッ 28番さんどうかしたかね?」

24番はグラスを片手に、愉快そうに言ってくる。


「あ…あなた…()()…ましたね…?」

混ぜた…?今さっき飲んだあのジュースに“何か”が混ざっていた…?


「あぁー もしかして、何かの果物がアレルギーだったのかな?始めて見る果物が多いんだっけ? 田舎者は大変だねぇ」


24番はそう煽るように言いながら、グラスに残っていたジュースをゴクゴクと飲み干す。その振る舞いには28番に対する明らかな侮辱があり、俺は不愉快になった。

だが今はこいつに構っている場合ではなく、28番を助けるのが先だ。しかし28番の身体はあまりにも熱く、触れる事すら難しい。


「誰か28番を運ぶのを手伝ってくれ!これは保健室に急がないとマズい」


今の28番は疑いようもなく危険な状態にある。下手したら命に係わるかも知れない。息が荒く、全身から汗と湯気が滲み出ていて、口から血を吐き出しているのだ。


「おい!誰か!」

俺の声で近くの者たちがようやく28番の症状の重さに気づいたのか、ようやく数人がこちらに駆け寄ってきた。

だがその数人はこのテーブルの者ではなく、別のテーブルから来た人達だ。それに違和感を感じつつ28番の身体を持ち上げようと手を伸ばす。


ドスッ

次の瞬間、俺は押し飛ばされていた。その衝撃で肩を地面にぶつける。訳が分からず、俺はそいつの姿を確認する。21番だ。あいつが俺を押し飛ばしたのだ。そして気づけばその周りに5人くらいのグループが集まってきている。


挿絵(By みてみん)


そいつらの番号は10~300とバラバラだ。遠くのテーブルからわざわざ集まってきたらしい。


「僕たちが助けるから、君は何もしなくていいよ」

「お?病人か? 大変そうだな。俺たちも手伝ってやるよ」

「うわー 苦しそうだなー」


集まってきたそのグループ達は、そうわざとらしく言う。


28番は命が掛かっているのだ、そのふざけた態度は何様か。俺は怒りとともにそいつらの番号を確認する。そこで気づく、こいつらは先ほど入学式前に見かけたコソコソしていたグループ達じゃないか。その番号には見覚えがあるから間違いない。


「見たまえ、お優しい方々が集まってくれた。この学園には人思いの親切な人達が集まっているようだね。さぁ私もいこう、28番のような人はここにいちゃいけないからね」


そう言うのは24番だ。やはりこいつらはあの時、何かを企んでいたのだ。その口ぶりからして、これが予め計画されていた事は明確だ。


「さぁ28番、立てるかい?君のいるべきところに連れて行ってあげよう」


集まってきた合計6人のグループは、火傷しそうなほど熱いはずの28番の身体を持ち上げてどこかに連れていこうとする。よく平気だな…と思ったが、首輪の変化魔術は設定次第で肉体が着ている服装さえも隠してしまうから、もしかしたら耐熱のグローブを身に着けている可能性はある。


「まぁ アレルギーですって。どの果物がダメだったのかしら?」

「アレルギーにしては重体だよな…」

「何だ?騒ぎか?」


他の人達は心配そうにその光景を眺めるだけだ。そしてあれはアレルギーなどでは決してない。直に体に触れた俺には分かる。地面に尻をついたままの俺は、この状況を推理する事にした。あいつらは、入学式が始まる前に確かこんな話をしていた。


「この学園には忌まわしき吸血鬼さえもが通っていると聞く。それを肌身離さず持っていれば安心だろう」


つまり奴らは吸血鬼を敵視し、結束しているグループなのだろう。そして何らかの手段で吸血鬼を暴き出す方法を使った。今こうして倒れている28番は、彼らの標的である『ヴァンパイア族』だったという事なのか。


そこまで気づいた俺は、地面から起き上がりその集団の行き先を確認する。このままではマズい。あの様子からして奴らは、28番を痛めつけようとしているのだ。28番は今も湯気を放ちながら苦しそうに悶えている。あの状態では動く事も出来ないだろう。


そして28番を抱えるあの集団が進む先は…保健室がある方向とは“真逆”だ。あの向こうには確か、焼却炉があったはずだ。


「おい待てよお前ら。そっちはゴミ捨て場と焼却炉があるだけだぞ。保健室は反対方向だぜ?」


俺は周囲にも聞こえるように大きな声で奴らにそう注意する。これは(お前らの目的は察したぞ)という警告を込めて言ったつもりだ。

24番が俺のほうを振り向く。


「おーっ…と、そうだったのか。でもあっちのほうにも専用の保健室があるんだ、知らなかったのかね?」

「あるわけないだろ?教師に確認してきてもいいんだぞ」


あっちには人気のない桜の並木道と、ゴミ捨て場と焼却炉があるだけだ。

それは自分の目でつい数時間前に確認してきた。そこから保健室に行くには遠回りになるし、少なくとも28番のあの重症を何とか出来る施設は向こうには無いと思う。


「はははっ、知らないのも無理はないさ。さぁ、あんな無知は放っておいて行こう君たち。28番が苦しんでいるよ」


くそっ…どうしたものかと考える。このままで28番は無事では済まない。不死身とも言われている吸血鬼を完全に滅ぼすには、燃やすのが手っ取り早いという話は聞いたことがある。まさか焼却炉に向かう理由はそれだというのか?

