08話 『僕の使命』
カァン!甲高い音を立て、スナッチの掌から生えた赤く輝く結晶ブレードと、グレアの握る銀白色のダガーナイフが交錯する。
直後、大きく飛び退いた二人が同時に首をかしげた。
手応え、目的、強さ。
敵同士であることを除き、何もかもが手探りだ。
必然的に会話で相手の腹を探りながらということになる。
上位悪魔同士のため“会話”も戦いの一部ではあるのだが。
「あんた、あのダンジョンに居た……っすよね?」
「居たって当たり前だろ、詰所での報告かなんか見てここまで来たんじゃねーのかよ!」
じりじりと間合いを詰めつつ、言葉を交わす。
薄暗い住宅街に似つかわしくない緊迫した状況だが、どこか気が抜けているのは互いの性格によるものだろうか。
「むむ、会ったことなんざありますかね、私はあんたがどんな悪魔かすら知らないってのに」
「詰所で魅了使いまくってたの見たかんな、大悪魔のお姉ちゃん。
……んで俺は扉の悪魔だけど、なんでわかんねえの、悪魔なんだよな?」
「それはそれはご丁寧に、って扉の?
なんのこっちゃ?」
露骨に疑問を浮かべたグレアが、大悪魔ならではの観察能力でスナッチを舐めるように見た。
通常の成人男性より頭一つ分ほど高い身体は密度が高く、頑健そうだ。
そして、異様に規則正しい魔力紋を持っている。
……まるで、作られたような。
「俺も知らねえ!」
スナッチの禍々しく歪曲した赤いブレードが弧を描く!
動揺から隙を見せたグレアに対し、超常的な動きで背後を取ったのだ。
だがグレアも大悪魔、人の基準で計れる存在ではない。
二枚の細い翼のうち片方がウルーミじみてうねり伸び、赤い剣閃を跳ね返す。
グレアは振り返らない。
ボブカットの髪が左右に分かれて盆の窪がわずかに覗き、鈍いオリーブグリーンの光を放っている。
そこにあったのは、彼女の三つ目の瞳!
槍と化したもう一枚の翼が、スナッチの胸部を狙う。
だが、それは成されない。
「知らないって何よそ……んに゛ゃあ゛ああ?!」
頭頂部に開いた唇の無い第二の口で、奇妙な叫び声を上げながら街道側へ吹っ飛んだグレアが、セレスト邸の外壁に叩き付けられた。
壁の一部が破壊され、道に放り出される。
とはいえ大したダメージではなく、着込んだ軽鎧には傷一つ付いていない。
彼女は踊るように隙を消しながら立ち上がり、向き直った。
視線の先に居るスナッチは、ガラスのように透き通った大型の皮翼を展開し、浮遊している。
真横からグレアを跳ね飛ばしたのも、まさにその皮翼だ。
「まだわかんないんだ、俺。
できることはわかるけど、それがなにかわかんない」
呟くスナッチの周囲がゆらめいている。
何らかの空間干渉能力を持っていると思われるが、いかなグレアでも詳細まではわからない。
「ってこた、変態したてかな?
それでそのパワー、ちょっとヤバいっすねえ、え、エェェェヘヘヘヘ!」
グレアの瞳が強い光を発した。
レーザーサイトのごときオリーブグリーンの点滅がスナッチの体表を照らす。
再び、霊的情報を探っている。
それに並行してグレアの身体が変化をはじめた。
実体化した悪魔は仮想肉体と魂、二つの姿を持つ。
燃費が良く、精神的に落ち着けるのは仮想肉体だが、全力を発揮できるのは魂の姿だ。
双眸がつり上がって虹彩が広がり、オリーブグリーン一色に輝く。
唇が消失した口はわずかに裂け、三日月を思わせる。
その中に歯は無く、赤く艶やかな二枚の舌が覗く以外は無限の空洞だ。
ボブカットだった髪が伸び左右に分かれ、エンジェルウィング状に。
小麦色の肌はいまや青白く変色していた。
これだけでも十分異形と言えるが、最も恐るべきは長く伸びた両腕両脚。
なんと、肘と膝の関節がそれぞれ三つずつ!新生物!
長い指の先にはダガーナイフを吸収し、再成型したと思われる五本の白銀の爪がぎらぎらしている。
「うえ、街中だぞここ、ああ、くっそー!
