第三百八十話 なかったことにしよう。うん、それがいい。
皆様あけましておめでとうございます。
今年もよろしくお願いいたします。
『おい、これは手を抜きすぎではないのか?』
『同意~』
『これだけぇ?』
みんなに不評の朝飯。
作り置きのそぼろ丼とは言え、トッピングなしで飯の上にただそぼろを載せただけじゃさすがに手を抜きすぎたか。
昨日は結局、和希の残した本を読んでて完徹しちゃったからな。
寝不足で疲れてるんだよ。
「い、いや、トッピング、上に載せるものは希望を聞いてからと思ってな。ほら、温泉卵とか卵の黄身だけとかゴマもとかさ」
そう言って何とか誤魔化す。
『本当か?』
疑わしげな目でこちらを見るフェル。
「ほ、本当だって。それよりもほら、何がいい?」
『フン、まぁいい。我はいつものトロっとした半熟の卵がいいぞ』
「温泉卵だな。分かった。ドラちゃんとスイは何がいい?」
『俺もフェルと同じだな』
『スイもー。あと香ばしいつぶつぶもー』
フェルとドラちゃんが温泉卵でスイが温泉卵と香ばしいつぶつぶってことはゴマだな。
ネットスーパーで購入してパパっとトッピングしてやると、みんな満足そうに食い始めた。
俺はというと、温めたレトルトの中華がゆをすする。
何といっても徹夜明けだからな、胃にやさしいものを。
ハァ~、しかし参った。
あんなものを読まされることになるとは……。
使うのに他人の嫁を愛してるって叫ばないとダメって何の拷問だよ。
何でそんないらん設定してんの?
バカだろ、和希って。
しかもだよ、転移先は和希が“これを持つに値する人物であれば、転移してもまぁ大丈夫だと思う”なんて書く場所だぞ。
絶対にろくな場所じゃないの確実だろ。
きっと高ランクの魔物がわんさかいる森の中だとか、ダンジョンの最下層とかだぞ、きっと。
まぁ行った先の転移の魔道具に触れながら日本語で「転移」って言えば、すぐに俺が手に入れた転移の魔道具のある場所に戻って来れるってことが最後の最後にチョロッと書いてはあったけどさ。
って、それでも使う予定はないけどね。
そもそも何で他の大陸に行かなきゃならないのさ。
確かに異世界を旅して回りたいとは思ったけど、この大陸でさえ行ったことのない場所がたくさんあるんだぞ。
近場であるここレオンハルト王国のお隣のエルマン王国にさえまだ行ったことがないってのに、わざわざほかの大陸にまで出張っていくわけないじゃん。
やだなぁ、当然でしょ。
アッハッハ。
だいたいあの石板、ほかのものと比べて雑な扱いだったものだったんだぞ。
上にほかの魔道具が積み上げられてたくらいだったんだから。
一応いろんな宝と一緒に置いてあったものの、盗賊王は石板が何か分かってなかったんじゃないかな。
石板が何かの魔道具だってことはさすがに分かってはいただろうけど、転移の魔法陣を理解している者自体少なかったのに、石板に書かれたあの複雑な魔法陣が何か理解していたとは思えないもんな。
まぁとにかくだ、それくらい雑な扱いだったんだし、最初からなかったことにしてもいいと思うんだ。
フェルたちに知られても騒ぎになるだけだし、それがベストだよ。
特にフェルが魔族の大陸なんて知ったら『今すぐ行くぞ』とか言い出しかねないからな。
そんなことになるくらいなら、なかったことにした方が絶対にいい。
うん、そうしよう。
転移の魔道具も、和希の本もない。
そんなものは最初からなかったんだ。
『おい、さっきから何を1人でブツブツ言っているのだ?』
「へ? な、何でもないよ」
『まったくボーっとしよってからに。さっきからおかわりと何度も声をかけているのだぞ』
『そうだぜ! ったくよー』
『おかわり食べたいよー』
「ごめん、ごめん。すぐおかわり出すから」
俺は、すぐさまおかわりのそぼろ丼をみんなに出した。
『おい、本当に大丈夫なのか? 昨日も遅くまで起きていたようだが』
