02 なんとかエルフの人
――5分ほど歩いただろうか。
俺はパンフレットの地図を握りしめながら、辺りの道を行ったり来たりと彷徨っていた。
「ここは…どこだ?」
なんという事か、道に迷ってしまったのだ。学園の敷地内に入ってから早速こんな事になってしまうとは。きっと雑念に囚われていたせいだと反省する。
完全に人気のない場所に来てしまった。浮遊島とはいえ、その敷地は中々に広大だ。辺りを見合わせば、ゴミ捨て場や焼却炉が見える。
「お、おかしいな… 寮はこっちの方向で合ってるはずなんだが…」
ここはピンク色の花が咲く木々が立ち並ぶ、綺麗な並木道だ。この木は確か「サクラの木」と呼ばれていたと思う。写真や書物で見た事はあるが、実物を見るのは初めてだ。まさかこの浮遊島に咲いていたとは。
世界中を移動する浮遊島なだけあって、地方にある珍しいものが集まりやすいのだろう。俺は地図を広げながらも一旦立ち止まり、景色を茫然と眺める。
「ははっ それ地図逆だよ?」
「!?」
突然真後ろから聞こえてきた声に俺は驚く。後ろを振り向くと、無機的なのにどこか柔らかい表情で、好奇心の溢れる瞳で俺を見る者が立っていた。
「まさかこんなところで、新入生と会うとはね」
「え、えっと…?」
俺は突然現れたその人物に対して、二重の意味で驚いていた。
命のないマネキンが、そんな親しみのある表情など出来るはずもない。不思議なものを見ているかのようだった。目の前のそいつは、紛れもなく“人”だった。いや、そんな事は当たり前なのだが。
その人の顔面を3秒ほど眺めてから、額に刻まれた番号を確認する。「I-002」と書かれている。
「あんたも新入生…だよな?」
「I」は1年生を意味し、2年生以上は「II」とかに替わっているはずだ。
「うん。学校の敷地を覚えたいから探索してたんだ。早く来すぎちゃったし、暇だったんだよね~」
その仕草や動き方は女子という印象が強いが、断言はしないほうがいいだろう。だがその仕草や話し方、視線、表情は多くの事を語っていた。いくら姿がカモフラージュされていると言っても、その本人の内側の性質までもは隠せない。この短い会話だけで、もう既にそこまで多くの情報を伝えていたのだ。
なるほど、この首輪は一体何をカモフラージュしているんだ?…という疑問が頭をよぎるが、とりあえず今はそれは置いておいて、俺に話しかけてくれたこの同級生にこの場所がどこなのか聞かなくてならない。
「……」
しかしそこである事に気づき、俺は固まってしまう。今の俺の恰好はもろにウィンド・エルフ族のそれだ。一方、相手は何者なのかが完全に分からない。
何だか少し恥ずかしい気分だ。まるで一方的にこちらが正体を明かしているかのようで落ち着かない。俺が自分の姿を見下ろしながら停止状態になっていると、そいつは自分の腰に手を置いてこちらの顔を覗いてきた。
「…寮にたどり着けなくて困ってるね ボクが案内してあげよっか?」
「いいの!?」
以外な助け船に、俺はつい身を乗り出して喜んでしまう。種族が一方的にバレているという気恥ずかしさなどどうでもよくなった。
「うん まかせてまかせて。もう~ どこを見て回っても同じ姿の人しかいないし、話し相手も見つかりそうにないし、ボクさっそく退屈のあまりどうにかなりそうだったんだよねー」
ジェスチャーを交えながら俺の肩を軽くぽんぽんと叩いてくるその生徒。「こっちだよ」という意味だろう。俺が進んでいた進行方向とは真逆の方向に引き返していく。
「そんな中で、君みたいな新入生たちを見ると、あぁマネキンじゃないんだな~って安心するんだよね。……あ、これ皮肉じゃないよ?あたしも来た時は種族とかバレバレだったしね」
どこを見渡しても同じ姿の者しかいないのは、やはり不安になるのだろう。今の俺のような『個性のある恰好』をした同級生は話しかけやすいのかも知れない。
「だろうな…けど、本当に助かるよ…道に迷うし、目にする人々全員がマネキンみたいだし、もう異世界にでも迷い込んだかのようで不安になってきたところだったんだ」