マスター!ごめんなさいマスタAAAAUGHHHH!」
何故、目の前の大悪魔は魂の姿になっているのだろう。
本気を出そうとしている。
こんなはずではなかった、マスターの家を守れればそれでよかったし、適当に帰ってもらう予定だったのに。
怖い。
だが体は戦いを求めている。
パキパキ軽い音を立て、スナッチの体表が剥がれだす。
「わあお……デンジャラス」
二足歩行でありながら、どこか昆虫めいた印象を抱かせる異形となったグレアが、二枚の舌を操り呟く。
視線の先には、彼女同様に魂の姿をとったスナッチが浮遊していた。
12フィートを超える巨躯を、ある種の機械式装甲を想起させる漆黒の皮膚で覆い、幅広で透明な皮翼を背に展開した戦闘的フォルム。
腕と足はやや太く、両肘から歪んだ曲線を描く赤い結晶ブレードが張り出す。
太い螺子釘を思わせる凶悪に捻じ曲がった爪や、耳まで裂け広がった口に生えているギザギザの牙もブレード同様の赤い結晶体だ。
白目も瞼も睫毛も消え、赤一色となった霊気の瞳はピジョンブラッドの輝きを放つ。
鼻は無く、耳は細長く歪み、髪の毛は撚り合わさり触手と化してシュウシュウ細い音を立てている。
どこか遠くを見据えたスナッチがメカニカルな声を発した。
「排除します、敵と判断されたと出ています」
「はい?」
あまりにも唐突な口調の変化にグレアが顔をしかめる。
同時に攻撃的な笑みを浮かべていた三日月の口が歪み、細い翼が鋭く広がった。
彼女の警戒心を示すように、刃状の爪がカチカチと打ち合わされる。
魂の姿と化す事でスイッチが切り替わるタイプは存在するが、それにしても尋常ではない様子だ。
「俺の判断基準から総合的に解釈した結果であり俺が正しいですね」
「一体なんなんすか?!」
「観測対象であるのにもかかわらず二律背反はどこから生じましたか?
それは俺が除去しなければいけないというマスターの物であり扉を見つめるものであり反しているのが貴女だからです。
魔力核の分子活動仕分け、これは温度変化とエントロピー減少を霊的に誘発します」
支離滅裂な、しかし意味ありげなスナッチの言動。
ゼンマイ人形のような音を立てながら半月状に開かれた口が、地上のグレアに向けられた。
赤く輝く牙に不吉な魔力が集中する。
「WHOOOOOO!!」
直後、奇怪な咆哮を上げるスナッチの口から不可視の何かが放射された。
吐息魔法だ。
抽出あるいは吸収した魔力を、体内器官により加工して口かそれに準ずる部位より吐き出すもので、竜をはじめとする大型魔物……そして、魂の姿を取った悪魔の得意技。
魂の姿をとったスナッチのそれは、咆哮はともかく放射自体は全くの無音であり、前触れもそよ風程度でしかない。
しかし、グレアの本能が巨大な危険を感知する。
彼女は悪魔としては若い、しかし現世での生活時間で計算するならば百年超。
契約が切れるごとに帳の向こうに戻る悪魔としては相当の職歴であり、老練の爵位持ち達にも決して劣らない。
経験から来る直感の信頼度は十分以上に高いのだ。
グレアの三つの関節が艶かしく捻られ、最上級のバネのように反発し、その場から超高速で飛び離れる。
急加速により衝撃波が発生してセレスト邸の壁の破壊が広がるが、勿論気にしない。
その直後、グレアが立っていた空間が揺らめいた!
「はえー……」
上空に退避したグレアが第三の瞳でスナッチを観察しながら、一瞬前まで自身の立っていた場所をちらりと確認し溜め息をついた。
そこには何も無い。
地面と壁が、直径30フィートほどにわたり鋭利な何かで刳り貫かれたように円形に消失している。
周囲に、元は大地の一部であったろう粉塵が舞っていた。
その破壊をなしたのは勿論スナッチの吐息。
ガリガリガリ、四百二十度回転したスナッチの顔が再びグレアを捉え、牙と瞳が不吉に煌く。
「空虚の扉の吐息Level2危険度は半径15を魔力仕分けにより行われます。
仕分けそれが大好きの無消費が、しかし範囲指定に高負荷が必要となりますか?
扉の分子遮蔽化が急務となっていましたたがガGURRRRRR?!」
「油断大敵っすよ」
再び加速したグレアの白銀爪がメカニカル音声を流し続けるスナッチを切り裂いた。
無論血が流れる事はないが、損傷は損傷だ。
斬撃の勢いもそのままに、三つの関節により加速された強烈な踵落としで地上へと蹴り落す!
