03 無機的な空間
外は相変わらず少し冷たい風が吹いていた。俺は道に設置された案内板と地図を見ながら歩を進める。
さっき道に迷ったのは、考え事をしていたせいで周りが良く見えていなかったからだ。もう同じ過ちは繰り返さない。そして、寮から入学式の会場へと向かっていく新入生たちは自分だけではない。
この学園の制服でもあるマントの色は、学年ごとに異なる。1年は緑。2年は青。3年は赤。4年は紫。
俺は周りの生徒が緑色のマントを身に着けている事を確認し、その流れに混ざって進む。
道を歩く新入生達からは会話が殆ど聞こえない。聞こえるとしても、一言二言だけの簡単なやり取りだけだ。それも仕方のないことだ。誰が誰なのか分からないこの状況に慣れるのは難しい。
さっき出会ったI-002が特殊な奴だったのだ。この異質な状況で、あいつみたいに気さくに話しかけられる奴などそんなにいないだろう。
ちなみに俺は、今のところ唯一の知り合いであるI-002と一緒に会場に行こうかと思って、先ほど寮にある002番の部屋に向かってみたがその時は既に部屋にはいなかった。世話になった挨拶をしてやろうと思っていたのだが仕方ない。
きっとあいつは行動が一足早いのだろう。それが獣人族の習性なのか、I-002本人の性質なのかは分からないが。
そんなどこか緊張感に包まれたこの道をしばらく歩きつつ、神殿めいたこの学園の景観を眺めていると、道から外れた隅のほうで新入生の4~5人くらいが集まって何やらコソコソ話しているところを見つける。
俺は歩くスピードを落としながらその会話に耳を澄ませてみる事にした。
「おい、マジかよ…」
「あぁそうさ。この学園には忌まわしき吸血鬼さえもが通っていると聞く。それを肌身離さず持っていれば安心だろう」
I-024の数字が刻まれた生徒がどこか気障な仕草をしつつ、何か小さなものを他の人に渡しているようだ。
「奴らに万が一襲われる事があっても、コイツがあれば安心だな」
「これ上級生から貰ったやつだろ?そんなに沢山くれたのか?」
I-024はフフ…と笑いつつ、髪をかき上げる動作をする。今のマネキン姿に髪は無いはずだが、きっといつもの癖なのだろう。
「後輩思いな先輩方さ。我々は恵まれているよ。ついでに面白い話を聞けたんだ…」
「お?何だ?」
その先の会話は聞き取れなかった。彼らが会話のボリュームを落としたからだ。きっとあまり愉快ではない内容の話なのだろう。
あの気障な仕草をするI-024は吸血鬼がどうとか言っていたが、一体何を渡していたのか。この学園の新入生の中にはヴァンパイア族も何人か混ざっているとは思うが、彼らが自分から他の生徒を襲うような事はあるのだろうか?
正直俺もヴァンパイア族の習性とかは良く知らないし、今まで俺が暮らしてきた人間の街やエルフ族の街でヴァンパイアによる被害は聞いた記憶もない。たまたま吸血鬼がいない場所に住んでいただけかも知れないが。
ともかくこの学園はヴァンパイア族の入学も受け入れているのだから、仮に彼らが血を求めて他の生徒を襲うのだとしても、それに対しては学校側が何かしらの措置をしているはずだ。
こうして学園内の道を歩いている時に耳にする会話が、こうも不安になる性質を含むものばかりなのは何故か。偶然ならいいのだが、実はそこら中で同じような会話がされているのではないかと思えてくる。
そう思うと心細くなってきた俺は、I-002の顔を思い浮かべる。俺が見たのはだたのマネキンだが、あの表情は忘れられない。姿が統一されているとは言え、今のようなどこか訝しい会話をしているあいつらと、あのI-002とはまるで雰囲気が別物だ。同じ姿でも決定的に別人なのである。これは不思議な感覚だった。
外見とは何か?という疑問が俺の頭の中をよぎる。こういう異質な環境にいて、ようやく見えてくるものがあった。この道を歩く人も、姿は同じとはいえ歩き方や表情がそれぞれ違うような気もする。
中には壁に取り掛かりながら慣れない足つきで進む者もいる。人魚族だったりするのだろうか。普段は水中で暮らす者が、足をつかって地上を歩くのはとても難しいだろうと思う。或いは小人族や巨人族で、この身長に慣れておらずバランス感覚が取れないのかも知れない。
俺にとっては幸いにも、このマネキン姿と普段の生身の姿とでは身長の高さや体系にそれほどの差異はない。もし違っていたら、俺も歩くだけで違和感を感じていたかも知れない。
そんな千鳥足もこの空間ではやはり目立つようで、しばらく後ろから眺めていると「大丈夫?」と言って肩を支える者が現れたりした。
その光景は、先ほどのような穏やかではない空気ばかりがこの学園を満たしているわけではない証拠のように思えて、俺も精神的に楽になった気がした。
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そんな具合に、この独特な空気に包まれた新入生の集団に混ざりながら、俺は入学式の会場へとたどり着く。寮からここまで歩いて10分くらいは掛かっただろうか。
『第一メインホール』と呼ばれているらしいその会場はとても広く、最大で2000人くらいは入れそうな空間が広がっている。きっと何か大きな催し事などで全校生徒を集める時はここが利用されるのだろう。