さすがにそこまでするとは考えたくはないが、少なくとも焼却炉を脅しの道具として使ったり、或いは事故と見せかけて重傷を負わせる事は出来るだろう。


どちらにしろ28番の身が危ない事に変りはない。だが俺一人では、奴ら6人には手も足も出ないだろう。いくら外見が変化魔術でマネキンのようなものになっていたとしても、実際の筋力や運動能力はそのままだ。だから相手が屈強な巨人族とかだったら尚更手も足も出ないと思う。


気づけば、ベランダからこちらを観察している上級生たちはコソコソと何かを話し始めた。中には嘲笑も混ざっている。まさか奴らもグルなのだろうか?あんな大勢が?俺は困惑しつつその場に立ち尽くす事しか出来なかった。だがその時、


ドサッ

重症で動けないと思われていた28番が、6人の集団を押し飛ばした。


「ぐわっ お、お前何をする!?」

「おい! 何のつもりだ!」


28番は、蒸発し半分麻痺さえしている身体を押さえながら、その場に立った。


「ゴ…ゴミ捨て場? …で何をするつもり…なのでしょうか…?」

「だから保健室に連れてってやるって言ってるだろ!?このッ吸血――」


バシッ

グループの1人が28番を叩いたかと思えば、そいつの腕は24番が掴んで止めていた。


「まぁまぁ、落ち着きたまえ君たち。相手は病人だぞ?フフッ 28番もせっかくの好意を無下にするものではないよ」


24番はゆっくりと28番に近づく。28番の息は粗く、今も湯気が出ていて口からは血がポタポタと垂れている。その姿はあまりに痛々しく立っている事も出来ないはずだが、強い意志と根気だけで身体を支えているのだろう。


24番はそんな28番を見下ろしつつ、自分のマントの懐から小さいビンを幾つか取り出した。中に入っている液体は青白く光っている。その液体が何なのかは分からないが、この状況においては明らかに良くないものだ。24番はそのフタを開いたかと思えば、今も苦しそうにしている28番の頭上からその中身の液体をバシャッとすべて吹っ掛けた。


「うわぁぁああああッッッ」


28番の悲鳴が響き渡る。

その青白く発光する液体は28番の身体に降りかかると、白い炎を発しながら蒸発していくではないか。


「これは聖なる者にとっては癒しの水だ。君の回復を早めるために、わざわざ掛けていあげているのだよ」


聖なる水と言えばもう1つしかない。聖水だ。それを見て俺は察した。ミックスジュースにあの聖水が混ざっていたのだ。さっきのミックスジュースを飲んだ時に感じた違和感の正体は聖水だった事を今になってようやく気づく。


そしてヴァンパイア族は聖水が大の弱点だという話は良く知られている。それをごく少量とはいえ“体内”に入ってしまえば、受けるダメージは非常に大きいだろう。


「こ…こんなことをして…… もう…無事では…済みませんよ…」


お前らはヴァンパイア族を敵に回した。という警告だろう。28番を囲むあの6人グループ全員はもう安心して寝る事は出来ない。仲間のヴァンパイア族はどこまでも奴らを追いかけ、追い詰めてくる。


「フフッ どうやら“番号シャッフル”の事を知らないらしい」


番号シャッフル…?なんだそれは。初めて聞く言葉だ。24番は空になった聖水の小ビンをその場に捨てて、28番の顔を覗き込む。


「お前のような吸血鬼をこの学園から追い出すのは簡単さ。食事に聖水を混ぜ込むだけでいい。何度も。何度もね。それを繰り返すだけだ。やがて精魂尽きて、お前らは自分から消えていく。そしてこの学園は平和になるんだ。」

「上級生がわざわざ教えてくれたんだよなぁ」


その会話が続く間も、ベランダから物見してくる一部の上級生たちはコソコソと何やら話をしているのが聞こえてくる。

「今年も始まったな」「フフフフ…」


それを聞いて俺は察した。この学園ではそういう事が毎年のように行われているのだと。


「なんだなんだ?」

「吸血鬼ですって?」


新入生たちもざわつき始める。600人も生徒がいる中で吸血鬼は28番だけなのだろうか?と疑問に思ったが、きっと全てのジュースに聖水が混ざっているわけではないのだろう。これを起こしたのは、あくまであのグループだけのようだ。


21、24、73、106、152、234、の持ち番号をもつ奴ら6人はそれぞれのテーブルで、それぞれのジュースに聖水を混ぜた。そしてたまたまその中の1つのテーブルに居合わせたヴァンパイア族の28番が被害にあった。


「うわっ 吸血鬼と同じ学年とかマジかよ」

「あの28番がそうなの?」「近づかないほうがいいな…」


などという会話も聞こえてくる。そしてこの騒ぎを見ているはずの教師たちはどうしているのだろう。彼らが止めるべきではないのか?