「やっぱりそう思うよね~本当異世界だよね。ボクも全然慣れそうにないなぁ。みんな種族も性別も一切分からないんだから 人間関係でも余計に困っちゃいそうだよね~?」
「種族も性別も分からない…か」
確かにこの人の言う通り、ここに入学してくる大半の生徒はそこに不安を感じるのかも知れない。けど、俺の場合は少し違う。性別も種族も分からない…自分にとっては、そこが有難く感じるところなのだ。
I-002の番号を持つこの生徒は俺の顔をじっと見ている。その瞳からは敵意や余所余所しさといったものは全く感じられない。不思議なものだ。さっきの校門近くにいた新入生たちの会話は警戒心むき出しのものだったように感じたが、この人は違う。純粋に「相手を知りたい」という気持ちが感じられて、俺の緊張が解されていく。
「その辺、むしろ清々しくていいかも知れないぞ?慣れるまでは時間掛かりそうだけどな」
そう言う俺の口調が、どこか機嫌良さそうに聞こえる事に俺は自分で驚いていた。気づけばさっきまで感じていた不安感とかは全て吹き飛んでいたのだ。
「まぁ種族の事とか気にしなくて良さそうだもんね~分かるよ~」
俺の胸のあたりをポンポンと叩きながら言うそいつはどこかニヤリとしている。さっきからよくボディタッチしてくる人だなぁ…と思っていると
「あ、あそこが保健室がある建物ね。寮の入り口はその向こう側だよ。あの建物を目印にすれば簡単でしょ」
尖がった形の方形屋根を指しながらそう説明する。
この人は「朝早く来すぎて退屈」だと言っていたが、既にそこまで把握するほど学園を探索し尽くしているのは驚きだ。まるで上級生に案内されているかのような気分になる。
「へぇ…」と感嘆を含めた声で答えると、俺はそこである事を疑問に思って訪ねてみる。
「ちなみにお前はどれくらい早く学園に来たんだ?」
「6時くらいには着いてたかなぁ…」
今は10時前くらいだから、俺より4時間も早く来ていたことになる。それは暇になりそうだ。
「あ!アレがこの浮遊島にしかいない超珍しいリスね。覚えておくといいよ」
と02番が指を刺す木の枝には少し大きめの青いリスがいた。こちらをジロリと見ている。確かに見たこともない形をしている。
「お前本当に新入生か? 上級生が俺に学園の案内してくれているようにしか思えないぜ」
「まぁ探索と地形の把握が得意な種族もいるってこと」
探索と地形の把握を得意とする種族と言えば、それはもう「獣人族」しかない。つまり自分が獣人族系である事を遠回しに教えてくれているのだと思う。俺が一方的にウィンド・エルフ族感丸出しな恰好をしている事に対して気を使ってくれたのだろう。その気遣いの気持ちは嬉しいし、この人は本当にいい奴なんだろう。
けど、だからこそどこか申し訳ない感じがした。俺は厳密にはウィンド・エルフ族ではないし、この格好はある意味で嘘をついているとも言える。まるで騙しているかのようで落ち着かない。が、同時に騙しているとも言い切れない。
「えっと…」
俺は頭を掻きながら、どうしたものかと考える。だがそうしているうちに
「ほら行くよ~ なんとかエルフの人。ぼうっとしていると時間なんてあっという間なんだから」
と、どこまでも活発なそいつに半ば引っ張られるようにして、俺は寮へと向かった。
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「おお… 本当に着いた…」
目の前には自分の持ち番号と同じ番号が刻まれたドアがある。ようやく目的地にたどり着いたのだ。俺の全身が安堵感に包まれる。すぐ隣にいるI-002の番号を持つそいつは、腰に手を置いてニシッと笑う。
「んじゃ ボクは自分の部屋にいるから、何かあったら気軽に呼んでくれていいよ」
「お前がいなかったらどうなっていたろうな… マジで助かったぜ…」
「もっと沢山感謝してもいいんだよ?」