だが今回の入学式は全校生徒が集まるわけではないようだ。
新入生全員分の椅子がズラリと並べられているが、その数もおよそ600席くらいでこの会場はまだ十分すぎるスペースを持て余している。
新入生を歓迎するはずの入学式で、全校生徒が集まらないというのも奇妙なものだとは思う。姿か統一されている故に、わざわざ見に来る必要性も無いと言われればその通りだが。
さて…と、俺は自分の席を探す。入学式が始まるまであと15分くらいは残っている。会場の3分の1くらいの席が埋まっていて、辺りからは会話も聞こえ始めている。
姿は同じだがここには世界中のあらゆる種族が集まってるのだと思うと、それは凄い事だ。きっと俺が見たこともないような種族もいるのかも知れない。
もし、この場にいる全員のカモフラージュが解けて全生徒の姿が明るみになったら、ここはどんな空間になるのだろう。
そんな想像をしていたら、ふと思う。やはり、この中に“ヴァンパイア族”もいるのだろうか?俺が聞いた話によれば、ヴァンパイア族は数が少なく、普通に生きていたら出会わない事も多いという。つまり、この600人の新入生の中にいたとしても、きっと1人か2人だろう。
姿も正体も分からないこの学園では、俺が彼らと会話したりする事はあっても、ヴァンパイアだと気づく事もないだろう。それはつまり、実質的には彼らとは関わる事もないという事だ。
まぁ、仮にここにヴァンパイア族がいたとして、その人はどういう気持ちでここに入学してきたのか聞いてみたいとは思う。そんな機会はまず無いだろうけど…。
俺はI-027と記された自分の席にまでようやくたどり着き、腰を下ろす。そこでほっと一息をつき、周囲を確認する。中には会話に花を咲かせている者たちもいるようで、この会場の空気もそれなりに賑やかになってきた。
さっきまでの固い空気はどこにいったのだろうとも思うが、しかしよく見れば1人で固まっている人のほうが実は多い。
俺も普段なら一人で静かにしているところだが、変化魔術で姿が統一されているなら話は別だ。ここでは、自分がハーフエルフだからといって謙遜する理由はどこにも無いのだ。俺はとりあえず隣の席を確認してみる。
左側のI-026はまだ空席だ。まぁどうせ右側のI-028もまだ来ていないなのだろう。今さっき腰を下ろした時、誰もいなかったのだから。
…と思ったのもつかの間、右側を振り向くとそこには『蹲って頭を抱えている者』がいた。今さっきは気づかなかったが、どうやら屈んでいたせいで見えなかったらしい。だが、そうなっていると逆に話しかけやすいというものだ。
「お前… 大丈夫か?」
俺はI-028をのぞき込むようにして訪ねた。見た感じなんだか気分が悪そうで、話しかける口実がどうとかで喜んでいる場合ではなかったかも知れない。
「………」
I-028は数秒経ってから顔をゆっくりとこちらに向けて、姿勢を正す。
「ちょっと眩暈がしてですね。もう平気ですが」
「…そうか、良かった」
この状況なら眩暈もするだろう。今この時も回りの景色は異質なものだし、その中に自分も溶け込んでいるのだから。
「まぁ…その、さっきまでは俺も気分が浮き沈みしてたりさ…ここは普通じゃいられないよな。えっと…28番…さん?」
「フフッ 番号で呼び合うのも、なんか違和感ありますね。27番さん」
どこか優しい口調でそう言うI-028は、わりと平気そうで安心した。どこか気品のあるその仕草に、もしかしたらどこかの貴族なのでは…と一瞬焦る。
「ここは、もう非日常ですよ」
I-028は天井を眺めながら呟く。首輪の変化魔術で姿はマネキン化されているものの、その表情からはどこか哀愁を感じさせた。この人にも色々と事情があって、この異質な学園へ入る事になったのだろう。
「…そうだな。全員が同じ姿に統一されていて、自分の種族がどうとかそういうの気にしなくていいのは完全に非日常だよな。でもそれは、俺がこの学園への入学を決意した理由の1つでもあったりする」
「…これが、入学を決意した理由…ですか?」
と、自分のマネキンのような姿を差して不思議そうに言う。
「そうだ。俺はこのカモフラージュ制度が気に入ったんだ。だからこうして入学してきた。…お前もそうじゃないのか?」
俺も自分の胸に拳を当ててそう言う。だが相手のI-028は頭を傾げたままだ。数秒考える素振りを見せてから、腕を組んで再び天井を眺める。
「私は…ほとんど強制ですよ。貴方のように、こんなところに好き好んで入ってくる方は少数ではないでしょうか…」
今度は俺が疑問符を頭に浮かべる番だった。どういう事だ?確かにこんな異質な学園に入るのは一部の物好きだけだろうけど、ほぼ強制的に入らされるってどういう状況なのか想像が出来ない。
「そ、そうなのか…?」
ポカンとする俺に、I-028は頭を近づけて声のトーンを落として言う。
「ここだけの話ですが…この学園では、入学後すぐに退学していく人が毎年のようにいるそうですよ」
「え…」
I-028は体を戻して座り直す。その仕草にもどこか気品を感じる。
「何故だと思いますか?」
「…それは初耳だな。自主的に退学していくのか?いざ入ってみたら不気味で、馴染めそうにないから…とかそんな理由か?
