第百三十六話 巨人ゾーン
22階層は、それまでとは少し様相が変わっていた。
いや、掘り進められた坑道という感じでは同じなのだが、大きさが明らかに異なった。
通路も今までの倍以上の広さになっている。
何故かは最初の部屋の中を覗いて分かった。
これまでの部屋より明らかに広い空間にひしめき合っていたのは、3メートル超えのトロールとミノタウロスだった。
「トロールとミノタウロスしかいない……。だから通路も部屋もデカい造りになっているのか」
『そうだな。気配からも、ここは巨人ばかりが集められてる階層のようだぞ。それに、この下の下の下あたりの階層までは同じような気配だ』
なるほど。
フェルの話からいくと、次からの23・24・25階層までが巨人ゾーンというわけか。
3メートル超えの巨人ってだけでビビるのにそれがたくさん出てくるのかよ……ったく、このダンジョン嫌な造りしてるよなぁ。
俺も少しはお手伝いと思ったけど、あのデカさはちょっと無理だわ。
あれに平然と向かっていけるみんなを尊敬するぜ。
「俺には、ちょーっとあの巨人を相手にするのは無理かな。ってことで、みんなお願い」
『フンッ、本当にお主は意気地がないのう。まぁ我らにとってはトロールもミノタウロスも敵ではないがな。お主はそこで大人しく見ておれ』
意気地なしでけっこうですよ。
完全防御のスキルはもらったけど、俺はあの3メートル超の巨人に向かっていけるほど達観してないんですって。
『俺にまかしときなっ! あんな動きの鈍いデカブツは俺がさっさと始末してやるぜっ!!』
お、ドラちゃんはりきってるね。
お願いしますよ。
『あるじー、スイもビュッビュッってやっていっぱい倒すよー。お水の魔法も使うんだー』
スイもヤル気満々だね。
ビュビュってやっちゃってちょうだいな。
水魔法もどんどん使っていいぞ。
『それじゃ、行くぞ』
フェルのかけ声とともにみんなが部屋の中へ飛び込んでいった。
ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ―――。
ドガンッ、ドガンッ、ドガンッ―――。
「「「グォォォッ」」」
「「「ブモォォォッ」」」
トロールとミノタウロスにフェルの風魔法と雷魔法が炸裂する。
ズドッ、ズドッ、ズドッ、ズドッ、ズドッ―――。
「「「「「グルォォォォッ」」」」」
火魔法を体にまとったドラちゃんが高速で移動しながらトロールの胸を次々と貫いていく。
ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ、ビュッ―――。
「「「「「ブモォォォォッ」」」」」
スイの酸弾がミノタウロスの腹を溶かしていく。
スイの今までの戦いを見ていると、近距離戦と遠距離戦とでは酸弾を使い分けているみたいだ。
近くにいる敵には酸を浴びせかけるように大きめの酸の球を撃ち出して、遠くにいる敵には酸の弾丸を高速で撃ち出して相手を貫くという感じにね。
フェルやドラちゃんみたいにいろんな魔法が使えるわけじゃないから、その辺は工夫してるみたいだ。
頭がいいというか器用というかねぇ。
スイは最年少ってこともあって成長期なんだろうけど、どんどん強くなっていくね。
地上に戻ったら進化してたりして。
あ、終わったか。
どれどれ、ドロップ品を拾っていきますか。
ミノタウロスの鉄斧にミノタウロスの角、ミノタウロスの肉、それからトロールの皮にトロールの毒爪か。
この階に来て、ドロップ品が増えた感じがするな。
やっぱり下層階に行けば行くほど旨味があるということか。
当然その分危険も増すけど。
その後、順々に部屋を回りながらドロップ品を回収していく。
それにしても魔物が多いな。
21階層までは通路に魔物が出ることはあんまりなかったけど、この階層にきて通路でも頻繁に魔物と遭遇するようになった。
もちろんフェルとドラちゃんとスイがいるから後れを取るようなことはないけどさ。
22階層をあらかた探索して、あとはボス部屋のみというところで……。
『腹が減ったぞ』
『ああ、俺も腹減った』
『スイもお腹へったよー』
うちの子たちの飯タイム。
ボス部屋に近いセーフエリアで飯を食うことになった。
今日は何にしようかな。