フェルがガツガツとそぼろ丼を食いながらそう聞いてくる。
「あ、ああ、大丈夫だよ。昨日はちょっと眠れなかっただけだから」
それもこれも変なものを残した和希のせいだ。
貴重な睡眠時間を返せってんだよ、まったく。
っと、そんなことはもういいとして。
「飯を食い終わったら当初の予定通りカレーリナの街へ向かうぞ」
さっさと家に帰ってフカフカのベッドでゆっくり寝たいよ。
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
「おっ、見えてきた!」
懐かしきカレーリナの街が見えてきた。
デミウルゴス様の神託によって盗賊王の宝を発見したあとの旅路はすこぶる順調だった。
フェルが飛ばしたのもあって、行きよりも早いくらいだっからな。
冒険者ギルドのカードを見せると、ゆっくりとカレーリナの街の門をくぐった。
門の兵士もさすがに慣れたのかフェルとドラちゃんの姿を見ても驚きもしない。
街へ入った俺たちは、マイホームへと歩を速めた。
「おーい」
今日の門番はバルテルとペーターの2人のようだ。
「ただいま。俺がいない間、変わりなかったか?」
「おう、おかえり。こっちは平和なもんじゃったぞ。まぁ、強いて言えば教えるのがこんなに大変じゃったとは思わんかったがな」
「お、勉強ちゃんとやってるんだな」
旅立つ前に俺が提案したことをきちんとやっているらしい。
いいことだ。
「まぁのう。コスティもタバサも張り切ってるからのう。……しかし、あのバカの双子は間違って覚えている字もかなりあって矯正するのに苦労したわい」
「うん。あの2人、字は読めるんだから書きが少々あやふやでも大丈夫だろうって最後まで抵抗してたよね……。教えてもらえるんだから素直に教えてもらったらいいのに」
「ハハハ、あの双子はなぁ。見るからに勉強嫌いそうだし」
「ガハハハッ、違いねぇ。しかし、ペーターはがんばっとるぞ。算術の方はまだまだじゃが、あの2人と違って努力しとるからのう。読みの方はもうだいぶ出来るようになったし、書きの方も簡単なものなら問題ないくらいには書けるようになっとるしな」
「へー、がんばってるじゃないか」
「せっかくもらった機会だから」
デカい図体のペーターが照れたようにはにかみながらそう言った。
「おっ、そうだ。お土産買ってきたし、今日はこれからみんなで宴会だ。2人とも、来なよ」
「む、門番の仕事はどうするんじゃ?」
「あー、フェルたちもいるし大丈夫だろ。というか、フェルの姿見て俺たちが帰ってきてるの分かってるのに、ここを襲おうとする賊がいるとも思えないし」
俺がそう言うと「確かに」とバルテルとペーターが頷きあっている。
「ほら、行こう。肉ダンジョンで獲ってきた美味い肉やら、街の屋台で買ってきたものとかいろいろとあるんだぞ」
『む、屋台の串焼きやらか。我も食うぞ』
『俺も食う!』
『スイもー!』
「はいはい、ちゃんとみんなの分も用意するから心配すんなって」
石畳の道をしばらく進むと、ようやく我が家が見えてきた。
それほど長く住んでいるわけじゃないけど、やはり自分の家だ。
我が家に戻ってきたと思うと感慨深い。
「あー、ムコーダのお兄ちゃんだー! おかえりー!」
家の前の庭で遊んでいたロッテちゃんが俺の姿に気付いて駆け寄ってきた。
「ただいま、ロッテちゃん。ロッテちゃんが楽しみにしてたお肉のお土産もいっぱい持ち帰って来たぞ! 今日はみんなでそのお肉で宴会だ」
「ヤッター!」
お肉と聞いてロッテちゃんが喜んでピョンピョン飛び跳ねている。
「あっ、そうだ! ムコーダのお兄ちゃんが帰ってきたことみんなに知らせてくるー」
思い出したようにそう言ったロッテちゃんが母屋の裏の使用人の家の方へ走っていった。
少しすると懐かしい面々が顔をそろえてやって来た。
みんな変わりなさそうでちょっと安心した。
「ただいま」