だが、地に叩き付けられたスナッチの巨躯は音もなく沈下し、時間差で地表にノイズが走った。
非物質化による落下ダメージの無効化だ。
程なくして海獣か何かのように地中から跳び出したスナッチが空中に復帰した。
漆黒の胸部に開いていた交差する八本の傷は、ルビー色の魔力により修復されつつある。
それを見たグレアがげんなりと呟く。
「なんて硬さ」
「痛ってえ……困ったマスター、どうしよう」
成体となり初めて魂の姿をとった事による半暴走状態が被弾により解除され、自分を取り戻したスナッチが戦況を分析しつつガリガリと首を回す。
主人セレストへの念話は届かず、現状では助言や命令を受けることができない。
戦闘状態か、あるいは何らかの結界内部に居るのだろう。
もはや家の維持は絶望的であるし、スナッチとしてはこの場をさっさと処理したいのだが大悪魔グレアの身体能力と魔力反応は恐るべきもの。
非物質化を考慮に入れてなお互角かややスナッチが劣る。
このまま戦闘を続けても、吐息や分子仕分けでは速度が足りず捉え切れないだろう。
状況を改善するには、こちらからメレーを仕掛けて牽制しつつ、どこかで不意を討つ必要がある。
スナッチは肘のブレードを強化した。
「シューッ!」
両面視界に腕脚三関節の異形ならではの奇怪な構えを取ったグレアが、透明翼を丸めてジェット加速したスナッチを迎え撃つ。
連結棍そのものと言ってよい強靭な腕がムチのようにしなる。
同時にダガーナイフ状の爪が伸び、からたけ割りに叩き付けられる右肘のブレードを受け止めた。
金属音が辺りに響き、強度に劣る小指と薬指の爪が砕けるが、肉体部位でないため大したダメージではない。
グレアの魂の形として保持されている記録が、損傷したダガー爪を瞬時に三次元印刷修復する。
右を抑えられたスナッチが左肘ブレードを振り抜いた。
衝撃波を伴う致死的な赤い一文字が空に描かれる。
しかし、グレアの身体は既にそこにはなかった。
漆黒の胴体への軽い打撃と岩石が砕けるような音、そしてグレアの哄笑じみた囁きがスナッチの耳に届く。
「はい、魔力いただき」
第二撃に先んじて、軟体動物並みの柔軟性で身体を折り畳み斬撃を回避したグレアが、器用に足を伸ばして左肘ブレードを挟み圧し折ったのだ。
胴体への打撃は彼女が横薙ぎにスナッチの胴体を蹴って離脱したためである。
当のグレアは少し離れた屋根の上で、いまだルビー色に点滅する戦利品を食そうとしていた。
スナッチの高性能な瞳は、すぐにそれを発見する。
だが、視線は本人ではなく折れた結晶ブレードに向けられている……。
赤い牙を覗かせる口が嬉しそうに歪んだ。
「部品爆破」
不吉な言葉と共に指を鳴らすスナッチ。
一瞬の後、グレアの手にある結晶ブレードが凄まじい光を発した。
オリーブグリーンの瞳が反射的に閉じられ、ブレードを投げ捨てようとするが間に合わぬ。
前もって力を流し込み、火力強化を行った結晶のエネルギー量は相当のものだ。
太陽柱のごとき光の柱がグレアと周囲の家屋を飲み込む!
「やったかな、たぶん」
微妙な独り言を呟いたスナッチが、失った左肘ブレードを再生成する。
視線の先には、ようやく減衰を始めた光の柱。
幸いにして拡散するような爆発ではなかったため、光の外にはほとんど被害はない。
ただし、グレアの足場になっていたものをはじめとする先ほどまで光の中にあった数軒の家屋は、中身ごと消滅している。
勿論スナッチはそんなことを気にするような性質ではない。
問題は、経過時間と破壊規模的にそろそろサーディアンの防衛騎士が出勤してくる可能性があるということ。
大部隊相手でもない限り人間に負けるつもりはないが、スナッチに虐殺の趣味はないし、別に有名になりたくもないのだ。
主人と合流するにしろ待機するにしろ、ともかく一旦街の外へ抜けてから考えようと離れ始めた瞬間、光の中から砲弾めいた何かが飛び出した。
「MYAAAAAAAAAAAAAA!」
「うわああ?!」
詳細を確認するまでもなく、それはグレアだ。
巨大な運動エネルギーを持った青白い怪物が高速回転しながらスナッチに激突する!