オークジェネラルの生姜焼き丼と豚汁でいいか。
深めの皿に飯を盛ったら千切りキャベツをたっぷり敷いて、その上にこれまたたっぷり生姜焼きを載せたら生姜焼き丼の完成だ。
それから豚汁も深めの皿によそっていく。
フェル、ドラちゃん、スイの前に生姜焼き丼と豚汁を出してやる。
「はい、どうぞ」
みんなすぐにバクバク食い始める。
『動いた後の飯は美味いな』
『おお、この肉の味付けはウメェな』
『うんうん、美味しいね。このお野菜とお肉が入った汁も美味しいよー』
動いた後の飯は美味いもんな。
俺も生姜焼き丼と豚汁をいただきますか。
生姜焼き丼はあまじょっぱい生姜焼きとキャベツと飯が合いますなぁ。
千切りキャベツがあることでさっぱり食えるのがいい。
あとこの豚汁。
野菜に味が染みてて美味い。
それに温かい汁物ってホッとするよね。
あ~美味い。
『『おかわり』』
ドラちゃんはお腹いっぱいみたいだけど(みんなに出した深めの皿に盛ったのは軽く3人前くらいあるからね)、フェルとスイはおかわりだって。
フェルとスイにおかわりをよそってやると、再びガツガツ食い始める。
作っておいた生姜焼きが全部なくなるまで何度かおかわりしてようやく腹いっぱいになったようだ。
豚汁はかろうじてあと1食分くらい残ったよ。
「なぁフェル、俺も疲れたしさ、今日はここで寝て明日ボス部屋に挑もうぜ」
『そうだな。外の時間はおそらく寝静まる時間帯だろうから、そのようにするか』
フェルは感覚的に時間がつかめるようで、今は外は夜らしい。
まぁ、腹時計も割りと正確だもんな。
「ドラちゃん、スイ、そういうことだから今日はここで寝るよ」
『おう、分かったぞ』
『分かったー。あるじ、お布団は?』
あー布団か。
どうせこのセーフエリアにいるのも俺たちだけだし、布団使うか。
段ボールを敷いて、その上に俺用の布団とフェル用の布団を敷いていく。
まさかこんなに早く下層まで来るとはねぇ。
ネットスーパーとかいろいろ見られたくないなと思っていろいろ作り置きしてたんだけど、無駄骨だったかな?
まぁ、ダンジョンの中で料理しなくていいからまったく無駄ではないか。
布団を敷きながらそんなことを考えていると、声が聞こえてきた。
「とにかくセーフエリアに入るんだッ!!!」
「急げッ! 早くしろッ!!」
「ダミアンッ、しっかりしてッ!」
「ポーションはどうしたッ?!」
「もうないわッ!!」
満身創痍の冒険者たちがセーフエリアに駆け込んできた。
男4人に女2人の冒険者パーティーだ。
両脇を支えられた男の冒険者は特にひどい状態で血だらけだった。
良く見ると脇腹を切られて内臓が見えている。
いきなりのことにびっくりしてると、俺に気付いたこの冒険者パーティーのリーダー格らしき男から声が掛かる。
「おいっ、あんたっ、ポーション持ってないかッ?! 金は払うッ、持ってたら分けてくれッ!」
「あ、ありますっ」
カレーリナで買って残ってた瓶があったから、ダンジョンに潜る前にスイに頼んでスイ特製ポーションの上級・中級・下級を作ってもらってたんだ。
前に作ってもらって残ってた分を合わせて上級・中級・下級を各20本ずつアイテムボックスに保管している。
俺はアイテムボックスからスイ特製上級ポーションを1本取り出してリーダー格の男に渡した。
「おいッ、ポーションだぞッ、しっかりしろッ!!!」
重傷の男を寝かせ、切られた脇腹にスイ特製上級ポーションを振りかける。
すると、男の脇腹の傷がみるみるうちにふさがっていった。
それを見た仲間の冒険者たちは驚いた顔をしていた。
「な、何だこれ……? 特級ポーションなのか?」
「ま、まさか……特級ポーションなんて個人じゃ持てるわけないじゃない…………」
冒険者たちの視線が俺に注がれる。
「あ、あのですね、これは上級ポーションなのですが、普通のよりも効き目がいいんです。入手先は勘弁してください」
ま、まぁ嘘は言っていない。
「そうなのか。これだけの効き目なら俺たちも入手したいところだが、それだけに秘匿したい気持ちもわかるな」
「冒険者にとってこういう手札は重要だしね。そうそう教えてもらえないわよ」
なんか勝手に納得してもらえたよ。
それはさておき、重傷の人は大丈夫か?