だがそれはそれでおかしい。
この学園では、入学試験を受ける前に必ず学園見学会に参加しなければならないという規則がある。
俺は学園見学会に参加した時のあの感覚を思い出した。全員の姿が無機的なものに統一された空間を始めて見た時の衝撃は忘れないし、人にとっては拒絶反応を起こすだろう。だが、その独特な不気味さが生理的に受け付けない者はその時点で入学を止めるはずで、入学してから退学する理由にはならないはずだ。
「そうですねぇ…実のところ、私もその噂を聞いただけに過ぎません。どのような理由なのかは定かではないですが…大方予想は出来ますよ」
この学園の噂か…。それについては、俺はほとんど何も聞かないまま入学してしまったなと思う。だが、I-028もそれほど多くを知っているわけではなさそうだ。この人なりに色々分析してきたのだろう。
「そして、その傾向はさっそく出ているように思います」
I-028は周囲を見ながら言う。自分もつられて周囲を見る。相変わらず、会話に花を咲かせる人と、1人で固まる人とで分かれているようだ。
「えっと…友達が出来るかどうかが分かれ目とか、そういう事か?」
だがそんな事をいったら、普通の学園だってそういう事になるだろう。きっとI-028なりに何かに気づいているのだ。
「そんな単純ならいいのですけどね…むしろ“その逆”と言えるでしょう」
…ん?どういう事だ?としばらく考え込む。「友達を作れる人が生き残る」の逆とは、つまり「友達が出来ない人が生き残る」という事だろうか?俺はしばらく考えた。何かしっくり来ない。28番が考えているのはきっとそういう事ではない。俺は周囲を改めて見てから、ある事に気付く。
誰とも会話をしていない生徒の全員が強い不安感に苛まれている…というわけではない。中には、1人で誰とも会話せずとも堂々とくつろいでいる奴さえいる。
例えばそれは、俺から見てずっと左側の席にいるI-002とかだ。あいつは背筋を伸ばした姿勢で大きなあくびをしつつ、頭をかきながら何やらメモをとっている。何しているのか分からないが、そこに不安感だとか孤独感は微塵も感じさせなかった。
俺はそんなI-002を見て苦笑しつつ、なるほどと思った。28番が言いたいのはきっとこうだ。つまり“1人でも平気な人”がこの学園で生き残るのだと。
その仮説には何かしっくり来るものがあった。…が、結局のところよく分からない事もある。正体が分からないとは言え『持ち番号』は不変なのだから、コミュニケーションは普段とそう変わらないはずだ。
隣のI-028にもう少し詳しくその辺りの話を聞いてみたいが、しかしもうすぐ入学式は始まろうとしている。
気づけばほとんどの席がもう埋まっていて、話し声も収まりつつある。
I-028とは番号も近いし、俺とは寮の部屋も隣だ。話す機会はいくらでもあるだろう。
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そして入学式は始まった。
会場が暗くなり、あたりがシン…と静まり返る。
ステージの上に校長や理事長らしき者が現れたが、その人たちさえも変化魔術でマネキンのような姿になっている。
壇上に次々と現れる人々の姿や声は全て同じで、ひたすら無個性だった。
新入生の席の周りには、教師陣や従業員が立ち並び、無言で新入生を見ている。ちなみに保護者などの来客は来ていない。この学園では禁止されているのだ。
会場全体の空気がモヤモヤしたものに包まれている気がした。俺たち新入生の半数は、この異質な状況に居心地の悪さを感じているのが肌で分かる。
そして檀上で話す人々がまた入れ替わり、また同じマネキンが登場する。声も同じだ。話す内容さえも同じに聞こえてきた。一体誰の話を聞いているのかも分からなくなってきたころ、入学式は終了。
その異様なまでの画一的さは、顔は分からないからせめて名前を覚えようだとか、どんな先生なのだろうとかそんな興味を持つ事さえ無意味なものにしてしまうインパクトがある気がした。
この学園では個性だとか、相手を知ろうだとか、自分を表現したいだとかそれら全てを無意味なものにし、無へと変える。そんなものは求められていない…そんな暗黙の決まりを暗に伝えているような気がした。
この入学式の時間を過ごして何も思うところが無かった生徒など、きっと殆どいないだろう。
俺はさっき「カモフラージュ制度が気に入っている」などと言ってしまったが、ここまで露骨なものを体験すると前言撤回したくなってくる。むしろ前言撤回してもいい。
それくらいの気分にさせてくれる“入学式”だった。