と言いながらその場を去ろうとするI-002番は、そこで「あっ」と何かを思い出したかのように一度立ち止まる。
「そういえばさっき、これ落としたよ?」
と言って“小さな何か”を渡してくる。
「それじゃあまたね、なんとかエルフの人」
「おう、またな」
渡されたその何かを右手に持ったまま、その者の背中を見送る。あいつはきっと只者ではない。突然現れたと思ったら一瞬にして俺の不安感を吹き飛ばし、勇気を与えてくれたのだ。
正直、校門近くでさっそく例の偏見に塗れた会話を聞いた時は、多少は覚悟したものだ。各生徒がお互いに警戒し距離を置いて接するという重苦しい空気感が、学園全体を満たしているのではないかと。実際にそういう傾向がある可能性は否定出来ないし、俺はまだ学園内の敷地に入ったばかりで何も知らない。
だが、それを心配する弱気な念を吹き飛ばしてしまうような“大物”が、新入生の中に混じっているのだ。
いい人と巡り合った事に俺は心から感謝した。いつか借りを返さなければ。I-002か、次会う時は『2番』とでも呼べばいいのだろうか?俺はドアノブに手をかけ、自室の扉を開きながら思う。
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「してやられた」
寮の自室で、自分の荷物をまとめながら俺はそうつぶやいた。
一体何が「してやられた」のか。それは部屋の番号が違っていたとか、騙されたとか、そんな事ではない。いくつかの持ち物が消えていたのだ。
それはウィンド・エルフ族の伝統的な干し果物や人間族のお菓子といった「無くても困らないもの」ばかりだが、確かに荷物の中からいくつか消えていた。
なるほど、I-002はよくボディタッチをしてきた。それはつまり、平たく言えば「スリ」をしていたのだ。そしてI-002が最後に渡してきた“小さな何か”は、俺が胸のポケットに入れていた2つのお守りだった。
現実的に考えて、胸のポケットに閉まってあるものを「落とす」なんて事は考えにくい。あいつは一度俺の胸をポンポン叩いてきたが、あの瞬間に“盗った”と考えるとゾっとする。全く気付かなかったし、とんでもない技だ。やはり大物なのは間違いない。
そして忘れてはならないのは、俺がウィンド・エルフ族と人間族のものを両方持っているという事実をI-002に知られてしまったという事だ。それは俺が純血のエルフ族ではないと暗に教えてしまったようなものだと考えていい。
エルフ族が人間族のお菓子を持つ事くらいは珍しくもないだろうけど、田舎のエルフ族は他種族のアイテムを持つ事は好まない傾向があるのは確かだ。
おそらく獣人族であるI-002が、その事を知っているのかどうか定かではないが、思い返してみれば最初から俺の事を“なんとかエルフの人”と呼んでいた。その「なんとか」の部分を、いかにもわざとらしく強調していたようにも思える。あいつは俺の事を早いタイミングからハーフエルフだと見抜いていた可能性が高い。
あいつは最後に2つのお守りを返してきたが、それは「お前の正体を見抜いたぜ」という事なのだろう。
財布をはじめとする貴重品は全て無事だし、実際のところ実害はほとんどない。盗ろうと思えば盗れたはずだが、あいつはそうしなかった。
おやつさえ盗まなければ、俺の中の好感度は天井知らずになっていたところだ。
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入学式も始まっていない頃から気分が沈んだり上がったりと忙しい時間を過ごしながら
俺は着替えと部屋の簡単な整理整頓を終わらせていた。
時計を見れば10:30くらいで、入学式が始まる30分前になっている。
「さて…」
部屋にある姿見で自分の恰好を改めて確認する。
マネキンのような外見に、濃い緑色のマントを羽織る。これが本校の正装だ。これと全く同じ姿の者が広い会場に数百人集まる光景はさそ奇妙なものだろう。それを想像したら寧ろ楽しみになってきた俺は、地図を片手に部屋を飛び出した。