見えちゃいけないもんがチラ見えしてたんだけども。
「意識はないが、傷はふさがったし呼吸も安定している。もう大丈夫だろう」
そう言ってリーダー格の男がホッと息を吐いた。
「良かった……グスッ…………ダミアンはもうダメかと思った……」
「泣くな。まぁ、お前は特にダミアンとは仲が良かったからな。でも、本当に助かってよかったぜ」
「本当よ。回復役の私が言うのもなんだけど、私が魔力切れを起こしてなかったとしても、この傷を回復するのはさすがに無理だったわ」
「確かに。こんな傷を治すことができるのなんて高位神官でもない限り無理だものね……。ダミアンが助かったのは奇跡よ」
重症の男、ダミアンさんと言うらしいが、助かってメンバー全員安堵の表情を浮かべている。
「本当に助かった、ありがとう」
リーダー格の男が俺に向かって頭を下げた。
「いえ、お気になさらずに。たまたまポーション持ってただけですから」
たまたまというか、ポーション作れるスイがいるからいつ何時でも大丈夫なんだけどね。
「さっきのポーションの効き目とダンジョンの中ということを考慮して、代金は金貨15枚でどうだ?」
普通の上級ポーションでも金貨10枚って聞いてるから十分だよ。
もともとタダのもんだし。
「え、ええ、大丈夫ですけど、普通の上級ポーションでも金貨10枚って聞いてるのですが……」
「さっきもらったポーションは普通の上級ポーションより明らかに効果があった。それにダンジョンっていう特殊な条件下でもらったもんだからな、うちとしてもそれくらいは支払わないといかん」
そう言うと、リーダー格の男が金貨15枚差し出して来た。
そういうことならと俺も金貨を受け取った。
その代わりに……。
「これおまけです。使ってください」
スイ特製下級ポーションを3本ほど渡した。
だって、重傷ではないもののダミアンさん以外のメンバーの人も切り傷だらけで満身創痍。
痛々しいったらありゃしないぜ。
「いいのか?」
「ええ、どうぞ。その代わりと言ってはなんですが、何があったのか聞かせてもらえますか?」
そう言うと、リーダー格の男が「悪いな」と言ってスイ特製下級ポーションを受け取った。
そして何があったのかを話してくれた。
この冒険者パーティーはAランク冒険者パーティー『テンペスト』と言うのだそうだ。
リーダーの男ともう1人がAランク冒険者で他のメンバーもBランク冒険者で、実績も能力もあると自負していたそう。
ここのダンジョンには2か月前から潜り始めて、今回で2回目のアタックだという。
前回もここ22階層まで探索したのだが、食料も尽きかけたことで地上に戻ったそうだ。
それで今回はもっと下層まで行くことを予定して、20階層まではスルーして降りてきたそうだ。
そして、21階層、22階層と探索して、22階層のボス部屋に到達。
しかし、そこにいたのが……。
「スプリガンが3体もいやがったんだ。他にもトロールとミノタウロスがうじゃうじゃいやがってな。前回の見たときより明らかに数が多かった」
スプリガンと言うのは、トロールやミノタウロスよりも更に大きい醜い顔をした巨人の魔物らしい。
前回このダンジョンに潜ったときは、スプリガンは1体しかいなかったしトロールとミノタウロスも今回ほど数が多くなかったそうだ。
「ダンジョンだからな、前回同様というわけにはいかないのは分かってるんだが、まさかスプリガンが3体も出るとはな……」
しかもトロールとミノタウロスも数多くいたわけだ。
これは不味いと何とか撤退を開始したのだが、その途中にダミアンさんがミノタウロスの斧を受けて負傷。
命からがらこのセーフエリアに駆け込んできたんだそうだ。
「あんたも気を付けた方が……って、あんたらは大丈夫か」
そう言ってリーダーの男がフェルをチラリと見た。
ああ、AランクとかBランクの冒険者ならフェルがフェンリルだって分かるか。
「フェンリルを従魔にした冒険者がいるって話だったが、本当の話だったんだな」
「え、ええ、まぁ……」
「ハハ、そんな警戒しなくても大丈夫だぞ。詳しいことは聞かんし、冒険者ギルドからもフェンリルを従魔にした冒険者には手出し無用だって言われてるからな」
そうしていただけると大変ありがたいです。
「フェンリルが付いているなら大丈夫だとは思うが、気を付けろよ。俺たちも十分準備したはずなのにこの様だからな。事前にここのギルマスから話を聞いたり、ダンジョンについての情報を入手はしていたんだが。この階で出るスプリガンは1体だというのが通説だった。それでも俺たちは2体ならあり得ると思って想定はしていたんだが、まさか3体も出てくるとはな……。まぁ、今更言っても仕方がないな。俺たちは一眠りしたら地上に戻るとするぜ」
まさに想定外のことが起こってしまったってことか。
スプリガン3体だけじゃなくってトロールとミノタウロスの数も多かったって話だしな。
やっぱりこのダンジョン意地の悪い造りしてんだよ。
罠とかもそうだしさ。
って、あれ?
テンペストの皆さんがボス部屋にいる敵倒してないなら、スプリガンとかトロールとかミノタウロスがそのまんま居座ってるってことか?
フェルに聞いてみたらそうだろうなって返事が返ってきた。
げー、どうすんだよ。
『心配無用だ。スプリガン程度が何体いようと我の敵ではないわ。それより、もう寝ろ。明日はもっと下に降りるのだからな』
とか言われてしまった。
フェルにドラちゃんにスイがいれば大丈夫だろうし、俺には完全防御のスキルもあるとは分かっているものの、巨人の魔物に四方八方を囲まれることを想像すると不安にもなる。
みんながいれば大丈夫だろうと納得させて無理矢理眠ったよ。