質量では勿論スナッチが勝るのだが、速度差がそれを補う。
衝撃波を巻き起こしながら吹き飛んでゆくスナッチ。
「ハァー……さて、こんな奴どうすりゃいいんすかね」
危険存在をサーディアン市街の外に叩き出したグレアが大きく息を吐く。
無意味な溜め息ではなく、修復の吐息だ。
焼け焦げだらけの肌と身体が脱皮するように元の青白くしなやかなものに再生し、焼失した滑らかなOD色の髪も再び生え揃う。
爆心である赤い結晶ブレードを掴んでいた右手は完全に炭化していたので、二つ目の肘の関節で切り離し、魂の形より印刷修復した。
また、全裸では格好がつかないため服と鎧も記憶にある中から適当なものを印刷して着る。
外見上は完全に元通りだが、いかに大悪魔といえども体の何割かを失うほどの魔力ダメージはかなりの消耗だ。
もっとも、グレアにスナッチを逃がす気はないし、食い意地が原因でダメージを負った自身にも腹を立てている。
グレアは戦闘を再開すべく移動を開始した。
「なんだアレ?」
グレアの恐るべき回転突撃により1マイル半ほど吹き飛ばされて、ようやく体勢を立て直したスナッチが首をひねる。
いつの間にやら辺りは完全に夜となり、光源はサーディアン市街の灯りと空の星のみ。
だがスナッチのルビーの瞳は光量により視界が左右されるなどということはないし、大悪魔であるグレアも同様だろう。
スナッチは向かってくるグレアをきっちりと視認している。
しかし、何かおかしい。
「え」
不吉な気配を感じて振り向いたスナッチの目の前、虚空に突如としてグレアの腕が出現する。
顔面を切り裂かんと掴みかかってくるそれを翼で叩き落とすが、腕は地面と衝突する前に消失した。
ワープしてきた腕がスナッチに与えた影響は、一瞬の隙に過ぎない。
だが、グレアにはそれで十分だ。
一気に間合いを詰めたグレアが、ダガーナイフ状の凶悪な爪で直突きを放つ。
悪魔の近接攻撃は精神体にも損傷を与えられるため、非物質化の回避も無傷とはいかない。
「おわ、マジっすか?!」
「はっはー!短距離転移!ってあれ?」
直後、二人が同時に気の抜けた声を上げた。
グレアは短距離転移を応用した必殺の一撃がかわされたため。
対するスナッチは慣れない短距離転移の制御に失敗し、グレアにカウンターを入れられなかったためだ。
転移距離がせいぜい数十フィートの短距離転移は、特殊転移や門転移のような大魔法と違い、戦闘中でも十分に発動可能である。
だが、当然のように制御や習得が難しい。
スナッチの制御ミスによりグレアが命を拾った形だが、状況自体は互角のまま。
互いに体勢を立て直し、熾烈な接近戦が始まった。
スナッチの近接武器は両肘の結晶ブレードと頑健な透明翼、そして12フィートを誇る巨躯そのもの。
グレアの武器は白銀のダガーナイフ爪、刃の翼、三節棍じみた腕と脚だ。
二人の魔力が描く、ルビーとオリーブグリーンの煌きが小さな花火めいて夜空を彩る……。
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時間はスナッチとグレアの戦闘開始より少し前に遡る。
サーディアン城の側に建つ相当の大きさを誇る邸宅、その大広間に豪勢なローブを着込んだ痩せぎすの男が佇んでいた。
巨大な空間だが、中央部に何らかの大型機構がある以外飾り気は無く、男以外に誰も居ない。
彼こそはサーディアン王国の国務大臣の一人、ナーベク・ベルトルッチ。
名家ベルトルッチの直系にして最後の生き残りであり、サーディアンの暗部をすべて握っているとすら噂される権力者である。
だが、それらは全て欺瞞であり、本物のナーベク・ベルトルッチはとうの昔に殺されているのだ。
正体はフレンドリアの発明王にして狂気の研究者セヴァン……そして、同じく伝説の研究者であるリッチモンド・カロルの同僚。
不老の多相生物である彼は、誰にでも成り代わることができ無数の姿と偽名を持つ。
そんなセヴァンがサーディアンで大臣をやっているのは、現在の目的にサーディアンの権力者が適しているからだ。
具体的には、リッチモンドが晩年取り付かれていた亜空間を操る魔法の奪取。
セヴァンは研究狂だが、自身の百年にわたる研究が数年前一段落したために他人のものに興味が出てきたのだ。
倫理観などというものを生来持ち合わせていない彼の興味が外に向いたときどうなるか?
その結果のひとつが、霊気の網の案内により彼の元に向かってきている。
人造自然発生型ダンジョンの研究成功に割り込んだ何者かが、彼に網を張らせた。
上位悪魔が引っかかるだろうと思っていた網にかかったのは、予期していなかった巨大な獲物。
寿命だろうとただでは死んでいるはずがないリッチモンドを炙り出すため行った、三年前のカロル家襲撃は成功していたのだ。
彼は歓喜に震えながら、リッチモンドを歓迎するべく大型機構のスイッチを入れた。
セレストが規格外すぎるだけでスナッチやグレアも一騎当千って程度には強いです。
次は8月19日か20日になります。