俺は庭の外側周辺を確認した。この広場の周りには何人かの教師がいるが、彼らは無言で眺めているだけだ。明らかにトラブルが起きているのに何もしない彼らに憤りを覚えてた俺は、一番近くにいた教師の下へと向かう。


「おい!あんたら教師だろ!?あれを放っておくのか!?」

「………」


教員は微動だにしない。俺を上からジロりと見るだけだ。隣にいた別の教員が俺の腕を掴んだ。


「校則に違反しない限りは、ここで起こる事に我々は干渉しない。」

「はぁ…?」


その教員は俺の腕を突き放してから、元の持ち場に戻る。これはもはや校則とかの次元ではない気がするが、この人達に助けを求めても動いてはくれなさそうだ。俺は仕方なくその場から離れた。


「…さて、保健室に行く前にまずその首輪を外さないと、症状がよく分からないだろうね。親切な僕が特別に外してあげよう」


24番は懐に入れていたらしいナイフを取り出す。つまり変化魔術の発生源である首輪を外して、この大勢の前で『忌まわしき吸血鬼』の姿を晒して辱めてやろうという事だろう。

ここまで用意周到だとは。あいつらは徹底的に吸血鬼を排除するつもりらしい。発熱する28番はもう既に意識が朦朧としているのか、くらくらと視線が定まらない状態にある。


もう見ていられない。

生徒の変化魔術を許可なく外すのは明らかな校則違反だが、本人が重症であるこの状況ではどうなるのかは分からない。「症状を見る為に外す必要があったのです」と言えば、許されてしまう可能性も無くはない。何とかして俺は止めなければならない。28番を助けられるのは俺だけだ。


――だが、足が動かない。


俺の身体は震えていた。嫌な汗が全身から滲み出ていた。これは聖水の混ざっていたジュースの影響ではない。過去の様々なトラウマが蘇ってきたのだ。


今の28番ほどではないが、俺は人間族の学校で同じような悲惨な目にあった事が何度かある。ハーフエルフっていうだけで容赦なく“異物”扱いしてくるクラスメイトたち。仲間内で結束し俺を苛めてくる奴ら。彼らには彼らの“正義”が存在し、異物であるこちらを排除しようとする。所詮は子供だからそんなものかと思えば、大人たちも何も変わらない。


人間族のとあるパーティでは子供全員分のプレゼントが配られたが、そこには俺の分だけが無かった。あの時は泣く事も出来ず、プレゼントを喜ぶ子供を横目にただ茫然としたものだ。大人たちは俺を「いないもの」として扱っていたわけで、家に帰ってから1人で泣いたのを覚えている。

ハーフエルフの俺にとっては「仲間外れ」はもはや当たり前の事だった。


28番を襲うあの光景が、俺の中の闇を引きずり出し、思考を凍らせる。俺の足は動かない。数々の辛い記憶と感情が思い起こされ、時が停止していく。


挿絵(By みてみん)


俺に最初のトラウマを植え付けてきたあの人間族の街から離れる事になった日は嬉しかった。けど、その喜びは幻想でしかなかった。「仲間外れ」は俺をどこまで追いかけていく。

母の実家があるウィンド・エルフ族の街に引っ越してからも、同じような日々は続いたのだ。人間族ほどあからさまではないものの、彼らエルフ族はこちらを仲間として認識する事は基本的にない。どこまでも余所余所しく、酷い時は集団で無視をする。俺は孤立するしかなかった。苛めや攻撃が無い分、エルフ族の学校のほうがマシに思えたが、やはり居心地は悪かった。


ここまで話せば、被害者意識の強い奴と思われても仕方がないが、俺だって、自分から仲良くしようと色々試したし、自分に出来る範囲で頑張ってきたつもりだ。

中には優しくしてくれる者だってもちろんいた。けどそんな彼らも、やはりどこか距離感があった。俺が半分人間だと分かった途端に冷たくなる奴さえいた。知り合い以上の関係になれた者とは、この15年でとうとう出会えなかった。


……。目の前の光景を見て軽いパニック症状を起こしそうになった俺は、その場で頭を抱えて蹲るしかなかった。せっかく28番と仲良くなったのに、俺は何もする事が出来ない。それが申し訳なくなり、自分の非力さに涙が滲み出てくる。俺は震えて動けない。


28番の首輪は、そのまま24番のナイフで取り外され――

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